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量子コンピューターの飛躍:「実験」から企業システムへ

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昨年、IBMは、今後10年以内に量子コンピューターの有用性(Quantum Advantage)を実証するためには、量子計算システムの量子体積(QV)を少なくとも毎年2倍にする必要があると宣言しました。そして、2020年のはじまりとともに、IBMは、新しい28量子ビットのバックエンドであるRaleigh(ローリー)をロードマップに追加し、32の量子体積を達成したことをここに発表します。

量子体積(QV)は、実際の量子コンピュータのパフォーマンスを測定するために定義した、特定のハードウェアに依存しない指標です。IBMが開発する各システムは、複雑な問題が量子コンピューティングによってより効率的に対処されるようになる未来へと導きます。したがって、システムベンチマークは非常に重要であり、単に量子ビット数を数えるだけでは十分ではありません。過去に論じたように、量子体積とは、量子ビット数、接続性、ならびにゲート誤差および測定誤差を考慮に入れたものです。コヒーレンス時間の増加、機器のクロストークの減少、ソフトウェア回路コンパイラの効率など、基盤となる物理ハードウェアに対する素材の改良は、すべての改良が同じペースで行われる限り、量子体積の目に見える進歩につながります。

QV32の達成は、単にグラフの線上にもうひつの点が打たれたからではなく、量子システムが成熟し、新しいフェーズに入ったことを意味しています。それは、開発が改良され実験用の量子コンピューティング・プラットフォームがよりよいものとなり、それにより本格的な研究が可能になり、量子コンピューターの有用性を実証するようなフェーズです。昨年、私たちは、コミュニティとして、商業的ビジネスとしての量子コンピューティングがそれほど現実離れしたものではないという新しいフェーズに突入するという、数々の目覚ましい成果をあげました。

まだまだ長い時間がかかりますが、2019年には以下のことが実現しました。

  1. 複数の従来的なクラウドプロバイダが量子コンピューティング・サービスに取り組む
  2. シミュレート可能なものの限界を広げる複数の50量子ビットシステム
  3. イオントラップおよび超伝導量子ビットを含む、複数の物理バックエンド・システム
  4. かつては“非量子”と言われていた最先端のFortune500企業から量子研究を発表

この進展に伴い、純粋に探索的な量子研究フェーズを超えて成熟を実証し、実システムのロードマップ文化内での進展を測定する時期もまた来ています。技術準備の考えに立脚すると、量子研究と量子システムの開発は別々に考え始めなければならないと同時に、互いに同期させなければなりません。明確に定義されたロードマップを通して、私たちは使用可能なシステムの世代的な進歩を観察し、追跡することができ、一流の論文誌のための独立した量子ビット実験や実験室のデモンストレーションを通して進歩を測定しようとする近視眼的な見方を避けることができます。ロードマップに沿って、これまでの量子システムが改良されていくのを見て大いに喜んでいましたが、最新システムは新しい成熟度を反映しています。

学習の世代サイクル

2016年に5量子ビットを備えた最初のシステムを導入してから、16量子ビットシステム、20量子ビットシステム、および最近では初の53量子ビットシステムまで発展してきました。これらのシステムファミリーの中は、おおよそ量子ビット数によって区分されており(社内的には、個々のシステムに都市名を付け、開発スレッドにそれぞれ鳥の名前を付けています)、私たちは学習サイクルの世代(カナリア、アホウドリ、ペンギン、ハミングバード)を推進するために、いくつかのシステムを選択しました。

20量子ビット(社内的にはペンギンと呼ばれています)の具体的なケースを次の図に示します。

この図には、これまでに展開された20量子ビットシステムすべてにおけるCNOTエラーの分布が示されており、私たちがこれらのシステムに組み込んだ4つの異なる変化を指摘することができます。これらの変化は、様々な基礎となる物理的装置要素から、基礎となる量子ビットの接続性と結合構成を変更することまでです。全体的に、結果は顕著で視覚的には美しく、エラーの広い分布は狭い集合になっており、Boeblingenシステムではエラーは1-2%を中心に分布しています。元の5量子ビットシステム(カナリア)を振り返ると、デバイスに投入されていった重要な学習成果を見ることもできます。

私たちが、53量子ビットシステム(ハミングバード)の第1世代をリリースしたばかりなので、エラーの分布はかなり広く、パフォーマンスを比較的迅速に向上させるために、次々と改良していくことが予想されます。CMOS時代においては、新しい技術の節目で、新しい特徴や能力が研究の成果として大量にもたらされましたが、それぞれの新しい「鳥」のシステムは、重複する学習サイクルを有する開発ロードマップの精神性を示します。さらに、これらすべての世代の学習が、最先端のアジャイルな研究と複合することが重要です。

研究が開発をささえる

ロードマップのクランクを、信頼性や再現性のような細部に目を向けて曲がることは、一つの方法です。しかしながら、ハードウェアの取組みとしてより重要なのは、要所要所で投入される研究です。この規模の取り組みを成功させるためには、アジャイルなフレームワークが不可欠です。

早く学習する(そして失敗する)必要があります!たとえば、デバイスフロントでは、ゲートエラーとそのスプレッド、コヒーレンスの改善、クロストークの低減において、飛躍的な進歩が見られました。これらのすべての側面は、デバイスから可能な限り最高のパフォーマンスと信頼性を得るために、最適に連携する必要があります。開発の入り口は、基礎研究に大きく依存しています。

たとえば、格子状の接続性とデザインの進化は、ゲートエラーとクロストークへの露出に強い影響を与えました。制御ハードウェアとインフラストラクチャーの観点からは、低温コンポーネント、制御エレクトロニクス、および量子限定増幅器をよりよいものにするためさらなる研究が必要です。

もちろん、これらの進歩はいずれも、研究環境内でダイナミックに発生するものですが、設置のロードマップになる前に、調査と検証が行われる必要があります。通常、システムが成長するにつれて、以前のソリューションが機能しなくなり、新たな洗練が必要になります。このように、進歩は、研究所やクラウドにおけるさまざまなレベルの開発においてその痕跡を残していきます。

Raleigh(ローリー)の紹介

最新の量子体積の目標を達成するために、開発スレッドの世代に沿って開発された学習要素と、研究からの新しいアイデアを組み合わせました。昨年、私たちは単一量子ビットのコヒーレンスの進歩を実証し、隔離された装置で1,000万を超えるクオリティファクターを押し上げました。反復とテストを通して、大規模な導入デバイスでは最も高度な統合構造で同様の手法を実装し始めました。

ファルコンファミリーの最新の28Qバックエンドであるローリーは、53量子ビットのロチェスターの六角格子構造に従います。後世代のペンギンデバイスに組み込まれたアップグレードのいくつかを加え、QV32しきい値を超えることができました。これは、カーブ上でのもう1つのステップであり、われわれは成功へのロードマップを持っており他に先駆けているということを楽観的に肯定しています。

さらに、これを続行するための伸びしろがあることに興奮しています。量子ビットメトリックレベルでクオリティファクターを比較すると、ローリーが、ペンギン・バックエンドおよびコヒーレンス開発システムに対してどのように位置付けられるかがわかります。ローリーをみてわかるように、いくつかの初期のデバイスよりコヒーレンスの側面を改善しましたが、私たちは有望な新しい方向とプロセスをもっており、それらを新しい開発システムデバイスで探求し始めたばかりです。

10年後

過去を振り返ると、量子コンピューティングの進化を10年ごとにはっきりさせることができます。

  • 1990年代:基本的な理論的概念が量子コンピューティングの可能性を示しました
  • 2000年代:量子コンピューティングが可能であることを実証した量子ビットとマルチ量子ビットゲートを使った実験
  • 2010年代:ゲートからアーキテクチャ、クラウドアクセスへと進化し、量子コンピューティングシステムへの本格的な需要への道筋が明らかになりました

それでは、2020年代にはどこに行くのでしょうか。今後10年は、量子システムの10年となり、コヒーレンス、ゲート、安定性、低温コンポーネント、統合、パッケージ化を改善するための基盤となる、実際のハードウェア・エコシステムの出現となるでしょう。2020年代には、システム開発の考え方を持ちさえすれば、コミュニティとして量子コンピューターの有用性(Quantum Advantage)を実証することとなるでしょう。

Senior Manager – Quantum System Technology, IBM Research

Jay GambettaIBM Fellow and Vice President, Quantum Computing

※この記事は米国時間2020年1月8日に掲載したブログ(英語)の抄訳です。

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