オブザーバビリティー(Observability)とは、日本語で「可観測性」とも呼ばれ、システムの内部状態を外部から観測し、深く理解するための仕組みです。
クラウドネイティブやハイブリッド環境の普及により、システムは分散化し、従来の監視だけでは「何が起きているか」は分かっても「なぜ起きているか」を把握することが困難になっています。オブザーバビリティーは、この課題を解決するための重要なアプローチです。
オブザーバビリティーは、システムの状態を単に監視するだけでなく、その背後にある原因を特定する能力や仕組みを指します。複雑化する分散型システム環境の可用性、性能、セキュリティーを維持するために不可欠な要素です。
オブザーバビリティーを導入することで、分散型システムの内部状態を詳細に可視化し、リアルタイムで問題を検出・解決できます。オブザーバビリティーが高いほど、ITチームは追加のテストやコード修正を行わずに、発生したパフォーマンス問題の根本原因に迅速かつ正確にたどり着くことが可能です。
IT運用(ITOps)やクラウド環境では、オブザーバビリティーを実現するために、アプリケーション、ハードウェア、ネットワークから得られる性能データを継続的に収集・関連付け・分析するツールが必要です。これにより、監視、トラブルシューティング、デバッグを効率化し、顧客体験を最適化しながら、サービス・レベル・アグリーメント(SLA)などのビジネス要件を満たすことができます。
オブザーバビリティーは、アプリケーション・パフォーマンス管理(APM)やネットワーク・パフォーマンス管理(NPM)と混同されることがありますが、これらの進化形であり、クラウドネイティブ・アプリケーションのような分散化・動的化が進む複雑な環境にも対応できるよう設計されています。重要なのは、オブザーバビリティーは既存の監視を置き換えるものではなく、その能力を拡張し、より高度な運用を可能にすることです。
| 監視 | APM | オブザーバビリティー | |
|---|---|---|---|
| 目的 | 異常を検知 | アプリケーションのパフォーマンスと可用性、UXを最適化 | システムの挙動を理解し、予測と自動化で運用を最適化 |
| 対象 | 各システム・コンポーネント | アプリケーション層と依存関係 | スタック全体(アプリケーション、インフラストラクチャー、クラウド、サービス) |
| 問題への対応 | 事前定義されたメトリクスに基づくアラート | 発生箇所を特定/既知または想定された問題に対応 | 発生原因を解明/未知の問題に対応 |
| リアルタイム性 | 低(閾値ベース) | 中(サンプリング型、数十秒~分単位) | 高(リアルタイム) |
| 適用環境 | オンプレミス環境や単一システム | モノリシックや従来型分散アプリケーション | クラウドネイティブ、ハイブリッドクラウドなど複雑な分散システム |
監視は、システムやアプリケーションの状態を定期的にチェックし、異常を検知する仕組みです。CPU使用率やメモリー消費量などのメトリクスを収集し、しきい値を超えた場合にアラートを発しますが、原因分析には不十分です。
APMはアプリケーションの監視に加え、パフォーマンスと可用性、UXを最適化します。主要な業績評価指標(KPI)——レスポンス・タイム、エラー・レートなど——を追跡し、ダッシュボードで可視化します。モノリシックや従来型の分散アプリケーションには有効で、依存関係が明確な環境でのトラブルシューティングに適しています。一方で、クラウドネイティブやハイブリッド環境では、複雑性とデータ量の増加により限界があり、データ収集は定期的なサンプリングのためリアルタイム性が不足します。
オブザーバビリティーは、監視やAPMを補完し、より高度な可視化と原因分析を可能にします。ログ、トレース、メトリクスを組み合わせ、リアルタイムで膨大なテレメトリー・データを収集・分析します。クラウドネイティブ、マイクロサービス、サーバーレスなどの複雑な環境に対応し、問題の「なぜ」を解明します。開発・運用チームが迅速に根本原因を特定し、平均修復時間(MTTR)を短縮することができるようになります。
過去数十年にわたり、ITチームは主にAPMツールに依存して、アプリケーションの監視とトラブルシューティングを行ってきました。APMは、アプリケーションのパフォーマンスを監視し、性能問題の特定に役立つアプリケーションおよびシステムデータを定期的にサンプリングして集約します。
APMは、KPIに関連するテレメトリーを分析し、結果をダッシュボードに可視化します。これにより、システムパフォーマンスに影響を与える、またはその恐れがある異常をオペレーションやサポートチームに警告できます。
従来のAPMツールは、モノリシック・アプリケーションや従来型の分散アプリケーションの監視に効果的でした。これらの環境では、コードのリリース頻度は比較的低く、アプリケーション・コンポーネントやサーバー間の依存関係も明確で追跡しやすかったためです。
しかし現在、企業はデジタル・トランスフォーメーションを進め、アジャイル開発やCI/CD、DevOpsなどの最新の開発手法へ急速に移行しつつあります。さらに、Dockerコンテナやサーバーレス機能といったクラウドネイティブ技術の利用も拡大しています。
最新のアプリケーションは、多くの場合、マイクロサービス・アーキテクチャーを採用し、コンテナ化されたKubernetesクラスター上で稼働するケースが一般的です。その結果、開発スピードは向上しましたが、アーキテクチャーはより複雑になりました。
この複雑性により、複数のランタイムや異なる言語・データ形式を扱う必要があり、ログはアーキテクチャー内のさまざまな場所に分散します。サーバーレス機能では、処理が数秒単位で終了することもあり、従来のAPMの「1分ごとのデータ・サンプリング」や監視プロトコルでは対応できません。
こうした背景から、企業はオブザーバビリティー・ツールを必要としています。オブザーバビリティー・ツールは、大量のテレメトリー・データを自動的に収集し、リアルタイムで高度な洞察を提供します。オブザーバビリティーにより、開発チームはネットワーク上のすべてのアプリケーション、ユーザー・リクエスト、データ・トランザクションを、コンテキストを保持した完全な記録としてリアルタイムで把握できるようになります。
オブザーバビリティーの導入が進む中で、最近ではその“範囲”と“自動化”のレベルに注目が集まっています。アプリケーションやインフラ、ネットワーク、ユーザー体験といったあらゆるレイヤーを横断的に可視化し、問題の予兆を自動的に検知・分析・対応する「フルスタック・オブザーバビリティー」が、より高度な運用最適化を目指す企業にとって、次なるステップとなりつつあります。
オブザーバビリティーは、単なる監視を超えて、システム全体の可視化と自動化を実現します。これにより、以下のようなことが可能になります。
オブザーバビリティーは、ソフトウェア開発プロセスの初期段階に統合され、DevOpsチームが新しいコードの問題を本番環境に影響を与える前に特定・修正できます。これにより、SLA違反や顧客体験の低下を防ぎます。
従来の監視ツールは、あらかじめ定義された「既知の未知数」、つまり想定される異常状態のみを検知します。一方、オブザーバビリティーは、チームが想定していない、あるいは探そうとも思わない問題を発見し、パフォーマンス問題との関連性を追跡します。この洞察により、根本原因の特定と解決を迅速化できます。
オブザーバビリティー・ソリューションは、問題の検出から解決までのプロセスを加速します。これにより、アプリケーションの可用性を維持し、MTTRを短縮し、ビジネスへの影響を最小化します。
オブザーバビリティー・ツールは、クラスター構成でのインストルメンテーションとデータ収集を自動化し、スピンアップからスピンダウンまでリアルタイムでテレメトリーを取得します。これにより、動的なクラウド環境でのスケーリングが容易になります。
オブザーバビリティー・ツールは、幅広いテレメトリー・データを収集・分析し、ユーザー行動を深く理解することで、アプリケーションのパフォーマンスを最適化します。結果として、顧客満足度とビジネス成果の向上につながります。
オブザーバビリティーは、単なる監視を超えて、複雑なクラウドネイティブ環境での運用効率化やビジネス価値の最大化を支援します。リアルタイムの可視化に加え、リソース最適化やAIによる意思決定を組み合わせることで、IT運用はよりスマートに進化します。以下は、代表的なユースケースです。
エンドツーエンドでリアルタイムの健全性とパフォーマンスを可視化し、異常を即座に検知。さらに、検知した問題に対して推奨アクションをAIが提示し、自動対応まで実現することで、復旧時間を大幅に短縮します。
クラウド移行やDXに伴う複雑な環境で、オブザーバビリティーは全体の可視性を確保。加えて、動的なリソース割り当てにより過剰プロビジョニングを防ぎ、ハイブリッドクラウドで最適なワークロード配置を自動化します。これにより、移行リスクを低減し、コスト効率を最大化します。
問題の早期発見と解決で運用負荷を軽減し、ITチームは戦略的業務に集中可能。さらに、AIが複雑なワークフローを統合・自動化し、ポリシー適用やリスク管理を強化することで、ビジネス成果を加速します。
リアルタイムのフィードバックで安全性とレジリエンスを高め、開発、セキュリティー、運用チーム間の連携を強化。異常検知から修正アクションの自動提案まで、開発ライフサイクル全体でセキュリティーを組み込みます。
アプリケーション・ライフサイクル全体でポリシー違反や脆弱性を事前に検知し、修正アクションを自動適用。これにより、コンプライアンスを維持しながら、セキュリティー・リスクを最小化します。
膨大なテレメトリー・データを分析し、異常の予兆検知やパフォーマンス傾向を予測。さらに、AIがリソース需要を先読みし、最適化や戦略的な意思決定を自動化することで、運用の先手を打つことが可能になります。
オブザーバビリティー・プラットフォームは、アプリケーションやインフラに組み込まれたインストルメンテーションと連携し、性能に関するテレメトリー・データを継続的に収集・分析します。必要に応じて、追加の機能やインストルメンテーションを自動的に適用し、システム全体の可視性を高めます。
オブザーバビリティーの根幹となる主要なテレメトリーは、ログ、トレース、メトリクスの 3つです。
ログは、アプリケーションやシステムで発生するイベントを、タイムスタンプ付きで詳細に記録した不変の履歴です。ログを活用することで、イベントのコンテキストを含むミリ秒単位の高精度な記録を取得でき、開発者や運用チームはトラブルシューティングやデバッグを効率的に行えます。
トレースは、ユーザーのリクエストがUIやモバイルアプリからバックエンドを経由し、レスポンスとして返るまでの「経路」をエンドツーエンドで可視化します。これにより、複雑な分散アーキテクチャにおけるボトルネックや遅延の原因を迅速に特定できます。
メトリクス(時系列メトリクス)は、時間の経過に伴うシステムやアプリケーションの健全性を示す定量的な指標です。たとえば、メトリクスは、アプリケーションが5分間にどれだけのメモリーまたはCPU容量を使用するか、または使用量の急増時にアプリケーションでどれだけのレイテンシーが発生するかを測定するために使用されます。
オブザーバビリティー・ツールは、企業が自社の複雑な技術スタックをより深く把握できるように、データ収集、監視、分析の3つの主要プロセスを自動化します。
継続的なデータ収集により、オブザーバビリティーが可能になります。オブザーバビリティー・ツールは、CPUやメモリー使用率、アプリケーション・ログ、レイテンシー、スループットなどのメトリクスを収集、集約し、アクセスを容易にします。
収集したデータは、わかりやすいダッシュボードで可視化されます。これにより、アプリケーションの健全性や関連サービス、ビジネス目標との整合性を確認可能です。主要な機能の監視により、依存関係グラフなどのツールを使用して、サービス間の連携やアーキテクチャ全体の構造を明確にできます。
従来、データ分析タスクはAPMツールによって実行されていました。APMは各データソースから情報を集約し、オブザーバビリティー・ソフトウェアの監視機能と同様に、レポートやダッシュボード、視覚化を提供していました。
しかし、現代のアーキテクチャーはコンテナ化されたマイクロサービスに依存することが多く、オブザーバビリティー・ツールは基本的なテレメトリー収集をKubernetesレイヤーにオフロードすることが多く、これにより、ITチームはサービス・レベル目標(SLO)やサービス・レベル指標(SLI)のデータ分析に集中できるようになります。さらに、オブザーバビリティー・ソフトウェアは複数のソースからデータを収集・精査し、最も関連性の高い情報を抽出して、開発チームに実行可能な洞察を提供します。
注目すべき点として、オブザーバビリティー・ソフトウェアの自動化機能は、これら3つのプロセスにとどまりません。オブザーバビリティー・ツールは、デバッグ作業やインスツルメンテーション、新しいサービスがネットワークに追加された際の監視ダッシュボードの更新なども自動化できます。さらに、エージェント管理も行います。ここでいうエージェントとは、エコシステム全体に配置され、継続的にテレメトリデータを収集する小さなソフトウェア・コンポーネントのことです。このほかにも、さまざまな自動化機能を備えています。
オブザーバビリティーは、ソフトウェア開発とIT運用を統合し、自動化によってアプリケーションやサービスの提供を加速するDevOpsの中核要素です。DevOps手法では、共有ツールとプラクティスを活用し、小規模で頻繁な更新を行うことで、開発をより迅速・効率的・信頼性の高いものにします。
効果的なDevOps戦略では、潜在的な性能ボトルネックやエンドユーザー体験の問題を早期に特定し、迅速に対処することが不可欠です。オブザーバビリティー・プラットフォームは、関連するデータ・インサイトを提供し、問題のあるコンポーネントやイベントを即座に特定できるよう支援します。
オブザーバビリティーは、システム理解を深めるためのツールとエンジニアリング手法を提供します。代表的な機能は次の通りです。
高品質なオブザーバビリティー・データに基づく洞察は、開発、テスト・プロセスにおけるフィードバックを高速化し、CI/CDパイプライン全体の効率を向上させます。
AIは、オブザーバビリティーを進化させ、主要な機能、オートメーション、そして高度な分析をITオペレーションに統合します。従来のオブザーバビリティーはシステムの詳細な可視性を提供しますが、AIは膨大なデータをインテリジェントに解析し、異常の兆候を先読みして防止することで、その可視性をさらに強化します。
AI駆動型のオブザーバビリティーにより、開発チームは問題発生後に対応するのではなく、ITインフラストラクチャーを積極的に保護し、予防的な運用を実現できます。機械学習アルゴリズムを活用することで、オブザーバビリティー・ツールは広範なデータストリームを解析し、パターンや傾向、異常を検出します。これにより、人間が見落としがちな洞察を明らかにできます。
AI駆動型のオブザーバビリティーの主要機能には、次のようなものがあります。
AIテクノロジーを活用することで、オブザーバビリティー・ツールは修復プロセスにおける人間の意思決定を模倣し、自動化できます。
例えば、デジタル・エクスペリエンス管理(DEM)プラットフォームでは、ITスタッフがワンクリックで修正プログラムを実行し、ユーザーにセルフサービスを提案できる仕組みが一般的です。
AIベースのオブザーバビリティー機能は、継続的な監視で受信データを分析し、設定されたしきい値を超える異常を検出します。その後、修復スクリプトや一連の修正アクションを自動的に実行します。もしソフトウェアで問題を解決できない場合は、詳細情報を含むチケットを自動生成します(問題の場所、優先度、AIモデルによる関連洞察など)。
このプロセスにより、ITスタッフはAIが処理できない問題に集中でき、システムの性能問題を迅速に解決できます。
LLMは、膨大なテレメトリー・データに含まれるパターンを認識する能力に優れています。最新のLLMは、ITプロセスに特化したトレーニングやプロンプト・エンジニアリングに基づき、人間の言語構文とセマンティクスを使って情報や洞察を返します。
これにより、ユーザーは複雑なクエリー言語を使わず、自然言語で質問し、データを探索できます。技術的専門知識が限られたユーザーにとっても大きなメリットです。
ただし、LLMは完全なコンテキスト把握が難しく、リアルタイム分析やトラブルシューティングにはまだ課題があります。それでも、オブザーバビリティー・プラットフォームでのデータ洞察を簡素化する強力なテキスト処理機能を提供します。
洞察へのアクセスが容易になることで、システム動作の理解が深まり、IT課題や障害ポイントの把握が促進されます。
因果AIは、単なる相関関係ではなく、変数間の因果関係を明確にし、モデル化することに重点を置いたAI技術です。
従来のMLは統計的相関に依存して予測を行いますが、因果AIは相関関係を生み出す根本的なメカニズムを特定し、より精度の高い予測と的確な意思決定を可能にします。
オブザーバビリティーに因果AIを組み込むことで、ITチームはインフラストラクチャー・コンポーネント間の関係や依存性を分析し、問題の根本原因を正確に特定できます。
これにより、開発者は「いつ、どこで」だけでなく「なぜ」問題が発生するのかを理解し、迅速な解決とシステム信頼性の向上を実現します。
現代のIT運用において「オブザーバビリティー」は不可欠な概念ですが、その理解には多くの誤解がつきまとっています。
以下の記事では、こうした誤解を一つひとつ丁寧に解説し、なぜその考え方が誤りなのかを具体的な事例や技術的な背景を交えて解説し、より信頼性が高く、効率的なIT運用のためのヒントを提供しています。