読書メモ

読書メモ『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』 – もう一つの仕事から…

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私が『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』という本を手にした理由は、「プロジェクト・アリストテレス()」という「心理的安全性が成功する優れたチームを作る鍵である」というGoogle社の有名な研究結果の分析、あるいはその研究過程が取り上げられている本なのだろうという<思い込み>からでした。

 

プロジェクト・アリストテレスの概要は、Lifehackerの『Googleが発見した、最も成功しているチームに共通する5つの特性』をはじめ、いろいろな記事で紹介されています。大変興味深い研究ですのでご存知ない方は検索してみてください。

 

プロジェクト・アリストテレスを紹介する際、よく使われているエピソードがあります:

  • チームリーダーが、自分が大きな病に犯されていることをメンバーに伝えたところ、メンバー間の関係性が単なる役割を超えたものとなり、チームの求心力が高まった
  • メンバーが日常生活での心配事や自分の弱みを共有するチームの方が、そうではないチームよりも生産性が高くプロジェクトの成功確率なども高いことがわかった

 

「弱さを見せあえる組織」というのは、プロジェクト・アリストテレスにおいては、いわば「人間らしさをチームの根幹に据えるために、それぞれの弱さを共有し許し合う組織」という風に私には見えていました。

そして、私はこうしたエピソードの深掘りや、さらに細かい分析などを期待してこの本を読み始めたのです。

 

ところが、この『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』に書かれている「弱さを見せあえる組織」は、それとはむしろ対極にあるものとも言えそうなものでした。

分かりやすく対比すると以下のような説明になるかと思います:

  • Google流の弱さを見せあえる組織の手法 – さらけ出された弱さをチームのみんなで優しく包み、強い衝撃から守る
  • DDO()流の弱さを見せあえる組織の手法 – さらけ出された弱さを擦ったり叩いたり水をかけたりして、消し去ったり弱さではない別のモノに変えてしまおう

 

『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』は、DDOについて書かれている本で、DDOはDeliberately Developmental Organizationの略で<発達指向型組織>と訳されています。

本の中心はDDOを実践している「ブリッジウォーター」というヘッジファンド、「デキュリオン」という不動産を中心としたグループ、「ネクスト・ジャンプ」というB2BのECサイトの3社の取り組みの紹介・分析です。

(画像は<CMC読書会19『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』トピックス紹介 & リアル読書会開催>よりお借りしました)

 

DDOの慣習の一番の特徴は、以下と言えるかと思います:

弱さを見せることとその弱さに向き合うことが絶対条件として求められ、本人がそこから目を背けたり逃げようとする行動をとれば、周囲がシビアに指摘し合う。

そして、<ビジネスの成長と社員の成長が分離し得ない完全に一体のものである>からというのがこれを実践する背景となっています。

「そんなのお題目だろ?」とか「理想的にはそうだろうけどね」と思われる方が多いと思いますが、そのあたりの論理付けはここでは取り上げないので、知りたい方は本を手にしていただくか、あるいは公式サイトを見てください。

 

ここまでは私の勘違いの話を書いてきましたが、ここからは本を読んでいる間、私が苦しくなった話を書こうと思います。

それから、読んでいる最中に何人かの友人からもらったコメントについて思ったことも。

 

上にもちょっと書きましたが、この本で紹介されるDDO = 発達指向型組織では、常に弱さを克服するための正しいアクションを取っているかが問われます。

及び腰なところや目を背ける姿勢を出せば、360度いろんなところから「あなたは逃げている」と厳しく指摘されます。

 

自分の行動が、弱さを隠すためのものだと相手に感じられたら、否応なくそれを指摘される職場…。

自分が「弱さ」として提示しても、さらにその根底にある弱さが自覚されていなければ、より深い内省を求められる職場…。

どんな立場や役職にあろうと、優秀そうに見せるために逃げたり、固定観念にとらわれ自分の殻から出ようとしないことは、一切許されないのです。

 

以下は本からの引用です。

 

現代社会にありふれた組織、つまり、自分の弱さを隠すという「もう一つの仕事」に誰もが明け暮れている組織の状況を考えてみてほしい。経営者は、そのような仕事しかしていない人にフルタイムの給料を支払っている。しかも、弱点を隠している人は、その弱点を克服するチャンスも狭まる。その結果、組織は、その人の弱点が日々生み出すコストも負担し続けることになる。

 

「職場の同僚たちには、実際より優れた人間だと思われたい。本当の能力なんて知られたくない! それが人間っていうものでしょ?」。しかし、その「人間の本性」が人々を消耗させ、本来なら仕事に注がれるエネルギーを浪費させているとしたら、どうだろう?
もし露骨に真実を偽る(自分の弱点を隠す)ことと、自分の信じる正義に反する行為を平然とおこなう(他人の悪口を言う)ことが人間のごく当然の性質だというなら、ブリッジウォーターやそのほかのDDOで働く人たちは、人間でないことになってしまう。

 

ノラ・ダッシュウッドの裏の目標:
リーダーシップの振るい方を変えれば、失敗するかもしれない。価値ある人材だと評価されなくなるかもしれない。コントロールを弱めれば、それにつけ込む人間が出てこないとも限らない。自分が自分でなくなったと感じるかもしれない。変化に乗り出せば確実にこうした危機に直面すると、脳の一部が思っている。

 

「ノラは俺だ!」 — 随所に出てくるノラ・ダッシュウッドの恐怖や固定観念の吐露を読むたびに、そう思わずにいられませんでした…。

 

ほかの人をうまく支援できないことを露呈したくない

つけ込まれたり、ひどい扱いを受けたりしたくない

自分が強くなくてはならない、誰にも頼らず、自分のことは自分ですべきだ(…)移民としてこの国にやってきた両親が愛する娘に叩き込むモットーとしては、素晴らしいものでした。でも、それが有効な段階はもう過ぎてしまったと思っています

 

 

この本のキーワードDDO(発達指向型組織)が文字通り〈組織としての発達・成長〉を主眼に置いていることを考えれば、この意見はもっともだと思います。

ただ一方で、それならば個人やスモールチームでの実行やお試しが本当に意味がないかと言えばそんなことはなく、試せる環境や場を見つけられるなら試してみて、自分、あるいは自分たちなりのDDOを作る可能性を探ってみるのは良さそうな気がしています。

 

急なチャンスが巡ってきたとき、ウォーミングアップが終わってないプレーヤーには声がかからないものだし(QBK)。

そういう意味では、マイプロジェクト(マイプロ)などで使われている〈マイ・ヒストリー〉作りと対話なんかを、会社から離れたコミュニティーや場で行うあたりからスモールスタートしても良いのかもしれないですね。

なお<弱さを見せることが目的化してしまったり>についてですが、私個人としては、弱さを見せそれを受け止められること自体にも意味がある気がしています。

もちろん、そこには傾聴の姿勢やルールがあることが前提ではありますが、そこさえきちんとしていれば、じっくりと自己開示して受け入れられる時間と習慣を職場にインストールしたいなと、今、ぼんやりですが思っています。

 

社内外で、そんなお試しワークに参加してみたいし実践してみたいな。

誰か、企画する人がいたら、あるいは一緒に企画しようという方がいたら声かけてください。

 

Happy Collaboration! 

 

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