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THINK Business

健康長寿社会の実現に向けて
– 高齢者の行動分析から介護ロボットの開発へ

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国立研究開発法人国立長寿医療研究センターは、6番目のナショナルセンターとして設立された日本の長寿医療の中核的な医療・研究機関だ。そのセンター内センターの1つである「健康長寿支援ロボットセンター」では、高齢者の自立した生活を支援する介護ロボットなどの研究・開発を行っている。その一環として取り組んでいるのが、高齢者の転倒の原因究明と対応策の研究だ。

高齢者はどのような状況で転倒するのか、転倒を防止する介護ロボットとはどのようなものか。
同センターのセンター長である近藤和泉氏と、データ分析を担当した日本IBMの中田武男氏に、これまでの研究の成果と健康長寿社会の実現に向けた介護環境におけるテクノロジー活用の未来について伺った。

要介護になる4つの理由への対応が健康寿命の延伸に

――「健康長寿支援ロボットセンター」は、高齢者が自立して生活できる健康寿命の延伸のために設立されたと伺いました。どのような研究を行っているのでしょうか。

近藤 健康寿命の延伸は、裏を返すと介護予防になります。要介護になる前の状態をどれだけ長くできるかが重要です。当センターは名称に「ロボット」が付いていますが、研究の対象はロボットだけではありません。高齢者が自立して生活することを支援するあらゆる機器を開発することを使命としています。

75歳以上の方が要介護になってしまう理由は大きく4つあります。認知症、加齢により身体機能が低下するフレイル(健常から要介護へ移行する中間の段階)、関節の痛み、そして転倒骨折です。この4つが全体の3分の2を占めています。自立した生活を少しでも長く送ってもらうには、この4つにどう対応していくかが大きなカギを握っています。

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
副院長・健康長寿支援ロボットセンター長
リハビリテーション科部長 近藤和泉氏

――今回のIBMとの共同研究は「転倒」に関するものと聞いています。

近藤 はい、転倒の原因を探るのが目的です。転倒の怖さは怪我だけではありません。一番怖いのは“転倒恐怖”です。つまずいて転倒したことが恥ずかしい、周りの人に迷惑をかけてしまう。転倒した高齢者にそういう心理が働き、活動範囲を狭くしてしまうのです。

活動範囲が狭くなると、活動量が減り、筋肉の力が衰えてバランスが悪くなり、また転倒しやすくなります。人との接点が減れば認知症にもつながります。だから“転ばぬ先の杖”として、いろいろなデバイスを用意する必要があるのです。そのためにはまず転倒の原因を突き止める必要がありました。

中田 今回の共同研究は新しくデバイスを開発してデータを取得するのではなく、現場で何が起こっているのかをデータから把握するためのものです。そのために病院が蓄積してきた転倒事故の記録データをAI(人工知能)で分析しました。エンジニアが便利だと思って搭載した機能が、実際には役立たないことがあります。それは現場でどのように使われるかを理解せずに設計しているからです。そういうミスマッチを防ぐことにつながればと思いました。

日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所
アクセシビリティ&ヘルスケア
シニア・リサーチャー
中田武男氏

約3400件の転倒事故報告をAIで分析し、原因を顕在化

――なぜAIで分析してみようと考えたのでしょうか。

近藤 医療事故の中で一番多いのが転倒・転落事故です。当病院ではワーキンググループを設置し、ここ5年間の転倒・転落事故の分析を続けてきました。その結果、事故報告が約3400件蓄積されたのですが、文章で書かれていてうまく分析ができません。トイレでの事故が多そうだと感じていても、データ的な裏付けがありませんでした。

諦めかけていたときに、IBM Watsonの事例に精神科の記録の分析があることを知り、「AIでそこまでできるなら報告書の分析もできるのでは」と考え、平成29年度の厚労省の「老人保健健康増進等事業」の1つとして、IBMに共同研究の話を持ちかけました。

中田 転倒防止のために患者さんを拘束するというやり方もありますが、人としての尊厳を大切にした対策を見出せればと考えました。トイレに行こうとしたときに転倒することが多ければ、その兆候をつかむことで対策手段を講じることができます。

それが実現できれば、看護師さんも効率的にケアできますし、介護ロボットを有効に活用することもできます。私自身、長年「医工連携」で取り組んできたこともあり、近藤先生と思いを共有することができました。

「IBM Watsonの事例に精神科の記録の分析があることを知り、共同研究の話を持ちかけました」

――分析ではどんなところが大変だったのでしょうか。

中田 報告書の内容を把握するには、キーワードの使い方を理解して、その言葉が本当に伝えようとしていることを推測する必要があります。例えば「トイレ」という言葉が使われていても転倒と関係ないこともありますし、「トイレ」に代わる言葉が使われているときもあります。

病院内の打ち合わせに同席させてもらうなどして、状況を理解しながらチューニングを進め、精度を上げたうえで報告書を分析しました。

近藤 転倒事故の要因を分類すると大きく2つに分けられます。病室内につまずきやすいものがあるといった環境要因と、性格や病気などの患者要因です。これらを分けて分析しないと本当の原因は見えてきません。IBMはこの両方の現場に立ち会ってくれました。

――分析結果はどうだったのでしょうか。

近藤 全3439件の報告書に対して尿意の有無を調べた結果、転倒の約41%は尿意が原因であることがわかりました。さらに認知症患者の場合、夜間の尿意による転倒が起きている割合が高く、重点的なケアが必要なこともわかりました。

こうした傾向が証明されたことは初めてで、大きな意味があります。医師は医療面しか見ていないことが多く、患者さんの生活に隠れている原因を見逃しがちです。隠れていた原因を顕在化させることで、それが常識になって世の中が動き出します。

中田 転倒の原因がトイレへの移動だとわかれば、その対策に投資がされ、IoT(Internet of Things)活用などの開発が加速します。1つのムーブメントを生み出すことができるのです。

「転倒の原因がトイレへの移動だとわかれば、その対策に投資がされ、IoT活用などの開発が加速します」

尿意を感知して補助する介護ロボットの効果を検証

――今回の研究は介護ロボットの開発につながるものでしょうか

近藤 見守りロボットシステムの試作品を制作中です。患者のストレスの状況から尿意を感知し、ロボットが患者のベッドの脇に待機してトイレに行くのを補助するというロボットで、現在は効果を検証中です。

問題は、日本の住居は狭く、段差があって介護ロボットを活用しづらいことと、介護ロボットの評価軸がないことです。患者の好みの問題もありますから、それを踏まえて開発に取り組む必要があります。患者の好みに対応するためにもAIが役立ちます。

中田 パーソナリティーに応じたチューニングができることが理想ですね。今のAIは性格分析ができるレベルですが、次のステップは分析結果を活用して相手の好みに合わせて自律的に対応することです。さらにその先では、ロボットが人間のようなパートナーになってくれます。

今後音声認識の技術発展が進むと、話していることがより正確に分析できるようになります。それとテキストマイニングの技術を組み合わせればそういうロボットが作れるはずです。

――自分の性格に合わせてくれるロボットであれば、介護される側も安心できますね。

近藤 介護する家族の思いも大切です。今年1月に認知症の患者さんとご家族を対象に、これからの生活で役に立ちそうな機器をテーマにしたフォーカスグループディスカッションを行い、その発言ログをIBM Watsonで分析しました。サンプル数が少ないため統計的なものにはなっていませんが、今後の介護ロボットの方向性を考えるうえでの手応えを感じました。改めて共同研究に取り組んでいきたいと思っています。

中田 認知症の人も一人ひとり行動パターンが違います。患者さんの中に自分が忘れることを前提に大事な事はメモを取って生活している人もいました。ご自分でできる対策をとって行動されています。ご家族の意見も聞いてみて、それぞれに適した支援が必要であると実感しました。

近藤 介護ロボットの評価軸や居住環境の改善、求められるロボットの開発など、やるべきことはたくさんあります。しかし、高齢化社会は待ったなし。同時並行的に大車輪で取り組まなければなりません。IBMにはこれからも協力してもらいたいですね。

※ 2019年11月まで日経電子版(広告特集)で掲載した内容です。

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