ITコラム

オープンソース・フォント「IBM Plex」誕生の経緯

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2022年5月13日に公開されたIBM Plex Version 6.0.1に含まれている、IBM Plex Sans JP Version 1.1が、日本語版であるIBM Plex Sans JPの最新版です。また、Google FontsにIBM Plex Sans JPが登録されていることが、2022年11月12日に確認できました。

GitHubに公開されているIBMのオープンソース・フォント「IBM Plex」。2021年7月24日に追加されたのが、日本語対応を果たした「IBM Plex Sans JP」です。

本記事では、公開以降、既に多くの皆様に評価および利用いただいている「IBM Plex」および「IBM Plex Sans JP」について、ウェブサイト「IBM Plex brings a new look to IBM」を参考に、IBMのDistinguished DesignerであるMike Abbinkの言葉を引用しながら紹介します。

IBM Plex フォントのタイポグラフィー

IBM Plex フォントのタイポグラフィー(IBM Plex公式サイト Galleryより)

IBMのフォント開発の原点は、タイプライター

「ワープロ」こと「ワードプロセッサー」を目にしたことがない世代が多いであろう2021年において、「タイプライター」と聞いても何のことかわからない方が多数でしょう。

分かりやすく現代風に述べてみると次のような感じでしょうか。

「キーボードの文字を押すと、文字が刻まれた金属のアームが動き、インクをしみこませた帯の上からアームに刻まれた文字を紙に打ち付けて、紙に文字を印字する機械」

これが、「タイプライター」です。そして、その「タイプライター」を、IBMは1961年に発表しています。

IBMのタイプライターである「IBM Selectric typewriter」は、上述した「文字が刻まれた金属のアーム(「タイプバー」と呼称)」と異なる印字の仕組みとして、ゴルフボール型の「タイプボール」を採用したことが革新的でした。(IBM Selectric typewriter 紹介映像を、本記事の最後に掲載してあります)

ちなみに、丸みを帯びたデザインが特長であるIBM Selectric typewriter初代機のIBM Selectric I は、映画やドラマに登場することがあります。本記事に掲載している赤い筐体の画像をご覧になって、「見たことがある」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

タイプボール

日本IBM本社事業所に展示されているIBM Selectric IIのタイプボール(筆者撮影)

IBM Selectric typewriterの「タイプボール」は交換が可能であり、イタリック体、科学的記数法、英語以外の言語を含む、さまざまなフォントが利用できました。

Mike Abbinkは次のように述べています。

「IBM Selectric typewriterは、内容、雰囲気、個性、テーマに基づいて、作家が書体を変更することを初めて可能にしました。選択したフォントを使用することで、作家は自分なりの表現ができます」

当時のIBMは、IBM Selectric typewriter用として、数多くのフォントをデザインしたり、外注していました。その中には、開発者に愛用され、脚本家の標準として使われているフォントである「Courier(クーリエ)」も含まれていました。

そう。IBM Selectric typewriterは、IBMのフォント開発の歴史における原点なのです。

HelveticaからIBM Plexへ

現在、世界で最も広く使われている企業用フォントであるHelveticaは、1960年代以降のIBMにおける標準フォントでした。

では、なぜ、IBMは新たなフォントであるIBM Plexの開発を選択したのでしょうか。Mike Abbinkは次のように述べています。

「Helveticaは標準的な企業用フォントですが、IBMは標準的な企業とは異なります。IBMには独自の見解や、世界における独自の立場があります。そのようなIBMのストーリーを伝えるにあたり、役立つフォントを作ろうと決めたのです」

IBMのストーリーに基づくIBM Plex

「IBMのフォントの開発の原点は、タイプライター」で述べた、IBM Selectric typewriterを起点とするIBMのフォント開発の歴史は、IBMのストーリーの1つです。

Mike Abbinkは、さらなるIBMのストーリーの1つとして、「人間と機械 」に言及しています。実は、「人間と機械 」に至る過程において、IBMらしいフォントを作ろうとした際に、最大のインスピレーションの源となったのは「IBMの歴史」だったそうです。

IBM トーマス J. ワトソン・リサーチ・センター

宇宙船のようなガラスの外観と、温かみがある有機的な石の壁の内部とを対比させたデザインのIBM Thomas J. Watson Research Center – Yorktown Heights。この自然と人工のバランスが、IBM Plexのバックボーンです。

IBMが1920年代以降に作ってきたすべての製品は、テクノロジーと人間の融合を目指してきました。このことからも明らかないように、IBMは、常に、人間と機械の間の媒介としての役割を果たしてきています。

自然なものと人工的なもの。
感情的なものと理性的なもの。
古典的なものと最先端のもの。

IBMの最も重要な仕事は、人類とテクノロジーが共に前進するのを助けることであり、IBMの永続的なテーマとは何かを熟考した結果、Mike Abbinkがたどり着いた答えが「人間と機械」だったのです。そして、このような「人間と機械」の関係性を、文字で表現することを目指したのです。

もう1つの重要なIBMのストーリーは「IBMのロゴマーク」であると明言して、Mike Abbinkは次のように述べています。

「IBMロゴは、世界で最も広く認知されている3文字の企業ロゴタイプです。非常に個性的な形状であり、独特の性質を持っています。B の文字だけを見ても、IBMロゴのBだと気づく人が多いでしょう」

IBM Plexの誕生

IBMは、個性的でありながら、時代に左右されないフォントを必要としていました。

この新しいフォントは、IBMのブランド精神、信念、デザイン原則を反映し、あらゆる場面(製品パッケージ、ibm.comのWebサイト、開発コードなど)において、IBMのアイデンティティー(自己同一性)を伝えることを意図してデザインされました。

このような役割を果たすフォントには、圧倒的な存在感が求められます。同時に、グローバル企業のコミュニケーションにおけるニーズを満たす柔軟性を兼ね備える必要があります。

そのため、IBM Plexの開発では既存の様々な書体が検証されました。そして、適切な解にたどり着くまで、フォントの試作が繰り返されました。

こうして最終的に完成したIBM Plexは、ローマンとイタリックの2つのスタイルを持つ、Sans(ゴシック体)、Mono(等幅フォント)、Serif(明朝体)、Condensed(長体)の4種類のフォント・ファミリーであり、ありとあらゆるシチュエーションで利用できる柔軟性を備えています。

IBM Plexのフォント・ファミリー

2つのスタイルを持つ4つのフォント・ファミリー

IBM Plexの各フォント・ファミリーは、象徴的な「8本バーのロゴ」であるIBMロゴに敬意を表して、8種類の太さで構成されています。また、大きな文字では個性的に見え、小さな文字では読みやすいバランスを実現しています。以下のアニメーションGIFは、「a」という文字を例に8種類の太さを紹介しています。

8種類の太さを紹介するアニメーションGIF

IBM Plexが提供する8種類の太さ

IBM Plex Sans JPにおける8種類の太さ

なお、今回、日本語対応を果たした「IBM Plex Sans JP」は「Sans」ですので、ゴシック体のフォントとなります。

他のIBM Plexフォントと同様に、「IBM Plex Sans JP」は、Thin、Extra Light、Light、Regular、Text、Medium、Semi Bold、Boldの8種類の太さで構成されています。

「IBM Plex Sans JP」が、オープンソースで、8種類の太さを持つ日本語フォントであることが、利便性に寄与する局面もあると思われます。

(IBM Plexのデザインに関する詳細は、IBM Plex introductionをご覧ください)

利用範囲の拡大を期して、オープンソース・フォントへ

IBM Plexは、本記事の冒頭で述べたように、GitHubで公開されています。さらに、Adobe FontsとGoogle Fontsでも提供されています。

では、なぜ、IBM Plexを、オープンソースのフォントとしたのでしょうか。Mike Abbinkは次のように述べています。

「IBM Plexを社内でのみ使用することについては多くの議論がありました。その一方で、IBM Plexを、IBMが提供するすべてのエクスペリエンスの一部とするためには、オープンソースのフォントにする必要があると考えました。その結果、靴屋やコーヒーショップが、自分たちのアイデンティティーを伝える手段にIBMのフォントを用いることになれば、とても素晴らしいことです。その靴屋やコーヒーショップは、自分たちのアイデンティティーとIBMのアイデンティティーを結びつけているのです。IBM Plexを、自分たちのためだけに使っても、何の得にもなりませんからね」

幸いなことに、日本語対応を果たした「IBM Plex Sans JP」は、一定の評価を獲得できているようです。多くのデザイナーの皆様が、ソーシャルメディアやブログに検証結果を投稿くださっています。

IBM Plex Sans JP サンプル

IBM Plex 日本語版である「IBM Plex Sans JP」

また、「IBM Plex Sans JP」と、日本語未対応の「IBM Plex Mono」とを組み合わせたプログラミング・フォントが、日本人開発者の手によって制作されてGitHubで公開されています。これは、まさに、IBM Plexがオープンソース・フォントであるが故の、利用範囲拡大の事例と言えるでしょう。

既に、ご利用くださっている皆様、そして、これから利用を検討される皆様に、「IBM Plex」および「IBM Plex Sans JP」をご活用いただけましたら幸いです。

関連情報

以下は、IBM Plex 公式サイトの「03 Plexness」に掲載されているIBM Selectric typewriterとタイプボールの映像


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