IBM Sustainability Software
先進テクノロジーを活用した食品業界のDX事例紹介(後編)
2021年06月09日
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株式会社ビジネスセンター社発行の月刊誌「食品機械装置」は、創刊から50年以上という長い歴史を持つ、日本国内はもとより海外でも購読されている専門誌です。
先日発売された食品機械装置2021年6月号に、『先進テクノロジーを活用した食品業界のDX事例紹介』という、コグニティブ・アプリケーションズの野ヶ山尊秀の寄稿記事が掲載されました。
その内容を2回に分けて転載します(第1回目はこちら)。
なお、寄稿全文をPDFファイルとしてダウンロードしていただくことも可能です。印刷して読みたい方や社内で回覧したいという以下よりダウンロードしてご利用ください。
PDFファイル: 先進テクノロジーを活用した食品業界のDX事例紹介
3. 食品・サプライチェーン業界における先進テクノロジー活用の事例
この章では,食品の製造現場とそのサプライチェーン全体の DX を行った事例を紹介する。
A. 設備保全の統合管理を実現するサントリー食品の新工場
サントリー食品インターナショナル株式会社(以下サントリー食品)は「水と生きる」を「Promise/社会との約束」に掲げ,「自然環境の保全・再生」,「環境負荷低減」に加え,次世代に向けた環境教育「水育」など長年展開してきた。近年,健康志向や備蓄意識などの高まりによってミネラルウォーター市場は伸長しており,「サントリー天然水」のさらなる安定供給を図るため,第4の水源として新工場「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場(以下 北アルプス信濃の森工場)を 2021 年春に稼働させる予定である。サントリー食品は「北アルプス信濃の森工場」を他工場の先頭をゆく最先端のスマートファクトリーと位置付け複数のソリューションを導入予定であり,設備保全管理についても効率的で質の高い業務を実現し,より高品質かつ高効率の製品製造につなげることを目指している。
参考: サントリー食品 | 「サントリー天然水」新工場の名称は「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」
そのため,設備保全統合管理システム「IBM Maximo」が北アルプス信濃の森工場に導入される。
参考: 日本IBM | 設備保全統合管理システム「IBM Maximo」を「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」へ導入
IBM Maximo は保全対象の選定,保全計画の策定,作業管理,購買管理,在庫管理といった設備保全管理業務に必要な機能を提供する統合パッケージである。「北アルプス信濃の森工場」の設備資産すべてが管理対象となる。これにより,設備,業務量,人員,スキルの見える化や,合理的かつ効率的な設備状況の監視ができるようになり,安定した稼働によるより高品質かつ高効率な製品製造を実現できる。一般に,設備保全は PDCA サイクルを実施しながら少しずつ安定させていく。IoT 化やスマート化や AI 活用を取り入れてもこのサイクルがなくなるわけではなく,IBM Maximoは既存のPDCA の各場面を,より安全に,より簡易に,より効率よくなるように支援していく。
また,IBM Maximo は設備保全に関するデータを蓄積できるため,デジタルトランスフォーメーションを推進するための基盤となる。サントリー食品は「北アルプス信濃の森工場」の設備保全業務を他工場へも展開することを想定しており,データとして蓄積された各工場の設備保全業務の知見を全社的に活用しながら,工場のデジタルトランスフォーメーションを推進し,スマートファクトリーを展開していく予定である。
B. 米国 Sugar Creek Brewing 社における クラフトビールの自動検査
アメリカのクラフトビール会社である Sugar Creek Brewing 社は,ノースカロライナ州シャーロットにあるクラフトビール醸造所で,ベルギーのトラピスト会修道院のスタイルで新鮮で高品質のビールを提供している。2014 年に操業を開始し,今日では年間約 7,000 バレルを生産し,南北カロライナ両州全土にてビールを販売している。
Sugar Creek Brewing 社では,ビールをあるタンクから別のタンクに移すボトリング工程で,圧力や温度などの値により大量の泡が発生するケースがあり,泡を含んだまま瓶詰めが行われ次工程のラベル貼りに進められており,毎月 300 万円以上の廃棄ロスが発生していた。そこで IoT 技術を利用して充填時間や温度,pH,重力,圧力,炭酸ガス量,レベルといったパラメーター値をリアルタイムに収集し,ディープラーニング技術による画像解析を利用してボトル内の泡の発生状況を確認する仕組みを導入した結果,ボトル内で過度の泡が生じる問題の原因を特定し対応策を取れるようになり,毎月 100 万円以上の廃棄ロス削減を達成している。
参考: Sugar Creek Brewing Company | About Sugar Creek Brewing Company
参考: 日本IBM | クラフトビールがIoTとAIに出会ったら(シュガークリークブリューイング事例)
C. 米国ウォルマートによる IBM Food Trust の活用
食品業界にとって長年の課題は,「食の安全性確保」や「流通経路の透明性」である。世界では 10 人に 1 人が食中毒に掛かり,毎年 42 万人が死亡している。消費者の 25%しか食品流通システムを信頼しておらず,ゆえに 90%以上が食品の透明性を提供するブランドに高いロイヤリティーを感じているという。業界をまたがったサプライチェーン全体で見ると,出荷した生鮮食品,いわゆる果物や野菜の 3 分の 1が消費者に届く前に劣化し,破棄されるという「フードロス問題」を引き起こしている。さらには,非効率な業務による不要なコストの発生も課題となっている。
参考: 日本IBM | ブロックチェーンで生産から消費まで「食のサプライチェーン」を可視化する
もしも,どこかのプロセスで材料が滞留すると,それがボトルネックとなり,次々と後続プロセスで遅延が起きてしまう。結果,消費期限までの時間をサプライチェーン上で消費してしまい,フードロスを引き起こしやすくなる。配送業者も,配送の各プロセスにおけるエビデンス(証拠)を担保できないと責任の所在が不透明になり,遅れた原因に対して,言われなき責任を押し付けられる可能性が発生する。
こういった課題を解決するには,商品の来歴が分かる「厳密なトレーサビリティー」と「サプライチェーン全体の可視化」,さらに「証明書の管理」が必要だ。これらに信頼性を与えてくれるのが,「IBM Food Trust(フードトラスト)」である。これは,IBM が提供するサプライチェーン向け,特に食品業界に対応した IT ソリューションである。
参考: 日本IBM | IBM Food Trust
世界最大手の小売企業である米ウォルマートは,ブロックチェーン技術を利用することで,食の生産地から小売店舗の棚に並ぶまでの仕入れルートをトレースする実証実験を行った。同社は,2016 年 10 月に中国市場で実証実験を開始。当時,中国では豚肉が不足し,密輸と偽装の問題が起きていた。これをブロックチェーン技術活用による新しいトレーサビリティー・プラットフォームで解決し,大きな成果を挙げたのだ。 豚肉に付けられた追跡コードを読み取ると,従来 26 時間も掛かっていた情報の追跡が,数秒で完了したのである。「食」の安全性という点では,秒単位で瞬時に商品を追跡でき,食品の汚染や中毒の拡散を防ぐことが可能になる。さらにサプライチェーン全体でデータを共有・管理できるため,エコシステム全体を最適化し,フードロスも最小限に留めることができる。
トレーサビリティー・プラットフォームへの参加は,こういった「守りのメリット」だけでなく,じつは「攻めのメリット」として,食の付加価値を高めるという恩恵もある。小売企業は商品の新鮮さや鮮度をアピールできると同時に,証明書によって食品の由来や真正性を確固たるものとして,付加価値を付けたブランドとして販売できるからだ。
D. Ocean to Table(海から食卓まで)
Food and Agriculture Organization of the United Nations(国連食糧農業機関)によれば,世界の漁業の 34% が持続可能な水準を超えて漁獲されている。またWorld Wide Fund for Nature(世界自然保護基金)は,海洋生物個体群の規模は,1970 年から 2012 年にかけ,ほぼ半減(49%)したと報告している。かつては水産大国とされていた日本も年間漁獲量はこの 30 年で 65% 減少。一方で資源管理が不十分で, これからの担い手である若手不足も問題となっており,近年では IUU 漁業(違法・無報告・無規制)による漁獲が国内外でも問題視されており,資源状況に大きく影響している。
こうした過剰漁獲や違法漁業の拡大を防ぐため,持続可能な方法で獲られた水産物に認証を与え,消費者や小売業が選択できるようにする取り組みが進んでいる。ヨーロッパやアメリカでは「海のエコラベル」と呼ばれる海洋管理協議会(MSC)漁業認証や水産養殖管理協議会(ASC)認証を取得したサステナブルシーフードの需要が高まりつつある。さらに獲られた水産物を,流通から製造,加工,販売に至るすべての過程において CoC 認証を取得した企業が適切に管理することで,水産物に MSC 海のエコラベルを付けることができる。これらの認証は,環境負荷が小さく,労働環境や地域社会に配慮した方法での養殖や漁獲であることや,流通経路上も適切に管理されていたことも示しており,単なる乱獲対策にはとどまらず,よりよい水産物が流通する社会の実現を目指す取り組みである。
参考: Aquaculture Stewardship Council (水産養殖管理協議会) | ASC認証
参考: Marine Stewardship Council(海洋管理協議会) | MSCの認証規格
参考: Marine Stewardship Council(海洋管理協議会) | CoC認証
参考: Marine Stewardship Council(海洋管理協議会) | 海のエコラベルとは
前述のように,食の安全,透明性を確保するには,製造,加工,流通,販売に至るサプライチェーンのプレイヤーすべてが関わる必要がある。Ocean to Table は,食品業界サプライチェーン向け IT ソリューションとして世界規模でのシェアがある IBM Food Trust を日本の水産物サプライチェーンに導入するプロジェクトである。まず,日本IBM の Food Trust 上にアイエックス・ナレッジが Ocean to Table プロジェクト専用のアプリケーションを構築する。そのアプリケーションを通じてライトハウスの「ISANA」により集められた漁獲データ,加工・卸売業も行っている海光物産の加工,流通データ,レストランの調理データが Food Trust に集積される。これによりレストランの顧客は専用アプリを通じて現在自分が食べているメニューに使われている魚の漁獲場所,加工,流通,そしてそのレストランで開封,保管されるまでのサプライチェーンの過程を確認することができる。
参考: シーフードレガシー | Ocean to Tableプロジェク ト:ブロックチェーンで漁業をサステナブルに
今後は,より漁業現場でのデータ収集の負荷 軽減のための音声認識ソリューションの導入や,現在水産庁が進めている漁獲証明制度に対 応するデータを収集し表示可能にするなどのシステムの発展を進める。また,アプリを実際に 利用しストーリーを消費者に伝える橋渡し役と なるレストラン/ホテルチェーンや EC サイトを増やしていく。加えて,完全にトレーサブルな商品を食することは,持続可能な漁業へ貢献することであると広く消費者にも訴求していく。
Ocean to Table プロジェクトはその対象を養殖漁業にも広げようとしており,日本の養殖漁業の品質の高さを上述の仕組みと同様に世界に展開する IBM Food Trust と連携し世界の消費者に訴求していく。これは日本政府の政策目標である農林水産物・食品の輸出額の拡大(2 兆円 [2025 年まで],5 兆円 [2030 年まで])に 寄与しようとするものである。したがって,海外市場に対しても透明性の高い正しいデータで品質の高さを証明する必要が増していく。IBM Food Trust は海外大手企業での採用が進んでおり,そうした企業との連携が容易に実現できると期待できる。
参考: Food and Agriculture Organization of the United Nations | The state of world fisheries and aquaculture 2020
参考: World Wide Fund for Nature(世界自然保護基金) | Living PlanetReport
E. IBM の Watson 農業プラットフォーム,作物の価格予想や害虫対策なども可能に
食料サプライチェーンのスタート地点である農場の経営は,チェーン全体に影響をおよぼす。作物の生産量は気象,害虫,病気などに容易に影響され,生産量が減少すれば需要を満たせずに市民生活に混乱を招く。一方,過剰な生産は市場における商品の価値の低下をもたらし,これを避けるために本来消費されるべき作物が廃棄されてしまう。ある研究によれば,米国のブロッコリー生産量のわずか5%が収穫されないだけで約 4 万トン以上のブロッコリーが廃棄されることになり,これは,米国国立学校で給食を食べるすべての子供達に 11 杯(1 杯 4 オンスとして)を提供するのに十分な量となる。また食料の廃棄は,その生産のために使われた資源を無駄にしてしまう。例えば,カリフォルニア州モントレー郡で栽培されたブロッコリーのわずか 5%が収穫されない場合,これは 16 億ガロンの水と 45 万ポンドの窒素肥料の無駄な使用となる。
農業従事者を支援し市場を安定化させるため,IBM は新しいプラットフォーム,「Watson Decision Platform for Agriculture」を提供している。これは,IBM の予報バックエンドの力を利用し,土壌の温度や湿度レベル,作物に掛かるストレス,害虫,病気など,作物の生産量に影響する重要な要因を浮き彫りにする。生産者はドローンを展開し,写真を送信してAI の流行分析情報を得たり(作物の病気の兆候を見つけるなど),植物を接写した画像を病害検出用コンピュータ画像認識アルゴリズムに送信したりすることができる。大規模農場はプラットフォームを利用し,収穫時期やグローバル市場での販売量を予測できる。また,送信されてきたデータを照合することで,ベストな灌漑,植付け,施肥,労働者の安全管理だけでなく,その年における理想的な作物販売時期も見極められる。
参考: Gunders, Dana | Left Out: How much of the fresh produce that we grow never makes it off the farm?
参考: IBM | Watson Decision Platform for Agriculture
Watson Decision Platform for Agriculture は 複数のデータを統合することから実現している。
- The Weather Company が提供する正確な気象データ
- IoTセンサーデバイスから集められた土壌データ
- 農業従事者から提供されるイベントデー タ(収穫日や施肥日など)
- IBM Pairs Geoscope が提供する人工衛星,ドローン,航空機などから提供される高精細画像
これらのデータは,ビジネス用詳細気象データ・スイート「 IBM Environmental Intelligence Suite 」と,そのパッケージ「 Weather Company Data – Agriculture」から得ることができる
参考: 日本IBM | Weather Company Data Packageサービスで 提供する気象データリスト参考: 日本IBM | 気象ビジネスの新時代到来! 詳細気象デー タ・スイート「IBM Environmental Intelligence Suite」
4. おわりに
本稿では,日本の製造業における典型的な DX の導入のステップを簡単に紹介した。また,IBM が提供するソリューションの適用事例を中心に次世代の食品供給の形,スマートファクトリーの形について紹介した。 IBM は国内外のさまざまな業種の DX に携わっており,多くのソリューション,事例を IBM ソリューションブログにて紹介している。
問い合わせや相談があれば,下記よりCognitive Applications事業部に連絡をいただきたい。
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