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電力送配電DXレポート 第5回 作業員の健康/安全管理の事例と最新ソリューション

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川井 秀之
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
公益サービス事業部

SDGsや健康経営が叫ばれる昨今、送配電事業者様が安定した電力供給のために実施するさまざまな保守作業を、作業員の健康と安全を守りながら実施することはますます重要な経営課題となりつつあります。幸い、今日ではメーカー各社から提供される各種のウェアラブル・デバイスを使い、作業員の健康状態を知るためのさまざまな生体データを収集して活用することで、リスクの可視化やAIによる危険予測などを行うことが可能となっています。また、画像認識AIやロボットなどの技術を監視や施設巡視で活用するためのソリューションも登場しています。今回は「作業員の健康/安全管理」をテーマに、国内外の先進事例やIBMの関連ソリューションをご紹介します。

※ 本記事は公益サービス事業部主催「電力送配電部門様向けDXセミナー」の実施内容を基に構成しています。

作業員を労働災害や熱中症からいかに守るか

厚生労働省が2021年10月20日に公表した速報値によれば、我が国における労働災害の発生状況は10月7日時点で死亡災害が541人(昨年同期511人)、休業4日以上の死傷災害が9万7,913人(昨年同期8万332人)と、いずれも前年を上回っています※1。特に休業4日以上の死傷災害は前年同期比で2割以上も増加しており、注意を要する状況だと言えます。
※厚生労働省「労働災害発生状況(IBM外のWebサイトへ)」より。

また、職場における熱中症による死傷者数の推移を見ると、我が国を記録的な猛暑が襲った2018年より死傷者数が大きく増えており、こちらも警戒を要する状況が続いています。

表:職場における熱中症による死傷者数の推移(括弧内は死亡者数)

※出典:厚生労働省「令和2年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)(IBM外のWebサイトへ)

送配電事業者様が電力の安定供給のために行っている保守作業は危険を伴うものが少なくないことから、作業に当たる方々の健康/安全の確保は重要な経営課題の1つとなっています。

また今日、持続可能な世界を実現するための国際目標であるSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)のゴールとして従業員の健康や福祉、働きがいなどが掲げられており、従業員の健康/安全に配慮した取り組みはSDGsのゴールを達成するうえでも必要不可欠だと考えられています。

さらに、経済産業省が推進する「健康経営」でも、「従業員などの健康保持/増進の取り組みは将来的に企業の収益性などを高める投資である」という考えの下、健康管理を経営的な視点から考え、戦略的に実践することが推奨されています。

加えて、少子高齢化が進む中で働き手を確保していくために魅力的な職場環境を整備するという観点でも、従業員の健康/安全への配慮は重視すべきテーマだと言えるでしょう。

以上を踏まえ、今回は屋外や屋内で作業に当たる方々を労働災害や熱中症などから守るための仕組みをデータを活用して実現した事例とIBMの関連ソリューションをご紹介します。

ウェアラブル・デバイスによるモニタリングで過酷な労働環境下における事故を防止

初めにご紹介するのは、製鉄業のお客様が製鉄所の過酷な環境下で働く作業員を守るために実践されている健康/安全管理の事例です。

[ 図1 ] 事例/製鉄所の過酷な労働環境下での事故防止

 

このお客様では、製鉄所内で働く作業員が装着する市販のウェアラブル・デバイスにより、体温などの生体データをリアルタイムに収集しています。そのデータを通じて作業員の健康状態をモニタリングし、リスクが高まりそうな状況を統計値を基に判断して作業員や監督者にアラートで通知するソリューション「IBM IoT Worker Insights」を活用されています。同ソリューションによって作業員の健康/安全がどう守られるのかを、以下に簡単なシナリオでご紹介します。

【IBM IoT Worker Insightsを活用した健康/安全管理のシナリオ】

Aさんは地元の製鉄所で働いています。本日も普段通りに出勤すると、IBM IoT Worker Insightsのアプリにログインしてシフトに入ります。このアプリはAさんの行動/バイタル情報をリアルタイムに収集してモニタリングし、さまざまな危険からAさんを守ります。

業務を始める前に、Aさんはウェアラブル・デバイスを装着してIoT Worker Insightsアプリと連携させます。すると、アプリはデバイスの複数のセンサーから取得するデータを使ってAさんのバイタル情報のモニタリングを開始します。

一方、Aさんの監督者であるBさんも、自分のデバイスでIoT Worker Insightsアプリにログインします。これにより、Bさんは自分のチームのメンバーの安全を追跡し、危険が生じた際にはリアルタイムに通知を受け取れるようになります。Bさんは、早速チームメンバーの誰がログインしているのかを確認し、メンバーの状況を確かめます。

製鉄所内ではAさんが持ち場につき、溶鉱炉で鉄を精錬しています。休憩せずに長時間働いていると、「高温にさらされ続けたことにより熱中症の恐れがある」とIoT Worker InsightsアプリがAさんにアラートを発しました。そこで、Aさんは作業を中断して15分間の休憩に入ります。そこにIoT Worker InsightsアプリでAさんの状態に関するアラートを受け取ったBさんが訪れ、Aさんの状態を確認。問題なしと判断し、作業の継続を許可しました。Aさんは休憩中にたっぷりと水分を補給してから作業に戻ります。

その後、Aさんは無事にシフトを終了し、アプリでシフト後の簡単な健康アンケートに答えて帰宅しました。

なお、今日では体温や心拍数、血中酸素濃度などの生体情報ほかに気温や気象情報、加速度センサーにより転倒などまで検知できるウェアラブル・デバイスがメーカー各社より提供されています。これらのデバイスを使って作業員の健康/安全管理を行う際には、収集したデータに対して各種の分析を行って統計的な傾向を把握することが肝となります。IBMはIBM Maximoシリーズの健康/安全管理ソリューション「IBM Maximo Safety」において、メーカー各社のウェアラブル・デバイスから収集したデータを活用した作業員の健康/安全状態のモニタリングや事故の予測的予防といった施策の実施をご支援しています。

[ 図2 ] IBM Maximo Safety

 

また、第2回の記事でご紹介したIBMの気象データ・ソリューション(The Weather Company)で提供している体感温度データを生体データと組み合わせて活用することで、作業員の周囲の状況をより正確にモニタリングすることが可能となります。

→ おすすめ記事: 電力送配電DXレポート 第2回 気象データを活用した国内外の送配電DX事例

例えば、IBMは国内のある自治体様と共同でThe Weather Companyのデータを活用した熱中症の発症予測に関する実証実験を行いました。この実証実験では、猛暑下での行動に関するリスク度合を判断する指標である「湿球黒球温度(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature)」と気温データの組み合わせで熱中症の発症を予測する場合と、The Weather Companyが提供する気温や体感温度、相対湿度、気圧、風速、全天日射量などの各種データを組み合わせた分析により熱中症の発症を予測する場合との精度を比較。その結果、The Weather Companyのデータを組み合わせた予測のほうが大幅に高い精度が得られることがわかりました。

位置情報と生体データの組み合わせで作業所内の行動を追跡し、事故を予測/防止

次にご紹介するのは、海外のある物流会社様が、物流拠点の作業員がフォークリフトと接触して怪我をしてしまうといった事故を防止する目的でウェアラブル・デバイスなどを活用された事例です。

この事例でも、作業員やフォークリフトなどが装着するセンサーから取得したデータを収集/分析し、それぞれの位置情報を追跡して両者の接近を検出します。それらの情報を基にしてフォークリフト・ドライバーの運転の乱れから疲労や眠気などを検出するAI(予測モデル)を作り、作業員とフォークリフトの接近やドライバーの疲労/眠気を検知するとリアルタイムにアラートを発する仕組みを導入されました。

また、このお客様は継続的にデータを収集して分析することで、どの場所/作業員/ドライバー/期間/曜日/時間帯に事故が起きやすいのかといった傾向を明らかにし、注意喚起や安全指導の実施、棚の配置や導線の改善などを行われています。

なお、この事例はウェアラブル・デバイスに搭載されたセンサーを活用したものですが、そのほかに、ある一定エリア全体を赤外線カメラで撮影し、それによって収集したデータを分析して活用するアプローチも考えられます。

スペイン電力会社様における生体センサーによる安全管理事例

続いてご紹介するのは、スペインの電力会社様が取り組まれた生体センサーによるモニタリングの事例です。

このお客様の場合も、基本的な仕組みはここまでに紹介した事例と同様です。さまざまな生体センサーで取得したデータをスマートフォンに集め、それをクラウドやデータセンターにアップロードして経営の観点から誰が現在どのような作業を行っており、どのような危険性があるのかを予測/検知したり、リアルタイムに取得したGPSや加速度センサーのデータにより「高所から落下していないか」「転倒していないか」を検知し、万一の際には緊急アラートを発したりといったことを実施されています。

[ 図3 ] 事例/スペイン電力会社での生体センサーでのモニタリング

 

また、上図左上に「ハザードマップ」とあるように、このお客様では作業員の位置情報をリアルタイムに把握することで危険エリアへの立ち入りを検知し、作業資格を持たない者が危険エリアに入った際には本人と監督者にアラートを発するといったことも行われています。

なお、この事例も含めて全てのケースについてご理解いただきたいのは、単に生体センサーを作業員に装着してデータを取得すれば課題を解決できるわけではなく、データの分析を通じた傾向の把握と可視化、AIを用いた予測などを組み合わせて行うことで、災害防止などの施策が成り立つということです。

IBMは、これらの取り組みについてパイロット・プロジェクトからご支援させていただいています。例えば、今日ではさまざまなセンサーがメーカー各社から提供されていますが、それらをどう組み合わせて活用すべきかについて、デザイン思考も駆使しながらアイデアを出して利用シナリオを作り、課題解決に最適なセンサーを選んでシステムを実装するところまでをお手伝いしています。

画像認識AIを利用して作業動作をリアルタイムにモニタリングする

ここまで、作業員の行動や体調など安全管理にかかわるさまざまな生体データを取得して活用する事例をご紹介してきました。もちろん、生体データを取得しなくても、作業員の健康/安全の確保に寄与するソリューションを実現することができます。以降では、「画像認識AI」「拡張現実(AR:Augmented Reality)」「ロボット」を使ったソリューションをご紹介します。

1つ目は、画像認識AIを活用したソリューションです。IBM Maximoシリーズでは画像認識AIソリューション「IBM Maximo Visual Inspection」を提供しており、画像認識AIによってリアルタイムに映像をモニタリングし、危険な動作や不自然な動作を検出してアラートで通知するといったことが行えます。

この技術を活用することで、例えば作業員が作業施設に入る際、手指のアルコール消毒を行ったかどうかをAIでチェックするといったことが可能となります。この場合、アルコール消毒の動作を機械学習させ、規定の動作を行ったか否かを判定するモデルを作ります。そのモデルを使ってアルコール消毒を行う場所の映像をリアルタイムに解析し、作業員が消毒を行わなかったと判断した場合は「アルコール消毒を行っていない方が入館しました」といったアラートを管理者に通知します。

また、入館時の手指消毒だけでなく、作業手順に従っていない動作を映像からリアルタイムに検知してアラートで通知するといった活用法も考えられます。

ARで遠隔地の専門家から問題解決の支援を受ける

IBM Maximoのソリューションを活用することで、遠隔地の専門家がARを利用して客先などにいる作業員に対してリアルタイムに作業指示やアドバイスなどの支援を行うといったことも可能となります。これは米国IBMでサーバー製品のメンテンナンス業務を行っている約2万人の作業員が実際に使っているシステムであり、利用シナリオは次のようになります。

【ARを活用したエキスパートの支援によるサーバー製品メンテナンス業務のシナリオ(米国IBM)】

  1. 客先などでサーバーのメンテナンス作業を行っている作業者が、自分だけでは解決できない問題に直面した場合、その内容を専用のスマートフォンアプリに入力する
  2. アプリは、入力された内容に基づき、その問題の解決を支援できるエキスパートの一覧を表示する
  3. 作業者は、一覧から支援を受けたいエキスパートを選び、遠隔から支援依頼を行う
  4. 支援依頼が受諾されると、作業者はアプリの撮影機能を使ってメンテナンス対象機器の画像や動画を撮ってエキスパートに送り、通話機能で自分が直面している問題を説明する。エキスパートは、それらによって問題の内容を把握したうえで、送られた画像/動画にアプリのAR機能で矢印などの指示記号を挿入し、どの個所をどのような順序で操作して作業すればよいかを指示しながら問題解決に導く

このような仕組みを使うことにより、IBMのサーバー製品に関するエキスパートが、全米各地のお客様拠点でメンテナンス業務を行う作業員を効果的に支援しています。このシナリオを発展させ、お客様側の情報システム部員が行うメンテナンス業務をIBMのエキスパートがご支援するといった応用も考えられます。

送配電事業者様の業務では、出向場所での作業で不明点のある作業員の方が、いったん営業所などの拠点に戻って不明点を調べたうえで再度、出向場所に向かうといったことが頻繁に発生しているのではないでしょうか。上に紹介したようなシステムがあれば、出向場所から直接、専門家に指示を仰いで効率的に作業を行うことが可能となります。

なお、単に作業者/エキスパート間でリアルタイムにやり取りを行うだけなら、スマートフォンを使った他のソリューションでも実現できるかもしれません。それに対して、IBM Maximoでは、AIも活用して次のようなユースケースにまで発展させられる点が大きな特徴だと言えます。

  • やり取りのログを全て保管し、「こういった作業で戸惑いやすい」といった情報を蓄積する
  • 通話ログを作業ログとして保管し、後から参照できるようにする
  • 通話内容をテキスト化してAIで解析し、戸惑いやすい作業個所に関する情報を蓄積して作業マニュアルや製品設計の改善に役立てる

ロボットと画像認識AIを活用した施設巡視

最後にご紹介するのは、ロボットと画像認識AIを活用したソリューションであり、主に施設巡視などでの活用を想定しています。

働き手の減少に伴い、今後はさまざまな業務領域でロボットを活用するケースが増えると予想されます。屋外ならばドローンが使えますが、ドローンはGPSで自機位置を確認しながら飛行するため、GPSを受信できない屋内施設では利用できないことがあります。その場合はロボットに道順などを学習させて巡視を行わせ、搭載したカメラやセンサーで取得したデータをAIで解析し、他のデータと組み合わせて活用するといった応用が考えられます。

この一連の仕組みをうまく連携させることにより、ロボットで取得したデータを使ってワークフローを自動化することも可能になるでしょう。IBMはこのようなAIを活用したワークフローを「インテリジェント・ワークフロー」と呼んでいますが、これを送配電事業者様の業務に適用し、施設巡視や危険個所での作業をロボットを使って行うことが考えられます。

IBMは現在、四足歩行ロボットの開発で知られる米国ボストン・ダイナミクスと協力し、同社ロボットとIBM Maximo Visual InspectionやエッジAI技術などを組み合わせて、施設内の巡視をロボットが自律的に行うソリューションの実証研究を進めています。

[ 図4 ] ロボットとAIによる画像認識による巡視イメージ

ボストン・ダイナミクス社事例

単に巡視させるだけでなく、ロボットに搭載したカメラやセンサーで収集したデータを解析して各設備の状態を判断し、必要に応じてメンテナンス作業を行うコンディション・ベースド・メンテナンスへの発展も想定しています。

以上、今回は送配電事業者様における作業員の方々の健康/安全を守るためのヒントとなる事例とソリューションをご紹介しました。これらの事例/ソリューションに関心をお持ちの際は、ぜひIBMの担当者にお声掛けください。

エネルギー・公益事業テクノロジー・ソリューション


シリーズ:電力送配電DXレポート

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