テクノロジー

科学の緊急性(Urgency of Science)

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私達の生活を大きく変えた新型コロナウィルスのパンデミック。科学は、人類が直面しているパンデミックや気候変動などの緊急課題に対して、大きな役割を果たせるはずです。そのような想いから、IBM Researchでは、「科学の緊急性」というイニシアティブを立ち上げました。このブログでは、Urgency of Scienceの翻訳を用いて、いま必要とされる科学的思考や科学的手法について解説します。

現在の社会課題に向けて、私自身も科学的手法で取り組んでいきたいと思います。読者の皆さんも、本記事の内容に共感いただけましたら「#urgencyofscience」のハッシュタグ ( Twitter ) を用いて、ソーシャルメディアでご自身の考えを発信いただければ幸いです。みんなでこの危機を乗り越えていきましょう。

木村 大毅
著者:木村 大毅
東京工業大学の博士課程を修了。在学中には日本学術振興会の特別研究員等を兼任。2016年からIBM東京基礎研究所に入所、現在はIBM Research AI部門に所属。優秀学術論文賞、若手奨励賞など様々な賞を受賞。特に画像処理や知能ロボットなどの研究に従事している。

人類は大きな不確実性に直面しています

パンデミックは、命と生活を奪い続けています。気候変動は、都市の水没や、食糧危機を招きます。そして、経済成長の不平等さは拡大しています。これらは、社会が直面している喫緊の課題の一部であり、これらの課題を解決し、さらに進歩を遂げるには、私たちの価値観で導く科学が不可欠です。

多くの危機に直面している今こそ、解決策を推測するだけではなく、あらゆる規模(企業のイノベーション、政府の政策立案に至るまで)において、私たちは社会の一員として科学的思考を推し進める必要があるのです。

大きな進歩を遂げた一方、私たちの未来には大きなリスクが潜んでいます。私たちは、一刻を争う世界中の課題に対して、新たな手法と解決策を見つけなければなりません。そのためにも、かつてないほど迅速に科学的アプローチをとる必要があります。

科学的思考は科学者だけのものではありません

博士号を持ち、ハイテク機器を使いこなしているスタイリッシュな白衣姿の科学者達は、高尚な別世界の存在に思えるかもしれません。しかし、科学的思考は万人の手の届くところにあります(ちなみに、現在、ほとんどの科学者は白衣を着ていません)。
地質学、医学、物理学に関する考えや発見が更新されると教科書が変わることはありますが、考えや発見を更新する方法は、それほど変わってはいません。ほとんど全ての新しい発見は、何らかの典型的な科学的手法が使われてきました。そして、この手法の適用と、技術的変革が、次のブレークスルーへの鍵となると考えられます。
簡単に言うと、科学的手法には典型的な一連の流れがあります。

疑問に思ったことを問いかけたり、過去の成果について考えたりすることから始まります。例えば、肥料についての記事を読むと、野菜の成長を最も促進するのはどんな肥料だろうと考えるかもしれません。そして次に、予測または仮説を立てます。例えば、2つのブランドの肥料のうち、高価な肥料の方が野菜は大きく育つだろうと予想します。3番目に、実験を行い、仮説を検証します。例えば、庭の半分ずつにそれぞれの肥料を撒いて、データを収集して分析し、どの植物が大きく成長したかを確認します。最後に、結果を評価して理解します。その結果、新たな疑問の種となる新たな知識が得られ、別の反復が生まれる可能性があります。肥料の例では、別の肥料や別の植物でも試してみるということです。

もっと広く言えば、科学の実践とは、知識を考える一つの方法です。私たちがどのようにして物事を知るかを問う、ということです。新しいアイデアを考え出し、注意深く観察して反証や立証の材料を探し、その結果として知識をさらに深めることです。世界を探って何が起こっているかを見ることです。他の人が単独でも反復できるように調査の方法を説明し、他の科学者がそれらを解釈して理解できるように成果を発表します。予想外の事が起きたときは、私たちの知識を更新するということです。

科学的に考えるということは、他の人がすでに試行したことや、発見したことを認識することでもあります。どの科学論文でも、他の何百もの論文を参照している可能性があります。科学は、常に過去の知識に基づいているということです。科学的知識への依存と信頼は、科学の透明性への取り組みから生まれています。したがって、意思決定はデータと証拠に基づいて行われるべきです。

科学なくして社会課題は解決できません

科学者の領域と言えば、物理学、化学、生物学、生態学、地質学、天文学などの自然科学を思い浮かべるかもしれません。そこには、取り組むべき難しく興味深い課題が数多くあります。

例えば、次のような課題です:スモッグから二酸化炭素を取り出す分子を設計できるか? 新型コロナウイルス感染症の患者を救える承認済みの薬はあるか? 次のパンデミックを引き起こす細菌を見つけるにはどこを探すべきか?

これらの課題は、科学的手法が助けてくれます。自然科学における発見が、社会的に重要な決定にどのように影響を与え、どのような影響を受けるかについて、心理学、政治、ビジネスをも含めて考えることを可能にしてくれます。

より広範な課題における自然科学の影響について、いくつか質問を挙げてみましょう。気候の変動はサプライ・チェーンにどう影響するか? 新型コロナウイルス感染症の蔓延は職場復帰の実施にどう影響するか? 新たな健康問題は遠隔医療プログラムにどう影響するか?

逆に、政策や経済動向が自然科学に及ぼす影響について問うこともできます。エネルギー・コストの上昇は省エネ技術のイノベーションの進捗にどう影響するか? 肥料の値下がりは農業のイノベーションにどう影響するか? 気候のリスクに関する新しい規制は気候の研究への投資にどう影響するか?

最終的には、社会的決定が社会的成果にどのように影響を与えるかを分析することも可能です。新型コロナウイルス感染症によるロックダウンはクレジットカード破産にどう影響するか? マイナス金利は投資ポートフォリオにどう影響するか? 「エッセンシャル・ワーカー」という労働力の確立は賃金にどう影響するか?

これらの質問にはすべて、科学者が通常使用するのと同じ一連の手順を使用して対処できます。既知の内容について学び、新たな疑問を投げかけて仮説を立て、可能な場合は実験を行い、データを分析する。この手順を繰り返します。

時として、科学は完全に観察主導型であり、ラボでの実験が不可能なこともあります。気候を何度も変えてその時々の経済動向を観測することはできません。しかし、時間や場所をまたいで現象を比較することはできます。ある州では別の州と異なる規制をしていたかもしれません。その規制によって結果は変わったでしょうか? また、数学モデルやシミュレーションを利用することもできます。ソフトウェアで100の仮想社会や仮想グローバル環境を構築し、それらを満足できるまで実行し、設定や環境などを微調整しながらハイテクな思考体験を実行できます。

重要なのは、質問を明確に特定し、それに答える厳密な方法を提案することです。仮説の証拠として有効なものは何か? その証拠に対して有効な証拠は? これらのデータを取得するにはどうしたらよいか? その結論の支持または反証のために、研究者が単独でテストを繰り返すことはできるか?

これらの原則は、幸福や正義、意義に関するあいまいな問題であっても、ほぼすべての問題を探求する上での指針となります。社会的平等、ビジネスの成功、環境との調和、技術革新、教育の促進、世界平和を私たちが推進したいと望むのであれば、科学的思考が助けてくれるのです。

社会課題について科学的思考で考えることで、科学の緊急性をサポートしてください

科学は私たちの価値観を決定することはできませんが、価値観に貢献することはできます。何より、科学は私たちが価値観に基づいて最も効果的な方法で行動する助けとなります。

科学で解明できない疑問はほとんどありません。科学によって私たちの寿命は延び、数え切れないほどの利便性がもたらされ、自然界の無限の複雑さに驚嘆させられました。
日常的に科学について考えている皆さん、研究室や現場で科学を実践する人々に憧れている皆さん、科学の恩恵を享受して進歩を続けたいと願う皆さん、新しい惑星や種の発見にわくわくする皆さん、是非とも科学の緊急性をサポートしてください。

科学は科学者だけのものではありません。
すべての人のためのものです。

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