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長屋型ライフスタイルが育児や介護を変える!? 「はっぴーの家」が提唱するハッピーな暮らし

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「容れ物(場所)」だけでなく「中身」を重視するコミュニティづくりを提唱する首藤義敬氏。2017年に創設した多世代型介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」では、多世代多文化の共生を実践している。地域に開放した1階リビングルームには、子ども連れの母親や小学生、留学生など多様な人が集い、福祉施設の枠にとどまらないその取り組みに注目が集まっている。「関わる人の数を増やすことが課題解決につながる」と語る首藤氏のお話から、血縁にこだわらない家族的関係の在り方など、これからの社会における人と人との繋がりのヒントを探る。

首藤義敬
首藤義敬
(しゅとう・よしひろ)

株式会社Happy代表取締役
1985年、兵庫県神戸市生まれ。2008年、遊休不動産の活用事業や地元・神戸市長田区を中心とした空き家再生事業をスタートする。2012年に法人化、2017年には長田区に6階建ての介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」を創設、そのユニークな取り組みで注目を集めている。

介護付きシェアハウスをつくったのは自分たちのため

首藤義敬氏
取材は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点からオンラインで実施された

——首藤さんは23歳で空き家活用の不動産業を始められ、4年前に生まれ故郷である兵庫県神戸市長田区に、6階建ての多世代型介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」を創設されました。多世代多文化の人たちが交流するこの施設は各方面から注目を集めていますが、創設までの経緯を教えてください。

首藤 この施設をつくったのは、当初、地域のためというより自分たちのためでした。当時はそのような意識はなかったのですが、僕は発達障がいの傾向があった子どもで、中学2年からほとんど学校に通っていません。妻も、絵描きでユニークな女性。娘も保育園の頃から破茶滅茶で(笑)。娘が小学校に通う年頃になったときに、この子もいずれ学校に行かなくなるのではないかと不安になったんです。さらに、同居していた祖父母が認知症になるという事態が重なりました。不動産業者としてお客さんに「暮らし」を提供してきたけれど、その自分自身の暮らしが揺らぎ始めたわけです。

一般的に、子育てと介護が必要な「ダブルケア」の世帯は、何かを諦めなくてはいけないと思われています。介護を施設に任せるか、子育てを人に委ねるか、自分たちの仕事をセーブするか。でも、僕たちは何も諦めたくなかった。また「自分たちが欲しているものは、必ず誰かも欲しているはず」という思いもありました。その状況を打破するために立ち上げたのが「はっぴーの家ろっけん」でした。「自分自身のエゴの社会化」と言えるかもしれませんね。

——「はっぴーの家ろっけん」の写真を拝見すると、大きなリビングリームで、お年寄りだけでなく、子どもから外国人まで多様な人々が好きなように過ごしていますね。どんな方が来訪して、どのように入居者の方と関わっているのでしょうか。

首藤 1階の大きなリビングルームには、近所の方やその知り合いなど、いろいろな人が週にのべ200人ほど訪れます。なかには、「3時間だけ様子を見ていてほしい」と赤ちゃんを預けていくお母さんもいます。時と場合によっては非難されかねないことかもしれませんが、ここでは誰かが面倒を見て、さらにそれを入所者のおじいちゃんが見守るなどということは日常茶飯事。僕の娘は小学4年生ですが、赤ちゃんにミルクをあげたり、おむつを替えたりといった保育スキルがすでに身についているし、おじいちゃんおばあちゃんの食事介助をすることもあります。

また、「不特定多数の人が来て不安じゃないか」と心配されるのですが、看板も広告も出していないこの場所に来るのは不特定多数ではなく「特定多数」です。普通の神経をしていれば、看板のない6階建ての建物にいきなり入ろうとは思いませんよね(笑)。

たとえば、看板のない小さなカウンターだけの焼き鳥屋さんを想像してみてください。もしあなたがそこの常連だとしたら、そこに連れて行く人は誰でもいいわけではないはず。焼き鳥が嫌いな人も、店主と気が合いそうもない人も連れて行かない。それは、その場所を大切に思っているから。それと同じで、ここを大事に思っている人が大事に思ってくれそうな人を連れてくるんです。

はっぴーの家ろっけん

2020年で運営4年目ですが、インフルエンザの感染などの問題も起きていません。世間で新型コロナウイルス感染症の影響が出始めたときも、僕たちから来訪の制限をあえてアナウンスしませんでした。そこには訪れる人たちに対する絶対的な信頼があった。実際、緊急事態宣言発令中に、ここに遊びに来ようという人はいませんでしたね。

——介護施設にシェアハウスのようなコンセンプトを取り入れた背景には、どのような思いがあるのでしょうか。

首藤 核にあったのは、その人に係る「日常の登場人物を増やす」という仮説です。高齢者の幸せを考えたとき、今の国の仕組みの中でできることには限界があります。そこで、高齢者だけにスポットを当てるのではなく、その方に関わる人物を増やす。全体として居心地の良い空間をつくることができれば、結果的に高齢者が感じるQOLが上がるという考え方です。

はっぴーの家はこの仮説をもとに運営を始め、実際、それは正しかったと思います。たとえば、ソーシャルワーカーからの相談がきっかけで入所された認知症のおばあちゃんがいます。クレーマー気質があり子ども嫌いという方で、普通に考えたら、ここはベストな場所ではありません。ところが今、このおばあちゃんは子どもたちと笑顔で一緒にいます。勧めたわけでもないのに、子どもたちに自分の戦争体験を伝えてもいる。彼女の気持ちに何かプラスの変化があったのでしょう。そのように、関わる人の数を増やすことで変えられることはたくさんあると思っています。

一方で、さまざまな人が関わることで周囲にも学びがあります。たとえば、入居者の中には、言葉を発することができなくなっている人がいます。その場合、目の動きや表情など非言語要素から感情を読み取らなくてはいけないのですが、介護も看護の資格もない僕の娘がコミュニケーションできている。なぜできるのか聞いたとき、娘は「赤ちゃんと(接するときと)一緒や」と答えました。これを聞いて僕は、日常にある学びとはこれだと思ったのです。赤ちゃんや高齢者と自然に関わる日常の中から、抽象化して身につけていく。これこそ僕たちが「はっぴーの家ろっけん」で子どもたちに学んでもらいたいことですし、この気づきは僕たちの事業にとっても大きなヒントになりました。

——ヒントとは、具体的にどのようなことでしょうか。

首藤 多様性が重要であることはよく言われることですが、単に子どもと高齢者と外国人が参加するイベントをすれば多様性、ということではありません。同じ目的で集まっていると考えれば、それはむしろ単一的な集団であり、先の娘の話のように自然に日常に落とし込まれてこそ多様性と言えるのではないでしょうか。そして、僕たちはそのきっかけをいかに提供することができるのか、ということです。

「はっぴーの家ろっけん」は、地域でアートのイベントがあれば積極的にお手伝いするようにしています。アートは分かりにくい、だからこそ、多様な人が関わりやすい余白があるのではないでしょうか。日本語を話せない外国人アーティストが認知症のおじいちゃんおばあちゃんと一緒にパンフレットをつくったりしている。一緒に日常を過ごして相手の気持ちを察し、日常で自然に実践することができる。それが多様性の本質だと思います。

目の前の3人のためにできることを考える

意見交換の様子
意見交換の様子

——「はっぴーの家ろっけん」は、企画段階から多くの地域住民の意見を聞いたそうですね。地域にどのような変化や効果をもたらしたのでしょうか。

首藤 創設の1年半くらい前から、「6階建ての建物を建てます。もし日常の中でこういう機能があったらいいと思うものがあったら教えてほしい」と地元の人たちと意見交換する機会を何度もつくりました。結果、100人以上から話を聞き、その意見をベースに事業計画を立てました。もちろん、今、受け入れてもらっているのは、創設後のコミュニケーションあってのものですが、最初から自分たちだけのプロジェクトにしなかったというのは、その後の運営にとっても大きかったと思います。

僕はここ長田区で生まれ育っていますが、小学校3年生のとき、阪神大震災で壊滅的な被害を受けました。そのとき、周囲の大人や行政の人たちは、再開発によって今まで以上に良い街になると言っていて、僕たちはそれを本気で信じていた。でも、蓋を開けたら、新しいビルができる度に人の繋がりは希薄になり、暮らしの価値が下がっていく。子どもながらに、ハード面も大事だけど、ソフト面をきちんとつくることが重要なのだということを実感したんです。

長田区は少子高齢化が特に激しく、子育て世帯が少なくなっているエリアです。しかし今、「はっぴーの家ろっけん」の界隈ではベビーラッシュが起きています。移住者も増えました。僕たちが大事にしているのは、その人がどう生きていきたいかを探り、住む場所だけでなく、仕事や関わるコミュニティなどすべてを含めて、それぞれのエゴが生かされたデザインを実践していくことです。そのような小さなデザインが合わさって社会や暮らしの価値をつくっていく。不動産業の面白さはこういうところにもあると思っています。

——それは、ここでの取り組みを全国に広げていこうというお考えがあるということでしょうか。

首藤 その土地にはその土地に合ったやり方があります。「はっぴーの家ろっけん」は、“遠くのシンセキより近くのタニン”をキャッチフレーズにしている。このキャッチフレーズがどこの地域でも受け入れられるとは思わないし、そもそも僕たちは、自分たちが手掛けていることをベストだとは考えていません。こういう選択肢があってもいいよね、と考えて選択肢を提供することが大事なのではないでしょうか。

さらに、今、課題は細分化されています。戦後の高度成長期に盛んに行われてきたのはインフラづくりでしたが、最低限のインフラが用意された今、昔と同じように大きな社会に向けて変革しようというアプローチをしてもうまくいきません。これからは小さな社会を対象にしていくフェーズだと考えています。だから、僕は会社のスタッフに、「目の前の3人しか見なくていい」と言っているんです。

たとえば、シングルマザーのためのシェアハウスをつくろうと思ったとき、考えるべきは目の前で困っている母親です。取り巻く状況は人によってまったく異なるのだから、目の前の方の話を聞いて具体的な対策を考える。日本全国で小さな社会が変われば、やがて大きな社会を変えることになると思います。

ニューノーマルの時代にすべきことはたくさんある

首藤義敬氏

——新型コロナウイルス感染症の影響で、人々は新しい生活様式を余儀なくされています。はっぴーの家の運営スタイルに変化はありましたか。

首藤 緊急事態宣言が出る前から、オンラインでの取り組みを始めました。ウイルスの問題が解決するには少なくとも1年や2年はかかると思っています。その状況の中でできることは何か。

感染防止の観点から関わる人が少なくなる分、今関わっている人との繋がりを濃くしよう——そう考えてチャレンジしたのがオンラインでのコミュニケーションでした。その背景にあるのは、高齢者に医療と介護を提供していれば彼らの健康が保てるわけではなく、人間らしい日常があって初めて“本来の健康”が保てるという現実です。高齢者の時間は僕らよりも限られている。その限られた時間の価値を上げるためにも、高齢者に一様に自粛を求めるのではなく、どうしたら本来の健康を保つことができるのか考えたんです。

一方で、オンライン診療も取り入れました。介護や医療の世界には地域間格差がありますが、信頼の置けるドクターとオンラインでつながることができれば、看取りも終末期医療も可能ですよね。

——新しい生活様式の中で、はっぴーの家以外にもさまざまな取り組みを模索されていると伺いました。

首藤 はっぴーの家を通して、僕たちはいろいろな人と関わりを持っているので、それぞれの困った状況が見えてきます。その一つが子どもたちです。たとえば、小学生に対して新学期で学ぶべき勉強の材料が大量に送られてくる。復習ならできても、これから学ぶべき新しいことを子どもたちだけでやるのは酷でしょう。そこで始めたのがオンラインを使ってケアをすること。東京の企業と業務提携して、アーティストや高齢者も巻き込んだ多世代が関わる教育コンテンツです。

僕が経営する株式会社Happyの柱は不動産業ですが、そこから派生するさまざまな事業を行っていて、今、売り上げも上がっている状況です。「HAPPYな暮らしを問い続ける」という企業ビジョンはありますが、ビジネスモデルはふわっとさせているんです。敢えて言うなら、僕たちの取り組みを「面白そう」と思ってもらうことで「はっぴーの世界観」のファンをつくり、そのファンの「こういうことをしてみたい」という声の中からビジネスとして成立するものを事業化する、というのがビジネスモデルです。人との関わりの中で生まれてくる課題の解決をビジネスにして、それを「おせっかい」という概念で発展させていくというのが僕たちのやり方なのです。

——売り上げが上がっているということは、今社会には解決すべき課題が増えているということですね。今後は、家族や地域、さらには社会とどう向き合っていこうとお考えでしょうか。

首藤 僕はほとんどの人が自分の理想の暮らしを諦めているのではないかと思っているんです。本当や山で暮らしたい、こういう仕事がしたいという理想があるのに、叶わないものと思っている。そんな人たちに徹底的にヒアリングをして、どんな暮らしをしたいのか、コンセプトを作り、その実現を目指す。この方向性は変わりません。

その中でも特に、これから僕がエネルギーを注いていこうと思っているのはIT化です。それは、人の繋がりをつくる事業を手がける中で、そもそも人がやらなくていい仕事に多くの人が時間を割いていることに疑問が湧いてきたからです。その部分のIT化を進めることで、人はより付加価値の高い仕事や暮らしを実現することができるでしょう。その結果、これまで以上にデジタルとリアルの世界は同一化していく。僕たちの事業も、情報技術によるネットワーク化を視野に入れ、「はっぴーの世界観」の中にリアルな拠点があるという考え方にシフトしていく必要があると思っています。

もちろん、「HAPPYな暮らしを問い続ける」という企業ビジョンに変わりはありません。たとえば、空き家再生では、1階に高齢者、2階に経済的に苦しい若いクリエイターやアーティストが住む、という事業を考えていますが、そこで発生するコミュニティが高齢者や地域の課題解決に結び付かなければ意味がない。これからも、目の前の人たちの課題解決につながる選択肢を増やしていきたいですね。

TEXT:佐藤淳子
写真提供:はっぴーの家ろっけん

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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