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目指すは、障がい者とともに成長する企業――誰もが活躍できる新しい雇用モデルの確立に向けて

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「企業の成長に資する新たな障がい者雇用モデルの確立」というミッションを掲げ、2013年に発足したのが「一般社団法人 企業アクセシビリティ・コンソーシアム」(以下、ACE)だ。
業種や業態も異なる企業32社が、障害のある学生向けインターンシップを共同で実施するとともに、人事担当者や障害のある社員向けセミナーやワークショップの開催、企業で顕著な業績をあげた障がい社員のロールモデル表彰など、社会の変革に向けた活動を行っている。
その取り組みの意義とこれからの障がい者雇用のあり方について、ACEの理事であり、清水建設株式会社 代表取締役会長の宮本洋一氏にお話を伺った。

宮本洋一
宮本洋一
(みやもと・よういち)

一般社団法人企業アクセシビリティ・コンソーシアム(ACE)理事、清水建設株式会社 代表取締役会長
1947年生まれ。東京出身。1971年東京大学工学部卒、清水建設入社。同社建築本部工事長、耐震営業推進室長、名古屋支店副支店長、首都圏事業本部東京支店副支店長、常務執行役員北陸支店長、専務執行役員九州支店長を歴任し、2007年6月、同社代表取締役社長に就任。2016年4月から同社代表取締役会長。
2017年、ACE理事に就任。

これまでの「当たり前」から脱する気付き

――清水建設株式会社はACEの会員企業であり、宮本さんはACEの理事としてもご活躍されています。御社そして宮本さんが障がい者雇用に力を注がれるようになった経緯を伺えますか。

宮本 日本IBMの研修施設・天城ホームステッドで開催されたアクセシビリティ・フォーラムに参加したのがきっかけです。それまでも障がい者雇用を社内で広げていく必要性を感じてはいましたが、きちんと実行できてはいませんでした。
そのフォーラムで、暗闇の中を視覚障がい者の方にアテンド(付き添い案内)していただき、さまざまな課題に挑戦する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク*」を体験しました。それまで真の暗闇というものを私は知らなかったとその時初めて気付いたのです。携帯電話も持たず、腕時計も外して、明かりの無い部屋に入ると本当に何も見えませんでした。これまで知っていた暗闇というものは、街灯があったり、星明かりがあったり、暗いけれどもうっすらとは見えていたのですね。
真っ暗闇の中で何も見えずにどうしていいか分からない参加者を、視覚障がい者のアテンドの方が素晴らしい能力を発揮して課題解決のサポートをしてくださいました。驚いたのは、「宮本さんは背が高いですね」と言われたことです。声のする高さと方向で分かったそうです。また、声の反響で今いる場所の広さも見当が付くそうです。私たちに無い能力、そうしたものがあるのだと気付かされました。

宮本洋一氏

宮本 また、そのフォーラムの際に多くの方と名刺交換をさせていただいたのですが、とある大学関係者の方の名刺に点字が入っていました。その方がおっしゃるには、「目の不自由な方は大変記憶力がいいのですが、後で名刺を整理する時に点字が無いと、その名刺が誰のものか分かりませんよ」と。相手の立場や視点に立って物事を見なければならないことが、まだまだたくさんあることにも気付かされました。私も今では日本語の名刺だけでなく、英文の名刺にもアルファベット点字を備え、海外出張の際にお渡ししています。

*ダイアログ・イン・ザ・ダーク(Dialog in the Dark): 完全に光を遮断した空間の中へグループを組んで入り、視覚障がい者のアテンドによって中を探索し、さまざまなシーンを体験するワークショップ

企業の成長に資する障がい者雇用

――宮本さんが理事をされているACEは、どのような活動を行っているのですか。

宮本 わが国では法定雇用率が定められており、企業は一定の割合で障がい者を雇用しなければなりません。これは、数値として守らなければならないものです。しかし、どうでしょう?本当に適材適所になっているでしょうか。
ACEは、「企業の成長に資する障がい者雇用」を目指しています。その人が持てる力を十分に発揮して、企業の成長に貢献する働きをしてもらう。そのための仕組みづくりを目的としています。これを各社単独で行うのは大変難しいです。ACEは現在、業界を代表する企業32社が参画し、共同で障害がある学生向けのインターンシップを実施したり、顕著な業績をあげた障がい社員をロールモデルとして表彰するACEフォーラムを毎年開催するなどして、企業に社会に障がい者雇用がさらに広がるための活動を行っています。

宮本洋一氏

 

一般社団法人企業アクセシビリティ・コンソーシアム(略称:ACE、エース)
2013年9月、「障がい者雇用の新しいモデル確立」を目指し、業種・業態を超えて志を1つにする大手企業20数社が集まり一般社団法人「企業アクセシビリティ・コンソーシアム(ACE: Accessibility Consortium of Enterprises) 」を設立。毎年人事担当者や障害のある社員・学生向けセミナー、ワークショップ開催、教育冊子発行などを実施している。こうした活動を通じ、当事者への啓蒙活動、ロールモデル輩出、経営者や社会への提言を行っている。2019年11月現在会員企業は、32社。毎年12月には、活動報告と障がい社員のロールモデル表彰を行うACEフォーラムを開催している。

ACEのセミナーやワークショップの様子

2019年1月に開催した定例会の様子。専門家からASD(自閉スペクトラム症)の視覚世界について説明を受け、その世界を見せるASD視覚体験シミュレータの体験会を行った。

www.j-ace.net/

 

――2017年には、スマートフォンのアプリを利用して車いす利用者や視覚障がい者を目的の場所へと導く「音声ナビゲーション・システム」の実証実験を日本橋地区で行いました。このシステムは、御社の本社ロビーにも実際に導入され利用されています。この取り組みを始められた経緯を教えていただけますか。

宮本 全盲の研究者でIBM フェローの浅川智恵子さんにお会いしたのがきっかけです。浅川さんは、後天的に目が不自由になり、その後大変なご苦労をされながらも、視覚障がい者をインターネットやコンピューターの世界に導くホームページ・リーダーを開発されました。目が見えなくても、素晴らしい仕事をして世界で評価されていることに感銘を受けました。
浅川さんとお話した時に、「歩道の点字ブロックを不便だと感じることがある」とお聞きし、大変驚きました。点字ブロックは視覚障がい者にとってなくてはならないものなのですが、白杖を使いながらキャリーケースを引いて歩いている時などに引っかかったり、つまずいたりすることもあるらしいのです。

私は社に戻ると、何か代替策は無いかと調べてもらいました。靴や杖にセンサーを埋め込むことで、凹凸の無い点字ブロックを開発することはできないかなど、いろいろ意見が出ました。しかし実装するにあたりどこからそのエネルギーを供給するのか、コストは見合うのか、既存の規制を満たすことができるのかなどを考慮し、現段階での最善の策として、スマートフォンから音声でガイドする音声ナビゲーション・システムを開発することになりました。
このシステムの開発にあたっては、日本IBM東京基礎研究所と清水建設とが協働し、さらに三井不動産株式会社の協力を得て、2017年に東京・日本橋室町地区のCOREDO室町1・2・3を中心としたエリアで大規模な実証実験を行いました。その成果をもとに、COREDO室町1・2・3を対象に実装し、いよいよ本年10月11日から日本初のサービスを提供しています。
私たちは2017年のCOREDO室町での実証実験の後、総合病院、複合施設、国際空港、地下街、スポーツイベント会場などで実証実験を重ねてきました。近い将来、そうした場所でも、屋内外を区別なく案内する高精度音声ナビゲーション・システム「インクルーシブ・ナビ」を展開することにより、バリアフリー・ストレスフリーの社会を目指していきたいと思っています。

障がい者の視点から生まれたこのアイデアこそ、企業の成長に資するもので、かつ社会に大きく貢献できるものなのです。私たちは点字ブロックがあるのは当たり前だと思い、そこに課題意識はまったくありませんでした。「音声ナビゲーション・システム」は、視覚障がい者のみならず、その土地に不案内な人や、小さな文字の説明が読みづらい高齢者にとっても大変好評です。また多言語対応すれば、海外から日本を訪れる多くの観光客にも利用していただけます。このように視覚障がい者の視点から出た意見や発想が、企業の成長に資するだけでなく、社会の多くの人々にとっても利用価値があるソリューションとなるのです。

 

音声ナビゲーション・システム
視覚障がい者や車いす利用者が、スマートフォンを活用してスムーズにエリア内を移動できるよう目的地までの経路や周囲の状況などの情報を音声で提供するシステム。施設内に設置されたビーコン(電波を発信する機器)やスマートフォンのセンサーから得た情報を基に、「9m先のエレベーターで3階に上がります」「左側に手すりがあります」「この先、右側に障害物があります」などの情報をスマートフォンが音声で伝える。2017年に東京都中央区の日本橋地区で実証実験が行われ、清水建設本社ロビーでの稼働を経て、2019年10月にコレド室町で国内初の実装サービスが開始された。

●音声ナビゲーションシステムの動画

●IBM THINKBusiness日本語版

 

宮本 こうした社会のインフラとなりうるソリューションは、企業間の競争環境で行うのではなく、オープン・イノベーションにして皆で取り組むべきと考えます。もちろん企業として特許や実用新案を取ることは必要です。ただ、こうした社会全体を良くするためのソリューションは、そこから利益を得るのでなく、誰もが使えるために保護するという意味で特許を取っていきたいと考えています。社会基盤へ新しいソリューションを実装しようとすると、さまざまな既得権益や規制とぶつかります。そこで行政や他社とも協働しながら、多様な人々が共に生きる、インクルーシブな社会の実現へ向けて進んでいければと思います。そうしたアイデアやソリューションを日本発で出していきたいけれど、今のところ欧米に遅れを取っていますね。ただ、インクルーシブな社会の構築において、日本発でないといけないという時代ではありません。海外発でもいいから、それを早く広げるような形にしたいです。

宮本洋一氏

1社だけではできない、企業コンソーシアムだからこそできるイノベーション

――日本における障がい者雇用は、どのようにあるべきとお考えですか。

宮本 日本では就業者数に対する比率で障がい者雇用が規定されていますが、その法定雇用率も引き上げられ、多くの企業の人事担当者から「雇いたいけど、求人に対して応募が少ない」との声を聞いています。ここにもACEの存在価値があると思います。どうやって雇用できる範囲を広げていくかです。これまでどちらかと言うと特例子会社を作り、定型業務に就いてもらうという雇用の形が多かったかもしれません。もっと個々人の能力を見出し、引き出し、それを発揮できる職業や職場に就いてもらう必要があります。
目の不自由な方に、こんなことを言われました。「採用試験の面接担当者をやらせてもらえないでしょうか。外見や仕草で判断せず、聞こえる言葉と内容だけで本質的な評価ができますよ」と。
これは障がい者に限ったことではありませんが、それぞれの特性を生かした雇用、仕事のあり方をもっと考えていく必要があるかもしれません。

また今後、発達障害や精神障害がある方々とも一緒に仕事をする機会が増えていくでしょう。これまではどちらかというと、助けてあげながら仕事をしようという気持ちが強かったかもしれません。もちろん障害がある部分ではサポートする必要があります。しかし、それ以外では、互いにどうすれば組織として仕事を円滑に行えるのか、これまでとは違う意識改革が必要です。双方が仕事を進めやすい環境をどう構築していくか。あの人はコミュニケーションが苦手だから独りにしてあげましょうではなく、コミュニケーションができる環境をどう整えることができるのか、それを考えていきたいですね。

宮本洋一氏

――その環境づくりのために心がけていることはありますか。

宮本 先日、社内で障害がある社員を集めたフォーラムを行いました。その後の懇親会で実際に社員からさまざまな意見を聞きました。皆、会長と話せて良かった、考えや意見を聞いてもらえたと喜んでくれました。すぐに実現できることとそうでないことがありますが、社員の声を聞き一緒に考えていこうと思います。
私は、社内でエレベーターに乗って社員と一緒になると、こちらから声をかけるようにしています。声をかけられた人は驚いたり、緊張したりするようですが、普段から社員とコミュニケーションを取り、現場の意見を聞くようにしています。

――今後、ACEの活動をどのようにしていきたいとお考えですか。

宮本 現在、ACEは会員企業から活動する人員を出していただいており、皆さん本業を抱えつつ二足の草鞋を履きながらがんばってもらっています。私自身は、その大変さをよく理解していますが、各社の経営層にそれが伝わっているかというと、会社によって差があるようです。地道な活動ですし、経営トップは理解していても、直属の上司になかなか評価してもらえないなどの悩みがあるかもしれません。私たち理事の役目としては、そうした地道な活動に日が当たるような環境作りからということでしょうか。各社の経営層にACEの活動が社会に与えるインパクトや貢献を正しく説明して、会員企業の担当者が活動しやすい環境を整えていきたいと思います。

また、業界や社会を変革するには、現状の会員企業32社では少ないと感じています。毎年12月に開催しているACEの活動紹介や障がい社員のロールモデル表彰を行っているACEフォーラムに、多くの未加入企業の経営層に来場してもらい、ACEの活動に賛同して会員になっていただけるよう尽力していきます。


ACEアワード2018の受賞者たち

宮本 各業界の企業が集まり、さまざまな働き方の情報をたくさん集める。その上で「ここの会社ではこうした働き方をしている」「短時間でこんな仕事ができる」「こんな働き方をして業績をあげている社員がいる」などを知る。そこから「うちの会社ならこう応用ができる」「こんな職場環境がつくれる」など、1社ではできないことをACEとして実現していく。それがACEの価値だと思います。新しい働き方や、ロールモデルの輩出を進め、企業コンソーシアムだからこそできる活動をいっそう推進していきたいと思います。

また、身体障害や発達障害がある方は、病院にも通っていると思います。研究を行っている大学もあります。そうした病院や大学は、企業にはない知見をお持ちだと思います。そうした機関との協業もできるのではないでしょうか。

――最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

宮本 すべての人が生き生きと暮らし、仕事ができる環境づくりが、今の時代には必要です。日本は、そうした意識が健常者、障がい者の双方に少し欠けていると思います。一緒に生活し、一緒に仕事をし、一緒に学ぶ。そのような社会をつくっていきましょう。特にこれからの時代を担う若い方には、率先してそうした環境づくりに向けリードしていってほしいですね。
私たちはいつ怪我や病気によって障害を抱えるかもしれません。また、年を取れば、誰でも身体のいろいろなところに障害を抱えるようになるでしょう。だからこそ、インクルーシブな社会のことを考える。そうした感覚を持つことが大切です。自分だけで生きているわけではない、常に誰かのおかげで生かされている。そうした思いで行動していきたいものです。ACEは「企業の成長に資する新たな障がい者雇用モデルの確立」を掲げ、これからも行動していきます。

TEXT:栗原進

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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