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私たちはどこから来たのか? 3万年前の航海再現で探る日本人の起源

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人類はその誕生から700万年で、「初期の猿人」「猿人」「原人」「旧人」「新人」と進化してきた。かつては、アフリカで誕生した猿人が原人に進化し、各地に広がって多様化して集団となり、その地域の人々の祖先となったという「多地域進化説」が主流だった。そのため、東アジア人の祖先は北京原人、オーストラリアのアボリジニの祖先はジャワ原人、ヨーロッパ人の祖先はネアンデルタール人といった具合に、地域的に広がったあとにそれぞれ進化していったと信じられていた。

これに対して、現在は「アフリカ起源説」が正しいことが判明している。アフリカで誕生した原人は世界各地に広がって、その一部は旧人に進化したが、その後、絶滅した。代わりに生き残ったのは、アフリカに留まっていた旧人集団から進化した新人「ホモ・サピエンス」で、彼らが現在の私たちになったという考えだ。現代の世界の人々は皆、このアフリカで生まれたホモ・サピエンスの子孫ということになる。

では、ホモ・サピエンスはアフリカ大陸から、どのように日本列島へたどり着いたのか。この謎を解き明かすため、祖先たちが挑戦したと思われる3万年前の航海を再現する試みが始まっている。プロジェクトを率いる国立科学博物館の人類進化学者・海部陽介氏に話を聞いた。

海部陽介
海部陽介
(かいふ・ようすけ)

東京大学 総合研究博物館 教授。人類進化学者。1969年東京都生まれ。東京大学卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。理学博士。化石などから約200万年におよぶアジアの人類進化・拡散史を研究している。著書に『サピエンス日本上陸-3万年前の大航海』(講談社 2020) 、『日本人はどこから来たのか』(文藝春秋 2016)など。第9回(平成24年度)日本学術振興会賞受賞。前職の国立科学博物館在籍時にクラウドファンディングを成功させて「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」を実施。

「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」について詳しく知るには

博物館が一体となってクラウドファンディングに挑戦

——人類学者を目指したきっかけは?

海部 父が天文学者で読書家だったので、小さいころから周りには自然科学系の本があふれていました。父とは違ってそれほど本を読んだ記憶はありませんが、それでも、小さいころから自分も研究者になると勝手に思い込んでいました。

反発などはありませんでしたが、なぜか父とは違う分野に進みたいという思いがあり、天文学以外でいちばん面白いのは何だろうと考えました。当時から化石や生物の進化について興味はありましたが、恐竜の研究は多くの人が取り組んでいたため、それを避けるように中学生くらいから人間の進化について研究したいと思うようになりました。人間にかかわることであれば、研究対象として間違いないだろうと。

現在、研究職に就くのは大変ですが、僕は幸運にも大学で学位を取る前に国立科学博物館に就職することができ、以来20年以上、ここで働いています。

海部氏

——その国立科学博物館と国立台湾史前文化博物館がコラボし、海部さんが率いる3万年前の航海を再現するプロジェクトは、クラウドファンディングによって進行中です。

海部 プロジェクトそのものはさまざまな方に興味を持ってもらい、研究チームのメンバーもすぐに集まりました。問題は、お金がなかったことです。通常の研究費の申請対象にはならないプロジェクトなので国立科学博物館の館長に相談したところ、「クラウドファンディングをやりなさい」と。館長は以前から外部資金を強化する方法としてクラウドファンディングに注目していたらしく、そこに僕がちょうどいい案件を持ち込んだというわけです。僕自身は当時、クラウドファンディングのことはあまりよく知りませんでした。

日本の国立の博物館が、組織としてクラウドファンディングを利用するのは初めてのことでした。目標2千万円で募集を始めましたが、すぐに集まったわけではありません。館長が上層部の会議を開いて、「海部だけではなく、博物館全体でやろう」と言ってくれ、みなさんの協力で2千万円を突破することができました。大学で同じことをしようとしても、難しかったと思います。

——国立科学博物館だからこそできたということですか?

海部 大学では隣の研究者と助け合うことはありますが、ここまで一体となることは難しいかもしれません。博物館では事業系の事務員もたくさんいて、普段からイベントを開催していますから、ノウハウもあります。チラシ配りもみんな進んでやってくれました。

僕は博物館の同僚たちにプロジェクトのレクチャーをしたり、クラウドファンディングのリターン(出資者に対する特典)を何にするかなど、ランチ会を開いてアイデアを募ったりしました。また、博物館の来場者のみなさんにもご支援を募り、設置した募金箱には120万円も入っていたことがありました。

3万8千年前、ホモ・サピエンスが日本にやってきた!?

——アフリカからホモ・サピエンスがどう拡散していったかについては、「海岸移住説」というのがありますね。

海部 ホモ・サピエンスはそれまで人類が口にしていなかった貝や魚などを食べるようになったことで、海岸でも暮らせるようになりました。この海洋適応に重きを置いた「海岸移住説」という仮説がもてはやされています。アフリカを出てアジアへ向かったホモ・サピエンスの大移動には2段階あったとされていますが、その第1波は、インド洋沿岸を何千キロとつたって東南アジアへ到達し、インドネシアの海を渡ってオーストラリア大陸へ渡ったというものです。しかし、その根拠は実に薄弱で、僕は疑問を持っています。

実際に初期のホモ・サピエンスが残したと確実に言えそうな遺跡をアジアの地図に書き込んでみると、遺跡の年代はユーラシア全域に渡り、4万8千年前から4万5千年前の間に集中しています。移住が2段階に分かれていたようには見えません。むしろ、ユーラシア大陸全体への移住は、爆発的なたった一度のイベントとして起きたように見えます。さらに詳しく見ると、ヒマラヤの北を通ってアジアに至ったルートと、ヒマラヤの南を通ったルートの2つが考えられます。

展示

——日本にホモ・サピエンスがやってきたのは、いつごろと考えられますか?

海部 日本には、縄文時代より前の旧石器時代の遺跡が、驚くことに1万カ所以上も存在します。これだけ遺跡があるということは、当時ここにそれなりの人口がいて、活発に活動していたことを表しています。そしてもう1つ面白いことに、これらの遺跡の年代は、3万8千年前以降に集中しています。

2000年に旧石器ねつ造事件(国内の数十万年前の地層から石器を次々と発掘していた考古学愛好家の発見が、ねつ造だったと発覚した事件)というのがありました。ねつ造の発覚前は、この愛好家の“発見”によって日本の人類史の始まりがどんどん古くなっていくということで、研究者もメディアも踊らされていたわけですが、「最古」に大きな価値があると思い過ぎていたと思います。それが、みんなの目を曇らせたんです。

僕は、古さにこだわる必要はないと考えていました。それよりも、日本では3万8千年前のラインを越えると突然、爆発的に遺跡が増えることに興味を持っていました。ねつ造が発覚したことで、これ以前の日本に人類がいたかどうかは白紙となり、一方でアフリカ起源説が出てきたことによって、この頃、ホモ・サピエンスがアフリカから世界へ大拡散していたということがわかってきた。この2つを結びつけると、3万8千年前のラインを越えたら突然、爆発的に遺跡が増える現象は、ホモ・サピエンスがついに日本へ到来したサインということになります。つまり、日本列島における私たちの歴史は、3万8千年前に始まったと言えるわけです。

移住のために祖先が挑戦した命がけの航海

——海部さんは、ホモ・サピエンスの日本への渡来について、「北海道ルート」(2万5千年前)、「対馬ルート」(3万8千年前)、「沖縄ルート」(3万5千年前)の3ルートが考えられるとしています。そのなかで最も長い距離で、黒潮が行く手を阻む「沖縄ルート」の航海を再現しようとしていますね。

海部 最初の実験航海は2016年で、与那国島から西表島まで草の舟で渡るというものでした。この時期の舟は遺跡に残っていないので、可能性がある草、竹、木を一通り試してみようという計画です。そしてこの実験プロジェクトでは、運営の面でもさまざまな新しい試みを行っています。一般的な研究では、成功した後に結果だけを公表して、研究途中の失敗を公開することはありません。今回のプロジェクトでは失敗にも大きな意味があると考え、当初から全ての行程を公開することにしていましたが、この最初のテスト航海でいきなり失敗してしまいました。

展示物

——どんな失敗だったのですか?

海部 台風が来て3日間出航を延長したのですが、計画に期限があるため、ベストではない日に出航する必要に迫られました。結果、たまたま普段の倍に強まっていた海流に流され、途中で航海を断念しました。でもこの失敗で、祖先が成功したはずの航海が簡単なものではないこと、そして草の舟の意外な長所と短所を理解しました。草の舟は意外にも浮力に優れ、転覆しない安定感があるのが大きな魅力でしたが、スピードが出ないため、黒潮本流を越えるのは難しいかもしれません。そこで、今年は台湾で竹の舟をつくり、台湾本島から、黒潮本流の真っ只中にある緑島という島へのテスト航海を行いました。

草束舟の実験(2016年6月 与那国島)
草束舟の実験(2016年6月 与那国島) 写真提供:国立科学博物館「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」

実験は、舟づくりから始めるところに意義があります。当時の石器などで伐採や加工ができることを確認しながら、地元に自生している植物でつくるのですが、その時には地元の伝統知識を借ります。台湾では、東海岸沿いに住むアミ族の方々に協力して頂きましたが、彼らが山に入って2〜3日もかけて割れにくい竹を選ぶこと、1つ1つの行程を丁寧に、時間をかけて舟をつくることを学びました。やはり海で使える舟をつくるのは大変なのです。でも、祖先たちもそうして海を越えたに違いありません。それをやり切る強い気持ちがなければ海には出られないということを、体験して学びました。

——竹の舟は草の舟より優れていましたか?

海部 竹の舟と草の舟は、浮く物体を束ねてつくる筏の類という意味では似ているのですが、実際には別物でした。草とは別の、長所と、そうでない部分が見つかりました。果たしてこれが3万年前の舟の候補になり得るのか、詳しいことは、来年6月頃のNHKスペシャルの番組でご覧に入れたいと思います。それともう1つ、台湾での海上実験では、初めて黒潮本流を体験することができました。祖先たちが越えなければならなかった大きな壁ですが、その流れる力は強大で、とても鮮烈な体験でした。

——海部さんは、私たちの祖先が「たまたま日本列島に流れ着いた」わけではなく、「移住のために航海をした」とお考えです。理由は何ですか?

海部 漂流で移住することは、実はとても難しいということと、当時、実際に意図的航海をしていた証拠がある、という2つの根拠があります。たとえば、沖に出て魚を捕っていた人が流されるということはあったと思いますが、魚を捕るのは、通常男性の仕事ですから、島にたどり着いたとしても、男性だけでは子孫は増やせない。たどり着いた島で集団として定着するためには、女性も一緒に行かなければなりません。

展示物

数理理論が専門の研究者に頼んで計算してもらったところ、最低でも男女5人ずつくらいで移住しなければ、新しい土地で子孫を増やし定着することはできないということでした。結果として、日本列島に人類が定着して生活を始めたわけですから、魚とりの最中の事故などではなく、何らかの理由で男女の集団が海に出たことになります。

——たとえば男女10人組が偶然、沖縄の島に漂流した可能性はないのでしょうか?

海部 黒潮に乗って漂流したと簡単に言う人もいますが、島に漂着する確率と日数を考えなければなりません。まあその確率はとても低いのですが、実際に検証するため、台湾大学の海洋研究所と共同で、海洋学で使われている漂流ブイのデータ解析を行う計画を進めています。それから漂流するといっても、当時の人たちは地図も何もないわけで、海の向こうに何があるのかは知らないわけです。ですから、冒険的な漂流なんていうのは、まずあり得ません。

——ほかにも、意図的な航海の証拠となるものはありますか?

海部 静岡や神奈川、東京、千葉などにある旧石器時代の遺跡から、伊豆七島の神津島産の黒曜石が見つかっています。これは、少なくともこの地域には、島まで往復する航海術が存在していたことの、間違いない証拠です。驚くことに、その最古の痕跡はなんと3万8千年前で、日本列島へ最初の祖先たちが渡ったとほぼ同時に神津島の開拓が始まっているのです。

——命がけで「次の島」を探しに行くんですね。

海部 やがて人は、太平洋の真ん中にあるハワイにまでたどり着きます。ハワイだけではありません。何日も目的地が見えないような航海をして、太平洋の島を1千年前までにほとんど全部見つけて、そこに住み着いています。私たちはもう忘れてしまっていますが、祖先にはそれを成し遂げる技術と精神があったということです。

「人間とは何なのか」を見てみたい

——プロジェクトの最終目標は2019年に台湾から与那国島への航海を再現することです。実現できそうですか?

海部 実現のためには、まず資金ですね(笑)。自転車操業なので。公式ホームページに案内がありますので、ご覧頂ければ嬉しいです。来年6月頃には、2回目のクラウドファンディングも予定しています。活動としては、これからもさまざまな実験を続け、3万年前はこうだっただろうというモデルを決め、それで2019年の本番にのぞもうという計画です。

本番の航海はとても難しいものになると覚悟しています。目標の島は海上からは見えないわけですし、世界最大の海流である黒潮を越えなければならない。ほとんど休まずに、3日くらい漕ぎ続けなければならないでしょう。でも、実際に先人はたどり着いているのだから、どうやって日本列島に来たのかをどうしても知りたいと思っています。

海をよく知る人ほど、「漕いで行くのは無理だ」と言います。「なぜ帆を使わないのか」と。しかし、縄文時代の遺跡から出てくる丸木舟に、帆を使っていた証拠はどこにもありません。古墳時代の埴輪を見ても、みんなオールで漕いでいます。

丸木舟の実験(2017年10月 舞鶴)
丸木舟の実験(2017年10月 舞鶴) 写真提供:国立科学博物館「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」

風の力で船を動かすというのは、とても高度なことで、日本で取り入れられたのは歴史時代のようです。原始的な帆では、追い風を利用して前に進むことはできても、風向きが変わったらそうはいかない。それに細長い丸木舟のような舟に帆を立てたら、バランスが悪くなり転覆の危険性が増すだけです。関係者で検討に検討を重ねた結果、つらいけれど、やはり漕いだとしか考えられないという結論になりました。この点についても、さらに別の角度から検証を進めていますが、結論が変わることはないでしょう。

——舟の形状だけでなく、航海を成功させるには戦略も必要ですね。

海部 そのとおりです。まず、台湾から与那国島は見えません。見えないのに、どうしてそこを目指したのか。調べてみると、与那国島からは、天気がいいときなら年に数回は台湾島を見ることができる。台湾が大きな島で、中央に3千メートル級の山が連なっているからです。では逆に、台湾からは与那国島が見えるのか。台湾の山で生まれ育った人に聞きましたが、与那国島は見えないということでした。でも本当に見えないはずはないだろうとのことで、自分も山に入って、見える場所を探しました。近いうちに結果を公表したいと思います。

——そこまでやったのですね。海部さんの執念を感じます。

海部 3万年前の人は島の存在を認識し、海流を理解し、島へどう渡るか作戦を練ったはずです。僕らもまた、同じことをしています。草、竹、木のうち、どの素材の舟にするかを決め、おそらく3日間に及ぶだろう航海に向けてトレーニングをします。当時はGPSも時計もありませんから、舟が漂流したとしても伴走船から方向を指示することはありません。方向は、風やうねり、太陽や星を見て判断します。漕ぎ手がみんな休んでしまっては流されてしまいますから、交代で休むことになるでしょう。そうした問題の解決法も、体験しながら考えていきます。

——当時を再現するということは、クルーには女性もいるわけですね。

海部 はい、3万年前と同じように女性も乗船します。女性の漕ぎ手の一人はハワイで伝統航海を学んでいる上、島を見つけるのがとてもはやい。正しい方向に航海するために、これはとても重要なことですよね。

アフリカから拡散した祖先の足跡をたどる10年にも及ぶ旅、「グレートジャーニー」を成し遂げた探検家の関野吉晴さんも、このプロジェクトに参加してくれていますが、彼が台湾から石垣島を目指したときには、「インドネシア人の船員が『島が見えた』と言った1時間後に、ようやく自分は島が見えた」と言っていました。

——お話を伺っていると、国境や人種といった区別が意味のないものに思えてきます。私たちはみんなホモ・サピエンスで同じ祖先をもつわけですから。海部さんは著書『日本人はどこから来たのか?』のあとがきで、「人類史では事実上、『純粋な民族』や『純粋な文化』は存在しない」と書かれていましたね。

海部 ずっと過去までさかのぼると、もはや何人でもないというのが見えてきます。このプロジェクトで「僕らの祖先は台湾から海を渡ってやってきた」と言うと、他国の人が祖先であるということを嫌がる人がいます。しかし、3万年前には国なんてなかった。そこから始まっていまがある。僕は研究者として、新しい考え方を見せたいし、人間とは何なのかを見たいんです。

私たちは祖先がどんなことをしたのか知らず、「昔の人間だからたいしたことない」、あるいは逆に根拠なく「私たちよりすごかったんだ」などと思ってしまいがちです。研究者として、過小評価も過大評価もせず、本当はどうだったかをつきとめるのが、自分の役割だと思っています。そして、この航海の場合、本当のことを知るためには、自分たちでやってみるしかありません。

——このプロジェクトは幅広い知識が必要ですね。

海部 僕は本来、化石骨の形態学から人類進化の研究をしているのですが、いまはまったく別のことをやっています。太古の化石骨から知ることは人間を知るためのアプローチのひとつでしかなく、目的のためには専門以外のことをやってもいいと考えるからです。プロジェクトでは、海流のことや植物のことなど、わからないことがたくさんあります。僕はその都度、専門の人に聞いています。自分だけではできないことは共同でやればいいんです。

教わったことだけしかしなければ、先生より小さい人間になってしまう。進歩のためにははみだして、先人を超えていかなければいけません。このプロジェクトを始めて、強くそう思うようになりました。

TEXT:桑原利佳(POWER NEWS)

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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