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人を幸せにするカギは街の1階に。「パブリック」に風穴を開ける田中元子の挑戦

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プライベートとパブリックが交差する「街の1階」に注目する、田中元子氏。人々が集まり会話を交わす光景が1階に連なる、そんな日常こそが街を活性化し、ひいては人々の幸せにつながると考えている。そのために、ハードとソフト、そこで生まれるコミュニケーションのデザインを推進すべく、2016年に株式会社グランドレベル(以下、グランドレベル)を設立した。

2018年には、そうした考えを具現化するものとして、洗濯機や乾燥室、ミシン、アイロンを備えた、街の家事室付きの喫茶店「喫茶ランドリー」を開業し、注目を集めている。私たちは、人と人とのつながり、施設と地域の価値をどう捉えていくべきなのか。「街と人」の未来について聞いた。

田中元子
田中元子
(たなか・もとこ)

1975年、茨城県生まれ。独学で建築を学び、2004年、パートナーの大西正紀氏とともにクリエイティブ・ユニットmosakiを共同設立。建築コミュニケーター・ライターとして、主にメディアやプロジェクトづくり、イベントのコーディネートやキュレーションなどを行う。2015年よりプロジェクト「パーソナル屋台が世界を変える」を開始。2016年「1階づくりは街づくり」をモットーに人、町、日常を活性化する株式会社グランドレベルを設立。2018年、市民の能動性を最大限に高める1階づくりとして「喫茶ランドリー」をオープン。主な著書に『マイパブリックとグランドレベル』(晶文社)などがある。

楽しげな人の姿か、無機質なウィンドーか


取材は新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、オンラインにて実施

——田中さんは「街の1階」に注目し、グランドレベルを設立されています。グランドレベル=1階に注目したきっかけと、プライベートとパブリックが交差することについて教えてください。

田中 あるとき、個人が持つ屋台「パーソナル屋台」があってもいいのではと思い立って、オリジナルの屋台をつくり、公園や建物の軒先で、コーヒーを無料で振る舞う趣味をはじめたんです。それが、大きなきっかけとなりました。

私は、日常の中で目に飛び込んでくる風景は、人生の質に大きく関わると思っているのですが、屋台から街を眺めていると、壁や入口だけだったりガラスシートやショーウィンドーで中が見えなかったり、1階が街に対して閉じている場所がすごく多いことに気づいたんです。もし、1階に人々が楽しげに話している様子が連なっていたら、街の風景は全然違ったものになるのにと思いました。毎日の通勤通学も、壁や無機質なウィンドーに囲まれた道を歩くのと、人々がおしゃべりしている姿を見ながら歩くのでは気分が違いますよね。

だから、街を歩く人の目線の高さ、建物の1階や公園など、自分とつながって広がる——つまり、プライベートとパブリックが交差する風景を変えたいと考え、グランドレベルという社名の会社を立ち上げたのです。

——田中さんは、海外のさまざまな都市もご覧になっていますね。「街の1階」という観点から、日本の状況をどう捉えたのでしょうか。

田中 デンマークの首都・コペンハーゲンを訪れたとき、たまたまランドリーカフェに寄ったのですが、そこに広がる光景に感動しました。喫茶店に洗濯機が置いてある、ただそれだけで、子どもをあやしている家族やたそがれているおじさん、勉強をしている大学生たちなど、いろいろな人が、コーヒーを飲む以外の理由で集っていたのです。そして、日本には、なぜいろいろな人が居合わせる場所がないのだろう、なぜ同じような属性の人とだけ接する生活を送っているのだろうとショックを受けました。

たとえば、日本で続々建てられるタワーマンションも、1階が公に開かれたものにはなってはいません。また、所有することが豊かという戦後の住宅観により、所有意識を満たすことに比例してプライバシーやセキュリティーの壁は高くなり、街ではなく個になってきました。それが良い住宅と思われてきたわけです。

もちろん、人が歩きたくなる都市づくりを目指して国土交通省が「まちなかウォーカブル推進プログラム」という取り組みを始めたり、ウッドデッキやテラス席をつくるなど半屋外の有効活用を推進する動きが出てきたりと、日本でも「街の1階」への注目度は高まっていると思います。ただ、抜本的な改革には至っていない印象ですし、「街づくり」では何より、普通の暮らしの中の風景を大切にすることが必要ではないでしょうか。

「喫茶ランドリー」は飲食店の皮を被った「私設公民館」

——そうした1階に対する思いが、「喫茶ランドリー」の開店に結びついたわけですね。ただ、当初は自身で手掛けようとは思っていなかったとか。

田中 最初はそのつもりはありませんでした。ただ、パーソナル屋台で街に出たとき「コーヒーいかがですか?」と誰にでも声を掛けることができました。なんだか、声を掛けることができる権利を得たような感覚を得て、意識の中に公共的な関係をつくり出す楽しみが芽生えていきました。

だから、空きビルの1階で展開する事業について相談いただき、ランドリーカフェという方向性も決まった、でも事業者が見つからなかったというとき、じゃあ自分たちでパブリックな空間をつくってみようと思いました。公民館や公園など公共施設とまではいかなくとも、パーソナル屋台で感じた公共的な関係をつくるため、「喫茶ランドリー」をやることにしたのです。

——なぜ、パブリックな空間を自分たちでつくりたかったのでしょうか。

田中 公共施設はいろいろありますが、パブリックとして皆が使う場所になっていないと感じていたからです。公民館は、高齢者が詩吟の練習などをされている反面、若者層は自分とは関係ない場所だと思っていますよね。さらに、公園には「ボールを投げるな」「犬を連れてくるな」と、いろいろな禁止事項が掲げられています。実際にボールを投げないとしても、禁止されるだけで息苦しいじゃないですか。あまりにも全てに向けて波風を立てないようにしようとするから、結果として利用できないものになってしまうのではないでしょうか。

でも、パブリックな場所なら、皆に開かれているべきでしょう。私は、公共性がありつつも、いかにこれまでとは違う空間をつくれるのかという観点から、既存のパブリックに挑戦しようと思ったのです。もし「田中の公民館」をつくれるとしたら、もっと楽しいものにできる。一律にルールで縛るのではなく、個々に最適化した、ある角度から見たら不公平になってしまうかもしれないけれど、とにかく楽しい空間をつくりたいと考えました。だから、「喫茶ランドリー」は飲食店の皮を被った「私設公民館」ですね。

マニュアルはあえて作らない。自分らしく迎えることが、お店のブランドになる

——実際に、「喫茶ランドリー」はいろいろな人が集う場所になっていますね。どのような工夫をしたのでしょうか。

田中 こだわったのは、いろいろな人が抵抗なく入ることができる、ということです。表現的なことで言えば、いきなり「私設公民館・田中」という看板を出したらドン引きされると思ったので(笑)、「コミュニティカフェ」とか既成のイメージを持たれるような表現は避けました。

また、「喫茶ランドリー」をつくり始めてから、日本の社会は、おじいちゃんはここ、若者はここ、30代女子はここ、というふうに属性できっちりターゲティングされて居場所が分かれていることに気づきました。いろいろな人がざっくり混ざっているのが街のリアリティなのに、日本にはそんな場が少ない。だから、その点は反面教師にしています。

——現在、東京都墨田区にある本店のほか、「喫茶ランドリー」の理念を受け継いだ店が全国に6店舗展開されています。今後、「喫茶ランドリー」グループとしてフランチャイズ化を推し進めていくそうですが、どのように展開していくのでしょう。

田中 そもそもフランチャイズという形にしたのは、誰もがそのパッケージを買ってサクッと店を出すことができたら、いろいろな場所に居場所を増やしていけると考えたからです。店名は何でもいい、街のあちこちに「喫茶ランドリー」のコンセプトが提供される風景をつくりたいと思っています。

フランチャイズ化にあたっては、あえてマニュアルや決め事を作っていません。本店を含め、店のスタッフは、何のルールもなく働いています。唯一お願いしているのは、「店員という意識では働かないで」ということ。「いらっしゃいませ」ではなく、ホームパーティに「ようこそ」と迎え入れるつもりで自分らしくあれば何でもいいし、それが店のブランド力になると考えています。
 
——フランチャイズ化にあたって、マニュアルのない方法に難しさはないのでしょうか。

田中 働くスタッフが、「信頼されている」「自分の好きなことを認めてもらっている」と感じれば、その喜びは、お客さんへの接し方や店の居心地につながります。とはいえ、こうした理念を現場に理解してもらうのには少し時間が必要でした。運営企業が大きければ大きいほど、私たちにオファーしてくれた上層部と、実際のお店(現場)の間に理解のギャップがあるので時間はかかりますよね。

誰でも集える場所が日常の風景となり、街の土壌になっていく

——「喫茶ランドリー」ができてから街に変化はありましたか。 

田中 墨田区の「喫茶ランドリー」では、イベントに使っていただくような仕掛けもしているので、お客さん同士も互いのことがわかってくるし、いろいろな人がこの街にいて、どんなスキルや展望を持っていてといった視点から、街の雰囲気が具体的に見えてきたと思います。ありがたいことに、遠方から来た人の中にも、店の在り方を見て、こういう場所があるならここに住みたいという人が出てきました。

また、神奈川県川崎市のフィットネスジムの1階に2019年にオープンした「喫茶ランドリー 宮崎台店」でも変化が見られています。ジムの建物は街の一等地にありますが、会員やジムに興味を持つ人以外が入ることのない空間でもありました。1階に「喫茶ランドリー」をつくることで、そのような囲い込み型の空間を崩し、会員も非会員も気軽に利用できる場にして、人の流れや地域性を創造していくことを目指したのです。結果として、ジムとの相乗効果も見られているようです。

同じく2019年に北海道帯広市にオープンした「ランド」のプロジェクトは、もともと地域の財団が、起業家支援施設の創設を構想していました。しかし私は、「起業を考えている人だけを相手にするなら発展性はない」と伝え、誰もが起業家になる可能性があるという想定のもと公民館的な場所にすることを提案しました。最初は、関係者の皆さんに戸惑いもありましたが、今は動画配信サイトで番組をつくるなど、いろいろ動いているようです。「集まる場所」「誰でも使っていい場所」ができることで皆にいい刺激になっているのではないかと思いますね。

——今の時代だから求められる場所ということも言えるのでしょうか。

田中 そうですね。「喫茶ランドリー」を開いて得られるのは、金銭だけではなく、人の信頼や愛着といった無形財産的な側面もあります。これは、地域の人が得て初めて価値が生じるもの。少し古い例えですが、テレビが一家に一台ない時代には街頭テレビの前に人が集まって、何かをシェアすると同時に、コミュニティが発生していたわけです。「喫茶ランドリー」のような場所が求められるのは、そういう場所がなくなった現代ならではと言えるのかもしれません。

また、そこには地域性もあると思います。人口減少が進む中、地方都市が駅前にマンションを建てたり、移住キャンペーンを展開したりして人を取り合っていますが、その前に、今住んでいる人が楽しめる場所にするのが先ではないでしょうか。それはもちろん都市でも同じでしょう。私は、誰もが自分らしさを発揮して過ごせる環境づくりに関わりたいと思っています。

目指すは世界平和。幸せでない人がいると自分にも影響が及ぶ


(C)Takeshi Nagashima

——新型コロナウイルス感染症の影響で、何か変化はありましたか。

田中 ヨーロッパの国などでは、ロックダウン中に自宅マンションのベランダに皆が出て、そこから乾杯をしたり歌ったりと、その時の最善の方法で人とつながっていましたよね。ああいうことができるのは、普段からコミュニケーションができているからだと思うのです。日本は、そうした国々より感染者や死亡者が少ないかもしれない。でも、日本人ははたして彼らより幸せだろうかと、ふと思いました。未曾有の事態に陥ったときに、人とつながっていられるか、笑わせ合うことができるか。そういう関係性をつくれる街である必要性をあらためて考えさせられました。

——街づくりに限らず、田中さんからは、「社会課題の解決」という言葉では片付けられない熱情やモチベーションをすごく感じます。その原動力はどこからくるものなのでしょう。

田中 大げさな言い方かもしれませんが、私は仕事でもプライベートでも、世界平和に寄与したいということを考えています。誰かがうまくいっていないと、その歪みが私にもくると思っているんです。少し重い話になりますが、私の家族は仲が良くありませんでした。開業医だった親は忙しく、また、厳しく接してくることもありました。子供だった私は、「家族が悪いわけではなく、社会からストレスを受けていて、そのしわ寄せが私にきているんだ。だから、私が幸せになるためには、家族が幸せにならないといけない。家族が幸せになるためには、社会が幸せにならないといけない」と思っていたんですね。

だからかもしれません。私は、「喫茶ランドリー」にいても、店内にいる人はもちろん、入ってこない人・入ってこられない人の気持ちはいつも気にしています。たとえば、同じ時間にランドセルを背負って通る小学生の男の子。入ってはきませんが、通りからよく見える店構えなので手を振り合ったりしています。この店があることで、彼に少しでもいい影響があればいいと願っています。決定的な影響力でなくても、人がいて灯りの点っている風景が、ボディーブローのように心に良い影響をもたらしていればいいなと思いますね。

TEXT:佐藤淳子
写真提供:株式会社グランドレベル
メインビジュアル、プロフィール:(C)Takeshi Nagashima

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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