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THINK Business

プロセス産業に求められる今日のものづくりとデジタル変革

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山之口裕一 氏

山之口裕一 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
インダストリアルプロダクツ・サービス事業部長
シニア・パートナー

新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)の感染拡大によって私たちのビジネスや働き方、生活様式は大きく変化した。先行き不透明な経済情勢下で事業を回復させることが求められる中、いかにレジリエントな(回復力のある)事業基盤を作り上げ、新しい成長戦略を展開していくかが、プロセス産業の経営者が直面している共通の課題であろう。

こうした難題を乗り越え、戦略を実践していく鍵となるのが「デジタル化の加速」だ。一般的にものづくりにおいてはテレワークが難しいと言われているが、プロセス産業では保全などの自動化やAIを活用した製造のデジタル化が加速している。またサプライチェーンの自律化やAI を使った R&D の強化へとDXの波は急速に広がっている。レジリエントな事業基盤構築にも、先進テクノロジーの活用は欠かせない。

サステナブルでレジリエンスな経済と社会の実現に向けて、IBMが考えるプロセス産業におけるデジタル変革の方向性をご紹介する。

 

産業構造の変化とものづくりにおける新たな潮流

 

これまで「現場力」を強みとしてきた日本の製造企業だが、近年は人手不足や品質の低下など、さまざまな課題を抱えている。一方、新型コロナウイルス拡大により、ビジネス環境は大きく様変わりした。

まず起こったのがテレワークやロボティクス、キャッシュレスなどのデジタルシフトだ。次に、都市一極集中からオフィス・仕事場の地域分散が進むとともに、自由で弾力的な生き方を志向する動きも広がりつつある。さらに、自然災害や気候変動などにより「サステナビリティ」に対する意識が高まり、産業構造自体が変化してきている。

世界に目を向けると、欧州を起点として「グリーン・リカバリー」の動きが広まってきている。これは、災害や感染症などからの経済復興に際して、経済政策を最優先にするのではなく、脱炭素に向けた気候変動対策を推し進め、生態系や生物多様性の保全を通じて、よりレジリエントな社会・経済モデルへ移行していくべきだという考え方によるものだ。

国際エネルギー機関(IEA)は、グリーン・リカバリーの実現はポストコロナの経済成長につながるという研究報告を発表している。その中では、持続可能性を重視した施策に今後3年間で3兆ドルを投じれば、世界のGDPを年平均で1.1%増加させることができ、およそ900万人の雇用を回復または新規に生み出した上で、温室効果ガスの排出を減少に転じることができるとしている。

こうした見方は国際機関にとどまらない。グローバル企業のCEOと政治家、あるいは専門家グループが「より良い復興」に向けてサーキュラー・エコノミーへの移行を加速すべきだと相次いで声明を発表しているほか、300社超の米企業から成るグループも「Build Back Better(より良い復興を)」を訴えている。

日本政府は昨秋、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言し、それに伴い、経済産業省は関係省庁と連携して「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、新型コロナウイルスが収束した後の経済社会の再設計を加速させようと動き出した。このように、グリーン・リカバリーを実現しようという動きは奔流(ほんりゅう)となり、企業経営には今後、経済価値と社会的価値の両立が一層求められるようになるととらえている。

実際に、カーボンニュートラルに向けた取り組みは国内でも本格化している。鉄鋼業界では、CO2排出量の削減の動きから、鉄鉱石を水素で還元する、ゼロカーボン・スチールの実用化が進む。化学・素材産業では、人工光合成によるプラスチック製造や、バイオマスプラスチックの利用が拡大している。電力については、再生可能エネルギーの拡大、あるいは火力発電の脱炭素化、水素利用も将来的に飛躍的に拡大していくだろう。

出典:IBM

脱炭素化の取り組みをはじめ、ものづくりが大きく変化し、企業が新たな市場で覇権を争う上で、デジタルの徹底活用が必須のものとなるとIBMは考える。

 

グローバル企業のデジタル変革の動向

 

最新のデジタル技術は、製造・R&D、そしてSCM・保守アフターサービスに至るまでプロセス産業の各所において、データの利活用を進める優れたソリューションを提供し、画期的な革新をもたらす可能性を持つ。実際にグローバルに展開する化学産業の企業のユースケースを参照しながらその全体像を確認したい。

  • グローバル化学メジャーのデジタル変革の方向性

現状では、先進テクノロジーの活用は欧米企業が先行しており、グローバルの化学メジャーはデジタルを活用したものづくりの変革に積極的に取り組んでいる。

出典:IBM

まず製造現場では、スマート・マニュファクチュアリングの取り組みとして、設備の予知保全やARの導入による技術継承、ビッグデータを活用した生産効率の適正化・高度化などが行われている。サプライチェーンについても、ネットワークを使ったバリューチェーンの水平統合やロジスティックスの可視化など、「スマート・サプライチェーン」の取り組みも進んでいる。

また、イノベーションについては、「イノベーション・エコシステム」といって、スタートアップ企業と連携し、新たなイノベーションやスキル、ケイパビリティーの獲得を目指す試みも進む。さらに、スマート・マニュファクチャリングでの経験やノウハウを活かして、新たなビジネスモデルを構築しスタートさせている。プラントの処理能力の向上や、省エネ・コンサルティングのサービス提供など、従来のモノ売りからコト売りへシフトしていこうという動きだ。

 

課題を解決し持続可能な産業化を促進する“賢い工場”へ

 

プロセス産業の中で、デジタル変革が進むエリアが「スマート・マニュファクチャリング」だ。スマート・マニュファクチャリングが目指すのは、生産現場をはじめ、サプライチェーン全体からデータを収集・分析することで現状を把握するとともに、示唆に富んだ洞察を得て、リアルタイムで工場操業の舵取りができるようになる状態だ。その結果、品質や業務効率、予知保全、決断力などが後方し、労働生産性が高まる。

生産現場は「標準的な工場」「自動化された工場」「インテリジェント・ワークフロー」という3段階の進化をたどるとIBMは考えている。

「標準的な工場」の第一歩はリーン生産方式から始まる。ただその段階では、生産現場の効率化に力点が置かれており、機械学習やIoTの連携といった先端技術の採用には至っていない。そこから進化を遂げて「自動化された工場」になる。そこではロボットが活用され、ヒューマンエラーなく、一貫して作業をこなせるようハードとソフトの両面から指示がなされている。その結果、リアルタイム・アナリティクスの精度が向上し、高度な予知モデルの生成が可能となる。そして3段階目が「インテリジェント・ワークフロー」だ。エッジコンピューティングとクラウドコンピューティングのインフラを基盤に、IoTデータとAI、いわゆるアルゴリズムを駆使して、つながる設備と工場の全体最適を推進していく。

スマート・マニュファクチャリングの特徴は、自動学習、自動修正、自動指示がなされる状態だ。IBMが行った調査によると、製造業の企業の半数以上がAI駆動ロボット、すなわち内部データやIoT、その他機器からデータを吸い上げ、収集し、学習や自律判断を行う装置を実装している。設備、機器、従業員のデータをよりよく活用していくことで、賢い工場に進化していくことができる。そして日本が目指す「Society 5.0」の世界がものづくりの課題そのものを解決し、持続可能な産業化を促進すると考える。

出典:日本日本IBM「スマート・マニュファクチャリング」

東亜石油:プロセス産業におけるスマート・マニュファクチャリング事例

エネルギー会社の東亜石油株式会社は、京浜臨海部に立地する京浜製油所および水江発電所の2つのプラントを運営し、グループ企業ひいては社会に対するエネルギーの安定供給の一翼を担っている。同社の既存の設備保全管理システムは機能が限定的で、紙媒体利用と属人化により、非効率が生じていた。設備保全の立案や、予防保全に関わる既存データの有効活用も十分にできていない状態だった。また、多くの製造業と同様に、設備保全管理にかかわる技術伝承や新たな人材育成が急務だった。

こうした課題を解決するため、予算立案から購買、発注、工事の完了までのすべてのプロセスをIBM Maximoを活用して統合し、効率的な設備保全管理を実現した。その結果、設備保全管理にかかわる情報収集や集計の業務負荷を従来の40%程度削減を見込んでいる。また、効率化だけでなく、故障の分析を通じて設備保全管理の全体計画や、施策の展開を支えるPDCAサイクルをまわしていく上での精度を向上させた。加えて、現場の担当者への教育や保守運用のサポートも充実できている。

このように一連の業務を統合して、スマート・マニュファクチャリングを構築することで、効率的な設備保全管理を実現しているのが東亜石油様の事例だ。

 

IBMお客様事例:東亜石油株式会社

ソリューション情報:製造・保全現場のデジタル変革を実現する

 

業績の高い企業ほどデジタル人材育成に投資

 

ものづくりのデジタル変革においては、デジタル人材の育成が一つのカギとなる。IBMの調査によると、業績の高い企業ほどスキル育成に投資をしていることが明らかになっている。また、デジタル・スキルを獲得するためのターゲットを絞った買収を行う、あるいは外部のデジタル人材を活用するためスタートアップ企業のインキュベーション、あるいは従業員のトレーニングや育成プログラムの確立といった多岐にわたる施策をとっている。

デジタル人材の育成・強化には3つの要素がある。まずデジタル変革を企画・推進する役割としての「ビジネス」。次にデジタル変革企画をサポートする「テクノロジー」。そして、ビジネスとテクノロジーをつなぐ架け橋としての「インテグレーション」だ。これら3要素がうまく組み合わさることで、デジタル変革が加速する。

その変革に必要なスキルや役割として、以下図に12個ほど例を挙げている。このように人材の多様性を踏まえた、自社のデジタル変革に必要なスキル、役割を定義していくことが求められている。

出典:IBM

企業にとってデジタル人材の育成は新たな経営課題になりつつある。求められるスキルを定義し、そのスキルを育成・獲得していく上での人材育成カリキュラムやプログラムを整備すること。育成体系だけではなく、業績の評価や処遇、あるいはデジタル組織・文化の醸成も併せて取り組んでいくことが重要になるとIBMはとらえている。

出典:IBM

 

より良い復興を目指してデジタル変革の加速を

 

実際にデジタル変革を進めていくためには、さまざまな技術を活用していく必要がある。AI、IoTをはじめとする先進テクノロジーを組み合わせ、オペレーションを変革して初めてデジタル変革が実現する。お客様の多様な環境に合わせて各々のテクノロジーを導入・活用し、新たな仕組みを作り上げるためにはIT(情報技術)とOT(運用技術)の両方を駆使していく必要がある。その実践の道のりは容易ではないが、長期的に考えて得られるメリットは大きいはずだ。

IBMは社内にAIや量子コンピューターなどの最先端のテクノロジーを研究・開発する部門を持つテクノロジー・カンパニーだ。同時にコンサルティングチームを抱えており、世界各地の顧客を支援して培った知見とノウハウを駆使して、お客様の戦略立案から実行までを一貫してご支援できる。

SDGs(持続可能な開発目標)やグリーン成長戦略といった潮流に沿った新たなビジネスモデルを構築していく際にも、IBMはお客様にとっての価値を最大化するためのソリューションを提案し、ともに実践していく。最近の事例だが、日立造船株式会社はIBMと共同してごみ焼却炉の全自動化を支える異常回避・正常維持AIモデルを構築し、事業化を進めている。IBMは技術的な支援のみならず、デジタル・ビジネスモデルの創出のための組織づくりにも貢献した。

IBMお客様事例:日立造船株式会社 

時代は今、新型コロナウイルスによる影響からの復興に向けて動き出そうとしている。ものづくりにおけるデジタル変革は現在、欧米企業が一歩先を行く状態にあるが、日本企業もより良い復興に向けて、今こそ変革を加速させる時が来ているととらえている。ぜひ、そのお手伝いをさせていただきたい。