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Smarter Business

基幹の融資業務で生成AIを活用|ふくおかフィナンシャルグループのDX最前線 第一弾

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武重 太郎氏

武重 太郎氏
株式会社ふくおかフィナンシャルグループ
DX推進本部 副本部長

1998年福岡銀行入行。営業店で主に法人融資に従事した後、ファンド運営会社に出向し、企業再生、ベンチャー支援などに注力。2012年からはソリューション営業部にて、プロジェクトファイナンスやM&Aアドバイザリー業務などの責任者を歴任。2020年から経営企画部でコーポレートガバナンス、危機管理などを担当した後、2022年DX推進本部を新設し現職。

 

石井 旬

石井 旬
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
金融サービス事業部
技術理事 兼 エンタープライズAI CTO

エンジニアとしてIBMに入社し、多数の開発プロジェクトでの経験を経てアーキテクトとなる。近年は先進技術分野のアーキテクトとして、AIを中心とする先進テクノロジー活用に関わる。エバンジェリストとして、講演・執筆活動、大学非常勤講師なども務める。2023年4月 技術理事(Distinguished Engineer)に就任。

少子高齢化や大都市圏への人口集中が進む中、より生産性の高い働き方が求められています。福岡県、熊本県、長崎県を主な営業エリアとする4つの地方銀行と国内初のデジタルバンクである「みんなの銀行」を傘下に持つ「ふくおかフィナンシャルグループ(以下、FFG)」は、持続可能な地域社会への貢献やより良い働き方の実現に向けてAIの活用を模索しています。中でも、生成AIの業務活用の可能性に着目し、最初のステップとして「融資稟議書作成AI」の実証実験を、DX共創パートナーであるIBMと実施しました。
FFGが描くAI活用構想や実証実験の詳細と成果について、取り組みを主導する株式会社ふくおかフィナンシャルグループDX推進本部 副本部長の武重太郎氏に、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)でエンタープライズAI CTOを務める石井旬が聞きました。

地域社会への貢献とサービス向上、より良い働き方の実現に向けAI活用を推進

石井 FFG様は現在、DXおよびAI活用に積極的に取り組んでいらっしゃいますが、具体的にどのような活用を、どのような方針で進められているのでしょうか。

武重 当社は九州地域を主要な営業エリアとする福岡銀行や熊本銀行、十八親和銀行、福岡中央銀行のほか、日本初のデジタルバンクである「みんなの銀行」などを傘下に持ちます。このうち「みんなの銀行」はグループ本体とは別に独自のチャレンジを進める一方、福岡銀行などでは個人のお客様向けに提供するバンキング・アプリ、法人・個人事業主のお客様向けに提供する事業者向けポータル、行員の働き方を変える営業支援システム(SFA)を起点にDXを推進しています。全てを独力で進めるのは難しいため、バンキング・アプリや事業者向けポータル、ITアーキテクチャーなどの領域でIBMと戦略的パートナーシップを結び、共に取り組みを進めているところです。

当社では、生成AIとしてChatGPTが登場して以来、経営レベルでも高い関心を持ってAI活用の可能性を広く検討してきました。銀行業務のフロント、ミドル、バック、さらにはマーケティングなど、あらゆる領域に適用できそうだとみていますが、初めは行員にとって利便性がわかりやすく、高い効果が期待できる営業店や本部の業務で活用を進めたいと考えています。

石井 本格的な検討開始は2023年4月と、非常に速いテンポで計画策定や取り組みを進めてこられました。

武重 まずDay1、Day2として2種類の検証を進めています。Day1は生成AIを用いた「会話応答AI」の価値検証です。社内に専有のセキュアな環境を構築して約100名の本部行員に業務で自由にChatGPTを使ってもらい、銀行業務でどう活用できるかユースケースを収集しました。業務で活用できることがわかったため、今ではほぼ全ての従業員に展開しております。

Day2では、ChatGPTを社内の特定業務に組み込み、ミドル業務の生産性向上や効率化を支援する「ナレッジマイニングAI」としての活用を模索する実証実験を進めています。例えば、銀行業務にはさまざまな規定やルールがあり、それらを調べるのに大変な手間と時間を要しています。そこで、規程・ルール類を生成AIに学習させ、質問に対して的確に答えてくれる「規程集回答AI」の実証実験を進めています。

武重 太郎氏、対談時の様子

コア業務である融資稟議書の作成でもAI活用を模索

武重 また、Day2では銀行の基幹業務である「融資」において、各担当者が融資案件の決済を受ける際に提出する融資稟議書の作成を支援する「融資稟議書作成AI」の実証実験をIBMとともに進めています。

石井 FFG様はAI活用に対して深い理解と卓越したビジョンをお持ちです。融資稟議書作成AIの実証実験は、その素晴らしいAI戦略を具体化し、推進させていく上で不可欠なものだと考えています。

武重 融資案件の検討は、「(1)情報収集・顧客折衝」「(2)店内協議」「(3)案件登録」「(4)添付資料作成」「(5)意見欄記入」「(6)稟議書回付」という流れで進めます。このうち(3)から(5)が稟議書作成のプロセスに当たり、「(5)意見欄記入」では担当行員が融資稟議書の意見欄に当該融資の申出経緯や資金使途、対応方針など6項目を専門知識に基づいて1,000字程度のボリュームで記入します。案件の内容や担当にもよりますが、1件当たり30分から1時間程度の時間がかかり、これを月に何件も作成することから多くの時間と手間を要しています。この意見欄の記入時間を生成AIの活用によって削減することを目的に実証実験を行いました。

石井 実証実験では、実際の業務を想定したプロトタイプを開発しました。プロトタイプの画面で行員様が融資先名を入力すると、CRMシステムやExcelシートなどから融資先の運転資金算定表や損益計算書、不動作担保評価などの財務情報や営業日報などのデータを取得し、これらを基にして生成AIに対するプロンプトが自動生成されます。さらに、過去の融資案件の中から似たような稟議書を探し出し、それをプロンプトに加えて生成AIに渡す「グラウンディング」という技術を使うことで、精度の高い文章生成を実現しています。

武重 プロトタイプで工夫したことの一つは、意見欄の生成過程をストリーミング形式で確認できるようにしたことです。例えば、生成AIが「損益計算書、試算表によると利益が増加しており…」といった文章を生成したら、担当者は「エビデンスとして具体的な数値情報を補足したい」と思うでしょう。そのように修正案を考えながら、生成AIが文章を生成する様子を見守るのです。

石井 意見欄の生成が一通り終わると、第1版の完成です。プロトタイプには、この第1版を修正する機能も用意しました。修正指示欄に「各項目の根拠がわかるように数値情報を入れて書き直してください」などと簡単な文章で修正指示を記入すると、第1版の文章と修正指示をプロンプトにして再度、意見欄が自動生成されます。その結果として、具体的な根拠となる数値情報も含まれた第2版が出来上がります。

このようにして第1版、第2版を作った後、それをさらに行員様が手作業で修正します。第1版の生成は約1分、第2版も約1分で生成が完了し、最後に10分程度で行員様が手修正して合計12分程度で融資稟議書の意見欄を完成させることを目指しています。

AIにより高い品質と網羅性の稟議書生成を実現。作業時間も35%削減

武重 AIが生成した融資稟議書の評価検証も行いました。対象としたのは、生成AIが最初に作る第1版(GPT作成ドラフト。以下、A)、修正指示を受けて再生成する第2版(修正指示反映版。以下、B)、行員が手作業で修正した版(行員修正版。以下、C)と、生成AIを使わずに行員が従来どおり手作業で作成した版(行員作成版。以下、D)、過去に実際の融資案件で作成した稟議書(実際の稟議書。以下、E)の5点です。それぞれ誰が作成したのかを伏せた状態で融資業務の担当者に評価してもらいました。

【図1】図1:検証の方法と結果

その評価結果をまとめたものが【図1】右側のグラフです。記載文章の品質と必要項目の網羅性を軸に評価したところ、Cの行員修正版が最も品質と網羅性が高いという結果になりました。また、Dの行員作成版の作成に要した時間が平均28.3分だったのに対して、生成AIを使ったCの行員修正版は9.8分短い18.5分と35%の削減効果を確認できました。

石井 実証実験はまだ続いていますが、現状でも大きな効果が見えています。この結果について、武重様はどのようにお考えですか。

武重 融資は銀行業務の根幹であり、融資稟議書作成に生成AIを用いることについては「銀行員をダメにするんじゃないか、育たないんじゃないか」と心配する声も社内で挙がっています。しかし、業務を効率化することで、お客様とのコミュニケーションをより充実させ、お客さまのニーズをより深く理解できるといったメリットが生じます。また、業務効率化は審査結果の早期回答にも寄与します。それに、私たち銀行員に求められる能力としては、文章をうまく作ることよりも、ヒアリング力やプレゼン力、案件のプロデュース力などの比重が高まっていると思います。

また、これまでは何が正解かがよくわからないまま融資稟議書を作成していた行員もいるかもしれません。生成AIでお手本となる文章を自動生成すれば、経験の浅い行員も意見欄を総括する項目だけ手作業で記入して効率的にスキル向上を図ることも可能になるでしょう。

さらに言えば、銀行業務で作成する稟議書は融資稟議書だけではありません。さまざまな稟議書への横展開も見据えて実証実験を続けたいと思います。

顧客向けサービスへの組み込み、AI完結型の活用も視野に

石井 今回の実証実験で銀行の基幹業務への生成AI適用の道筋が見えてきたと思います。FFG様では今後、生成AIをどのように活用されていく方針でしょうか。

武重 生成AIは現在、革新のスピードや変化が極めて速い技術です。そのため、中長期的なゴールを明確に定めず、できることから小さくアジャイルに取り組むという基本方針で【図2】に示す3段階のステップで進める計画です。

Step1では社内活用によって既存業務の効率化を図ります。先ほどご紹介したDay1の生成AI活用、Day2の融資稟議書作成AIなどが該当します。Step2では、お客様向けサービスに生成AIを組み込み、サービス向上や業務効率化などを図ります。その先のStep3では、人に代わって生成AIが一部の業務を完結させるような使い方を想定しています。

【図2】図2:生成AI活用の進め方

また、【図3】に示すのはAI活用の将来像です。グループ共通の生成AIプラットフォームを構築し、それをベースにした各種生成AIをStep1〜3の業務・サービスで広く活用していくことをイメージしています。

【図3】図3:将来像(AIプラットフォーム)

当社独自の情報を最大限に活用してサービスの差別化を目指す“独自AI”の必要性にも着目しています。差別化を図るためには社内のさまざまなデータを整備・管理するデータ・マネジメントも非常に重要であり、生成AIだけでなく、多様な特徴を持ったAIの適材適所な使い分けが必要です。これらをうまく組み合わせたAIドリブンな営業、マーケティングを展開していきたいと考えています。

なお、今後AIの活用が広く進んだ場合、「戦略立案・イノベーション」や、部下・チームを動かす「共感・モチベート」、独自の経験やノウハウをデータとして残す「現場経験・ノウハウの蓄積」と、それを「差別化・付加価値創出」につなげる領域が、人が集中・特化すべき役割になると考えています。

IBMは共に悩み、成功の喜びを分かち合うAI共創パートナー

石井 旬、対談時の様子

石井 ご紹介いただきましたFFG様が計画されているAI活用のステップを、IBMは多面的に支えています。具体的には、今回取り上げた「生成AI領域の技術支援」のほか、「データ・マネジメント」、共通AIプラットフォームの上で使う「全社アーキテクチャー統制」、ビジネスでAIを活用していくためのさまざまな基盤モデル、学習データのためのデータレイクハウス、AIガバナンスの実装など「先進AIテクノロジー」の領域でご提案を進めています。

武重 今回の実証実験は、当社オフィスでIBMの担当者と机を並べて共に悩みながら進めました。初めからスムーズに運んだわけではなく、目処が立つまでは悪戦苦闘の連続でした。なかなか成果が出ずに一緒に頭を抱え、山を越えたときは喜びを分かち合いました。私たちはまさに共創関係にあると感じましたし、改めて「IBMはさすがだな」と思いました。スタート時に共有したゴールにたどり着くために何をすべきか、どう動くべきかを常に考え、決して諦めることなく成果を出していただいたのですから。

私はAI活用では攻めと守りの両方が必要だと思っています。攻めについては既存業務から想像しやすいのですが、金融機関としての守りはどうあるべきかについても一緒に考えていただきたいですね。責任あるAIの使い方を進め、本格的に活用していく上で不可欠なAIガバナンスについてもいろいろと教えていただきたいと思います。
そして、私たちの本分は地域金融機関です。AIの可能性、ポテンシャルをいかに地域の取引先様を中心とするステークホルダーの皆様に還元できるかが成否を決める重要なポイントであり、それについても私たちと一緒に悩んでいただけたらと思います。

石井 過分なお言葉ありがとうございます。今回の取り組みを通じて、改めてFFG様のAI活用に対する卓越したビジョンと実行力に敬服いたしました。今後もIBMがグローバルで持つ技術とノウハウ、人材、ナレッジを総動員し、共創パートナーとしてAI活用も含めたDXをサポートさせていただきます。本日はありがとうございました。