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Smarter Business

環境事業プラットフォーマーを目指すクボタが取り組む、4社統合の基幹システム構築

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田辺 淳一氏

田辺 淳一氏
株式会社クボタ
理事
水環境事業本部 環境事業部 環境事業推進部⻑

株式会社クボタ入社後、工場経理部門での現場経験を経て、経営企画部門で連結業績管理やIT強化等の全社課題に長く従事してきた。現在、事業部長のスタッフとして環境事業における成長戦略の策定・推進を担当している。

 

豊島 康弘氏

豊島 康弘氏
株式会社クボタ
理事
水環境事業本部 水環境BPI推進部長 

入社後、IT戦略立案から、業務改革、業務/システム要件定義、設計/開発/移行、運用保守まで幅広く担当。その後、約15年間事業企画・管理の経験を経て、4社統合の基幹システム構築プロジェクト(SAP S/4HANA)のPMを担当。現在は、水環境事業本部のICT/DXプロジェクトを牽引する部門をリードし、KSIS BLUE FRONTや基幹システム構築プロジェクト等の推進を支援している。

 

角田 晴久氏

角田 晴久氏
株式会社クボタ
理事
グローバルICT本部 ICT推進第三部長

株式会社クボタ入社後、生産管理、物流管理、品質保証、購買の業務を担当。2019年より現職。現在、コーポレート部門や水環境事業本部のICT/DXプロジェクトや基幹システム構築推進を支援している。

 

酒井 洋彰

酒井 洋彰
日本アイ・ビー・エム株式会社
理事/パートナー
IBMコンサルティング事業本部
製造・物流・統括サービス事業部
Transformation Sales

製造業向けエンジニアリング・コンサルティング会社、国内総合シンクタンク、経済産業省を経てIBM入社。製造業・流通業のお客様に対し、SAP社等パートナー企業の先進ソリューションやIBMテクノロジーの導入推進と、サステナビリティ時代における共創型プラットフォームビジネスを戦略・企画構想からシステム実装までEnd to Endにて支援する組織をリード。

 

森 絵理子

森 絵理子
日本アイ・ビー・エム株式会社
マネージング・コンサルタント 
IBMコンサルティング事業本部
製造・物流・統括サービス事業部
Ecosystems & Platforms

SE、総合コンサルティング会社、EC事業会社を経てIBM入社。通信や物流事業のお客様に対し、新規サービスの企画から導入、業務改善などをリード。現在はクボタ様のBLUE FRONTプロジェクトにてPMを担当。

食料・水・環境ソリューションのリーディング・カンパニーである株式会社クボタ(以下、クボタ)。同社は2030年をターゲットにした長期ビジョン「GMB2030」のもと、組織再編・事業改革に取り組んでいます。

その一環として2022年4月には、環境事業を手掛ける「クボタ環境サービス」「クボタ機⼯」「クボタ化⽔」のグループ3社を統合。新会社「クボタ環境エンジニアリング」を設立しました。それに伴い、環境事業の基幹システムを刷新。クボタ本体と統合3社を対象に、業務とシステムを標準化しました。

この大型プロジェクトの支援を行ったのが日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)です。プロジェクトを主導したクボタとIBMのキーパーソン5名に、その舞台裏や成功のポイント、今後の事業展望などについてお話を伺いました。

顧客に寄り添うプラットフォームの開発を目指し環境事業基幹システムを構築

インタビューカット クボタ

――今回のプロジェクト実施の目的と背景について教えてください。

クボタ 田辺 クボタは創業130周年を迎えた2020年、長期ビジョン「GMB2030」を作成しました。その中で、「豊かな社会と⾃然の循環にコミットする“命を⽀えるプラットフォーマー”」を目指す姿として掲げ、「食料・水・環境」領域における社会課題の解決を通じて持続可能な社会の実現に貢献することを宣言しました。特にクボタの祖業である鉄管製造から発展した「水環境事業」においては、2025年に売上高4000億円の達成を目指しています。

この目標達成のためには、より一層の収益性と生産性の向上が求められます。そこで、水環境事業のうち、上下水道処理やポンプ場を始めとする各種環境プラントの構築・維持管理等を主力とし、環境事業の中核を担っていた「クボタ環境サービス」「クボタ機⼯」「クボタ化⽔」の3社統合による業務効率化を決断しました。

DX面ではクボタ本体を含めた4社の基幹システムを統合刷新し、データの一元化およびデータ利活用のためのIT基盤を整備。さらには各種環境プラントの運転維持管理業務(O&M)を通じて顧客に寄添うプラットフォームの開発を目指すことにしました。すなわち、会社統合にともなうITの刷新により、「攻め」と「守り」の両面で事業改革を実現することが本プロジェクトの目的です。

IBM 酒井 ここ数年、ビジネス領域でのデータ利活用の必要性が叫ばれています。製造業界でもデータドリブン経営によるリアルタイムな経営判断が求められており、各社が経営基盤の見直しを進めています。一方で、経済産業省が「2025年の崖」として警鐘を鳴らしたように、確実に「IT人材の不足」や「サイバーセキュリティー・リスクの高まり」といった問題が深刻化してきています。こうしたDX課題やITサービス・デジタル市場の変化を見すえて、クボタ様は先手先手でDXを推進しようとされていると、2020年に本プロジェクトのご相談を受けたときに感じました。

――具体的には、SAP社のERP製品である「SAP S/4HANA」の導入を検討されたと伺いました。背景にあった経営課題について詳しくお聞かせください。

クボタ 豊島 6つの事業領域(上下⽔、ポンプバルブ、し尿埋⽴、焼却、リサイクル、海外)を4社で分担していたという状況で、非効率な面が多くありました。基幹システムも事業ごとにバラバラで6つが混在。各事業部が連携してスケール・メリットを出そうにも、データ共有がスムーズにできないためにうまくいかないことも多々ありました。事業の効率化のみならず、ガバナンスを効かすという点からも、「システムの統合は必要不可欠」と判断したわけです。

クボタ 田辺 やはり4社のシステム統合が実現すれば、顧客情報の一元管理による営業の効率化、調達コストダウンなど、多くのメリットが生まれます。環境事業における総合ソリューションカンパニーとして、お客様に新たな価値提供もできると考えました。

――では、SAP S/4HANA導入の支援パートナーとして、IBMを選ばれた経緯についてお聞かせください。

クボタ 角田 実は当時、SAP S4/HANAの導入がクボタにとって本当に最適なのかどうか、迷いもありました。さまざまなソリューションを検討する中で、業務生産性の向上や事業管理の強化、デジタル戦略プラットフォームの構築を実現するための構想を具体的に描くことができず、アドバイスを求めていたところ、SAP社から同産業領域で実績のあるIBMさんを紹介されたのです。

インタビューカット クボタ

クボタ 田辺 私は、十年ほど前にIBMさんと一緒に会計システムの構築プロジェクトに携わった経験があるのですが、その際のプロジェクト管理がとても上手とだと感じました。さらに、我々のようなプラント事業の知見もグローバルで数多く蓄積されていらっしゃる。IBMさんの名前を角田さんから聞いたとき、共創のパートナーとして、これほど心強い会社はないと思いました。

IBM 森 そう言っていただいて光栄です。IBMはもともと自社製品の販売によって成長してきた会社ですが、近年はサービス中心のコンサルティング・ビジネスにも注力しています。そうした背景から、自社製品を使用するだけではなく、他社との協業・共創を加速させています。その一例として、SAP社とも50年以上のパートナーシップの実績があり、信頼関係構築とともにSAP社ソリューションの専門人材をグローバルに多数配置しています。またSAP社以外にも、クボタ様が利用されているマイクロソフト社のクラウド・サービス「Azure」のほか、 情報管理ソリューションのグローバル・スタンダードともいえるOpenText社やSalesforce社といったパートナー企業とのエコシステムの共創を推進しています。今回、クボタ様の課題解決のためのベスト・プラクティスを、多様なサービス・製品の組み合わせによって導き出せたのではないかと思っています。

徹底したビジョンの共有と「やるべきこと」の見極めで、シンプルかつ永続性の高いシステムに

インタビューカット クボタ

――では、実際にプロジェクトがどのように進行したのか、教えてください。

クボタ 豊島 2020年6月から構想・準備を始めて、まず改革の背景と目的を整理しました。これを具体化するために改革ビジョンを定義すべく、ワークショップを実施。本プロジェクトで成し遂げる方向性を定義しました。

図:クボタ 日本IBM ビジョン討議出典:株式会社クボタ

IBM 酒井 当時はコロナ禍の真っただ中でしたが、感染拡大防止に万全配慮しながら約20名の主要メンバーと経営幹部がオンサイトに集まり、集中討議ワークショップを実施しました。IBMも運営やファシリテーションを担当し、クボタ様の将来を真剣に見据え、一言一言を熱い議論で定義したことを覚えています。「これは、強いプロジェクトになるな」と確信しました。

クボタ 豊島 プロジェクト名は「GREEN」と名付けました。「GREEN」は、「Gritty business process RE-engineering for ENvironmental business」の略で、「環境事業の業務改革プロジェクトをやり抜く」という強い意思を表しています。幹部報告資料の表紙には毎回明記しました。

クボタ 角田 やはりプロジェクトの意義を端的に表した名前をつけるというのは大事なことで、参加メンバーのモチベーション・アップにつながりますし、何よりプロジェクトそのものに愛着が湧いてきます。「GREEN」という名称によってPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の姿勢や意気込みを社内全体に示すことができたのではないかと思います。

クボタ 豊島 その後、2021年1月から要件定義に入りました。18か月後の2022年6月には移行完了という一切余裕のないスケジュールで、遅延リスクが高いプロジェクトでもありましたが、逆に余裕がないということで、リスク管理を徹底し、先手を打ってプロジェクトを進められたのではないかと思います。

――具体的にどのような工夫があって、プロジェクトを短期間で完遂できたのでしょうか?

クボタ 豊島 一番のポイントは、アドオン(ソフトウェアへ新たな機能を追加するためのプログラム)の数を極力抑えたことです。アドオン数が多くなればなるほど、開発期間やコストが増大してしまう。今回、IBMさんがアセットとして保有する各種のベスト・プラクティスを取り入れたことで、テンプレート化されたシンプルな業務フローと基幹システムを構築できました。

具体的には、営業・O&M領域についてはSalesforce、ファイル共有についてはOpenTextを導入。ベースとなるSAP S/4HANAにうまくSaaSパッケージを組み込むことで効率を上げ、一般に同規模のプロジェクトが400~500本、あるいはそれ以上のアドオンを開発するのに対し、本プロジェクトでは260本程度で実装することができました。

クボタ 田辺 「あれもやりたい、この機能も追加したい」とアドオンをどんどん追加していくと、大抵、予算も期間も大幅に超過して失敗するものです。今回は、企画構想ベースで進行することを徹底しました。そもそも、SAP ERP自体が数十年の実績があり世界中で使用されているシステムですから、なるべくそのベースの機能を生かして、アドオンは必要最小限にとどめるという方針を貫きました。

インタビューカット IBM

IBM 酒井 アドオン数を抑えたことで、正直、使いづらいという声も現場から挙がります。しかし、「まずはシステムを稼働させてデータを連携、蓄積することが大事なんだ」ということを、PMの豊島さんを始めプロジェクトのコアメンバー皆さんが熱心に説明してくれたので、現場ユーザーの方々も「一緒に業務を変えていこう」と納得してくれました。

クボタ 角田 やはりICT本部としては、システムを簡易化したことで保守・運用がしやすいシステムになったことも非常に良かったと思っています。SAP S/4HANAというグローバル規模でメンテナンス人材が多く、サービスも豊富なシステムを導入したことが、そもそも大きなポイントです。向こう10年、もしかしたらそれ以上の期間利用できる永続性の高いシステムになったのではないかと思います。

クボタ 豊島 その他、プロジェクトの進行面でいうと、期間中一貫して可能な限りオンサイトでセッションを実施してきましたが、一部リモートでのセッションとなり、少なからずコミュニケーション・ロスが発生していました。ただ、PM、PMO、主要リーダー間は東京本社に設置した常設のプロジェクトルームで常に現場でコミュニケーションが取れたことにより、プロジェクト推進上での課題やリスクをタイムリーに把握することができて、先手を打つことができました。リリース直前にグループ3社の統合が正式決定したため、コード体系などの見直しなど一部手戻りが発生しましたが、IBMのご支援によって、遅延なくプロジェクトを進めることができました。

プロジェクトを成功に導いた4つのポイントと、これからの環境事業DX

インタビューカット クボタ

――では、あらためて今回のプロジェクトの成功のポイントを教えてください。

クボタ 豊島 やはり大きかったのは、「絶対に計画通りのスケジュール・予算で立上げるんだ」という熱い思いで、プロジェクトメンバーが一体となって取り組めたことだと思います。具体的には、以下の4つが大きなポイントでした。

  1. 企画構想フェーズで十分に目的、改革の方向性を議論して4社の一体感を醸成できたこと
  2. 企画構想フェーズから本稼働まで、各業務領域のエースが継続参画し、PT推進の中核を担ってくれたこと
  3. 各領域リーダー、主要メンバーのリーダーシップにより最後までブレずに貫くことができたこと
  4. 経営幹部(本部長、事業部長クラス)においては、途中でメンバーを変えることなく、プロジェクトを優先することへの理解と支援があったこと

また、IBMさんにおいては、製造業でのSAP ERP構築経験が豊富なメンバーが参画しており、プロジェクト・リスクに対する感度が高く、弊社をリードしてくれました。

――「GREEN」の今後の活用やシステムの発展などの展望をお聞かせください。

クボタ 豊島 旧4社6事業のシステムを統合したことで、各社の仕入先の共有・活用により購買業務の効率化が促進され、共同購買の仕組みを導入できました。今後もスケール・メリットを活かした調達コストダウン活動の基盤として活用していきます。また、工事領域の生産性向上プロジェクトも別途進めており、そのシステムとGREENとの連携も計画中です。クボタグループの他エンジニアリング事業への展開も今後、検討していきたいと思います。

――今後の取り組みとして、「KSIS BLUE FRONT(ケーシス ブルーフロント)」が2023年7月に稼働開始と伺いました。「KSIS BLUE FRONT」とはどのようなものか、そして今後の環境事業のDX推進展望についてもお聞かせください。

クボタ 角田 上下水道施設におけるO&Mの効率化を実現する新システムです。クボタの IoT ソリューションシステム「KSIS」(クボタスマートインフラストラクチャシステム)と、IBM の設備保全・ 総合資産管理ソリューション「IBM Maximo® Application Suite」を連携させた総合プラットフォームで、上下水道施設の運転・維持管理業務のデータを一元管理。情報の見える化による業務効率化に加え、品質リスクの低減やライフサイクルコスト(LCC)縮減を図り、課題解決に貢献します。

図:ケーシス ブルーフロントのイメージ出典:株式会社クボタ

クボタ 田辺 実は以前から、他社が先行する水道処理施設の設備管理システムについて「攻めのIT」として実現する計画がありました。「GREEN」プロジェクトも佳境に入った2021年末ころからIBMさんと企画構想を開始し、2022年8月にコアとなるソリューションを選定した上で要件定義を開始し、約1年で構築完了しました。先日、出展した展示会でも多くの方から好評をいただきました。

インタビューカット IBM

IBM 森 実際にすでに「KSIS BLUE FRONT」の導入を進められている自治体もあり、群馬県太田市と高知県香美市では、紙ベースのデータや他のシステムの入っていたデータを一元化するというステップワンを達成しています。今後、ウォーターPPP時代において施設・設備の維持管理業務だけではなく、その業務の効率化を支えるDXの提案というところも求められるようになるので、クボタ様が効果的な提案をしていただけるための武器として、「KSIS BLUE FRONT」の機能強化を今後も一緒に実現していきたいと思います。

協業の領域を広げ、プラットフォーマーとしてのクボタへ

インタビューカット クボタ

――最後に共創パートナーとしてのIBMの評価と、今後期待することについて、率直な声をお聞かせください。

クボタ 豊島 「GREEN」と「KSIS BLUE FRONT」でお世話になりましたが、本当に皆さんいいメンバーでこちらの意向をちゃんと理解して、先回りするぐらいで「やりましょう!」とさまざまな提案をいただきました。前向きなメンバーと一緒にやれたこが、成功の大きな要因だったと思います。

クボタ 田辺 製品・ソリューション自体も素晴らしいし、プロジェクト管理もシステマティックで安心感がありました。コンサルティング事業を拡大されているということですので、今後もさまざまなアイデアをご提案いただきたいと思います。

インタビューカット クボタ

クボタ 角田 いつもプロジェクトをしっかりやり切っていただけるのが本当にありがたいと思っています。実は酒井さんとは、ほかにもいくつかプロジェクトをご一緒させてもらっているのですが、細部までクボタのことを理解してくれているパートナーだと思っています。今後は環境事業のみならず、さまざまな分野で一緒に協業し、DXを進めていければと思います。

IBM 酒井 嬉しい言葉をありがとうございます。クボタ様と一緒に仕事をしていると、いつも「熱意」に驚かされます。今後、「食」「農業」領域でも協業させていただいて、世界をより良くしていくプラットフォーマーを目指すクボタ様のご活用をサポートしていきたいと思います。

IBM 森 「KSIS BLUE FRONT」プロジェクトを通して、私が一番感動したのは現場の方々がすごく協力的だったことです。一般的に新システム導入に対して否定的な現場の方もいるのが常なのですが、今回私が現場に行った際に、本当に皆さん前のめりで話を聞いてくださいました。現場の方々が、より輝くためのお手伝いを今後もさせていただきたいです。クボタ様は本当に社会を変える力のある企業ですから、ぜひ伴走して一緒に変えていければと思います。