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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#1 地域社会において「農」を守るという矜持

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※2022年8月5日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
DX・AI・5Gなど、テクノロジーの新たなうねりが起きている一方で、少子高齢化や感染症対策、環境問題の深刻化など、出口の見えない課題も山積している今、保険業界をけん引するリーダーたちはどのような未来を描いているのだろうか。本連載では、IBMコンサルティング事業本部パートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく。第1回となるゲストには、JA共済連代表理事専務の歸山好尚氏を迎えた。地域社会のライフラインともいうべき、農業を基軸として地域に根ざしたJA共済のビジネスモデルの強みや、現在取り組んでいるという未来を見据えたデジタル戦略について活発な議論が展開された。

地域社会において「農」を守るという矜持

廣瀬 最初に、共済と保険の違いはどこにあると考えているか。

藤田 共済も保険も互助の精神は共通しているが、消費者からすると、共済は地域密着のイメージが強いものと受け止められていると思う。より身近な存在なのではないか。

歸山 組織の母体である農業協同組合(JA)は、自分たちが助け合い支え合う目的で作られた団体。そして組合員が万が一のためにできる相互扶助として生まれたのがJA共済。JAでは、信用事業(貯金等)、経済事業(農畜産物の販売等)などの事業を行っており、共済事業もその一つであり、複数の事業を通じて相互扶助として農業・地域への貢献を行っている点が保険とは違うところだと考えている。私自身、就職活動の時に、保険会社に興味があったが、恩師から「人間にとって最も重要な食に関わる仕事をするべきだ」との助言があり、保険と食の要素を併せ持った組織ということでJA共済連に就職した。内側から見ると、共済事業はJAグループにおける総合的な事業の一つという位置付けであり、このあたりが保険会社との違いと考えている。

歸山 好尚 氏

JA共済連
代表理事専務
歸山 好尚 氏

藤田 時代の変化と言う意味で興味深いのは、30年ほど前に強欲を善とする時代があり、今は「協働」や「共創」「社会貢献」といった概念が世界的に注目されている。これはJA共済のあり方に時代が近づいてきたとも見えるし、金融というカテゴリの中から第一次産業までリーチアウトできるJA共済連は、今の時代に求められる存在といえるのではないか。

歸山 JAは全国に約550、約7,000の拠点を持っている。これは、農家の人たちにとっての利便性に基づくものだが、近年では、少子高齢化や農村部の人口減少なども相まって、拠点体制の維持が難しくなってきていることも事実だ。ただし、SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」という原則と同様、われわれも農業に従事している人や地域の人たちの生活に寄り添い続けることを大切にしたいと考えている。

廣瀬 地域の絆を担っていると。

藤田 今のお話からすると、地域社会における経済的なインフラ面のみならず、経済的ライフラインの役割も大きくなっていることがうかがわれるがどうか。
歸山 確かにJAの役割は重要だと思う。私たちには農業・地域に貢献する取り組みを進めたいという思いが強いが、都市部・農村部と問わずにより良いサービスを提供し続けることはJA共済の使命と考えている。

廣瀬 契約者には農家の方以外に一般の方もいるが、そのあたりについては。

歸山 皆さんご存じのように今はなかなか専業農家が成り立たず、主に兼業農家となっているのが現状だ。また、自宅の近くに金融機関がJAしかないという理由でJA共済に加入される一般の方もいる。共済や保険は何でもデジタル化で済ませられるというものではなく、対面で相談しながら加入を決めたいという人もいれば、JAに出向けずしかも電話しか使えない人もいる。そういう人たちにお宅を訪問できる職員がそばにいるというのはJA共済の強みである。一般の方も、地域密着の組織ならではの価値を感じて加入していただいているのだと思う。

藤田 今は顧客ロイヤルティーが最もつかみづらい時代と言われていて、ロイヤルティーそのものの価値が下がっている。インターネットが普及したことで、顧客は非常に移ろいやすくなっており、既存顧客の維持ということに保険会社はどこも苦労している。ところが、JA共済は地域に根差した存在であることで、ロイヤルティーが維持できる仕組みが無意識のうちにできていると感じる。

歸山 JA共済の事業開始から70年が経過したなかで「ずっとそこにある」という安心感が醸成されているのではないか。例えば、玄関先でインターホンを鳴らした時に「JAから来ました」と言えば「どうぞ」と入れてもらえる可能性が非常に高い。ただ、少子化など時代が少しずつ変わってきていて、生命共済の数字は少しずつ減ってきているのが実情である。建物更生共済の地震保障については、事業開始当時からの仕組みだが、損保の地震保険とは全国一律の掛金をはじめとして、損害の算定の仕方、再保険の相手先など異なっている。長く愛される仕組みとしてJA共済がリードしてきた分野と認識している。

藤田 JAでは地元の農産物を販売しているところも多く、個人的にも好きでよく利用しているが、「ブランドの想起」という観点からすると、JAから最初に想起されるのは「金融」よりも「食」だと思う。そこも他の保険会社との大きな違いといえる。食や生活につながるブランドが提供しているビジネスには、ビジネス+αの価値が生まれていると感じる。

歸山 その土地の産物をその土地で消費する「地産地消」という考え方があるが、JAでは農家の方に農畜産物を販売する場の提供も行っている。地産地消には、消費者に対して、生産者の顔が見える安心感を与えるという要素に加えて、物流の負担が最低限で済むという良さもある。自分たちで作ったものを自分たちで消費するといった形で食が守られる動きに貢献できるのはうれしい限りだ。最近ではウクライナ危機に関連して食の安全保障が話題になっているが、日本では農業を継ぐ若い人が減ってきている。共済事業においても今の契約者がリタイアしていく時に、次の若い人たちの加入が続かないと制度が維持できなくなる可能性もある。また地域にとって大切な拠点が合併を余儀なくされる可能性もある。今ある拠点を守るためにも、保険会社に比べて劣後しているところがないような状態を保つ必要がある。

藤田 どれほどロイヤルティーが高くても使い勝手が悪いものは使ってもらいづらくなると。

「最先端」よりも「最適」を追う

廣瀬 今後ビジネスモデルが変化していく中で、デジタル戦略はどうあるべきだと考えているか。

藤田 最近のデジタルの流れには二つあると思っている。一つは真のデジタルトランスフォーメーション(DX)とは呼べない、単純なペーパレス化やモノのデジタル化。この流れでは、デジタルツールやデジタルガジェットを使えない人はおいていかれてしまう。逆にいうと、デジタルリテラシーの啓発や、デジタル人材の育成は、ツールやガジェットの使い方にフォーカスしたあまり良くないメインストリームだと思う。もう一つは、デジタル・ワークフォースという概念。人がデジタルの労働力をうまく使うことで、企業が、というよりも、個人が時間短縮や工数の削減などのメリットを享受できる仕組み。お話から、JA共済連としては、とにかく何でもデジタル化しようというのではなく、最低限のことはやりながらも、その効果を見極めていくというふうに受け取れるが。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

歸山 ホストコンピュータが導入されて以降、中身の手直しさえしていればずっと使い続けることができると信じていたが、ここにきて、そうではないという話になってきた。今、システム関連経費の多くは保守に消えているが、今後は古いシステムを動かしながら全く新しいシステムを構築するという非常に難しい局面を迎えている。今はまさに過渡期で、これからの10年をどう過ごすかが大きな課題。過去の資産の巨大さを考えると10年という時間は決して長くはなく、早急に全体の計画をまとめ、具体的に着手していく必要があると考えている。また端末ということでは、自分はスマートフォンが現れたときに、われわれがやりたいことにやっと技術が追い付いてきたと感じた。ただ、スマートフォン自体は持っていても、われわれの契約者の中には電話としてしか使っていない人も多い。われわれが提供する「JA共済アプリ」では、台風や地震の被害を通知してもらうことで各地の被害状況を把握して損害調査などの対策を立てる仕組みを構築しているので、「JA共済アプリ」の普及もより強く推進していきたい。

藤田 お客さまサービスは、通常フロントにお金がかかるが、共済の場合は、何かあった時にしっかり対応することが求められる。万が一の事態に直面すると、人間は保険のことまで頭が回らなくなる。そういう時、簡易に、かつプロアクティブに顧客に寄り添うためには、単に何でもツールにすればよいというものではなく、制度を活用するためのデジタル化が必要ということだと思う。

歸山 デジタル化が進むと、人はハイタッチを求めるようになる、という話を聞いたことがあるが、JAには組合員や利用者からの相談にお応えするライフアドバイザー(LA)がおり、対面で、例えばお見舞いをはじめとした寄り添い方もできる。また、共創という点では、損保会社の子会社を持っていて、今は別々のシステムを使っているが、それを一つに融合できないか考えている。すでに生保会社のシステムを使い始めてもいる。すでにあるシステムを共用できれば、コストは大きく削減できるはずだ。システム自体はすべてが競争領域ではないし、これからはコストを下げられた会社・組織が生き残ると思っている。一方で、新しいシステムをつくるからには、オンラインの時代にはオンラインの、スマートフォンの時代にはスマートフォンの考え方で物事を考えなければならない。これまでと同じものを作るのでは意味がないし、コストもかさむ。

藤田 当社に人材育成のご相談をいただいたときに最終的にどこに行き着くかというと、知識教育ではなく、チェンジマインド。ひとつのエリアを極めた人のマインドを変えるためには、身に付いたものを一度はがして、新しいものを覚えてもらう必要がある。特に保険ビジネスや共済のような、「変わらぬ安心を提供する」というマインドの中で、自分たちだけが強制的に変化を求められるという状況はつらいものがあると推察されるが、そここそが一番の命題とも言えるかもしれない。

歸山 40年間ずっと保守されて、巨大に育ってしまったホストコンピュータシステムについて、これからはそれを細切れにして、端から端まで見えるようにして、小規模な開発を繰り返せるようにすれば、もう少し無駄が省けるのではないかと考えている。さらに損保子会社とのシステムの共有や、他社のシステムを当てはめることができれば開発経費は大幅に削減できるだろう。

廣瀬 これまでの当たり前を疑う、ということが必要になると。

藤田 日本では、企業体の規模に関わらず「何でも自分たちで作らないといけない」という意識が働いて、独自の法的解釈、独自のファイナンスルール、独自のITルールに縛られてしまっている会社が散見される。でもそのプライドは日本のためにならないことが多い。プラットフォームは共通で、本筋のところで競争する形にしておかないと、1億2,000万人の人口が5,000万人に収縮していく中で、対応しきれなくなる。日本全体でチーム一丸での共創が求められていると思うので、ぜひそこをリードしていただきたい。

歸山 共済や保険の世界でいうと、自賠責などは国がやっているものなので共通化しやすいはず。本人確認や診断書の取得に関しても、一つのシステムで済むような話は国や行政主導で進めてほしい。

廣瀬 診断書に関しては当社も病院や保険会社との実証実験を始めていて、実用化の際にはぜひやらせていただきたいと考えている。

廣瀬 謙治 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー JA共済連担当
廣瀬 謙治 氏

歸山 コストを下げるということは、契約者に還元されるものが増えるということ。特に事務コストは安いほど良い。最先端を追い求めるのではなく、枯れたシステムでも使えるものはどんどん取り入れていきたい。

藤田 私も最先端かどうかではなく、最適かどうかで判断した方が良いと思う。

歸山 われわれはどちらかというと、最先端ではなく、世間に劣後しないようどうコストをかけずにやっていくか、ということに注力してきたのは事実。その一方で、新しいものにチャレンジしていく面白さも職員に感じてもらいたいと考えている。10年後にはホストコンピュータがなくなるということで、財政出動をしながら作り変え始めているが、そんな中でも新しいもっと身近なシステムにも取り組んで、いざというときお役に立てるような仕組みも作ってきた。アプリを活用していただければ、われわれの変化に気付いていただけるはずだし、もっとお役に立てると思う。

藤田 農家の方々も、「JA共済アプリ」を通じてスマートフォンのリテラシーが向上して、新たなライフラインができていくような、そんな未来も期待されると。

歸山 そのころは「JAのアプリ」になっているのかもしれない。コロナ禍で非対面での面談用ツールも用意したが、今のところ十分には使われていない状況にある。他では活用されていても、作ったものがJAで思ったように活用されるのかを見抜くのは実は難しい。共済は決して安くないものであり、納得して加入していただくためには、できるかぎり対面にて十分な説明を行うことが重要になる。デジタルはもちろん大事だが、対面のサービスを含めて、組合員や利用者にとっても最適なサービス提供を目指して取り組んでいく必要がある。約2万人のLAにできるだけアイドリングの時間を要すことなく、効率的に動けるツールも後ろ側に用意したつもりなので、今後はそれを活用する段階へと移行していく方針だ。

廣瀬 人と人とのつながりを大切にして、地域とも深くつながり、それを支えるためのツールを未来に向けて強化していくというお話は非常に興味深いものだった。今後の展開に期待したい。

※2022年8月5日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。