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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#8 「寄り添う顧客体験」真摯に模索

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※2022年9月30日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第8回。ゲストにはかんぽ生命執行役員CX推進部長の松阪高宏氏を迎えた。かんぽ生命の歴史から、同社が取り組むお客さまに寄り添うCX(顧客体験)施策、さらには松阪氏自身の経験を踏まえた今後を担う人材育成のポイントまで話は広く展開した。

「寄り添う顧客体験」真摯に模索

久米 初めに、100年を超えるかんぽ生命の歴史についてお話いただきたい。

松阪 当社の事業はもともと国の機関である逓信省(後の郵政省)の簡易保険事業として1916年にスタートした。当時の保険はどちらかというと富裕層向けだったため、国の事業として国民の健康増進に資する低廉な保険を提供しようということで始まった。2007年の郵政民営化法により、かんぽ生命としてこれまでの保険事業を引き継ぐ形で分割・民営化したのが現在の姿だ。

松阪 高宏 氏

かんぽ生命
執行役員 CX推進部長
松阪 高宏 氏

久米 国民に広く保障を提供するために生まれたと。

松阪 はい。そのため医師の診査は不要で、契約手続きは郵便局の窓口で受け付けるといった、あくまで簡易な仕組みとなっている。

藤田 日本の時代背景と保険はリンクしているところがあり、黎明期には日本経済や世の中そのものの基礎を築くために、経済的支援や社会インフラの整備などが進められた。どの国でも国民の健康が保たれなければ、経済だけを復興させようとしても難しい。簡易保険は日本経済の復興やその後の隆盛に寄与したと個人的にも感じている。また、伝統的な生命保険のモデルは、日本が貧しい時代に国民が生きるために選択した生活様式、つまり、結婚を前提とし、子どもを持ち、大きな世帯の中でリスクを分散していく生活に制度的にも税制的にもうまくはまったのだと思う。

松阪 その通りで、税制に関しても、生命保険料控除という、国民に保険を普及させるための制度がある。当社に限らず、保険会社はお客さまの生活様式の変化に応じて商品を提供してきた。

藤田 保険は金融商品と似て非なるものとして扱われているところがある。しかし、中身をよく見ると、国債を中心とした運用商品であり、そのスキームそのものが金融でありながらそれを実体経済に合わせた部分がある。一方で、足元では、実体経済と保険は少し乖離してきている。

松阪 確かに、社会構造の変化や人口構造の変容によって、これまでの保険がカバーしていたリスクを、リスクと感じなくなっている消費者は増えていると思う。こうした状況を受けて、保険の方も少しずつ変わってきており、就業不能保険など、新しい保険商品が出てきている。

藤田 保険は、時代を反映させながら適合させるものという、少し受け身なイメージがある。一方で、リスクマネジメントの観点で保険を考えると、例えば新しいテクノロジーの誕生をきっかけに新しい生活や新しい働き方が生まれていけば、それぞれに新たなリスクも生まれていくので、そこには先回りして対応する必要がある。これまでの、生活に合わせた保障の提供から、保険会社が今後生まれてくるであろうリスクを見つけて提示していくような形へと変化していくのではないだろうか。

松阪 業界は異なるが、損害保険の世界では、自動運転技術によって、交通事故の原因が人の不注意によるものから、自動車の制御ソフトウエアの不具合へと移行することが予想されており、自動車保険のあり方や、そもそも事故を起こさないためのサービスへと論点が移ってきている。生命保険も少しずつ変わっていく必要があると思う。

久米 保険の中身が変化する一方で、販売チャネルもまた変化していくことが予想される。御社にとっての郵便局の役割と、その変遷についてお話しいただきたい。 

松阪 郵便局での営業については今後も変えるつもりはないが、郵便局の営業時間に来られる人が限られているという課題は認識している。以前は、日中に郵便局にお越しいただけたし、訪問してお話しすることもできたが、女性の就業率が高まり、難しくなっている。郵便局を取り巻く環境が変化する中で、郵便局がいかに国民の皆さまにサービスを提供するかということは、当社を含め、郵政グループ全体で検討しているところだ。

藤田 御社は官から民に移行しているわけだが、そもそものあり方として公共性・福祉性が非常に高い。過去にお手伝いさせていただいたことがあるが、御社には金融機関とはかけ離れたマーケティングモデルがあると感じた。収益を上げることよりも、その自治体や農村部のライフラインを守っていくための一つのサービスとして保険が存在しているという考え方が近いのではないかと考えている。

松阪 民営化以前は、公的な役割というのはもちろんそうだが、そういった立ち位置をよりうまく活用しようということで、例えば役所でしかできなかった住民票の交付を郵便局でもできるようにし、現在も実施している。郵便局におけるユニバーサルサービス提供義務※1が課されているので、公的な役割は継続している。

※1郵政民営化法改正により、日本郵便株式会社等に、郵便の役務、簡易な貯蓄及び簡易に利用できる生命保険の役務等について、郵便局で一体的にかつあまねく全国において公平に利用できるようにする責務(郵政事業のユニバーサルサービスの提供責務)が課された。

久米 大きく時代が変わろうとしている中で、御社が、保険会社としてどのように変わっていこうとしているのかお聞かせいただきたい。

久米 岳志 氏

IBMコンサルティング事業本部
IBM郵政サービス部
マネージング・クライアント・パートナー
久米 岳志 氏

松阪 これまでの保険は、保険者側が情報を持っていて、お客さまに情報提供やニーズ喚起を行った上で販売する商品だったが、インターネットの普及によってお客さまがさまざまな情報を得ることができるようになってきた。従って、事前に比較検討してからいらっしゃるお客さまには、これまでのようなニーズ喚起だけで保険にお入りいただくという手法は難しくなってきている。

藤田 保険を含めた金融商品は、目に見えないので、イメージさせ、理解させ、投資意思決定させる必要がある。ブランディングとかマーケティングの観点でいかにそれを周知していくかは考えるべきポイントだ。デジタルを活用して商品やサービスを比較する人に対して窓口を用意して待っていても、おそらくニーズに合致しない。デジタルを活用したサービスプロバイダとしてのアピール、消費者に対する能動的なアクセスが必要だろうと思うが、そのあたりが今後開拓されていくのだろうと思う。

松阪 当社では昨年、2025年までの中期経営計画を策定し、その中でお客さまに寄り添うことを掲げた。一言で寄り添うといっても、寄り添い方は一つではない。高齢の方であればフィジカルに寄り添う必要があるが、現役世代にはフィジカルに寄り添うことは難しい。そこでデジタルを活用しようと考えている。例えば、マーケティングオートメーションを使って、お客さまにメールを開封してもらいやすい時間に少し顧客の感情に訴えるようなメールを送るとか、パーソナライズされた情報を送るとか、そういったことをやっていかないとお客さまに認知してもらえない。デジタルを活用することでお客さま接点を創出し、お客さまの選択肢に入っていきたいと考えている。接点の中でいかにお客さまの体験価値を上げていくか、というところはこれからの課題であり、私のミッションだ。保険料だけを見て、1円でも安い方を選ぶお客さまも中にはいるかも知れないが、商品自体がコモディティ化している今は「おもてなし」や「サービス」が差別化要因になると考え、CX(顧客体験)向上に取り組んでいる。

藤田 私もその考え方には賛成で、バリュープロポジション(なぜそれをここで買うのか)はファイナンス理論の期待効用では必ずしも語ることができない。企業は、多様化するお客さまの「幸せを感じるポイント」を刺激していく必要がある。デジタルでの刺激の方法も、今後はおそらくコンテンツの勝負になる。もう一つ、空間として、二次元的なウェブからのアクセスでは足りないとなったときに、メタバースを含めた形での新たなアプローチ、つまり中身と側面をかけ合わせることで新しい効果が見えてくるのではないか。

松阪 われわれ企業側はコンテンツをリアルとデジタルで分けて作ってしまいがちだが、消費者の体感としてそれは別物になってしまい、一つの会社としてリンクされない。お客さま体験としては、デジタルでもリアルでも、相対しているのはかんぽ生命であり、一貫したサービスを提供していく必要がある。そのためにデータベースを作り、お客さま情報を一元化して、二次元でも三次元でも一貫性のあるサービスを提供していきたいと考えている。

藤田 実世界とメタバースにおいて、元は一つという考え方に立つと、アプローチとしては、例えばエンターテインメントに興じているAさん、勉強しているAさん、買い物しているAさんと、フェーズごとの情報の中でこの人はこういう人だとペルソナをつくるケースがあるが、そうではなく、あれもこれも全部Aさんという人の一面であって、根本の部分を刺激しなければ行動や意思決定にはつながらない。

松阪 われわれも最近はカスタマージャーニーマップを書いたりして、お客さまが本当に望んでいるものは何かを追求するワークショップを実施しているが、そこでは自分が書きたいカスタマージャーニーを描いてもだめで、ペルソナとして設定した人物が今何を思っていて何を望んでいるのかを考えて書いてほしいと言っている。

藤田 カスタマージャーニーの根本には、人の「幸せに生きたい」という思いがある。人は保険を買うために生きているわけではない。本源的なところを見るというお話はまさにその通りで、保険を買うことをゴールにしていないか、ということは保険業界全体に言っていただきたい。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

久米 郵便局というチャネルの今後についてはどうお考えか。

藤田 ブランディングという観点からすると、御社を含めた日本郵政グループは浸透度と安心感においては唯一無二の存在だ。郵便マークを知らない人はいないし、郵便局には誰でも気軽に入ることができる。一方で、そこで何か提案を受けることへの期待値はさほど高くないのが現状とも言える。単に「用事を済ませる場所」からステージを上げていきたいというのが松阪さんの目指すところなのだろう。

松阪 その通り。例えば、日中働いている人は昼休みくらいしか郵便局に行けないが、そういう人が多いので、多くの場合、整理券を取って並ぶことになる。でも、当然のことながら、郵便局に行くことが決まっているなら、事前に予約できた方がよい。ちょっとしたことだが、われわれがお客さま視点で考えずに、自分たちのプロダクトありきで進めてきた姿勢の表れだと思う。そこを変えていかないと、お客さまに満足していただける存在になっていかないと感じている。

藤田 今後、保険会社と取り組みたいと思っているのが、オペレーションのコストをゼロにするのではなく、オペレーション自体をなくすこと。長年ビジネスコンサルティングを手掛けてきた中で、オペレーションの改革というのは、やってもやっても新しいものを組み込むための変更要件が多いし、人のスキルを維持するのも難しい。そうであれば、今お話しされたような、アルゴリズムで処理できるようなスキームの方がよいのではないか。保険に加入したいと言われたら、その場で判定し、結果が出るような形。もちろん細かいことを言えば他にもあるかもしれないが、契約書の受付から新契約プロセスまでのオペレーションはほぼゼロにできる。

松阪 保険は、長いものだと一生涯を保障するので、保険会社は何十年も保険契約を管理する必要がある。システムを明日から刷新します、ということがなかなかできない世界なので難しい点はあるが、例えば、販売している商品のうち、数パーセントが対応できないから全部変えられない、ではなく、そこはそこで分けて考えることもできるのではないか。

藤田 2000年代は細分化から集約化へ向かう動きが起きたが、リーン(筋肉質)にし過ぎた筋肉はけがをしやすく、時代の変化に対応する機動性が失われてしまった。そこをあらためて細分化するという考え方は今後さまざまな場面で出てくると思う。

課題と向き合いつつ、その先見据える

久米 先ほど、情報の主権がユーザー側に移っているという話があったが、同じようにテクノロジーでも、集中から分散へという流れが起きている。こうした動きが保険会社に与える影響についてはどうお考えか。

藤田 2045年には大きく価値観が変わっていて、今の保有契約だけで持ちこたえられる会社とそうでない会社との二極化が起きることが予測される。さらには、異業種の企業が、持たない者の強みを生かして参入してくる可能性もある。その場合、既存の保険会社はそういった異業種とアライアンスを組んで新しい形を模索することを検討すべきだと思うがどのようにお考えか。

松阪 保険には一生涯を保障するものもあれば、1年更新のものもある。今後は1時間だけ保障を提供するといった商品も出てくるかもしれない。そうやって少しずつリスクの形が変わっていくと、ニーズも分散していくはずだ。そうなった時のために、もっとフレキシブルなサービスが求められていくとは思う。

藤田 サービスの多様化というのは、少量多品種という方向性と、モメンタムという時間軸で考える方向性がある。日本の人口が減ったとしても、世界の人口は増えているので、保険ビジネスは世界的には非常に期待されている。そこで私が期待しているのは、人の幸せのあり方が刹那的に変化するようになった場合、そのモメンタムを拾っていくという形で細分化した保険が拡大し、さらに、それらを支える強靭なテクノロジーやインフラ、人工知能を活用した高度なトランザクション能力を持ったバックエンドが作り上げる世界が実世界と仮想世界の双方のサービスを支えていくという方向性だ。

松阪 これまでは、手元にある何千万、何億というお客さまデータに基づいてプライシングしていれば良かったが、これまでとは違う局面でサービスを提供したいと思ったら自社のデータだけでは不可能だ。これまでとは異なる新しいモデルをつくれるスキルや知識を持った人を育てていかないといけない。

久米 少し視点を変えて、松阪さんがどのような経験を積んで今のような幅広い視野をお持ちになったのかを伺いたい。

松阪 私自身は国家公務員時代から現在まで特別な経験を積んできたわけではない。ただ、何かと会社がピンチのときに、そこに配属されるという経験はしてきた。例えば、保険金不払い問題が起きたときには、その対策のための専門部署に配属され、追加の支払いや、契約者への連絡の仕組みづくりに携わった。2019年の募集問題の時にも急遽呼び出され、短期間でコールセンターを立ち上げるといった困難なオーダーも含め対応に当たった。

久米 厳しい状況下で大切にしてきたことは。

松阪 御社に影響を受けている部分があるかもしれないが、何かをやるときには、せっかくやる以上は何か新しいうまい方法はないかということは考え続けてきた。募集問題の対応でも、お客さまにご契約調査を実施するのであれば、そこでAIを活用できないか検討して実施に至った。

藤田 何か障害が発生した時に、その対応で終わってしまって、レッスンズラーンド(教訓)が無いのが日本のITベンダーの良いところでもあり、悪いところでもある。でも今の話は真逆で、対応しなければならない問題があるときでも、せっかくやるのであれば、という発想があることで、レッスンズラーンドだけでなく、イノベーションや進歩のための取り組みを進めることができる。それは松阪さんならではの特色だと思う。ダボス会議で発表された2025年に必要とされるスキルを見ると、2020年のそれとは大きく変わっている。テクノロジーに関しては、テクノロジーの知識の有無ではなく、テクノロジーを使いこなせるスキルがあるかが重要だとされている。どうすればそういう人材を育てられるかが各所で議論されている。松阪さんはどのように人材育成に取り組んでいるのか伺いたい。

松阪 これといったものはないが、私が説明する資料はなるべく自分でつくるようにしていた。さまざまな場面で、自分の考え方や、そこに至った経緯を含めて説明することは心掛けている。

久米 松阪さんのようなことをやってもいいんだと思うだけで部下の方は変わると思う。

藤田 リーダーシップとインフルエンサーというのも必要なスキルとされている。リーダーシップだけでなく、自分で考え、自分で作り、自分で発信するという姿は、ある意味アクティブラーニングに近い考え方だ。

久米 松阪さんが今後取り組みたいことは。

松阪 メタバースやWeb3などのテクノロジーが発展し、消費者の生活行動が大きく変わる中で、これまでの保険会社になかったような新しいサービスに移行していくための道筋をつけたい。私もそのうち会社からいなくなるので、今後会社を担っていく社員に残せる仕事をしていきたい。

久米 われわれもぜひ一緒にその道筋をつくるお手伝いをさせていただきたい。

※2022年9月30日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。