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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#7 メタバースと現実世界のあり方模索

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※2022年9月16日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第7回。ゲストにはアフラック執行役員の松尾栄一氏を迎えた。DXを活用した新サービスの仕組み構築と提供を担当する松尾氏との対話のテーマは、昨今注目されている「メタバース」の活用可能性について。メタバースとリアルワールドの目指すべき関係性や、生保事業でのメタバースの活用について会話は大いに盛り上がった。

メタバースと現実世界のあり方模索

瀬戸 最近「メタバース」という言葉をよく聞くが、まずは、メタバースが世の中に与える影響についてどのようにお考えか伺いたい。

藤田 最近、メタバースを現実の世界の延長線上で捉える人が大多数であることに気付いて面白いなと思っている。つまり、ゲームの世界に慣れ過ぎた私たちは、ゲームのスイッチを入れたり消したりするのがリアルワールドで、ゲームの世界やメタバースは一時的な滞在空間だと位置付けている。この考え方は、エンターテインメントというよりも、仕事の場としてメタバースが議論されるようになってきたときから加速していると感じている。仕事を始めるタイミングでスイッチをオンにして、終業時にオフにするというイメージだが、実際にはメタバース空間では、24時間AIで稼働できるので、現実の世界とメタバース上で全く違う活動をして一日を48時間にも96時間にもできる人と、そうでない人とでは、活動時間に大きな差が生まれてしまう可能性があり、それが、メタバースが人に与えるインパクトの一つだと考えている。また、仕事でメタバースを使う場合、働いている時間=メタバースになってしまうと、当初の狙いからは外れてしまう気がする。

松尾 一生活者としては、メタバースは違う世界に没入できる魅力的な場所だと思う。一方で、ビジネスの道具としてメタバースをどう使うかということはまだ一般の社会では整理されていないと考えている。生命保険会社としては、そこに顧客接点をつくるのも有効だろうし、人々が現実の世界で経験できないような体験を通じて有意義な時間を過ごすことに、生命保険会社として付加価値をどのように付けるかを考えるのも楽しみなこと。ただ、いずれにしても現実の世界はなくならないだろうし、現実の世界とメタバースの空間をいかに融合させるかを念頭に置きつつ、どちらから攻めていくかを考えていくべきだろうと思う。

松尾 栄一 氏

アフラック執行役員
松尾 栄一 氏

藤田 空間デザインの手法として、生命保険に関するものをスパイス的に使うという考え方には賛成で、メタバースを作るサービスプロバイダーの特徴としては、自分の部屋を作ることが挙げられる。保険会社が契約者向けにスペースを作ることは、自ら自分の世界を狭めることになりかねない。松尾さんのお話のように、メタバース空間に保険的なものをスパイスのようにまぶすという考え方は一つの方法だと思う。空間を作って、人が来るのを待つという店舗型の発想ではなく、プロアクティブに動いて行って、例えば御社のキャラクターのアバターが声を掛けていくような新しい営業モデルもあり得るかもしれない。

松尾 人がその空間にいることにはそれなりの理由があるはずで、われわれがその理由にマッチした存在となることで、そこに会話が生まれ、有意義な接点が生まれる可能性はあると思う。

藤田 保険って不思議なもので、今も、知っている人から入りたいという意識が残っている商品だと思う。いくらデジタル化されたとしても、自分を理解してくれているという感覚が意思決定の要素としてある以上、会話などのコミュニケーションがある場合とない場合では印象も変わってくるだろう。

松尾 保険業は、将来何かが起きるかもしれないので、そのリスクに備えましょうというビジネス。当社でいえば代理店の営業担当者がお客さまと積極的に会話し、ご納得いただいた上で保険に入っていただくというプロセスが必要になる。そこには「信頼」という要素がある。現実の世界での信頼は、日々のコミュニケーションで醸成されるが、オンライン上でコミュニケーションを取る場合、五感のうち視覚と聴覚しか使えていない。信頼は五感を通じて生まれるものと言われており、今後、嗅覚や触覚など五感全体にアプローチできるような技術が出てくれば、より信頼が築きやすくなる可能性はあるだろうと思う。

藤田 メタバース空間で、顧客に自分のリスクを理解してもらう際に、仮に五感の全てを使えなかったとしても、視覚効果としては紙のパンフレットよりも自由度が高いので、印象的なものを見せられるはずだ。そういう意味では、ビジュアルとかサウンドとか、今までにない形のプロモーションができると思う。

松尾 今聞いて思ったのは、メタバースでは、自分のリスクをよりリアルに体験できるのではないかということ。例えば、メタバース上で病気や事故を経験したりすることで、現実の世界でのイメージが湧きやすくなるかもしれない。

藤田 それは非常に旬な話。体験が重要なことは多くの人が頭では分かっているが、体験とメタバースの住み分けができていない。現実の世界でもメタバースでも体験はできる。ただ、現実の世界と同じようなことをメタバースでやってもあまり意味がない。今お話いただいたように、メタバースでは病気や事故等、本質的な恐怖を伴った体験を提供することができる。これはビジネスチャンスというだけでなく、人が豊かな生活を送っていく上でも、メタバースが果たすべき役割の一つだと感じる。

リスクの疑似体験提供の可能性も

瀬戸 メタバースが世の中に与えるインパクトという観点からお二人に話を伺った。ここからは、生命保険会社にとってのメタバースの可能性についてご意見を伺いたい。

藤田 保険はライフイベントをトリガーに考えることが主流となっているが、人間の人生は、ライフイベントのタイミングで健康かそうでないかという区分けでは捉えられない。例えば、大きな病気をして元の生活に戻れないとなった時に、その後の人生で、本来なら体験していたであろうことは体験せず、予期していなかった体験をすることになる。その分岐点は誰しもに存在していて、それはライフイベントであったり、偶発的であったりするが、それらは一つとして同じではない。そういった想定外の事態をメタバース空間でデジタルと融合させることで、今の状態から推察されるアクシデントの情報を提供できる可能性がある。例えば、不摂生な生活をしている人と、健康的な生活をしている人とでは、その後に罹患する病気の種類が変わってくると思う。それをメタバースで体験させることで、リスク回避につなげることもできるかもしれない。単にメタバース上に保険代理店を作ってアドバイスするというような短絡的な話ではなく、保険会社が提供するメタバース空間自体の広がりはかなりあると思う。

松尾 デジタルツインというのはピッタリの表現ではないかもしれないが、今のお話にはそのような印象を受けた。デジタルツインのようにリアリティーのある疑似体験を経験できる場所が作られ、さらにその疑似体験が個々の状況に応じた、パーソナライズ化されたものとなることで、よりリスクへの理解が深まり、可視化にもつながる可能性があると思う。ただ、保険会社の立場からすると、そのリアリティーのある疑似体験を作るために必要なデータをどのように作り入力するのかは難しいところである。そこは保険会社だけでなく、いろいろなパートナーと組みながら、いかにリアルなデータを作り上げていくかが重要になるだろう。

藤田 確かに、メタバース空間において、個社で完結しようとすることの意味の無さはそこにある。そういった世界で価値を出すためには、単純にテクノロジー会社と保険会社が組めばできるというものではなく、さまざまな業種が本当の意味での共創を実現することが必要であり、それこそが新しい環境に適応するための第一歩だと思う。

松尾 その通りだと思う。それが趣味であれ、ビジネスであれ、その空間にリアリティーを持たせるためには、現実の世界からいかに必要な情報を注入するかということが重要になる。一方で生命保険という商品にメタバースがどういったインパクトを与えるのかということは、実はまだ整理できていない。当社はがん保険に注力する保険会社として、「がんに苦しむ人々を経済的苦難から救いたい」という創業の想いを受け継いでいるが、昨今はそれだけではなく、がんの予防や早期発見、罹患した場合にも自分らしく生きるための支援といった総合的なサポートを行っており、それが当社の存在意義だと信じている。がんになっても自分らしくあるために、NPO法人が運営する「マギーズ東京」などの「開かれた相談の場」の取り組みを支援したり、がんに罹患された方のコミュニティーを設けて一緒に悩みを聞くカウンセリングを実施したり、小児がんなどのお子さまとそのご家族が1人1泊1,000円(患児は無料)で宿泊できる総合支援センター「アフラックペアレンツハウス」の運営を支援したりしている。そういった取り組みにもメタバースを使った「自分らしく生きるため」のサポートも加えることができるのではないかと思う。例えば、現実の世界では歩くことが難しい方でも、メタバース空間では歩くことができるし、働くこともできるかもしれない。

藤田 保険会社のサービスには付随的な価値があり、今お話にあった入院時のサポートでいえば、入院中は人とのコミュニケーションが難しいという点に着目して、メタバースの世界で、がんの体験を寄り添って聞く、ということもサービスとしてありえると思う。今も、SNSでちょっとしたコミュニケーションは取れるが、その先にあるものとして、メタバース上での体験を提供することで希望を与えられることがあるのではないか。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

松尾 メタバースには国境がないので、いろいろな国の人と知り合えるし、旅行もできる。病気になって、誰かと話をしたいというときに、早朝でも深夜でも人と話ができたり、現実の世界で看病をしている人の負担の軽減にもつながるかもしれない。

瀬戸 保険の新商品・サービスという観点で広がりのあるお話をいただいたが、少し視点を変えて、商品やサービス以外でのメタバースの活用の可能性についても伺っていきたい。

松尾 ビジネスを超えた部分での活用も広がっていくと思う。「Second Life」なども以前からあって、異世界への没入感という意味では、本質は変わっていないと思うが、昨今メタバースがはやってきた背景には、技術の進歩があると思っている。現実とは違う自分を演じてみたり、違う世界の人と触れ合える空間は、現実の世界の生き様にも影響を与えると思う。

藤田 メタバースには、いわゆるシステムとは違う世界観がある。例えば、社内で導入するITツールはシステム部門が主導して導入していく。テクノロジードリブンといえば聞こえはよいが、ある意味、システムの都合で入れているものという感覚がある。メタバース空間は、そもそも人が集まらなければそのバースは消えていく。つまり、ユーザーの価値観やニーズに呼応するユーザードリブンの世界。ITに造詣の深い松尾さんはよく分かっていただけると思うが、現実の世界以上に、システムやテクノロジーに対してユーザーの希望を反映しやすい場所であり、そういったユーザーの声が新たな可能性を生んでいく場所だといえる。

瀬戸 まさに御社でも検討されていると思うが、例えば業務そのものにメタバースを取り入れるということについてはどうお考えか。

松尾 メタバースを道具として活用する中で、業務でも使っていきたいと考えている。今でも、いろいろなツールはあるが、結局はPCの中に閉じられている。そこをもっと広い視野で物事を見られるようにし、業務の全体を可視化できる道具として使っていきたいと思う。今のオンラインミーティングでは誰かが発言しているときに待ったり、ミュートにするといった煩わしさがあるが、そういうものを脱して、より臨場感を持ったディスカッションができる可能性がある。従来のビジネスツールの機能が全て集約されれば、業務の効率も品質も高まるのではと期待している。

瀬戸 お客さまに使っていただくだけでなく、御社の中でもメタバースがサービス(業務)につながっていくというお話だと思う。ただ、そうはいっても、メタバースには活用していく上での課題もある。今後メタバースを活用していく上での課題をどう見ているか伺いたい。

藤田 課題は人だと思う。「人」というのは、人の発想が抑制されてしまわないか、ということ。人は思考を放棄してしまうことがよくある。そのため、それなりに快適になった時に「メタバースでの過ごし方はこれくらいでいいや」と思って止まってしまう人が増えることが予想される。サービスプロバイダーは、発想が貧困にならないように仕掛けていくべきだが、経済という面から見ると、サービスプロバイダーにとっても、ユーザーに同じ場所にいてもらった方がメリットがある。こうした中で、長期的な視点を維持しつつ、全体的な発展をいかに実現していくのかというのが課題になるだろう。今後は、どれだけコミュニケーションを図り、そこに対して価値を提供できるものを発信できるかが重要になる。

松尾 難しい問題だ。今、普通にメタバースを使うにしても、規制や法律面の整備をしないと、ビジネスの世界では厳しい部分がある。そこをしっかり整えておかないと、人が怖がって入ってこない。国が規制を掛けるべきか、企業が自主的に規制すべきか今は分からないが、人々が安心してその世界に入れるような世界をつくることが今後の発展のために必要だと思う。また、人の感情がメタバースで増幅され、それが現実の世界に影響することも懸念される。暴力的なゲームが子どもに悪影響を与えるといわれるが、より没入感の強いメタバースはそれ以上に深刻な影響を与える可能性がある。そういった課題が解消されないままビジネスで活用することには懸念がある。

瀬戸 ここまでメタバースを中心にお話いただいたが、ここからは、メタバースによって現実の世界がどう変わっていくのかということについてお伺いしたい。

瀬戸 大助 氏

IBM営業統括本部保険事業部
理事 アフラック担当営業部長
瀬戸 大助 氏

藤田 現実の世界と連動させる考え方と、現実の世界と仮想空間を分離する考え方で分かれると思う。現実の世界と連動させる場合、主は現実の世界にあるので、ここが意思決定の場になるが、仮想空間が現実の世界から離れて、自動的に意思を持って動くようになったときに、話している相手の裏側に人間がいるかどうかが分からなくなる。AIによる新種の詐欺的行為が生まれるかもしれない。現実の世界に関しては、取り締まるためのルールがあるが、仮想空間の中で警察がいかに取り締まるのか。現実の世界とは別の物が整備された場合、現実の世界とメタバースという二つの軸の中で生きていくとなると、新たなリテラシーの導入が必要になってくる。こうした変化は、教育や生活、法律にも影響を及ぼすはずだ。

松尾 現実の世界への影響はあると思うが、これまでにもゲームやSNSなど、別空間ということは経験してきている。SNSでの誹謗中傷が現実の世界に影響することもあるので、メタバースではそうした相互の依存関係がより大きな影響力を持つと考えられる。

瀬戸 メタバースの可能性が広がる今、御社はどのような方向を目指すのか、お考えを伺いたい。

松尾 メタバースが何のためにあるかといえば、人が楽しく、生きやすくなるためだと思う。それが負の存在になってしまっては誰にとっても良くない。当社は多くのお客さまのご契約をお預かりする立場として、お客さまのみならず、社会全体に貢献できる新たな価値を創造し続けていく社会的責任があると考えている。今日のお話で、保険業界が担うべき責任ということをあらためて感じた。当社としては、デジタルやDXに力を入れていて、リアルとデジタルの融合ということを標榜している。全ての接点において、リアルとデジタルが融合した環境で、一貫性を持った体験価値をお客さまに提供し、感動的なユーザー体験を創出することを目指している。その実現のためには、デジタルだけではなく保険代理店におけるリアルでの接点もまた非常に重要だ。保険会社の最大の責務は、お客さまに対して経済的な保障をお届けすることではあるが、お客さまに寄り添い、お客さまが自分らしく生きていくためのサポートも含めてわれわれの仕事だと捉えている。メタバースはこれらのサポートをより強化するものになる可能性がある。ただし、メタバースに参加するためには、現実の世界で十分なセキュリティ環境を整備することを含め、確かな業務体制を構築する必要があり、まずはそこをしっかりやっていきたい。

瀬戸 今日のお話を通じて、御社がリアルワールドとメタバースのいずれにおいても、社会的責任を果たしていくという観点から、保障の次の世界として、お客さまに寄り添い、自分らしい生き方をサポートしていくという姿勢であることが伝わってきた。

※2022年9月16日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。