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Future of Insurers対談#2 テクノロジーの加速的進化から考える、保険の広義化

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※新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮し、写真撮影時のみマスクを外しています。

一本木 真史氏

一本木 真史氏
MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社
執行役員 グループCDO(DX推進)
三井住友海上火災保険株式会社
取締役 常務執行役員

1987年、旧住友海上に入社。商品部門、営業部門等でキャリアを積み、2020年、三井住友海上 取締役 常務執行役員に就任(現職)。2021年4月よりMS&ADインシュアランスグループホールディングス 執行役員 グループCDOを兼任し、三井住友海上およびMS&ADグループ全体のDXを推進。

 

藤田 通紀

藤田 通紀
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
パートナー/保険インダストリー・リーダー 兼 保険ソート・リーダー

金融機関およびコンサルティング業界でのプロフェッショナルとして20年以上の経験を有し、経営戦略、セールス・マーケティング、教育・研修からオペレーション、またアートとデジタルなどの幅広い分野での専門性を有す。トランスフォーメーションに関わる実務と理論に基づいたアドバイザリー・サービスを提供。著作・講演多数。MSc(英ウォーリック大)、MBA(英ウェールズ大)、PgDip(英エクセター大)修了。

我々の社会はテクノロジーの進化とともに変化を続けてきた。社会の変化と切っても切り離せないものがリスクであり、そのリスクに誰よりも長く向き合ってきたのが保険会社である。社会全体から個人まで、あらゆるレベルにおいて価値観が多様化していく中で、リスクはどのように考えられるべきか。

ソート・リーダーとして保険業界の経営戦略やデジタル改革を数多く共創してきた、IBMコンサルティング 保険インダストリー・リーダーの藤田通紀が聞き手となり、保険大手各社のデジタルシフトの担い手をゲストに迎え、保険業界の未来を探る対談連載。

第2回は、MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 執行役員でグループCDO(DX推進)である一本木真史氏を招き、テクノロジーの進化に伴うこれからの保険と保険会社のあり方、多様性を形作る上でのリスクの捉え方について考えた。

テクノロジーと戦略が円を描くように、ビジネスを再定義することが必要

MS&AD 一本木氏、IBM藤田のインタビュー・カット

藤田 まず、2022年4月から就任された新しい役割について教えて下さい。

一本木 MS&ADインシュアランス グループのCDOとして、全社的なDXを担当します。グループの中核会社である三井住友海上では、2018年に立ち上げたデジタル戦略部を「ビジネスデザイン部」に改組し、2020年に新設した「ビジネスイノベーション部」と連携することで、ビジネスデザイン部が戦略を作り、ビジネスイノベーション部が実行する仕組みにしています。

2021年度までの中期経営計画では、デジタル戦略部を中心としたデジタライゼーションを戦略の柱の一つとして掲げていました。最初の2年間(2018-2019年)は、既存のビジネスを効率化する取り組みを優先的に進めました。そして、2020年からの2年間においては、より発展的に、テクノロジーを新たなビジネスにしていく取り組みを始め、リスクをテクノロジーで解決するという意味の造語である「RisTech(リステック)」の事業を進めてきました。

2022年4月からスタートする新たな中期経営計画にあわせ、デジタル戦略部をビジネスデザイン部に改組しました。デジタル技術の活用を当たり前のものとし、もっと幅広くビジネスモデルの変革、トランスフォーメーションを進めていくためです。

藤田 例えば「空気」は我々にとってこの上なく重要なものですが、それについていちいち存在を確認したり言及したりしないように、今やデジタルは存在して当たり前ということですよね。

ビジネスデザイン部は前身のデジタル戦略の流れを汲んだ形とのことですが、単に名前の変更ではなく、組織的にも文化的にも、もちろんテクノロジー的にも、そして会社戦略的にも「変革していく」という決意にも見えます。

一本木 おっしゃるとおりです。リステックの推進だけでなく、さらに進んだ展開をしたいと考えています。

一つはアジャイル開発の考え方を極力多くの事業プロセスの中に取り入れていくこと。そのためにアジャイル開発の実行部隊を作ります。もう一つは、将来的に自分たちの理想のビジネスを実現させるために、ITはどうあるべきなのか深堀りし、絵に落とし込んでいく部隊も作ります。

藤田 少し前までは、大きな方向性としてのストラテジーがあって、テクノロジーはそれを実現するための手段、つまりストラテジーが川上でテクノロジーが川下にあるという勝手な切り分けがあった気がします。

それがここ数年、テクノロジーの進化によって逆転し、「fromテクノロジーtoストラテジー」がメインストリームになってきている。問題なのは、ストラテジーとITをそれぞれ担う人たちの距離が遠いことです。これは物理的な距離ではなく、ITを専門にしている人はストラテジーを描くことが難しく、ストラテジーの人はITの領域について十分な知識がなくあわてて学んでいるといった状況のことです。

どちらが上流か下流かということではなく、その両端をつなげて円にしてみれば実は非常に近いところにあるのではないか。さきほどおっしゃった「ビジネスデザイン部」のような捉え方で、円環のビジネスを新しくデザインしていく。そうなると、戦略の部隊もテクノロジーを知らなければならないし、テクノロジーの部隊も戦略を描けるようになる必要があると考えることができますね。

一本木 理想的にはITのプロフェッショナルに戦略を作ってほしいと考えていますが、実際はそううまくはいきません。テクノロジーについて教育しなければならないし、自らでも学ばなければいけない。テクノロジーを使いこなしていく会社の風土を作ることが必要だと思っています。それも含めてビジネスをデザインしていきたいですね。

デジタルをベースとしたビジネスで必要なのは、スキルより“所作”

IBM 藤田のインタビュー・カット

藤田 デジタル技術の進化は速度を増し続けていて、時代に大きな影響を与えています。もちろん、お客様や社員の行動や価値観も大きく変化していくでしょう。そうした変化をビジネスデザイナーはしっかり捉えていくことが求められますよね。

一本木 やはりお客様は非常に敏感です。私自身の経験から言うと、例えば、ビジネスでもライフスタイルでも、自分に何かしらのアドバイスをくれるようなサイトにアクセスするとします。複数回アクセスしていく中で「自分のことを理解してくれていない」と感じてしまうと、初めのうちはさほど違和感がなくても、そのうち不満を感じるものなんですよね。

同様のことを保険のお客様も感じ始めていらっしゃると思います。きちんとお客様を理解し、期待を上回る形で対応していくテクノロジーの使い方が今後必要になるでしょうし、そういう戦略を立てないといけません。

藤田 ユーザーは、現状満足しているテクノロジーであっても、新しいテクノロジーを体感してしまうと、「なぜこっちは古いままなのか」と不満を持つこともあります。会社のCX戦略や営業戦略、商品戦略を考える上では、自社の既存の事業領域を超えて、世の中のサービス全体を把握したほうがいい。

一本木 保険の業界の動きだけでなく社会一般の動きを見て、さまざまな業界の方々とお話しする機会を持つことが大切だと思います。幸い、あらゆる業界の方が私どものお客様となっています。タッチポイントをうまく使って、お客様のニーズや価値観の変化をしっかりと把握していく。

そのためにタッチポイントに立っている営業社員は、よりハイレベルなデジタル知識を得ておかないといけない。当社では2018年から東洋大学情報連携学部と提携したデジタル事業創造人財育成プログラムなど、さまざまなリカレント教育を行ってスキルアップを図っています。この教育がほぼ全員に行き届くよう、加速していかなければならないという課題も認識しています。

藤田 営業の方々に必要なのは、デジタルのスキルというより、デジタルを使ったビジネスにおいて営業活動がスムーズにできるためのリテラシーです。むしろ所作に近いのではないでしょうか。

一本木 ご指摘のとおりです。プログラミング教育も行っていますが、一番必要なことは、お客様の課題を認識したときに「データやテクノロジーを使って解決できないか」という発想ができることだと思います。

テクノロジーとともに、保険が向き合う課題も進化する

一本木氏と藤田の写真

藤田 テクノロジーが進化する中で、保険商品やサービスは多様化していくとお考えでしょうか。多様化するとすれば、保険商品そのものが多様化していくのか。商品は変わらずとも、デジタル所作の向上によってタッチポイントにおける顧客体験が多様化していく方向性なのか。もしくは両方なのか。いかがお考えですか。

一本木 どっちがとなると難しいのですが、商品とサービスを両方含めて提供価値を考えると、必ず多様化していきます。

我々のビジョンをもう少し詳しくお話しすると、保険の本来機能は補償です。有事の際に損失を補填することです。それを起点に、時間軸で見て前後にサービスの幅を広げていきたい。そのとき、商品やサービスの種類は保険に限らなくても良いと考えています。

補償の前は、事故の予見など予防のためのサービス。補償の後は、実際に事故が起こった後の復旧を可能な限り早めるといった、いわゆるレジリエンシーの向上になります。それぞれを実現していくと、多様化は間違いなく進んでいくでしょう。

藤田 未来における保険のサービスとして、どんな事故が想定されるかだけでなく、予防と回復という段階も考える必要がある点では多様化と言えますね。一方で、あらゆる場面を想定するようになると、原理原則に関してはむしろシンプルになっていくのではないかと感じます。保険として必要なものが体現されるという意味で。

一本木 よく「課題を解決していくと、補償すべき対象がどんどん少なくなっていきませんか」という指摘をいただきます。つまり、保険会社として市場がシュリンクしていきませんかと。しかし、おそらく科学や技術の世界と同じで、一つの課題を解決すると、その外側に新たな課題が生まれてくる。我々が相対しているリスクも同じで、補償はけっして尽きるものではないと考えています。

藤田 賛成です。今「課題」とおっしゃったものを、そのまま「課題」と呼ぶべきか、はたまた「希望」と呼ぶべきか、いつも迷うんです。今いる場所から次の希望へ向かうには、必ず越えなければいけない山があり、そこにはリスクが存在する。ただ、それこそが人類の進化進歩だと思うんですね。

ある一定のところに留まると、希望なきシュリンクになってしまいます。前に進むことは勇気が必要ですが、その先には新たなマーケットが生まれる。こうしたことはデジタルの世界ではカジュアルに行われていますが、伝統的な産業では、慣習や企業規模などもあり現状を守ることを選択しがちです。その結果、商品やサービスそのものがなくなってしまうことがあるので、希望の光を常に見つけて前に進むことが大切です。

一本木 私も進み続けることが必要だと思っています。

今あるものを違う角度から見ることがビジネスデザインの第一歩

MS&AD 一本木 氏のインタビュー・カット

藤田 保険サービスの範囲は、伝統的な狭義の保険から広義の保険へ、つまり既存事業のバリエーションというより、新たな領域に拡大していくことが、一本木さんの考え方に近しいですか。

一本木 まさに、さきほど申し上げた前後の広がりです。また、さらに広義で捉え、データやデジタルを使うことで補償とは違った発想のビジネスをすることも可能だと考えます。

例えば、自動車保険にはドライブレコーダーを付帯した保険があります。ドライブレコーダーは社会に浸透していて、その映像データは事故が発生した際に過失割合を判定するために使用されるのが一般的なイメージです。しかし、もう少し引いた目で考えてみると、ドライブレコーダーは「自動車が走行する範囲の映像データを収集できる」ものでもあります。

そのデータを有効活用できないかと2021年12月から販売を開始したのが、「ドラレコ・ロードマネージャー」です。これは、ドライブレコーダーの映像から道路の補修が必要な箇所を抽出するものです。日本には自治体が約1,700ありますが、多くの自治体が道路のひび割れや穴などを見つけるために広範囲にわたって車を走らせており、道路の点検・管理にかかる人手とコストが課題となっています。

ドラレコ・ロードマネージャーなら、自治体の公用車や地域の公共交通機関にご協力いただいてドライブレコーダーを付けることで、その映像をAIで分析して、道路損傷箇所を検出して地図上に可視化し、クラウド上で一元管理できます。このように、補償とは少し離れたサービスでもマネタイズしていきたいと思っています。

藤田 まさにビジネスデザインの中核ですね。富士山を静岡側から見るのか山梨側から見るのかによって絵の描き方が変わるように、ドライブレコーダーのデータを事故とは違う方向から利活用することで、ビジネスの絵の描き方も変わります。

統計学的に処理している数値のデータと違い、リアルな解析ができる画像・映像データであることもポイントです。それらのデータを解析するAIがラーニングしていくと、ほぼリアルタイムで「ここが補修が必要だ」とアナウンスメントできるようになります。

災害情報と連携させれば、「ここにひびが入ってるから近づかないで」とお知らせするようにも展開できる。国道、県道、市道と、自治体のレベルを超えてサービスを提供できる非常にディスラプティブなアイデアですよね。

日本では、こうしたサービスは無料で行うべきという話になりがちです。そんな中で、いかにビジネスとしてデザインし、そこで働く人たちの雇用を確保し、サービスを通じて社会に還元していくかがポイントになると思います。

社会が進むため、損害保険会社がリスクソリューションのプラットフォーマーに

MS&AD 一本木 氏とIBM 藤田のインタビュー・カット

藤田 損害保険会社がデジタルを活用すると、これまで培ってきた知的アセットを違うサービスに転換していくことができますね。SDGsやESGを批判するわけではないのですが、その分野に得意でない業界まで無理にやっているように見えます。もっと自分たちの業界の強みを活かして、違った発想をぶつけ、大きな役割を果たしていくことが本来あるべき姿なのではないかと思うんです。

損害保険は、投資性商品や預貯金などの金融商品とは違いますし、生命保険とも違うエクスペリエンスがありますが、一本木さんが考える損害保険会社が未来に果たしていく役割は何でしょうか。何が自分たちの使命だと思いますか。

一本木 何段階かありますが、一番大きな枠からいくと、社会課題を解決し続けることが最大の使命だと思っています。我々が解決できない社会課題もたくさんあることは十分承知していますが、解決できることは徹底的に解決していきたい。

もう一つは、お客様の課題を解決し続けていきたいということ。さきほど申し上げたように、単に補償するだけでなく、補償の前後も含めて事故やダメージのない社会を作りたいですね。

藤田 それは「どんな時代にあっても」ということですよね。自動車が空を飛んでも、ドローンがモノを運んでも、人流や物流が変わったとしても。

一本木 はい。もちろん補償はしますが、その前の事故がない世界を作りたいと思っています。

藤田 リスク・マネジメントの究極のサービス会社みたいなイメージですか。

一本木 おっしゃるとおりですね。

藤田 リスクにはいくつか種類があります。一番わかりやすいリスクは文字どおりの危険。もう一つのリスクは、統計学でいうところの分散。最後は不確実性。3つのリスクを全て網羅し、追求していきたいのだと受け止めました。

世の中にリスクがないということは、逆に言えば安全もないということ。ばらつきがないということは、全てが同質で多様化を認めないということです。不確実性がないということは未来がないということ。

リスク・マネジメントというと少し保守的で、ブレーキのように感じるかもしれないですが、未来へ推進するために絶対的に社会に必要なものです。それを損害保険会社が担っていくということですね。

一本木 リスク・マネジメントを含めた、リスクソリューションのプラットフォーマーになりたいですね。

藤田 「プラットフォーム」とは、ITプラットフォームのことではなく、世の中のルールメイキングや考え方という意味でのプラットフォームですよね。一本木さんが率いる三井住友海上のビジネスデザイン部とビジネスイノベーション部がそのプラットフォームを作り、時代をリードしていくであろうということがわかりました。最後に、一本木さんがこれから取り組んでいきたいことを教えて下さい。

一本木 進化し続けたい、イノベーションを起こし続けたいと思っています。自分自身の課題としては、もう少しうまくマネタイズしたいことと、社会課題を解決し続けたいということですね。

藤田 そのためのビジネスをデザインしていくということですね。本日はありがとうございました。では、次回対談させていただくご友人を紹介していただけますでしょうか。

一本木 本日は損害保険的な目線でお話させていただきましたので、保険業界のもう一つの主力である生命保険業界の視点のお話を、明治安田生命保険相互会社の執行役員 デジタル戦略部長を務める永田康弘さんにお願いしたいと思います。

本対談の内容を基に描いた未来の保険の世界観