先崎 心智
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ヘルスケア・ライフサイエンス・サービス パートナー/理事
順天堂大学大学院 医学研究科 特任講師
一般社団法人保健医療福祉情報システム工業会 副会長
佐々木 栄二
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ヘルスケア・ライフサイエンス・サービス アソシエートパートナー
先進ITで描く2025年のヘルスケア・ライフサイエンス産業の展望
はじめに
日本の医療は、深刻な課題に直面しています。日本は、2025年頃には団塊の世代が75歳を迎え、4~5人に1人が後期高齢者(75歳以上)という「超高齢化社会」に突入します。また、医療従事者・施設も不足していくと同時に、国民が負担する医療費も増加し続けていきます。このように深刻化していく課題に対応するためには、技術革新によってヘルスケア・ライフサイエンス産業を転換していくことが求められています。
日本IBMでは、これまで提供してきたコンサルティング・サービスの実績に基づき、「先進ITで描く2025年のヘルスケア・ライフサイエンス産業の展望」をシリーズで発信していきます。第1回は「未来のヘルスケア・ライフサイエンス産業のあるべき姿」を解説します。
第1回 未来のヘルスケア・ライフサイエンス産業のあるべき姿
先進ITの活用による「患者中心の医療」へ
ここ数年でヘルスケア・ライフサイエンス産業を取り巻く状況は一変しており、様々な技術が活用され始めています。例えば、自宅にいながら適切な診療を受けられる遠隔医療や、医師の診断等を支援する医療AIの臨床活用が普及しつつあります。また、インターネット上に作られた3次元仮想空間(メタバース空間)で医療サービスが提供されることによって、時間や場所に囚われずに医療を受けられる時代が来つつあります。さらに、患者データが蓄積・活用されることで、患者一人ひとりに最適化された医療が提供されるようになります。このようなサービスを積み上げていくことによって、「患者中心の医療」が実現されるようになります。
以下に、「患者中心の医療」に関する4つの事例を紹介していきます。
今後は、患者個人に紐づいたデータが全方位的に連携されることによって、遺伝子情報や生活習慣などのデータに基づき、患者一人ひとりに最適化された医療を提供できるようになります。
また患者データの連携・活用が進むことによって、異業種団体によるヘルスケア産業への参入が相次ぐようになります。その結果、病院内外のサービスが高度化し、「患者中心の医療」が実現されるようになります。
今後は、患者データの連携が進み、ゲノムレベルから臨床レベルまで様々なレイヤーでデータ活用が進んでいきます。これらのデータに基づきAI/ロボットを活用していくことで、患者ひとり一人に合った医療の提供が可能になります。また、AI/ロボットが医療従事者を支援し、負担を軽減できるようになります。
今後は、病院・薬局・自宅で提供されるリアルな医療の個別化が進むだけでなく、メタバースを用いたバーチャル病院での医療も進化していく可能性があります。例えば、国・地域を超えたメタバース上に難病等に悩む患者・家族のコミュニティーを構築できます。そしてコミュニティー内で、就労支援や社会保障などを実施することも可能になります。他にも、メタバース空間での交流やサービス利用を通じて、病気の予防治療や、メタバース空間での活動を通じた疾患改善なども期待されます。
今後は、患者のゲノム・リアルワールドデータに基づいた創薬・開発により、患者状態にあった医薬品を見つけだしたり、少量多品種の製薬生産を実現したりできるようになります。また、マルチモーダルな患者データを集約し、患者個人ごとに安全性/有効性を定量評価することで、医薬品の改善にも反映することができるようになります。
「あるべき姿」を実現するためのポイント
次に「あるべき姿」を実現するために必要なポイントを紹介します。
- 分散されたデータの連携と、リアル・バーチャルの融合
- 臨床現場における、AI/ロボットへの理解向上
- 産学連携による新健康市場の創造
現在、健康・医療データは分散しているため、互換性を担保していくことが求められます。そのためには、大学病院・医療施設が保有するデータを国際情報規格へ適合させていくことが必要です。また、医療データと公共・民間保有データを連携させる取り組みにおいても、実証実験を通じて成果を蓄えていくことが必要になります。さらに、患者同意管理プラットフォームの整備についても議論を進めていく必要があります。
このような取り組みを通じて患者データを連携・蓄積していくことで、患者のデジタルツインを実現できると考えられます。そして、リアルとバーチャルを融合させていくことによって、我々のヘルスケア・エクスペリエンスを向上させることができるようになります。
臨床現場での活用が限定的なAIやロボットを普及させていくためには、説明可能性や公平性・頑健性を担保しつつ、実装事例を増やしていくことで臨床現場から理解を獲得していく必要があります。また、せっかくAI/ロボットを開発していても、医療施設ごとの閉鎖的な利用に留まるケースがあります。他にも、共同開発を推進しようとしても、データ仕様が整合しないために断念せざるを得ないケースもあります。そこで、AIやロボットを開発・利用できるオープンな医療デジタルサービス基盤の構築が必要になってきます。
ルールが厳格である日本のヘルスケア・ライフサイエンス産業において、企業や学術機関が単独で医療サービスを社会実装するには、膨大な時間と労力を要します。しかし、現在、ヘルスケア・ライフサイエンス産業は異業種参入が相次いでおり、業界の壁が崩壊しつつあります。このような環境下において先端ITを用いたサービスの社会実装を加速させていくためには、既存の業界やプレーヤーにとらわれることなく、新たな健康市場を再定義し、エコシステムを形成していくことが必要になってきます。
シリーズ「先進ITで描く2025年のヘルスケア・ライフサイエンス産業の展望」
これから数回にわたって、ヘルスケア・ライフサイエンス産業のあるべき姿を実現するために必要な技術を深掘りしていきます。ご期待ください。
第2回 先進ITで描く2025年の展望|医療AIが変える患者体験の未来
第3回 先進ITで描く2025年の展望|あるべき姿を実現するアーキテクチャー ヘルスケア・ライフサイエンス産業