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IBM産業医 垣本啓介が勧める「文化への謙虚さ」 | インサイド・PwDA+6(後編)

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日本IBMの産業医として、そして同時にLGBTQ+コミュニティー*1やPwDAコミュニティー*2のアライとしても積極的に活動している垣本啓介(かきもとけいすけ)さん。

産業医としてのIBMでの活動を中心にお話を伺った前編に続き、後編ではPwDAやLGBTQ+というマイノリティー・コミュニティーのアライとしての活動や、社外での取り組みを中心に伺いました。

前編はこちら

垣本 啓介 | 日本アイ・ビー・エム株式会社 人事コーポレートヘルス&セーフティ産業医。2017年琉球大学医学部を卒業後、岩手県立中央病院で初期研修を修了。2020年に米国ジョンズ・ホプキンス公衆衛生大学院修士課程を修了。同年より国内企業の専属産業医として従事。2022年より日本IBM専属産業医として勤務。健康格差の縮小に向け、社外においても公衆衛生領域においてさまざまな活動に取り組んでいる。
得技は料理。無人島に一つだけ持って行くなら「ヨットでのんびり航海を楽しみたいです。」

——IBM入社前も別の企業で産業医をされていたと聞いています。入社後2年経ち、IBMに対してどのような印象をお持ちですか?

お互いの多様な背景を尊重し合う文化があるという点では素晴らしい成果を挙げていると思います。中でも、僕がすごくいいなと思っているのは、BRG(ビジネス・リソース・グループ)と呼ばれる社内グループの活動です。

IBMでは、LGBTQ+コミュニティーやPwDAコミュニティーをはじめとした、社員同士が自分たちや周囲の同僚の多様な背景を学び、お互いを大切にしていこうという「アライ・コミュニティー」活動が上手に機能していますよね。

特に当事者の方は何かニーズがあっても、なかなか声をあげにくいこともありますが、こうやってアライという支援者の人たちと共に活動することで、その声を代弁することもできますし、「支援者がいる」ということが可視化されること自体にも大きな意義があると思っています。

 

もちろん、まだまだもっとできる部分もたくさん残っていると思います。たとえば、事業部ごとによる温度差や、社員の世代間の違いなどは小さくありませんよね。

それでも、こうしてしっかりと地に足をつけた取り組みをできている企業は、日本にはまだまだ少ないのが実情ですし、こうした社員コミュニティーを作ることに抵抗を持っている企業も、日本にはまだたくさんありますから。IBMが良い前例を作り、たくさん発信していけると良いですよね。

 

——そうですね。一方で、私もアライとして活動をしていて「本当に役に立てているのだろうか?」と不安に思うこともあります。アライ・コミュニティーの存在や活動って、実際に意味があるんでしょうか。

ありますよ! 「自分と同じような属性を持った人って、社内にいるのだろうか?」みたいな相談をもらうことも少なくなりません。こうしたコミュニティーの存在は、当事者にとても大きな力を与えています。

実際、そういう悩みを抱えている社員の方に私たち医療職の人間がずっと濃密なケアを提供することは現実的ではありませんし、そうするべきでもありません。どこかで自分自身の資源を活用してセルフケアをできるようになっていただく必要があります。

そのとき、こうした当事者同士や支援者とのつながりを通じて悩みを共有できたり、「こう感じているのは自分だけじゃないんだ」と感じられたりすることには大きな意味があります。また、これは心理学的な観点の話となりますが、自分と似た境遇の仲間を見つけることは、セルフケアだけではなくアイデンティティーの確立にも重要だとされています。

マイノリティーであることをポジティブな個性として受け止めるのに、仲間や少し先を歩んでいるロールモデルとのつながりが与えてくれるものは本当に大きいですね。

 

——安心しました。そして同時にとても嬉しいです。

ぜひ、アライ活動を続けてください。

そしてコミュニティー全体で情報共有したりテーマを決めてみんなでディスカッションをする大きなイベントもいいですけれど、もっと小規模な、たとえば5人くらいのグループで、最近あったできごとや気になっていることをシェアするような、小さな「お話し会」みたいなものも、孤立を防ぐという意味では有用だと思います。

特に目に見えないマイノリティー性を持っている方は、可視化されにくい分、どこかで一人ぼっち感を抱えやすい傾向にあるため、彼らに「自分は1人ではない」と感じてもらえる場を作ることは重要です。

 

——垣本さんが寄稿された『産業保健に活きるセクシュアリティの視点』(日本評論社出版 こころの科学 2024年1月号『産業保健に活きるセクシュアリティの視点』掲載)を読みました。「文化への謙虚さ」という言葉がとても印象に残りました。

ありがとうございます。仰る通り、「文化への謙虚さ」を多くの人に意識してもらいたいなと思っています。なんのことだか分からない方がほとんどだと思うので、簡単に「文化への謙虚さ」という考え方を説明しますね。

自分が知らないことに興味関心を持ち、学びながら対応していこうとする謙虚で柔軟な姿勢が文化への謙虚さです。人それぞれに異なる信念や価値観・文化を理解しようとし、それが対人関係にもたらす影響について内省的であることが、多様な社会で生きる上では重要と考えられています。

 

——それは産業医や医療従事者だけに重要な姿勢ではないですよね?

その通りです。誰にとっても重要なことだと思います。

たとえば、ハラスメント研修などで「やってはいけないこと」のリストを記憶したからといって、それでハラスメントが起きなくなるかといったらそんなことはないですよね。Dos & Don’tsを丸暗記するのではなく、その背景にある他者を尊重する精神を実際の場面で実践し、自らの言動や行動を内省し続ける必要があります。

他社の産業医や産業保健職の方との会話でも、「働くLGBTQの人たちを支援したいとは思うけど、意図せず間違ったことを言って当事者の方を傷つけてしまったらと思うと怖くてなかなか行動できない」という方も少なくありません。

 

でも、産業医であろうとなかろうと、知らないことがあるというのは当たり前のことです。これはLGBTQ+やPwDAに限りません。社会は変化し続けていくものだし、ニーズも常に変わっていくものですから。

むしろ、「すべて知っている」と思い込んでしまう方が危険で、知識偏重の弊害が生まれやすい状態と言えるでしょう。

同じ病気や障がいを持っていても、当事者の全員が違う人間で、それぞれに個性があり、ニーズも多様です。もちろん属性ごとに一定の傾向や共通点があることが多いのですが、もっと柔軟に捉えて、目の前に困っている人がいれば、杓子定規な対応をするのではなく、一緒に対話を重ねながら解決していきましょうと考えた方がいいですよね。

 

——今回、LGBTQ+とPwDAの当事者やアライの観点から、垣本さんにはいろいろお話を聞かせていただきましたが、垣本さん自身はアライ・コミュニティーが複数存在していることをどのように見ていますか? 「マイノリティー支援コミュニティー」のようにまとまっていた方が良いのでしょうか。

どちらにも一長一短があるとは思います。ただ、マイノリティーといってもそれぞれの属性で困り事やニーズは異なりますよね。そうした困り事を可視化して課題を解決していくには、ある程度のカテゴリー分けはあった方がやりやすいのではないでしょうか。

大切なのは「カテゴリーが存在する意義」をしっかり理解することだと思います。マイノリティー性をもつコミュニティーには、それぞれの歴史があり、自らをカテゴリー化することでアイデンティティーを獲得し、マジョリティーの中に埋もれがちな自分たちの存在を可視化することを試みてきました。そうすることで仲間を集め、社会の中にある課題に立ち向かってきたわけです。

人を区別し、分断したり排除したりするためにカテゴリーが用いられることも残念ながらありますが、私は、カテゴリーは分断のためではなく、連帯のためのものであるべきだと考えています。共感を持ってくれる人たちとつながりながら、活動を拡げていくことが大切です。

 

——産業医としての経験から、連帯を深め強めるためのアドバイスをいただきたいです。

人間は誰もが多かれ少なかれ何かの側面でマイノリティー性を持っています。たとえば、地方出身者が方言を使ってバカにされた経験とか、左利きの人が生活の中で不便性を感じさせられたとか、そうした、それぞれの個人が自分の中に持つマイノリティー性を思い出してもらうのはいい方法かもしれません。

「共感性」を持ち、いわゆるマイノリティー性が強い人との連続性を感じることが重要なのだと思います。

 

——最後の質問です。垣本さんはIBM社内だけではなく社外への発信も積極的にされていますよね。それはどうしてでしょうか。

IBMで働いている社員は、少なくともある部分においては恵まれている状態だと思います。一例として、IBMで、性的マイノリティーであることをカミングアウトしても、必ず仲間や応援してくれる人が見つかりますよね。

でも、社会を見ると、そういう会社ばかりではありません。差別や嫌がらせを受けたり、場合によっては職を失ってしまったりということだって起きています。そうなると、精神的なストレスも含めてさまざまな形で健康を損なってしまい、健康格差が生まれてしまいます。

「自分が何をできるだろうか」と考えると、IBMの中での活動だけではなく、広く社会の中で解決アプローチを考え伝えていく必要があると考えました。

第33回日本産業衛生学会全国協議会で行われたセッションの一コマ。「特権」というコンセプトからダイバーシティ&インクルージョンを捉え直し、支援職としての業務に落とし込むための方法についての講演

 

——たしかにそうですね。先ほどの寄稿の他にも活動されているんですか?

今、僕は産業保健に携わる専門職向けにD&Iについて学ぶコミュニティを運営していて、35人程度の仲間と共に活動をしています。その活動として勉強会を開いたり、学会でシンポジウムやワークショップを開催したりしています。

そこでは、産業医だけではなく、保健師や心理職、人事担当者や社会保険労務士の方と連携し、いかに企業の中でマイノリティーの人たちの健康を守るかということについて議論を重ねています。

 

「PwDAならまだしも、とてもじゃないけどLGBTQ+の話なんて会社ではできない」という会社も日本にはまだまだたくさん存在しています。ただ、そういった会社でも近年パワハラ対策が義務化されたことによって、パワハラ対策には熱心に取り組んでいるというケースもあるんですね。

それならば、まずはパワハラ対策の文脈の中で、「SOGI(性的指向と性自認: Sexual Orientation & Gender Identityの頭文字)ハラスメント防止」に取り組んでもらおう、そしてそれを通じてLGBTQ+支援に取り組んでもらうことで、LGBTQ+についての理解が深まるのではないかなど、そういったテーマで話し合っています。

 

まだまだ小規模な活動ではありますが、仮に30人の産業医がそれぞれ所属している企業の1万人に伝えていけば、30万人の働く人に情報を届けることができます。そこに、多職種の力が加われば、変革のスピードもどんどん上がっていくのではないかと期待しています。

そうやって、企業の中の人たちが協力してアプローチしていけば、案外早く社会は変わるのではないかと信じていますし、皆が健康を享受できる社会、すなわち誰もが自分らしさを誇れる社会に近づけると思うので、活動を今後も続けていきたいなと思います。

 

 

*1 LGBTQ+コミュニティーは、多様な性的指向や性自認を持つセクシュアル・マイノリティー社員とアライ社員(味方として当事者を支援する社員)によるコミュニティー。

参考: IBMのLGBTQ+を支援する取り組み

*2 PwDA+(People with Diverse Abilities Plus Ally)コミュニティーは、障害のある社員とアライ社員(当事者を支援する社員)が、定期的に集まり一緒に活動するコミュニティー。


 

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TEXT 八木橋パチ

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