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医療分野へのAIの活用事例 | 日本眼科AI学会主催ウェビナーレポート#1

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2021年11月、日本眼科AI学会が主催する3回シリーズ「オンライン教育セミナー これであなたもAIが怖くない」が開催されました。

このシリーズセミナーは、医療分野におけるAIの利活用が進む中で、眼科領域でのAI実用化を俯瞰的・仰視的に見ていこうというもので、「AI・IoTと共生する新たな眼科医療」を鳥の目虫の目魚の目で捉えることを通じ、日本の医療現場の発展を支援しようというものです。

 

緑内障の名医としても知られる山梨大の柏木賢治教授をオーガナイザーとし、国や大学、民間の研究所に所属する多くの医療専門家や、AI開発の最前線に携わる研究所や法律事務所などに所属する講演者が、それぞれの専門分野におけるAIとの関わりや知見を語り、交差する点や活用の裾野を同時に広げていこうという新たなアプローチが医療業界においても注目されたこのセミナー。

今回は、11月4日夜に行われた第1回『AIって何? その基本と医療分野へのAIの活用事例の紹介』の模様をお届けします。


 

AIという「パワフルな道具」が医療分野に実装されていくには 

 

最初に、今回のオーガナイザーである山梨大の柏木賢治教授、そして共同オーガナイザーを務めた吉田彰(A2Yコンサルティング)からのオープニングトークが行われた。

ポイントを大きくまとめると、以下2点が医療分野におけるAIの活用に最も重要ということになるだろう。

 

  •  AIという「パワフルな道具」が、誤解と漠然とした不安により活用されていないのは医療界における大きな損失であり、それはつまり人類における損失である。
  •  限定された範囲において力を発揮する現在の「特化型AI(弱いAIとも)」を社会実装していくには、さまざまな分野の知見と専門性が組み合わされていく必要がある。そのためには、チーム/エコシステム開発とソリューション開発を同時に行い、さらにそれ強化していく「デザインシンキング」*1や「ガレージ」*2と呼ばれる手法が重要な役割を果たすであろう。

*1 デザインシンキング | デザイン思考とも。デザイナーが用いる「人中心」をモットーとした体系化された思考プロセス、および手法

*2 ガレージ | 立場の異なる複数の関係者がチームを組み、デザインシンキングを基盤にイノベーションを高速共創する統合プログラム

 

全体趣旨説明に続きIBM Think Lab.の高橋志津に講演のバトンが渡された。高橋からは、世界最大規模の民間研究機関であるIBMリサーチの活動について、ここ数年の主なトピックと現在の取り組みが紹介された。

その中から、ここではAI関連を中心に簡単にいくつかを紹介する。

 

・ HGC SARS-CoV-2 Variant Browser

2020年1月から新型コロナウイルスのゲノム変異に着目した研究をスタートし、その研究成果を論文として公開していたIBM Researchは、論文だけではなくここで得られた知見を医療・製薬を含むより多くの関係者にご活用いただけるよう、IBMのガレージ部門や東京大学医科研と共同で、ウェブ・アプリケーションを開発して提供している。

利用申請方法などは下記ページより確認いただきたい。

HGC SARS-CoV-2 Variant Browser 東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター

 

・ Gait Analysis(ゲイト・アナリシス)

人間の歩行時の関節の動きから450本の筋肉の動きをリアルタイム画像分析し、アルツハイマーの早期発見と罹患可能性を割り出すことを目的としたプロジェクト。東京中央区のIBM箱崎本社事業所でも展示されている。

なおGaitとは「歩き方」や「足取り」を意味する英単語。

 

・ AIスーツケース(次世代移動支援技術開発)

視覚障害者が一人で外出し、買い物やなどの日常生活やレジャーを楽しめるようになることを目指しているプロジェクト。AIが組み込まれたスーツケースが、盲導犬に変わって視覚障害者の外出先での行動をサポートする。

「周辺の人に口頭で支援を頼みづらい」という最近のコロナ禍における状況を受け、スーツケースのハンドルの振動を通じ、「密」を回避した上での最適ルートを伝える機能などが搭載されている。

 

高橋が紹介した上記3つの取り組みに共通するのは、「マルチモーダル」*3と「チーム/エコシステム開発」だ。

複雑な課題を解決して社会実装していくには、「特化型AI」の強みを最大限に活かせる技術や専門知識・データを持つ企業や組織、個人が協業し、複数の特化型AIを組み合わせていく必要がある。

とりわけAIスーツケースは、日本IBM、清水建設、オムロン、堀場製作所を中心に、慶應や早稲田などのアカデミア、日本盲導犬協会や日本科学未来館など、さまざまなステークホルダーが力を合わせ「測位・ナビゲーション機能」「音声ガイダンス機能」「顔認識技術」「行動支援」「音声対話」「商品情報ガイダンス機能」「空間・状況認識機能」を組み合わせているところにその最大の特徴があると言えるだろう。

なお、上記記載のAIスーツケースに取り組むステークホルダーは、セミナー開催時の2021年11月当時のものとなっている。最新のコンソーシアム・メンバーと取り組み詳細は、以下のページにてご確認いただきたい。

一般社団法人 次世代移動支援技術開発コンソーシアム (通称 : AIスーツケース・コンソーシアム)

 

*3マルチモーダルとは「複数の形式」「複数の手段」を組み合わせる手法

 


AIは医療分野でどう使われているの?

 

IBMが関与している多数の医療AI取り組み事例

第2部では「AIは医療分野でどう使われているの?」と題し、日本IBMでヘルスケア事業をリードする先崎心智が「医療AIにおける活用事例」を、そしてAIの医療現場での実践における第一人者として知られる広島大/ツカザキ病院の田淵仁志氏が「眼科でのAI活用例」を紹介した。順に見ていこう。

 

先崎はまず「世界では年平均62%の伸び率を見せている医療AI市場だが、日本では皆保険制度が整っていることや企業間の競争が起こりづらいこと、またデジタル化へのインセンティブが低いという背景もあり、市場自体ができあがっていない」と日本の状況を説明した。

しかし「一方で、医療分野によってはここ数年で国内での取り組みも確実に増えてきている」と言うと、IBMがここ最近で関与してきた多数の医療AI取り組み事例を紹介した。

その中から、ここでは「画像診断支援」と「診断・治療支援」の事例名だけをお伝えする。

 

画像診断支援 | ディープラーニングを用いて患者の画像を分析し、大量の画像から迅速・かつ正確に診断できるようにする。

  • 病理画像による筋疾患予測
  • MRI画像による慢性腎臓病予想
  • 病理画像を用いた悪性リンパ腫の診断支援
  • 手の画像による膠原病診断支援
  • 毛細血管顕微鏡の画像による膠原病診断支援

 

診断・治療支援 | 検査データや症状のデータから、疑わしい疾患の名称や推奨される治療法などをAIに提案させる。医師が判断する時間の短縮や、精緻化に役立てる。

  • 電子カルテ情報解析による糖尿病発症・重症化予測
  • 電子カルテ情報解析による循環器疾患の発症・重症化予測
  • 難病プラットフォーム構築プロジェクト
  • 電子カルテ情報による希少疾患の潜在患者へのリスク提示
  • HAE(遺伝性血管性浮腫)の早期診断に関するコンソーシアムとの協業推進
  • 精神科向け電子カルテ情報解析による診断・治療支援

 

最後に、医療者と共に思考し、提示する情報や入力ツールが動的に変化する「未来型カルテ」の実現を今後の展望として語り、先崎は発表を終えた。

 

眼科でのAI活用例(顔認証、IOL認証、手術教育など) | 田淵仁志

第一回目最後に登壇した田淵仁志氏は、人間がどうしても逃れられない「認知バイアス」と、AIが圧倒的な力を発揮する「ゲーム化領域」を組み合わせ、医療ニーズにアプローチすることで、現在の眼科医療が抱えている問題のいくつかを解消できることを、豊富な実証経験と実例を元に説明した。

具体的には、無数の要因が複雑に関係し合う中で問題を見極める能力に優れた人間(医師)と、答えが状況に左右されない問題において常に100%の正答率を出す正確性に優れたAIの組み合わせが、白内障手術の現場で活躍しているケースを報告された。

以下、いくつかのポイントを紹介する。

 

白内障は国内で年間150万件と、最も施行件数が多い外科手術の方式だ。

そのせいもあり「患者取り違え」「左右眼の間違い」「眼内レンズの間違い」という3タイプの「事故(医療安全重大事案)」が発生しやすい状況にあると言えよう。

そこで、田淵氏が開発・導入したのが、安全・効率・医療の質向上のためのAIとデータベースを組み合わせた手術室内安全管理(情報即時共有による手術安全管理)システムである。

 

  •  個人識別 | 手術室入室前(手術室申し送り時)に患者の顔を画像認証
  •  左右眼チェック | 手術前の患者の体勢を画像診断し、どちらの目が術眼となっているかを自動識別
  •  眼内レンズチェッカー | 眼内レンズのパッケージや情報表示位置のメーカーによる差異を吸収して画像診断

このAI画像診断技術を用いた3つの「AIツカザキモデル」は、手術安全管理に大きな効果をもたらしており、現在もさらにモデル対象範囲の拡大が検討・準備されていると言う。

 

田淵氏が最後に紹介したのが、研修医による白内障手術実施におけるAI活用事例だ。研修医の成長に実際の臨床経験は欠かせないものであり、手術実施は次世代医療への重要な橋渡しである。

一方で、研修医による手術時に合併症発生リスクが高くなってしまうのも事実であり、これが医療機関における人材育成や人事管理などの問題にもつながってしまっていた。それを解消するのが白内障術野映像のリアルタイム画像診断だ。

手術中の手の動きから、トラブル発生を事前に予測し、その確率が一定の閾値を超えたところでアラートを出すシステムで、92%の確率でトラブル発生を事前予測できる。

このシステムにより、患者さんと研修医の両者を最大限に守ることができるようになったと言う。

 


セミナーの最後には、オーガナイザーの柏木賢治教授から各登壇者に「眼科とAIの相性」についての問いかけが行われ、この日の全セッションが終了した。

次回第2回のレポートでは、「眼科でAIをどのように活用していくの?」というテーマの元に集められた複数のセッションの模様をお届けする。

 

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TEXT 八木橋パチ

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