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第6回クラウド・サービスの活用|公益業界におけるプラットフォームの現状と方向性

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加藤 礼基
日本アイ・ビー・エム
IBMコンサルティング事業本部
公共・通信メディア公益デリバリー
プラットフォーム・コンサルティング 部長

連載「公益業界におけるプラットフォームの現状と方向性」

第6回 公益業界におけるクラウド・サービスの活用

今回はクラウド・サービスについて整理したいと思います。
最初に公益業界におけるデジタル変革の課題ついて列記します。

コスト最適化(OPEX & CAPEX)
デジタル変革を実現するためには、膨大な設備投資と継続的なコストとしての運用費が必要となります。これらのコストを最適化するための実現方法を検討する必要があります。

アクセシビリティーとアフォーダビリティー
ソフトウェア・ソリューションやフィールド・サービスの可能性は拡大しています。利用者体験の向上の観点ではアクセシビリティーの追求は必須です。ただし企業としては採用するためにアフォーダビリティーも重要です。

ITインフラストラクチャーの最適化
デジタル変革を実現するために、ITインフラストラクチャーへの要求も複雑化しています。消費者や分散発電事業者にくわえて、インダストリー・プラットフォームやサステナビリティー・プラットフォームを含めたエコシステムを形成する必要があります。また機能やデータを繋げる(エコシステム)という観点以外に、エネルギーが繋がるスマート・グリッドも考慮する必要があります。安定・安心・安価なサービスを提供するには有能なスマート・グリッドが不可欠です。スマート・グリッドを含めた将来的なエコシステムの拡大を視野にいれて全体の最適化を検討することは重要です。

信頼性の課題
公益企業は信頼性の高いサービスを提供することが要求されています。障害を回避するためには可能な限り自動的にリアルタイムで問題を検出・修正する高度な技術ツールが必要となります。DERが登場したことで、信頼性への対応はより複雑になっています。くわえてシステム全体のレジリエンス向上は重要な課題です。

市場のスピードへの対応
公益企業においては、魅力的な利用者体験の提供に加えて、インテリジェントなビジネス上の意思決定を行うための効率的なシステムが要求されています。いっぽう、レガシーシステムが保有する有用な機能の活用方法と、複数のソースから生成される膨大な情報の処理方法の検討も必要です。くわえて、公益業界においては “市場のスピード” だけでなく “変化する規制” の対応も求められます。

新サービス提供のためのサポート
公益業界では、現行システムを今後数年間(場合によっては十数年間)継続した運用の必要がないいっぽうで、新しいサービス提供により利用者の期待に対応する必要があります。
以下のような点で、クラウド技術は有用です。

  • 拡張性と利便性の高いAs a Service製品の選択によるコスト最適化
  • オンプレミスIT資源とクラウド資源のハイブリッドによるIT資源の最適化
  • フィールド・サービスにおける重要問題への対応時間改善
  • 情報交換のシームレスな実現
  • 新しいサービスを活用した魅力的な利用者体験の提供
  • 分散保有された情報のクラウド上での集約処理による迅速な意思決定の実現

業界における課題と、クラウド技術への期待を整理してみました。実際にどの程度クラウド活用が進んでいるのか確認してみましょう。

下図からもわかる通り、事業グループ(アプリケーション)によってクラウドへの移行状況が異なります。アプリケーションの特性によって向き不向きがありますから、このような結果になるのは当然であると言えます。アプリケーションの特性によって適切な近代化(モダナイゼーション)を検討しなければならないということが再確認出来ます。

図:公益業界におけるクラウド移行状況

ではアプリケーションの特性によってモダナイゼーション方式はどのようになるか考えてみます。さきほどの事業グループ分類ごとに推奨される方式を整理すると下図のようになります。(2023年2月時点)クラウドを積極的に検討すべき領域と、今後もオンプレミスを継続することを前提に検討すべきエリアが混在しています。

図:アプリケーション別モダナイセーション推奨

機能領域別に、今の状況を整理してみます。

セールスとマーケティング

  • 主要アプリケーションのSaaS / クラウド化は開始済・加速中
  • 既存のカスタム・アプリケーションは、クラウド移行を前提に検討
  • 新規アプリケーションは、クラウドネイティブ・ファーストの戦略で推進

調達・財務・人事

  • 主要アプリケーションのSaaS / クラウド化は開始済・加速中
  • 既存のカスタム・アプリケーションは、クラウド移行を前提に検討
  • 独自のクラウド・ホスティング・ソリューションへのロックインに注意
  • 新規アプリケーションは、クラウドネイティブ・ファーストの戦略で推進

ERP

  • 新規導入においては、クラウドも選択肢
  • SAP計画はS/4HANA対応を含めて検討
  • オラクル関連は、オラクルのクラウド移行計画の状況を含めて検討

IT(B2B/EDI、ETL、インテグレーション、レポーティング/アナリティクス/データ/AI、モバイル、IoT、ECM、BPM、RPA、ブロックチェーン、テスト、ITサービス管理、DevOps等)

  • 多くのアプリケーションはすでにSaaS/クラウド化が完了
  • クラウドネイティブ技術も広範囲で利用可能
  • 既存のカスタム・アプリケーションはクラウド移行を推奨
    (通常IT部門主導のため、比較的容易に計画推進)
  • 新規アプリケーションは、クラウドネイティブ・ファーストの戦略で推進

サプライチェーン

  • 一部のアプリケーションは既にSaaS/クラウド化完了
  • 非クラウドのCOTSアプリケーションの場合、「オンプレミス継続」「インフラストラクチャーをクラウドに移行」「OEMのSaaS提供を活用」の選択肢を検討
  • 既存のカスタム・アプリケーションは、クラウド移行を前提に検討
  • 新規アプリケーションは、クラウドネイティブ・ファーストの戦略で推進

分散型エネルギー生成・統合

  • DER統合とDERMSアプリケーションは、オンプレミス環境
  • OTシステムには、オンプレミスで安定性の高いインフラストラクチャーが必要
  • OT連携が限定的なアプリケーションはSaaS/クラウド化も選択肢として検討
  • 新規アプリケーションは、クラウドネイティブ・ファーストの戦略で推進

エンタープライズ資産管理

  • 多くのEAMアプリは、オンプレミスを前提に稼働
  • 一部のCOTSアプリケーションは既にSaaS/クラウド化が完了
  • 非クラウドのCOTSアプリケーションの場合、「オンプレミス継続」「インフラストラクチャ―をクラウドに移行」「OEMのSaaS提供を活用」の選択肢を検討
  • 既存のカスタム・アプリケーションは、クラウド移行を前提に検討
  • 新規アプリケーションは、クラウドネイティブ・ファーストの戦略で推進

送電・配電システム

  • ほとんどのアプリケーションはオンプレミスで構築かつオンプレミス上の稼働が最適
  • OTシステムのデータ統合は、クラウド上の分析アプリケーション活用も可能

OT SCADA/DMS/OMS
設計上、オンプレミスが最適なものが多数

すこし長い説明になりましたが、すべての業務にクラウドが適している訳ではないことがわかります。最近の調査においても、かならずしもクラウドが最適とは言い切れません。下のグラフはパブリッククラウドを使わなかった理由を調査した結果です。

図:パブリッククラウドを使わなかった理由

パフォーマンスについては、DBアクセスの応答時間や大規模バッチ処理などが課題となる可能性があります。セキュリティー(GDPR等)対応で、オンプレミスやソブリン・クラウドを選択するケースも多いと思われます。クラウド環境のストレージやDBに大量データが蓄積されるとデータ外出しコストが大きいためクラウドから動けないというようなリスクも存在します。またパブリッククラウド移行時にDBライセンスが高くなったり、移行コストや災害対策のためのデータ転送コストが大きくなったりするケースもあります。

これまでの内容から、クラウド技術を積極的に検討すべきではありますが、かならずしもすべてのアプリケーションをクラウドに移行するのではなく、適切にオンプレミス環境と共存させることも必要だということがわかります。

次回はクラウド・サービスとオンプレミスの共存について整理してみます。


連載「公益業界におけるプラットフォームの現状と方向性」