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Smarter Business

AIとの関係が人の仕事を次世代に導く −−新たな業務自動化“インテリジェント・ワークフロー”の全貌とは

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寺門 正人

寺門 正人
日本アイ・ビー・エム株式会社
シニア・パートナー
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
コグニティブ・プロセス変革 リーダー

業務変革に関する分野で20数年のコンサルティング経験を持つ。現在は、日本アイ・ビー・エムのコグニティブ技術を活用した業務変革部門の責任者。AIやIoTなどの先端テクノロジーを活用した、ビジネスモデル変革や業務変革の実現で、多数の企業を支援する。AIによる業務変革に関する講演や寄稿、執筆多数あり。

強制的とはいえ結果的にビジネスのデジタル化を加速させた新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)。効率化などの効果が認められ、企業も従業員も積極的にリモートワークや自動化を推進するニューノーマル時代に入りつつある。ここで日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)が提唱するのが「インテリジェント・ワークフロー」だ。以前より自動化や効率化についてはしばしば議論の対象となってきたが、今後はより「組織横断的」かつ「動的」であることに加え、「人間的判断」の自動化を進めることが鍵となるという。

新たな自動化・効率化に関する変革がもたらすメリットや今後のビジネスの展望について解説するシリーズ「次世代のビジネスシフト オートメーションのその先へ」の1本目として、本稿では「インテリジェント・ワークフロー」の考え方と概要について、コグニティブ・ビジネス変革部門のリーダーを務める寺門正人氏が解説する。

特色あるスキルだけでなく、変化に対応する柔軟性が求められる時代に

寺門 正人

ビジネスを取り巻く環境は大きく変化しています。IBMのシンクタンクであるIBM Institute for Business Value(以下、IBV)による企業が求める能力についての調査で、業務遂行のために求められる能力を尋ねたところ、2018年のトップは「変化に対して柔軟、臨機応変に対応する能力」でした。これは2016年の4位からの上昇となります。他にも、「時間管理と優先順位付けする能力」「組織を跨るチーム環境で効率的に作業する能力」などの項目で、順位の上昇が見られます。

業務遂行の求められる能力

一方で、2016年にトップだった「STEMなどの技術的コアスキル」、2位の「基本的なコンピューター知識」は順位を下げるという結果になりました。

こうした変化の背景には、商品やサービスの多様化、法規制などのルールの複雑化があると考えます。絶え間なく変化し、複雑化を続ける環境に対して臨機応変に対応するための“行動力”を強化したいという経営者が多いと言えるでしょう。

求める能力が変化しているのと同様に、重視するKPIについても変化が見られます。たとえば、求める能力の上位に「効率性」が挙がっていたのと呼応するように、早期のリスク検知と低減、大きな手戻りを回避する継続反復など「生産性とコスト効率」はこれから重視されるKPIとして浮上しています。また、お客様からのリクエストにオンタイムで応じる「顧客への柔軟・アジャイルな対応」、早期リターンによるROI実現、市場到達時間の短縮などの「早期ビジネス効果・収益性」なども重要度が高くなっていると言えます。

さきほどの調査結果が2018年のものであることからも分かるように、このようなトレンドはここ数年を通して言われてきたものですが、2020年の新型コロナウイルスにより、予想を上回るスピードで加速しました。

人の移動が制限されることを前提とした上で業務を継続しなければならない、という状況に突如としてさらされ、遠隔でのコミュニケーションが半ば強制的にスタートした形になりました。しかし、これがやってみると意外とできることが分かった。新しい業務のあり方を身につけた、その光明が見えてきたという企業も少なくないのではないでしょうか。

新しい業務のあり方は、“ニューノーマル”などの言葉で表されます。先述のように、多くの企業が取り組み始めたリモートワークですが、ある程度状況が落ち着いてきた現在でも、以前までの出社をベースとした働き方へ完全に戻すというより、良かったところは残そうという企業も多く見られます。これは、新たな業務効率化の波と見ることができ、方向性として次の3つが挙げられます。

  • 効率的な働き方の継続
  • ペーパーレス、自動化の必要性を痛感
  • 不確実な環境下でのさらなる効率化の必要性

「ハンコ出社」といった言葉が聞かれましたが、リモートワークと言いつつも、結局オフィスに行かなければ業務ができないというケースが散見され、日本のビジネス環境の紙への依存度や、有事に対する脆弱性が浮き彫りになりました。

そして業務の電子化や自動化についても以前から企業の課題として挙げられていましたが、この状況において必要性をあらためて痛感したという企業も多いのではないでしょうか。このピンチを、デジタル変革の契機としていく機運が高まっています。

AIの適用範囲が拡大。高度化に加え効率化・省人化へ

AIに難しい仕事、人間に難しい仕事

このような企業における業務のトレンドに対し、テクノロジーはどのように応えていくのか。自動化や効率化で期待されるAIにフォーカスして解説します。

業務を上図のように、「機械にとって困難なこと/容易なこと」「人間にとって困難なこと/容易なこと」の4つで区分すると、これまでAIは主に、下2つの「定型処理」や「繰り返し処理」「確率計算」「数値計算」の領域で活用が進んできました。

一方で、上2つの領域は、機械には困難と分類されてきました。しかし技術の進歩により、「意味理解」「自然言語処理」「判断」といった部分についてはAIがカバーできるようになってきています。

「人にできないこと」がどこまでできるか、という高度化の度合いによってその有用性が測られてきたAIですが、これからは「人にもできること」をどれだけ肩代わりできるか、という基準で活用していく見方ができるようになります。業界や企業規模に関わらずAIがより身近な存在になっていく、とも言えるかもしれません。

疲れを知らないAIに大量のノンコア業務を任せ、人はより企業としての価値を生み出すコア業務に近い仕事を行うように変化が求められるようになっていくと予想しています。

なお、日本IBMが実施した調査で、企業のデジタル化への取り組みの進捗度合いを「顧客体験」や「技術導入」などの複数の要素から見たものがあります。そこでは、IT基盤の整備などハード的な領域では比較的どの業界も進んでいますが、デジタル化で得られるようになったデータから、洞察を得てイノベーションにつなげていくという部分がまだ大きな課題であることが分かりました。

また、リサーチ&アドバイザリ企業のGartnerが発表した「2021年の戦略的テクノロジ・トレンド Top10」(※注1)でも、「ハイパーオートメーション」があげられています。
これまでRPAやオートメーションなど比較的単純な自動化について語られていましたが、今後はAIなどの技術との組み合わせで、より高度なビジネスプロセスの強化が必要となってくるでしょう。

AIによるデータ活用でビジネス・トレンドに対応する“インテリジェント・ワークフロー”の3つの特徴

世の中の動き・トレンドから見た今後の方向性

これまで話してきたように、現在のビジネス環境には「変化に対する柔軟性」、「現物や人の介在を極力少なくした効率化・自動化」、自然言語処理やパターン処理などのAIの進化、テクノロジートレンドとしての「ハイパーオートメーション」の4つのトレンドが存在することが明らかとなりました。それに対応するべく、RPAやAIなどの最新のデジタル技術を使って業務変革をサポートするためのメソッドとしてIBMが提唱するのが、「インテリジェント・ワークフロー」という考え方です。

それまでの自動化との違いは、「横断的」「動的」「人間的判断の自動化」の3つにあると言えます。これまではサイロ化した組織の範囲内でルールやプロセスを所与とした業務オペレーションを行ってきましたが、そこでは例外処理など人間の判断が必須でした。しかし、インテリジェント・ワークフローでは組織を跨いだ最適なオペレーションによって人の介在が極小化され(横断的)、ルールやプロセスは洞察に応じて動的・自動的に変更され(動的)、社内外のデータを活用した知見に基づく人間的な判断もAIが行います(人間的判断の自動化)。

中でも、動的にルールやプロセスが変更されていく部分は大きな違いとなります。業務パターンは日々進化していますが、これまでは人が変化に気が付いて新しいルールを作成・検証していました。それが、実運用データに基づいてAIが新しいパターンを洗い出し、新しいルール候補と想定される効果を提案するといったことが可能になります。その際に、既存のルールとの組み合わせにおける齟齬などについてもチェックし、最適化のシミュレーションも同時に行います。さらには、古いルールについてメンテナンスを提案することも可能です。

カードの不正利用検出、領収書の自動処理など、幅広い領域で導入される“横断的で動的な”自動化

寺門 正人

IBMはインテリジェント・ワークフローを用いて、さまざまな企業における業務プロセスのデジタル変革を支援しています。

たとえばあるクレジットカード会社では、不正請求の検知に関して、インテリジェント・ワークフローの導入による自動化を進めています。カード会社はどこも、顧客のカードが不正に利用されていないかを検知するルールを持っています。このルールは通常、さまざまなデータを駆使して人が分析していますが、不正利用の手口は日々巧妙化が進んでおり、カードが利用されるチャネルも多様化しています。人による対応では限界があると判断したのが導入のきっかけとなりました。

インテリジェント・ワークフローにより、疑わしい加盟店や端末のリスト化をワンクリックで作成できるようにしました。ルールについてはこれまで人による気付きに頼っていた部分を、AIと機械学習で代替し、既存ルールとの関係性やメンテナンスのタイミングについても提案するという仕組みを構築。これにより、属人性の軽減と同時に、業務の効率化と高度化も実現しました。

また、AIによる自然言語処理を用いた事例としては、自治体の領収書の審査・処理があります。それまでは紙の領収書の情報をOCRでデジタル化しつつも、その後の分類などは人手に頼っていました。インテリジェント・ワークフローでは、AIが紙に書かれた文字を理解してどのような意図なのかを解釈できるため、摘要や費目の分類といったことを自動化できるようになりました。

ルールや規制が変更された場合も、定期的に巡回している外部のデータから、AIがルールの変更を理解し、それをユーザーに知らせることができます。常に新しいルールに基づいて業務を自動的に行うことができる仕組みを構築することで、極力人手に頼ることなく処理が可能になります。

他にも、生命保険業での顧客分類とデータ分析による顧客への営業アクションの動的導出、自販機のセンサーを活用したスマート補充、製造業における設備の保全業務など、さまざまな事例が出てきています。

いかなる変化にも対応し、常に最善の状態を保つことがこれからの競争力となる

寺門 正人

このように、インテリジェント・ワークフローの導入で、さきほど申し上げた業務遂行、ポストコロナ、AIの進化、テクノロジーの4つのトレンドへの対応が可能となります。最後に、IBMとして実際にお客様の変革支援を行う際のアプローチを紹介します。

最初のステップは「可視化」です。企業の多くが属人的な暗黙のルールで業務を行なっていますが、その部分を可視化することで、実際の状況に合わせた見直しが可能になります。さらには、限定的な組織で始めた取り組みを社内横断的な規模へと拡大し、それに合わせてルールの見直し・反映をできるだけ短いサイクルで柔軟に行っていける基盤を整えます。

固定的なものから柔軟なものに、限定的な組織から社内横断的な規模に拡大したら、次は状況変化を常時分析して動的にルールを変更する仕組みの構築です。併せて社内横断的な取り組みから、パートナーなど社外も巻き込むことで、一連の動的なワークフローとして確立させます。これにより、いかなる状況の変化にも動的に対応し、その時々で最善な状態を保つインテリジェント・ワークフローが構築されることとなります。

先述のように、自然言語処理などのAIの進化を取り込むことで、従来のITシステムでは不可能だったパターン認識などの業務オペレーションの多くをAIで実現できる時代となりました。このような進化を活用するインテリジェント・ワークフローは、効率化・省人化をさらなるレベルで実現し、企業の新たな価値創造のための手段として今後ますます注目をされるものとなるでしょう。