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Smarter Business

新たな変化を生む「能動的な組織」の作り方 ~エンタープライズ・アジリティ~

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田村 昌也

田村 昌也
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
技術戦略コンサルティング
アソシエイト・パートナー

企業の新規事業創出プロセスのほか、経営課題としての全社組織へのアジャイル適用に取組む。通信、製造、メディア、金融といった業界で、IBM Garage、リーンスタートアップ・アジャイルによるサービス創出、AI・モバイル・クラウド・IoTなど、先進技術活用戦略案件をリードしている。

 

連載「ニューノーマル時代のDX経営モデル」 の第5回となる本稿では、昨今世界中で経営テーマとして注目されている「アジリティ」つまり変化に能動的に適応し、俊敏に新たな価値創造を続ける全社組織の作り方を解説する。

経営課題として戦略から実行のサイクルスピードを高め、能動的かつスピーディに市場変化へ適応する組織能力の重要性は、近年DXなどの文脈でますます声高に叫ばれている。その中で、「ティール組織」などさまざまなコンセプトが経営マネジメントの観点から議論されてきたが、新型コロナウイルス感染症の危機以降さらに注目が高まっている。

DXとは組織とプロダクトの「アジリティ」を高めることに他ならない

実はDXとは、良く言われるようにレガシーシステムを刷新したり、AIやIoTなどの最新技術を導入したりすることではない。

ではDXとは何か?

それは全社の組織とプロダクト(=製品・サービス・オペレーションを含むビジネスモデル)双方が「変化へ能動的に適応し続ける状態」を獲得することに他ならない。

急激な社会変化やデジタル(ソフトウェア)の遍在を要因とする不確実な市場環境の中で、その重要性が飛躍的に高まっている。

IBMはDXで取り組むべき3つのポイントとして、 「1.デジタル・ビジネス戦略」「2.デジタル・テクノロジー基盤」「3.組織変革能力」を重視しているが、特に「3.組織変革能力」に取り組めていないという経営者の声は多い。

出典:IBM

近年、IBMを含む世界の多くの大企業が取り組む組織のアジリティ獲得から判明している、落し穴と成功のポイントを以下にご紹介する。

ビジネスへのアジャイル適用と「エンタープライズ・アジリティ」

アジャイル開発はIT(ソフトウェア)の分野から始まったが、今ではあらゆる業界・業務で活用されている。日常業務からさまざまなサイズのプロジェクト、企業全体の変革に至る、ビジネス領域全般に適用されるアジリティを「ビジネス・アジリティ」と呼び、その全社的な組織能力を「エンタープライズ・アジリティ」と呼ぶ。

こうしたITの枠を超えた広範な業務へのアジャイル適用はInternationale Nederlanden Groep(ING)、Haier(ハイアール)、3M(スリーエム)、Bosch(ボッシュ)といった企業の取組みが頻繁に紹介されている。IBMも経営トップのサポートの下で全社的に取組んでおり、またIBMがご支援する事例も、金融、製造、医療機関、流通など多業種に渡る多くのグローバル大手企業の間で増加している。

小さなアジリティを全社に拡げられないのはなぜか?

アジャイル開発に加え、近年はデザイン思考、リーンスタートアップなど繰り返し型の手法を適用し、局所的ではあるが成功を納めた企業は多い。しかし、本当のチャレンジは一部の領域・部門やプロジェクトでの小さな成功ではなく、新たな仕事のやり方として多くの部門や経営管理レベルで成果を生み、さらには日常化させ、全社に遍在させていくことである。とはいえ、そこに壁があり進まないケースがほとんどである。

出典:IBM

経営戦略で長らく常識的であったイノベーション(新事業創出)とオペレーション(既存事業の最大化)の分離も、近年の経営環境では境界が曖昧になり、高度な連携や融合、両者の共通的な組織能力にスポットライトが当たっている。この考え方はIBMも取り上げられている『両利きの経営』や、ジョン・P・コッターの『実行する組織』、米国企業であるゼネラル・エレクトリック(GE)改革を記した『スタートアップ・ウェイ』などの書籍に詳しい。

「エンタープライズ・アジリティ」における、8つの必須要素

こうしたチャレンジの背景には、官僚的な組織や古いやり方に慣れた社内関係者の抵抗など、さまざまな壁が存在する。これを打破するにはどうしたら良いか?

筆者は、すでに取組まれてきた事例や、IBM自身のアジャイル変革の分析から、以下の図の8項目を必須要素として捉えている。

「エンタープライズ・アジリティ」における、必須の8要素/出典:IBM

以下で、核となる考え方を紹介する。

「エンタープライズ・アジリティ」に求められる、失敗・逸脱の統制

「アジャイル変革が招く混沌」か? 「統制が招く硬直化」か?

アジャイル実践者は過剰な統制を嫌う傾向にあり、計画や煩雑な管理、機能最適化された部門サイロやピラミッド型組織での官僚主義などを避け、しばしば障害として取扱う。しかし、当然ながら計画的な統制は悪ではなく、オペレーション、つまり安定的な事業の最大化に適し、その仕組みの蓄積は重要な競争力の源泉でもある。

アジャイルのように現場の意思決定を推進すれば、変化対応のスピードは高まるが、小さな失敗は必然となり、戦略からの逸脱も起こりやすい。このアプローチのみに傾倒すればその影響を制御できず、確立された企業として安定的な事業の成功は見込めない。

統制なき権限移譲が、単なる現場任せになってしまうというジレンマが起こるのである。

企業のアジャイル化の正体は、自律と統率の高度な両立である

つまり、企業のアジャイル化を成功させるには、アジャイルという汎用性の高いアプローチを用いた共通的な組織能力を焦点としながら、自社の各部門に適した自律と統率の両立方法を見出すことにある。

このため、上記の図(「エンタープライズ・アジリティ」における、必須の8要素)の「変革推進」②④⑦⑧で示したように、全社のアジャイル変革チームを組成し、持続可能な形で主導していくことが重要となる。


出典:IBM

日本企業はボトムアップ式で自律的組織が出来ている?

日本企業はボトムアップ式で現場が強いというイメージをお持ちかもしれない。しかし、その現場力が既存ビジネスの最大化・合理化に偏り、統制型の制度・プロセスが定着してしまうと、戦略の変更や市場創造など、リスクを取った変化に対応することは苦手となってしまう。その結果、大胆な戦略・ビジョンは形骸化したものとなり、経営の方向付け・舵取りが効きにくくなるのである。

権限移譲の進んだアジャイルな企業では、戦略・ビジョンおよび目標設定はむしろ重要視される。伝統的な企業はその歴史を通じ自社のトップダウンとボトムアップの最適なバランスを見出しているはずだが、デジタル化やアジャイルという新たなマネジメントツールを通じて、そのバランスを見直す時期に来ていると言えるだろう。

リーダーの行動変化や戦略のコミュニケーションがより重要になる

指示命令・統制によるマネジメントを変えないと、現場だけの変革で終わってしまう

アジャイルな自律性のあるチームの数を増やしても、管理方法が指示命令・統制型であると、それが阻害要因となり、局所的・一時的な適用で終わってしまう。また、権限移譲・自律を進めるからこそ、戦略・ビジョンおよび目標設定、それを活かすための経営と現場のすり合わせを通じたコミュニケーションが重要となる。

つまり、経営もビジョン・戦略を示しながらアジャイルに動き、従来からしたら過剰に見えるほどトップから双方向のコミュニケーションを行うことが重要な役割を果たす。先に述べた必須要素では、①⑤⑥がそのポイントとなる。

アジャイル化した全社組織の姿を描く

必須要素③のように、自社の各部門に適したアジャイル化のあり方を見出していくためには、仮説として全社組織の目指す姿を描き、社内に指針として示すことが重要だ。以下の図に記載するように、イノベーション部門、事業部門、IT部門、サポート部門それぞれに適した形でアジャイル化された組織の姿を描いた上で、戦略的施策と連動した優先領域を選択し進めていくことになる。


出典:IBM

「スケールド・アジャイル(Scaled Agile)」と「エンタープライズ・アジリティ」

アジャイルは小さなチーム単位での活動を基本とする。このチームの数を増やす「Scaled Agile」の考え方はソフトウェア開発の世界で拡がり、「Scaled Agile Framework(SAFe)」「Scrum @ Scale」「PMI-Disciplined Agile(DA)」「Large Scale Scrum(LeSS)」など、このための方法論・フレームワークが盛んに検討されている。

しかし、前述の通り、単にチームの数を拡大することでは、アジャイルを企業に根付かせるには不十分である。このため近年、上記の方法論はいずれも、ソフトウェア開発を超えて、ビジネスや組織のあり方、つまり本記事で述べているビジネス・アジリティにも徐々に拡張されている。

また、組織のような複雑な対象への適用に当たっては、単純にこれらのフレームワークを採用したり、先行他社の真似をしたりするだけでは失敗してしまうのが定説となっている。そのため、適用そのものをアジャイル的に繰り返し型で推進し、自社に適したやり方を見出すのがベストであることが、多くの事例を通じて明らかにされている。

IBMにおけるアジャイル変革

IBMも2015年、CEOから全世界のIBM社員に対して、企業文化としてアジャイルを根付かせることを宣言、ITのみならず全社へのアジャイル思考・行動の浸透を開始。これまでにIT部門のほか、販売、購買、人事、ファイナンスなどの業務部門へも拡大し、グローバルに数万人、数千のアジャイルチームの規模で、全社員向けのトレーニングプログラム、スキル認定制度、全社ポータルでのチーム状況透明化などにに取り組んできた。

日本IBMでも同変革のほか、アジャイル・オフィスやリモート環境での共創サービス提供など、近年の市場変化への適応に取り組んでいる。

IBMが提供するアジリティ関連ソリューション

IBMでは、こうした自らの経験も活かした全社組織変革推進「エンタープライズ・アジリティ」、アジャイル型の共創により新価値を創造していく「IBM Garage」、アジャイル開発を中心とした「アジャイル・ビジネス・コンサルティング」など、広範にサービスを提供。さらに、新型コロナウイルス危機以降の環境下においてもリモート環境で変革が行えるよう手法を拡充するなど、さまざまな業界で先進デジタル企業への変革を支援している。

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