量子コンピューター

Qiskit Paulice: 短期的量子ハードウェアのための後選択型量子エラー訂正

新しいQiskitアドオンであるQiskit Pauliceは、量子エラーを検出して実行結果をフィルタリングすることで量子回路の信頼性を向上させます。

主なポイント:

  • 現在の量子システムの信頼性を、さまざまな量子エラー処理手法で向上させることにより、完全なフォールトトレラント量子コンピューティングに向けて大きな進歩が遂げられています。
  • Qiskit Pauliceは、「時空間パウリ・チェック」を量子回路に直接埋め込み、最小限のオーバーヘッドで回路実行中にエラーを検出する新しいツールです。
  • 量子エラー検出は、量子回路の実行がエラーの影響を受けたかどうかを検証する、エラー訂正の基礎的な構成要素です。
  • 時空間パウリ・チェックは、回路実行中の複数の時間位置・複数の量子ビットに対してチェックを配置することで、実用的なエラー検出を実現します。
  • Pauliceのドキュメントとチュートリアルはこちらからアクセスできます。

有用な量子コンピューティングを実現するには、二つの次元での進歩が必要です。すなわち、(1)リソース効率の高い量子計算を可能にする新しいアルゴリズムの開発と、(2) エラー処理手法による量子ハードウェアの実行能力の拡張エラー処理手法による量子ハードウェアの実行能力の拡張。2026年は、大規模分子シミュレーション多目的最適化確率微分方程式のための新しい手法により、アルゴリズム発見が加速されています。そして、それと同時に、エラーに対処するためのツールキットの拡張も進行しています。これは、量子コンピューターを実用的なアプリケーションに向けて規模拡大する上で重要な作業です。

現在IBM が開発しているエラー処理技術は、計算中に発生するエラーを逐次訂正する大規模なフォールトトレラント量子計算2029年までの実現を後押しします。しかし、私たちはその実現を待つばかりではありません。IBMが目指すのは、新しい能力が利用可能になり次第それを提供し、フォールトトレランスへの道のりのあらゆる段階で、計算の信頼性を向上するツールをユーザーに使えるようにすることです。このブログでお伝えするのは、そのツールキットに新しいツールが追加されたことです。それが、低オーバーヘッドの量子エラー検出を量子回路に直接統合する新しいQiskitアドオン、Qiskit Pauliceです。

量子エラー処理における中心的な課題の一つは、その計算コストです。最も強力な手法には通常、「時間」(必要なサンプル数または計算ステップ数)と「空間」(手法を実行するために必要な量子ビット数)の間のトレードオフを伴います。

このトレードオフの一端には、確率的エラー・キャンセレーション(PEC)のようなエラー緩和手法があります。そのハードウェア・オーバーヘッドは比較的少なくなっていますが、サンプリング時間の指数関数的な増加を必要とし、スケーラビリティが制限されます。もう一方の端には、IBMが構築を目指しているフォールト・トレラント・アーキテクチャーがあり、時間効率的な計算を可能にしますが、多くの量子ビットと複雑なハードウェアを必要とします。

量子回路が大きくなり、実行コストが高くなった時に、このギャップをどのように埋めることができるでしょうか?現代のエラー緩和の信頼性とリソース・コストを改善しながら、フォールトトレランスに向けて意味のある進歩を続けるにはどうすればよいでしょうか?Qiskit Pauliceは実用的な前進の道を提供します。

チュートリアルに従って、ぜひ今すぐQiskit Pauliceアドオンを試し、その機能を確認してください。

Pauliceによる量子エラー検出

量子エラー処理手法は、エラー抑制、エラー緩和、エラー訂正の三つのカテゴリーに分類されます。

エラー抑制、エラー緩和、エラー訂正とは

量子エラー処理手法は一般的に三つのカテゴリーに分類されます。エラー抑制は、ハードウェアレベルで一部のエラーの発生を予測して防止します。エラー緩和は、ノイズが含まれる複数の回路実行の結果を使用して、エラーのない場合の回路実行結果を推定します。エラー訂正は、より高度でまだ完全には実現されていないアプローチで、量子情報を複数の量子ビットに冗長性を持たせてエンコードして不整合をチェックすることで、計算中のエラーを検出して訂正できるようにします。

エラー検出はこれらと別の1カテゴリーではなく、エラー訂正および一部のエラー緩和技術を構成する基礎的な技術要素です。エラー検出は、量子回路の実行がエラーの影響を受けたかどうかを検証します。完全なエラー訂正のように多数の量子ビットをオーバーヘッドとして必要とすることも、他のエラー緩和技術のように、回路サイズの拡大に対して指数関数的に多くのサンプルを必要とすることもありません。

通常、エラー検出では、システム内の量子ビットをデータ量子ビットまたは補助量子ビット(アンシラ量子ビットとも呼ばれます)として指定します。データ量子ビットは計算を実行しますが、同時に、補助量子ビットに接続され、そこではデータ量子ビットのエラーの捕捉が行われます。課題は、これらの補助量子ビットを計算に組み込むと、回路の深さが大幅に大きくなり、エラーを捕捉するよりも逆に多くのエラーを引き起こしてしまう可能性があることです。これがQiskit Paulice(qiskit-paulice)が解決したい問題です。

Pauliceは、時空間パウリ・チェックとして知られるエラー検出チェックを回路に戦略的に埋め込み、回路実行中にエラーを検出し、エラーのある結果をフィルタリング(除去)できるようにします。これにより、最小限のオーバーヘッドを追加しながら計算の信頼性が向上します。

これは、対象ワークフローにスムーズに統合される、柔軟でハードウェア効率の良いアプローチです。エラーを検出することができれば、エラーが検出された実行結果を破棄して、エラーが観測されなかった回路実行結果のみを選択することができます。このような方法をとるので、Pauliceは後選択型エラー訂正の一手法であると言えます。また、シンドローム情報をエラー緩和やエラー訂正ワークフローなどの他の技術と併用して、ノイズの影響をさらに軽減することもできます。

時空間パウリ・チェックの理解

従来のパウリ・チェックは、補助量子ビットを回路内のデータ量子ビットともつれさせることで機能します。補助量子ビットを測定すると、実行中にエラーが検出されたかどうかを示すビット列であるシンドロームが出力されます。シンドロームがすべて0ならばエラーは検出されておらず。どれかが1であればエラーが発生しています。

高いレベルで見れば、それぞれのパウリ・チェックは、回路実行期間中を通して保たれるべき制約に対応しています。エラーがその制約を破壊すると、測定されたシンドロームにそのことが現れます。これにより、エラーの影響を受けて誤っている実行結果を特定し、逆に、正しい可能性が高い実行結果を分離することができます。

時空間パウリ・チェックは、これらの制約を時空間符号として実装するため、より効率的です。チェックは、物理空間内の量子ビット間だけでなく、回路実行中の時間的位置間にも定義されます。これにより、計算の広い時空間領域にわたって発生するエラーを検出できます。

このことが、時空間パウリ・チェックが今日のハードウェアで実用的である理由の一つです。標準的なパウリチェック¹では、高ウェイト演算子(重みの大きい、つまり作用する量子ビットの数が多い演算子)を測定する必要があることが多く、特に量子ビット接続性が限られたデバイスではスワップ・ゲートが追加で必要になる場合があり、回路の深さが大幅に大きくなることがあります。時空間パウリ・チェックは、最も効果的な場所にのみチェックを配置することでこれを回避し、比較的少ないオーバーヘッドで実装できるという意味で、ハードウェア効率の良い符号化を可能にします。

チェックならなんでも等しく有用というわけではありません。チェックは一つ一つが回路に演算を増やし、その結果としてノイズを増やすことになります。「良い」チェックの組み合わせは、増やしてしまうエラーよりも多くのエラーを検出し、最小限のオーバーヘッドで検出能力のバランスを取ります。これを達成するために、Pauliceはノイズ・モデルとデバイスの接続性制約を使用して、有効で、重みが小さく、回路全体に生じるエラーを検出するのに効果的なチェックを自動的に識別します。

qiskit-pauliceパッケージは、そのような時空間パウリ・チェックを自動的に識別して、目的の量子回路に挿入します。これにより、追加量子ビット数と回路コストを最小限に抑えながらエラー検出能力を最大化して、エラー検出を計算改善の実用的なツールにします。これらの手法は、効率的なチェックをより容易に構築できるクリフォード回路、およびクリフォード・ゲートが支配的な回路に特に適しています。

クリフォード回路とは:

クリフォード回路は、パウリ演算子として知られる基本演算を他のパウリ演算子にマッピングする特定のゲート (例:アダマール・ゲート、位相ゲート、CNOTゲート)の集合で構築された量子回路です。その動作は数学的によく理解されており、古典コンピューター上で効率的にシミュレートできるため、エラー処理手法を開発およびテストするための自然なスタートポイントになります。

回路を実行したときに結果として得られるシンドロームはさまざまな目的に応じて利用することができます。最も単純なケースでは、エラーが検出されなかった実行結果のみを後選択して、残った実行結果の忠実度を向上させることです。さらに、シンドローム情報をエラー緩和やエラー訂正ワークフローなど他の技術と併用して、ノイズの影響をさらに軽減することもできます。

Qiskit Pauliceを支える概念は、すでに最先端の、量子優位性の候補となっている実験で役割を果たし始めています。たとえば、IBMとシカゴ大学からの最近のQuantum Advantage Trackerへの投稿では、大規模なランダムグラフ状態サンプリング実験で時空間パウリ・チェックを適用しています。これらの実験は、量子優位性の初期実証に向けた代表的なベンチマークであるランダム回路サンプリングの一種に位置付けられます。この研究は、オーバーヘッドの少ないエラー検出とシンドロームを用いたフィルタリング技術が、古典でシミュレートすることがますます困難になる領域に向けて量子計算を規模拡大するのにどのように役立つかを強調しています。

Qiskit Pauliceの始め方

時空間チェックを使用してクリフォード回路の測定分布の忠実度を向上させるためにPauliceを使用する方法の例を見てみましょう。

まず、qiskit-pauliceパッケージをインストールします:

pip install qiskit-paulice

次に、クリフォード回路を作成します。この例では12量子ビット回路を構築します。この回路は、1量子ビットのクリフォード・ゲートの層を、レンガのような構造で交互に配置する形で、量子もつれゲートを4層含んでいます。(回路図は原文ブログをご参照ください)

from qiskit import QuantumCircuit

circuit = QuantumCircuit(...)

パウリ・チェックを追加するには、回路内のどの量子ビットがターゲットとして機能でき、近くのどの量子ビットが補助量子ビットとして機能できるかを識別する必要があります。実際にこれをするには、チェックを最小限のオーバーヘッドで実装できるように、デバイスの接続性に基づいてデータ量子ビットと補助量子ビットのペアを選択します。簡単にするために、ここではそのプロセスを次のように表します:

from qiskit_ibm_runtime import QiskitRuntimeService

from qiskit_paulice.layout import get_check_qubits

 

service = QiskitRuntimeService()

backend = service.backend(“ibm_boston”)

 

# Choose a layout for the circuit

layout = [68, 69, 78, 89, 90, 91, 98, 111, 112, 113, 119, 133]

 

# Find available ancillas and their adjacent target qubits

target_qubits, ancilla_qubits = get_check_qubits(backend.coupling_map, layout)

次に、ノイズ・モデルを構築します。これを使用して、その回路に有効なパウリ・チェックの有効性をスコアリングします。通常は、すべてのゲートと測定にほぼ同じエラー発生率を仮定する基本的な脱分極ノイズ・モデルで十分であり、それはバックエンド・データから構築できます:

from qiskit_paulice.noise_models import NoiseModel

 

noise_model = NoiseModel.from_backend(backend, layout)

ターゲット量子ビットとノイズ・モデルと共に、Qiskit Pauliceを使用して効果的で重みの小さいチェックを検索し、回路に追加します:

from qiskit_paulice import add_pauli_checks

 

checked_circuit = add_pauli_checks(

 circuit, [layout.index(q) for q in target_qubits], noise_model

)[-1]

これで七つのチェックを持つ回路ができました!

このワークフローを続けるには、Pauliceドキュメントを参照してください。完全なチュートリアルでは、チェックされた回路の実行、結果のサンプリング、シンドロームの検査、エラーのないサンプルの後選択、エラー検出前後の忠実度の比較のプロセスを説明しています。

ぜひすぐにお試しください

Pauliceを通じて、私たちは実用的な量子誤り訂正に向けた次の一歩を踏み出すとともに、量子コミュニティー全体にエラー検出技術を広く提供していきます。Pauliceチームは、すでに、今後予定している機能強化に向けてパッケージの拡張を進めています。その計画には、非クリフォード系の処理のサポート、後選択されたノイズ・チャネルの分析、チェック選択中のアイドリング・ノイズの処理の改善などが含まれます。

これらのリソースでQiskit Pauliceの詳細をご覧ください。

ユーザーの皆様がPauliceで何を構築するか楽しみにしています。試してみて、発見したことをぜひ共有していただけますと幸いです。

参考文献

1.    van den Berg, Ewout, et al. Single-shot error mitigation by coherent Pauli checks. 10.1103/PhysRevResearch.5.033193, Phys. Rev. Res., https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevResearch.5.033193| ↩


この記事は英語版IBM Researchブログ「Qiskit Paulice: postselected quantum error correction for near-term hardware」(2026年6月25日公開、Catherine Dundon著)を翻訳し一部更新したものです。

関連リンク

監訳者

脇坂 遼

研究員

IBM Quantum

立花 隆輝

東京基礎研究所 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー