フォールト・トレラント量子コンピューティングとは?

量子コンピューティング

量子エラー訂正とフォールト・トレランスの基本的なご説明をします。


今日、実用規模の量子コンピューターは、古典コンピューターには近似なしで正確に真似ることができないレベルの複雑な計算を実行できるようになりました。しかし、実用性の観点から見ると、量子コンピューターは依然としてエラーに非常に敏感であり、処理できる複雑さのレベルや回路規模に限界があります。

量子コンピューティングの可能性を最大限に引き出し、古典コンピューティングだけでは扱えない複雑な問題を解決するには、より大規模で深い回路を実行できるフォールト・トレラントな量子コンピューターを構築する必要があります。量子デバイスで扱える量子ビットを増やすだけでは、そのための課題をすべて解決することはできません。なぜなら、エラーは量子プロセッサーの量子ビット数とともに増加するため、エラーに対する方策がなければ、むしろ増加するエラーの影響によって量子計算の価値が損なわれてしまうからです。それが、フォールト・トレランスが必要な理由です。では、フォールト・トレランスとは正確にはどのようなことであり、それを達成するためには何が必要なのでしょうか?

フォールト・トレラント量子コンピューター(fault-tolerant quantum computer、FTQC)は、エラーがあっても正しく動作するように設計された量子コンピューターです。量子ビット (キュービット) はその置かれた環境に非常に敏感であるため、デコヒーレンスやノイズなどによってエラーが発生しやすくなります。フォールト・トレランスとは、これらのエラーをリアルタイムで検出して訂正することです。

フォールト・トレラントな量子コンピューターをすでに構築できたと主張する組織もありますが、これまでのところ、それらの主張はすべて非常に規模の小さなものでした。フォールト・トレランスを有意義に、そしてさらに重要なことに、有用にするためには、数百または数千の量子ビットで数億の論理演算を含んだ回路を実行できる大規模なデバイスで実証する必要があります。目標は、原理の証明だけでなく、フォールト・トレラント・レベルのアルゴリズムを実行できる、実際に動作するマシンを実現することです。

このブログでは、大規模なフォールト・トレランスが実際に何を意味するのか、それが量子プロセッサーの量子ビット数を増やすだけとは根本的に異なる理由、そしてそこに到達するために何が必要かを見ていきます。

古典コンピューティングにおけるフォールト・トレランス

1947年、ベル研究所で働いていたリチャード・ハミングは驚くべき発見をしました。現在はハミング符号として知られている世界初の誤り訂正符号です。その目的は、計算の信頼性を高めることでした。計算中にコンピューター内部のビットが1ビットでも誤って「反転」すると、つまり、コンピューターの操作をする人が気づいていないうちにビットが0から1に、またはその逆に切り替わると、原則として、計算全体が台無しになる可能性があります。今日は高度なチップ技術によってこのようなエラーは非常にまれになっていますが、1947年当時はそうではありませんでした。実際、これは大きな問題であって、リチャード・ハミングは月曜日の朝、仕事に戻って、週末に実行した計算にエラーが生じていたことを発見するのにうんざりしていました。

ハミング符号の動作は非常に単純で、冗長性を使用してビット列をエラーから保護します。保護したい4ビットごとに、パリティビットと呼ばれる3ビットを追加します。これらのビットの値は、保護対象の4ビットの値によって異なります。パリティビットと呼ばれるのは、その値が元の4ビットから異なる一部分をとりだしてそのパリティ (つまり、排他的論理和) を取ることによって決定されるためです。3つのパリティビットと元の4ビットの値を比較することで、エラーが発生している可能性があるかどうかの手がかりを得ることができ、場合によってはエラーを訂正することができます。

特に、7ビットのうちの一つが反転した場合 (それが元の 4ビットの一つでもパリティビットでも)、それがどちらの値であったかを推測して反転させることができます。つまり、エラー率が十分に低く、7 ビットのうち計算中に反転したビットがたかだか1ビットまでと考えられるならば、この符号を使用して確実に計算を実行できるということです。ハミングがこの符号を実装し、さらに一般化したので、計算は信頼性を持って実行できるようになりました。

ハミングの発見は、遠隔通信、データ保存、そして計算の革命も引き起こしました。今日、古典誤り訂正符号は、衛星通信や深宇宙通信、信頼性の高いデータ・ストレージと計算、高速インターネットなど、デジタル技術インフラの多くを支える目に見えない基盤技術として機能しています。

量子誤り訂正理論の誕生

1994年にピーター・ショアが素因数分解の量子アルゴリズムを発見して、量子コンピューティングの分野が軌道に乗り始めたとき、当然のことながら、誤り訂正符号を使用して量子ビットをエラーから保護し、量子計算のノイズに対する耐性を高めることができるのではないかという期待が生じました。

量子コンピューターが実現するよりもずっと前であった当時でさえ、信頼性の高い量子コンピューターを構築する上でノイズとデコヒーレンスが大きな障害になるという懸念が広く持たれていました。誤り訂正符号が実際に役立つかどうかはまったく明らかでありませんでしたが、それが役立つことを最初に示したのはショアでした。

しかし、量子情報は非常に脆弱であるため、量子誤り訂正は容易ではありません。これは、量子誤り訂正符号には、繊細な量子状態を保護する必要があるという、はるかに大きな要求が課せられているからです。基本的な考え方は、3つのパリティビットを追加して4ビットを7ビットにエンコードするハミング符号と似ていますが、量子の場合はパリティビットを追加すれば済むというほど単純ではありません。

代わりに、1個以上の論理量子ビット (つまり、保護してそれに計算を行いたい量子情報を表す量子ビット) から処理を始め、量子もつれを利用してその状態を多数の物理量子ビットにエンコードします。実際に論理量子ビットの状態は、ノイズに対する耐性が高まるように、多数の物理量子ビット全体に分散されます。その後、物理量子ビットに対して特定の測定を実行して、起きたかもしれないエラーについての情報を求め、その情報に基づいてエラーの訂正を試みることができます。

量子誤り訂正符号でもすべてのエラーに対処することは理論的に不可能ですが、量子誤り訂正符号の種類によって、ノイズを数学的にモデル化した時に許容できるエラー率が変わってきます。ハミング符号は7ビット中にビット反転がたかだか 1箇所だけにある場合にのみ機能しますが、それと同様に量子誤り訂正符号もエラー率が十分に低い場合にのみ機能します。

ショアによる最初の量子誤り訂正符号は、1論理量子ビットを9物理量子ビットにエンコードすることから9量子ビットのショア符号と呼ばれ、画期的なものでした。またシンプルで直感的であるため、量子誤り訂正符号について学ぶのに優れた例でもあります。ただし、これは実用的なコードとは言えません。ごくわずかなエラー率しか許容できないからです。

他の量子誤り訂正符号も続いて開発されていきました。数年後の1997年に行われた、アレクセイ・キタエフによるトーラス符号の発見はもう1つのブレークスルーと呼ぶことができます。これはそれ以前の符号よりもはるかに高いエラー率に耐えることができました。キタエフと、今はIBMフェローであるセルゲイ・ブラビーによるその後の研究は、表面符号につながりました。表面符号はトーラス符号のより実用的な実装と見なすことができます。表面符号では、1量子ビットを、量子ビットのさまざまなサイズの正方形グリッドにエンコードでき、トーラス符号と同様に、比較的高いエラー率に耐えることができます。

ただし、表面符号には欠点があります。論理量子ビットをエンコードするのに多くの物理量子ビットが必要だということです。それこそが、私たちが昨年Nature誌の画期的な誤り訂正論文で発表したグロス符号が画期的であると考える理由です。グロス符号は表面符号と関連しており、同様のレベルのノイズを許容しますが、はるかに効率的で、同数の物理量子ビットで数倍の論理量子ビットをエンコードできます。簡単に言えば、グロス符号ははるかに優れた拡張性を備えているということです。

量子誤り訂正の基礎

誤り訂正自体のプロセスは、3つの基本的なステップに分けることができます。最初のステップは、物理量子ビットを測定することですが、これはエンコードされた状態を変化させないように間接的に行われます。具体的には、エラー訂正では、初期化された新しい量子ビットをいくつか導入し、エンコードに使用される物理量子ビットとの間に演算を行なってから、それらを測定します。

これにより、シンドロームと呼ばれるビット列が得られますが、このビット列を取得するプロセスはシンドローム抽出と呼ばれます。シンドロームは、その名前の由来である医学用語と同様に、どのエラーが起こったのか、つまり、根本的な原因を正確に教えてくれるわけではありませんが、何が悪かったのかについての有用な情報を提供してくれます。その意味で医療における症状(シンドローム)リストに似ています。

2番目のステップはデコードで、これはシンドロームを古典計算で処理し、物理量子ビットを元のエンコード状態に戻すのに、必要であれば、物理量子ビットにどのような訂正操作を適用するかを決めることを意味します。この手順は古典コンピューターで実行され、それが高速であることが求められます。

最後のステップは、物理量子ビットに対して実際に訂正操作を実行し、それらを元のエンコードされた状態に戻すことです。量子情報を確実に保存するために、誤り訂正プロセス全体がいわばノイズとの競争という形で何度も繰り返されます。

しかし、量子コンピューターでは、すべての操作にノイズが生じるため、どの操作も失敗する可能性があります。シンドロームの抽出と訂正操作は、それ自体が不正確であったり、正しく機能しなかったりする可能性のあるコンポーネントを使用して行わなければならず、また、QEC(量子誤り訂正)プロトコル自体がエラー率を逆に増加させる効果を持たないように細心の注意を払う必要があります。

そしてもちろん、量子誤り訂正符号を使用して量子情報を「保護」するだけでなく、論理量子ビットに対して計算を実行できる必要があります。その際に、またしても、私たちは同じ問題に直面します。計算は、不完全で、適切に行われないとエラー率を増加させてしまうおそれのある量子計算コンポーネントを使用して実行する必要があります。

これは実に興味深い、理論的かつ工学的なチャレンジであり、量子誤り訂正が何十年にもわたって研究者を刺激してきた理由の一つです。信頼性の低い部品から信頼性の高い何かを作り上げるのはどんな方法でしょうか?

フォールト・トレラント量子計算に求められる追加要件

フォールト・トレラントな量子コンピューティングでは、量子計算の信頼性を高めるだけでなく、エンコードした論理量子ビットに、いわゆる量子ゲートのユニバーサル・セットを実装する必要があります。

簡単に言えば、これは量子コンピューティングの完全な計算能力を提供するのに十分パワフルなゲートのコレクションです。たとえば、アダマール・ゲート、Tゲート、および制御NOTゲートを合わせると、ユニバーサル・ゲート・セットの一つのバージョンが得られます。これら3種の操作を実行できれば、それらを組み合わせて、任意の量子計算を十分近似できる回路を作成できます。

エンコードされた量子情報に対してある種の演算は他の演算よりも簡単に実行でき、どの演算が簡単でどれが難しいかは、選択した量子誤り訂正符号に依存する部分がある、ということがわかってきました。しかし、数学的定理によって証明されているのですが、たとえどんな符号を選択したとしても、どのように工夫しても、どんなユニバーサル・ゲート・セットにもタスクが非常に難しいゲートが少なくとも一つ常に存在します。

これこそが、いわゆる魔法状態(magic states)がその役割を果たす部分であり、ブラビーとキタエフによるもう一つの発見です。この考え方は、エンコードされた量子情報に対する特定の演算はフォールト・トレラントな方法で実行できる、つまり、エラー率を増加させたり計算を台無しにしたりすることなく、信頼性の低いコンポーネントで実行できる、ということです。ただしそれには、魔法状態と呼ばれる、非常に特殊な状態に初期化された量子ビットが追加で利用可能な場合に限ります。

魔法状態を理解する一つの方法は、これを量子ビットに事前に読み込まれた小さな量子プログラムであるとみなすことです。(技術的に言えば、これらはゲート・テレポーテーションとして知られるプロセスによって動作します)。その非常に重要な側面は、それらが独立して準備およびテストできるということです。魔法状態が良好に準備できたと確信したら、それらと物理量子ビットとの間で演算を行って、最終的には、物理量子ビットがフォールト・トレラントな方法でエンコードする論理量子ビットに対して計算が実行されることになります。もちろん、魔法状態は本当の魔法ではありませんが、理論的にこれが可能であることはかなり驚くべきことです。

実装の観点からは、上記の方法で信頼性とフォールト・トレランスを備えた量子コンピューターを構築するという長年の目標を達成するためには、克服しなければならないまだ多くの課題があります。

誤り訂正符号が機能するためには、物理量子ビットのエラー率は十分低くなければなりません。量子ビット間の直接接続は、シンドローム抽出とフォールト・トレラント操作の両方を確実かつ迅速に実行できる必要があります。デコードは極めて低い遅延時間で行われなければならず、魔法状態を作成し、それらと物理量子ビットとの間に演算を行なって論理量子ビットの計算を実行するプロセスは、まだこれから完成される必要があります。

IBMはこの課題に立ち向かっています。フォールト・トレラントな量子コンピューティングを実現するための具体的な計画を近日中に皆様と共有できることを楽しみにしています。

 

この記事は英語版IBM Researchブログ「What is fault-tolerant quantum computing?

(2025年5月30日公開、Robert Davis、Olivia Lanes、John Watrous著)を翻訳し一部更新したものです。

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監訳者

上田 健人

IBM Quantum、リサーチ・サイエンティスト

立花 隆輝

東京基礎研究所 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー