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Smarter Business

社員の意識変革と「コトづくり企業」への転換。SXの発想で挑む神戸製鋼所のDX戦略

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柴田 耕一朗氏

柴田 耕一朗氏
株式会社神戸製鋼所
代表取締役副社長 執行役員

1958年、大阪府出身。大阪大学大学院工学研究科前期課程原子力工学修了。鉄鋼部門加古川製鉄所製銑部長、鉄鋼事業部門加古川製鉄所副所長、執行役員、常務執行役員、専務執行役員などを経て、2018年6月より現職。2021年4月よりDX戦略委員会委員長に就任。また同年6月にはIT企画部総括も担い、KOBELCOグループにおけるDX戦略を推進している。座右の銘は「至誠惻怛」(誠を尽くせ!いつくしみの心を持って接せよ!さすれば総力が結集できる)。

 

後藤 恵美

後藤 恵美
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
アソシエイト・パートナー

1966年、東京都出身。早稲田大学大学院ファイナンス研究科卒業。在学中にフランス政府給費生としてパリ留学。1991年ルイ・ヴィトン ジャパン(株)に入社し、社長秘書、広報・マーケティングに従事。2004年 米国公認会計士の資格を取得し、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)に入社、17年間(うち4年間はタイ、バンコク駐在)にわたりコンサルティング業務に従事。2021年 日本IBMに入社。企業経営層を対象としたパーソナル・サービスである「CIO Advisory Service」を立ち上げ、現在に至る。

鉄鋼・非鉄・溶接などの素材系、産業・建設などの機械系、電力など多様な事業を展開する株式会社神戸製鋼所(以下、神戸製鋼所)は、2021年より大規模なDX戦略に着手。戦略パートナーとしてタッグを組むのが、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)である。両社はIT分野の強化など、過去20年にわたり関係を築いてきたが、今回のパートナーシップではDXによる新たな価値創造を目指すという。

DX戦略委員会委員長およびIT企画部総括として、神戸製鋼所のDX推進を担う代表取締役副社長 執行役員の柴田耕一朗氏は、どのようなビジョンを描き、この変革に臨んでいるのか。柴田氏と日本IBMコンサルティング事業本部アソシエイト・パートナーの後藤恵美が、DX戦略の方向性と脱炭素化に向けた取組み、日本IBMとの共創について語った。

デジタル化で、大きな変化にも対応できる社員を育てる

後藤 物事を捉える視点を例えた、「鳥の目・虫の目・魚の目」という言葉があります。経営者には俯瞰する力である鳥の目が特に重要と言われます。柴田様はどのように捉えていますか。

柴田 なかなか難しい質問です。というのも、鳥の目で市場を捉え、虫の目、魚の目で自分たちの戦略を練るというのが、これまでの経営のあり方でした。けれども昨今、社会の変化は大きく、スピードも速く、市場がどちらに向かっているのかもはっきりしません。果たして鳥の目で市場の変化を捉えられるのか?大きな困難を抱えた状況であるというのが、私の偽らざる感覚です。

とはいえ、そういった状況下において、どのように立ち向かっていくのかを考えるのが、私たちの仕事でもあります。旧態依然とした体制のままでは取り残されるでしょう。市場の変化が予測し難いなら、状況に応じた対応力を強化していくしかないと考えています。

後藤 柴田様にとっても、かなりタフな状況にあるのですね。体制としては、どのような形をめざしていらっしゃるのですか。

柴田 私は、会社の中に遊撃手を作りたいと考えています。ガツンと大きな変化が訪れたときに、余裕を持って対処できる人材を抱えた組織なら、どんな環境にも対応できるのではないでしょうか。

そして、組織に遊撃手を作るツールがデジタルだと考えています。DXが話題になって久しいですが、個人的には「SX(サステナビリティー・トランスフォーメーション)」の方がしっくりきます。つまり、Sustainability Transformation by Using Digital Technologyということですね。

後藤 確かに、おっしゃるとおりかもしれません。

柴田 デジタルを導入さえすれば変革は起こる、なんてことはありませんよね。デジタルの使い手自身が変わらなければならないのです。ですから、神戸製鋼所のDX戦略も、SXの発想に基づいています。

まずは、社員がデジタルを知ることです。多くの仕事をデジタルに任せることができるのに、そのことを理解しようとせず、人力で解決しようとする様子を目にすることがあります。デジタルの現実を理解して、受け入れる必要があるでしょう。

次は、自分たちの仕事をデジタルにどれだけ任せられるかを考えます。「自分の仕事がデジタルに奪われる」と恐れを抱く人もいるかもしれません。でも、会社はそう簡単に社員を手放しはしない。私は、デジタルを用いて業務の流れを変え、可能な限り今の仕事から解放し、社員に遊撃手となってほしいのです。

後藤 その2つのステップが、予測が難しい大きな変化にもしっかりと対応できるサステナブルな組織体制につながっていくのですね。

柴田 そのとおりです。さらに私は、もう一つ上のステップとして、デジタル化によって生まれた余裕を、新たな価値創造の機会にすることを見据えています。

柔軟な発想で、私たちにしかできないこと、神戸製鋼所ならではの技術や価値をデジタルの力で商材化できれば、大きなビジネスチャンスになります。「モノづくり企業」から「コトづくり企業」への転換を図れるかもしれません。そのような段階まで具体化したいですね。

3年間450億円規模のIT投資で、システムの刷新と社員の意識変革を推進

後藤 神戸製鋼所では、2021年度から、3年間で450億円規模にもなるITへの投資を計画していると伺いました。

柴田 報道でも取り上げられたので金額が注目されがちですが、大事なのは内容です。300億円は、老朽化した基幹システムの刷新などの経営基盤の強化となる領域に充てます。システムを刷新することで仕事のやり方も変え、効率化を図っていきます。残りの150億円は、社員のデジタル化促進など、会社としての価値創造となる領域に充てます。彼らが本気で意識変革に臨んだら、150億円では足りなくなるかもしれませんが、むしろ歓迎すべきことと考えています。

後藤 社員の側から、やりたいこと・やるべきことが出てくる状況を望んでいらっしゃるのですね。

柴田 そうですね。そんな組織になれたら、神戸製鋼所は大きく生まれ変わるでしょう。予定している150億円についても、現時点で全ての用途が決まっているわけではありませんし、社員から声が上がることを期待しています。

後藤 ここまでDXを推進されてきて、どのような成果が見られましたか。

柴田 始めてまだ2年弱ですから、大きく開花するのはこれからでしょう。一方で、全社的なDX戦略を定め、徐々に成果が出てきていることは評価できます。

例えば、経済産業省から、デジタルガバナンス・コードに準拠する企業として、「DX認定事業者」を受けることができました。また、基幹システムの刷新が円滑に軌道に乗りつつあり、“Fit to Standard”の大方針に則ったシステムの再構築や、ERPの統合にも着手できています。

さらに、デジタルを活用した新ビジネスの創出も始まっています。コベルコ建機株式会社が開発した「K-DIVE CONCEPT」は、建設重機の遠隔操作と操縦履歴のデータ管理を組み合わせたもので、生産性と安全管理の両面に作用し、建築現場が直面する人手不足と高コスト構造の改善を図ることができます。

後藤 まさに「コトづくり」ビジネスの創出ですね。

柴田 そのとおりです。とはいえ、私たちが優先すべきは、先に述べたような社員の意識変革です。そのためにも、社内ではデジタル人財の育成に着手しています。2022年度末までに各部署の業務変革をリードする役割のITエバンジェリスト280名、データサイエンティスト136名の育成を見込んでいます。この数字は計画どおりではありますが、もっと貪欲でもいいでしょう。

自分たちの業務をデジタル化していくのですから、社員一人ひとりがITに対する見識を持ち合わせていてほしいですよね。一足飛びには無理でしょうから、将来的には、社員全員が、ITエバンジェリストを目指せるようにしたいと考えています。

日本IBMはデジタル変革のみならず経営変革の戦略パートナー

後藤 神戸製鋼所と日本IBMは、2022年2月にDX戦略遂行のパートナーシップを結びました。従来のITの保守運用を中心としたサービスに加え、IT基盤の構築や価値創造につながる取組みを共に進めていく内容です。柴田様は、DX戦略委員長就任時から「CIO Advisory Service」を利用され、経営にまつわるデジタルの最新動向や事例を交えながら、50回以上にわたってIBMと議論を重ねてこられました。

柴田 CIO Advisory Serviceには、とても感謝しています。私は、入社してから大半の時間を、鉄鋼事業を行う部門で過ごしてきた“モノづくり”の人間です。製造拠点のシステム刷新に携わることはあったけれども、デジタルに関してはほとんど知識ゼロの素人でしたから。

後藤 初めて柴田様にお会いしたとき、「スポンジのように吸収しますから、何でも教えてください」とおっしゃったのが忘れられません。実際にものすごい勢いで学ばれて、自分ごとに変えていく姿が印象的です。

柴田 それだけ必死だったということですね。サービスを利用するにあたって、「お客さんにはならんとこう」と思っていました。受け身の態度では、学びが薄くなってしまうだろうし、垣根を超えた関係作りを意識していました。

私は、いわゆる3文字略語が苦手で、最初は「ERP?何やそれ?」って思っていましたから(笑)。しかし、経営層が自分の頭で考え、自分の言葉で話せなければ社員たちは理解できませんし、行動にも移せません。ITのイロハから教えてもらい、業界のDX戦略や最新のビジネスモデルも知ることができました。それが「じゃあ、神戸製鋼所はどうする?」と、考える糸口となりましたね。

後藤 初期の頃に、「後藤さんは、遠慮をせずにものを言うところが、良い」と柴田様からおっしゃっていただいたおかげで、こちらも一歩踏み込んで議論にあたることができました。また、米国のIBM本社にも訪問いただきました。

柴田 IBMは、私たち神戸製鋼所が目指す変革のロールモデルだから、どうしても訪れてみたかったのです。かつてはハードウェアの会社であり、「モノづくり企業」でしたが、今や「コトづくり企業」へと主軸を移されています。大きな変革を遂げられた先達としていろんな知見があるでしょうから、私たちの先生になってくれるのではないかという興味がありました。

後藤 お迎えした米国IBM本社のエグゼクティブは、まさか自社の変革について聞かれるとは思っていなくて驚いておりました。「モノづくり」から「コトづくり」への転換の意味を、あらためて考える場になりましたね。

柴田 私は、デジタル社会の到来によって、「モノづくり」自体が成り立たなくなるのではと危惧しています。これからの社会、誰でも・どこでも、ある程度のモノは作れてしまうのではないか。つまり、コモディティ化が起こるわけです。

当然、「モノづくり」中心の社会で通用していたビジネス・ポートフォリオのままでは生き残れないでしょう。「モノづくり」からいったん離れて、新しいビジネスの枠組みを考えていかなければ、神戸製鋼所に100年後の世界は訪れないかもしれません。

その点において、IBMは、モノからコトへの転換を見事に達成しています。一緒に、次の100年につながる大胆なポートフォリオの見直しと、変革のあり方を考えていきたいのです。神戸製鋼所にとって、IBMはITだけではなく、変革の仲間だということ。双方の経験や知識を吸収し合い、互いに高め合うような共創の関係になれれば嬉しいですね。

長期と中短期の異なる技術開発で、脱炭素社会にフィットする製鉄業をめざす

後藤 神戸製鋼所は、2021年からの中期経営計画で、「安定収益基盤の確立」と「カーボンニュートラルへの挑戦」を最重要経営課題とされました。メインビジネスである鉄鋼事業は、高炉による鉄の生産では大量のCO2を排出すると言われます。昨今の脱炭素社会に向けた動きは、ポートフォリオにも大きな影響を与える課題ではないでしょうか。

柴田 鉄は地球上で、もっとも安価で手に入りやすい金属です。鉄鉱石から鉄を取り出す技術は、古くは紀元前に生まれました。数千年にわたる文化であり、私たちの暮らしを支える重要な資源ですから、不要になることはないでしょう。それゆえに、私たちには、鉄を安定的に供給し続け、かつカーボンニュートラルに対する社会的責務があると感じています。

地球温暖化はこの瞬間も進んでいるのですから、足元からCO2の削減を抑えなければなりません。その視点に立ち、神戸製鋼所では高炉による製鉄でのCO2削減の技術開発を進めています。「MIDREX®プロセス」というKOBELCOグループの持つ独自の直接還元鉄生産技術と、当社の鉄鋼事業が保有する高炉操業技術を活用したCO2低減ソリューションにより、CO2排出量を約20%削減できます。この技術を商品化につなげた「Kobenable Steel」は、国内初の低CO2高炉鋼材であり、自動車メーカーや建設分野でのご採用が決定しました。

また、当社グループ製鉄プロセスにおけるカーボンニュートラルについては、既存の高炉をいかしたCO2削減と、大型電炉による高級鋼製造の検討も進めていきます。現在の電気炉による製鉄法では、日本の鉄鋼業が得意とする高品質な特殊鋼を作る技術は確立されていません。このような複線的アプローチによって、日本政府が推進を図る2050年のカーボンニュートラル実現に向けて検討を進めています。

このように、長期的視点に立った技術開発と、いまのCO2削減を図る技術の両輪で、環境課題に臨んでいるところです。困難ではありますが、日本の鉄鋼生産技術をもってなら解決できると信じています。

後藤 素晴らしい戦略ですね。

柴田 2050年に囚われずに本質的な議論を進めるうえで、神戸製鋼所が先駆者的な役割を担えたらと考えています。ただ、間違えてはいけないのは、これは鉄鋼業全体の問題ということ。CO2削減と高品質な鉄製造が両立する技術を私たちが持つことができたら、他のメーカーにも喜んで提供しますし、逆に、より優れた技術が他社で開発されたならば、積極的に導入していきたいですね。

後藤 一企業に閉じずに、業界として社会課題の解決に取り組まれるのですね。

柴田 もちろん鉄鋼業同士の連携も大切ですが、他の業界とも連携し、鉄のリサイクルシステムなどを確立するのも面白いかもしれません。例えば、自動車なら、廃車や中古車については、国内でのリサイクルを徹底するなど。私たちにとって、廃車は宝の山です。鉄鉱石の採掘・輸入などの際に発生するCO2を考えれば、環境負荷の軽減を期待できるでしょう。

そのような活動において、私たちがイニシアチブを図れたら面白いことになると思います。その際には当然、データ連携をはじめ管理や流通など、持続的なビジネス連携にはデジタルの力が必要になってきますよ。

後藤 そのときはぜひ、私たち日本IBMにもお手伝いさせてください。