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Smarter Business

社員のエンゲージメント向上と成長企業の鍵を握る「HR 3.0」とは

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石田 秀樹

石田 秀樹
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
タレント・トランスフォーメーション パートナー

IBMの組織・人材コンサルティンググループにおいて、組織変革および人材マネジメント領域でのコンサルティングサービスの日本における責任者。一貫して「組織」と「人」の側面から企業変革に携わり、大規模企業を中心に、20年以上のコンサルティング経験を基にした実践的な変革支援に従事している。最近では、AI、Cognitive Computing(IBM Watson)を活用したデジタル変革を通じて人事機能の高度化を支援し、「経験」と「勘」で運用している旧来型の人材マネジメントの抜本的な変革を推進している。

 

多くの企業が進めてきたDXや働き方変革は、新型コロナウイルス感染(COVID19/以下、新型コロナウイルス)の影響により加速。ビジネス環境は不確実で劇的な変化を遂げつつある。企業はビジネスの成長や成功の鍵となる社員のエンゲージメントを高めるため、社員の能力や組織文化を維持しながらそのビジネス環境に適応していく必要に迫られている。

それらの推進には、人事部門にも、従来の管理組織としての役割に留まらず従業員体験(エンプロイー・エクスペリエンス)を向上させる役割などが期待されているという。たとえば、ジョブ型人事制度などの新しい雇用体系の導入やAIを活用したシステムの導入などの取り組みを主導していくことが求められているのだ。

今、「人事」に何が起きているのか。これからの時代に求められる「HR 3.0」とはどのようなものなのか。人材マネジメントや組織変革のコンサルティングからシステム導入・運用まで、人事領域を幅広く支援している日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)のグローバル・ビジネス・サービス事業本部 タレント・トランスフォーメーション パートナーの石田秀樹に聞いた。

 

人事機能を「HR 3.0」にアップデートさせる必要性

人事機能を「HR 3.0」にアップデートさせる必要性

——DXや働き方改革、ジョブ型人事への流れはもとより、新型コロナウイルスの影響によるリモートワークの急増など、激変するビジネス環境において人事部門の重要性が高まっていると伺いました。

製造業が強い日本において、人事は社員の安全や衛生を守ることが第一で、労務管理に主眼が置かれてきました。事業が複雑化し、また、DXへの取り組みが進んでビジネス環境が変わっていくにも関わらず、人事は高度経済成長期を支えた従来のモデルからアップデートできておらず、マネジメント層や社員らが期待する役割を果たせているとは言えない現状にあります。

一方、欧米では、現場のマネージャーが人事権を含めたある程度の権限を持って組織を運営していくライン・マネジメント・オペレーションが進んでいます。人事権は現場にあり、マネージャーが部下の評価をして異動も決めています。つまり、今のビジネス環境に適した人事へ進化しているのです。

 

——日本企業がそうした状況を打破するため、IBMが提唱している人事モデルが「HR 3.0」ですね。

はい。高度経済成長期を支えた人事モデルの「HR 1.0」、インターネット時代における「HR 2.0」を経て、今は「HR 3.0」を目指す時代を迎えています。これまで以上の自動化とAIの活用を進め、データやデザイン・シンキングなどを重視し、また、よりアジャイルな人事組織になる必要があると考えています。

とはいえ、多くの日本企業はHR 2.0に達しているかどうか⋯⋯というところではないでしょうか。HR 2.0は効率性を重視し、提供できるサービスや取り組む施策の「量」を求めます。HR 3.0は「質」の世界です。

 

人事機能の進化

——質の世界とは、具体的にはどういったことでしょうか。

まず、人事の大きな目標は、適材・適所・適時・適量、この4つの最適化です。その実現に向けライン・マネジメント・オペレーションを導入すべきと、私は考えています。本来、部下の日頃の業務の様子や成果を把握し評価できるマネージャーでないと、互いに納得のいく正確なフィードバックができません。的外れなフィードバックのもとでは、社員は成果を生み出すために必要なものは何か、さらに、目標設定をしたり将来を展望したりするフィード・フォワードもできません。

近年では、業界にまたがって複数の事業を行う企業が増えつつあります。そのような企業において、画一的な人事制度で適切な人材マネジメントを成すことは難しいでしょう。また、昔は当たり前だった年功序列に基づいた昇給や終身雇用といった、ある種の平等主義が機能しなくなっています。社員一人ひとりの能力を企業の持続的成長につなげていく、そのための人事制度へ変えていく必要があります。

さらに、従業員に対して方向性を示すような役割も期待されています。たとえば、金融業界ではクラウド活用といわれて数年が経ちますが、いまだクラウドに対応していないシステムも多く存在しています。オンプレミスのシステムを担当している社員は、ある日システムがクラウド化された時にこれまでのスキルでは対応できず、突然「戦力外」になってしまうこともあるかもしれません。急に戦力外通告を受けた社員は「なぜ今まで言わなかった」と思うでしょう。人事が、今後必要とされるスキルや期待される役割などを示すことで、従業員は将来に備えることができるようになります。

 

パーソナライズさせたサービスで、従業員体験を向上させる

パーソナライズさせたサービスで、従業員体験を向上させる

 

——レポート「HR 3.0へのジャーニーを加速せよ」では、HR 3.0の重点事項として、従業員体験(エンプロイー・エクスペリエンス)、パーソナライズ、透明性が挙げられています。

はい。従業員体験は、働きがいを示すワーク・エンゲージメントだけでなく、組織の一員であることに誇りを持ち「もっとこの組織に貢献したい」と思えるような、組織に対するエンゲージメントの向上にもつながります。

そして、従業員体験を高めるためには、社員一人ひとりを理解する必要があります。そこで求められるのがパーソナラズです。その人の今の業務や役割、どのようなバックグラウンドや専門性、経験値を持っているのかを把握します。さらに、社員の今と未来を見据えた支援を行うため、学ぶ機会を見える化して「成長したい、チャレンジしたい」という思いに寄り添った情報を提供するのです。

とはいえ、その実現を人海戦術のみで行うことは難しいため、社員のデータを取得・分析して活用するといった、人とテクノロジーの協働を目指すことになります。そこでは、データをどのように取得して何に用いるのかといった透明性と、積極的に説明をする姿勢がなくてはなりません。

 

人事に蓄積されたデータを活用し、組織横断型で人事変革を実現

人事に蓄積されたデータを活用し、組織横断型で人事変革を実現

 

——HR 3.0を実現するためには、どうしたらよいのでしょうか。

課題としてよく聞くのは、上長に「データ・サイエンティストになりたい」と相談すると「そんなことよりまず目の前の業務に励んで一人前になってから」と言われてしまうといった話です。スキル・サーベイ(調査)やキャリアに関する面談などを行う会社は多いですが、そこで書いたり話したりした内容が利用されず、社員のキャリア見直しなどに用いられなければ、形骸化してしまい、社員も適当に捉えるようになってしまいます。その結果、離職にもつながってしまうでしょう。

IBMの例になりますが、これから伸びるであろう分野に関連する業務、IBMの事業戦略において必要とされる業務などは社内サイトで明示されています。たとえば「データ・サイエンティスト」を選択すると、それはどのような人材か、どのような成果が求められるかといった詳細を知ることができます。

そして、ラーニング用のプラットフォームでは、現在の業務、研修履歴、取得している資格などをもとに、今後データ・サイエンティストを目指すのであればどのような学びがあなたに必要なのか、パーソナライズされたレコメンデーションが表示されます。目指すキャリアに必要なスキルとそのスキルを獲得するための学びの機会が分かるため、それらをもとに1人ひとりが学習計画を作成し、キャリアを開発していくことができるのです。

膨大な人事データを蓄積している企業や、ラーニング用のプラットフォームを導入している企業は少なくないはずです。それらを有効化することで、人材を活かす仕組みを構築することができるのではないでしょうか。

 

——人事に関するデータはすでに自社内にあるけれども、現状ではうまく活用されていない企業が多いということですね。

はい。一般的な企業であれば、社員一人ひとりのこれまでのキャリアや面談シート、上長の評価コメントなど、かなりのデータを蓄積しているはずです。しかし、ほとんどが活用できるデータとはなっておらず、溜め込んで使えていない状態です。

さらに、日本企業に多いメンバーシップ型人事では、人事担当者自身も異動していきます。つまり、ナレッジが蓄積しづらく、異動の都度「どうなっているの?」と振り出しに戻ってしまいがちです。その結果、なぜこの社員が異動になったのか、なるのかを誰も説明できません。これでは、社員の動機付けに繋がりません。

これも蓄積しているデータを活用することで解決されるでしょう。異動の理由をロジカルに説明したり、キャリア開発に役立てることができます。その結果、社員に納得感が生まれるだけでなく、「自分の能力を見込んで配置してくれたのだからがんばろう」といった意識が芽生えます。当然、エンゲージメント向上も期待できます。

 

——とはいえ、そのような変革を人事だけで進めるのは難しいのではないでしょうか。

その通りです。人事変革は、経営層はもちろん、人事と現場が連携して初めて実現できるものです。企業全体で人を活かす人事モデルを作っていかなくてはならないのです。

先述したように、HR 3.0でも重視される適材・適所・適時・適量を最適化するためには、現場マネージャーに人事権を委譲する必要が生じるかもしれません。さらに、経営層と現場のマネージャーをつなぎ、事業戦略に基づいた人事戦略を構築・運用する「Human Resource Business Partner(HRBP)」の存在も必要です。そのためには、経営層が率先して環境を整える必要もあるでしょう。

 

諦めていた課題を、テクノロジーによって解決する

 諦めていた課題を、テクノロジーによって解決する

 

——人事変革の成功に向け、IBMはどのような支援を行っていますか。

 IBMは、これまでの支援実績のみならず自社での経験も踏まえ、それぞれのお客様にとって、どのような人事モデルが有効かご提案するだけでなく、すでにお客様に導入されているシステムや仕組みを活かしながらHR 3.0に向けたアプローチをご提案することもできます。

その過程においては、社員のエンゲージメント向上や収益性において大きな効果を上げているデジタル先進企業など、そこからの学びや示唆を正しく理解し、自社への適用を検討することもご一緒できるでしょう。たとえば、レポート「HR 3.0へのジャーニーを加速せよ」では、そのような先進企業の取り組みからの学びを整理し、10のアクションを提言しています。自社が今一番困っている事柄について先進企業がどのような取り組みを行い、どれだけの効果を上げているかなどをご覧いただくことで、自社の方向性を定めるきっかけになるはずです。

私たちは、これまで諦めていた人事課題を、デジタル・テクノロジーによって諦めずにクリアするための支援を提供しています。しかし、システムを導入すればすべてが解決するというわけではありません。重要なのは、人が100日かかってもできないことを、AIやテクノロジーが1日で可能にした後、その先で何をするのか。つまり、未来への展望です。どのような未来が描けるか、私たちはお客様と共創し、これからの時代に適応した人事変革を目指します。