S
Smarter Business

「コンタクトセンターからマーケティングセンターへ」、未来を見据えたANAのDX

post_thumb

藤本 礼久

藤本礼久 氏
全日本空輸株式会社
デジタル変革室
サービスプラットフォーム部 部長

入社以来、システムに関わる開発運用・契約業務などを経験後、営業部門にて路線管理や販売業務を実施。その後、IT関連会社の経営企画やANAのIT中期戦略を担当。2016年度より現職。

上川 陽一

上川陽一 氏
ANAシステムズ株式会社
次期コンタクトセンタープロジェクト
プロジェクトダイレクター

全日空システム企画入社。国際線座席管理、国内線旅客系、ウェブ販売など旅客系システムを中心に開発・運用を担当。2017年、次期コンタクトセンタープロジェクト発足時に現職へ着任。

佐々木 剛史

佐々木剛史 氏
全日本空輸株式会社
マーケティング室業務推進部 営業サポート企画チーム リーダー

エアーニッポン株式会社入社。国内線営業や客室乗務員部署を経験後、ANAにて国内線営業、CS企画部署にて改善サイクルや品質指標管理、レベニューマネジメント部署にて路線収入責任者を担当後、2019年度より現職。

戸田 ゆみこ

戸田ゆみこ 氏
ANAテレマート株式会社
営業サポート室業務サポートチーム リーダー

ANAテレマート株式会社入社、予約・案内センターにてスーパーバイザーに従事。2010年にANA出向、国内線の旅客規定および予約発券システム開発・運用を5年にわたり担当し、帰任。2020年度よりNon-Voice(メール・チャット)によるお客様対応を行う現部署に着任。

管野 正人

管野正人
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
流通コンサルティング 理事・パートナー

新卒でPwCコンサルティングに入社。流通業界のお客様を中心に、コンサルティングサービスの提供およびシステムデリバリーに従事。現在も、主に流通業界のお客様のビジネスをご支援。本プロジェクトにはIBM側プロジェクト総責任者として参画。

端保 孝洋

端保孝洋
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
流通セクターデリバリー
シニアプロジェクトマネージャー

新卒入社以来、流通業界全般(輸送、旅客、小売、卸、消費財メーカー)のお客様を中心に、コンサルティング、システム設計・開発、運用保守案件に従事。本プロジェクトには統括プロジェクトマネージャーとして参画。

永瀬 芳隆

永瀬芳隆
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
セールスフォース・プラクティス
マネージング・コンサルタント

製造業や金融業を中心に、各種システムのデリバリーを経て、Salesforce案件に従事。主にコンタクトセンター案件を手がけており、本プロジェクトにはCRMチームリーダとして参画。

 

「今まで以上にお客様に寄り添った対応を実現するために」――2020年春、全日本空輸(以下、ANA)がコンタクトセンターのシステムを刷新し、CRM(Salesforce、セールスフォース)と音声インフラ(AVAYA、アバイア)を導入した。大規模なプロジェクトで、規模を考えれば18カ月という短期間だったが、システム部門(ANA デジタル変革室とANAシステムズ)およびユーザ部門(ANAマーケティング室とANAテレマート)の連携により、ANAが構想するデジタル変革の“フェーズ1”を無事に完遂させた。

そこにあったのは、1日平均2万件以上のお客様の声を可視化し、コンタクトセンターをマーケティングセンターへと進化させたいというANAの想い。そのデジタル変革を陰で支えたのはIBMだ。この大プロジェクトはいかにして成功したのか。ANAとIBM、3つの対話から舞台裏に迫る。

1つ目の対話では、全日本空輸株式会社 デジタル変革室 サービスプラットフォーム部 部長の藤本礼久氏と、日本IBMの管野正人氏が、本プロジェクトの全体像を話し合った。

2つ目の対話では、ANAシステムズ株式会社の次期コンタクトセンタープロジェクト プロジェクトダイレクターの上川陽一氏と、日本IBMの端保孝洋氏が、本プロジェクトのシステム面について話し合った。

3つ目の対話では、全日本空輸株式会社 マーケティング室業務推進部 営業サポート企画チーム リーダーの佐々木剛史氏、ANAテレマート株式会社の営業サポート室業務サポートチーム リーダーである戸田ゆみこ氏、日本IBMの永瀬芳隆氏が、コンタクトセンターの現場視点で本プロジェクトを語った。

3つの異なる立場から見えた課題や成果を縦軸に、ANAとIBMの会社間、ANAホールディングス内の会社間・部署間でのコミュニケーションを横軸に、大規模プロジェクトとなったシステム刷新を振り返った。

 

対話1:システム刷新を成功に導く全体構想力と、推進力の源とは
ANA DX室 藤本氏✕IBM 管野

(1)システム刷新に至った背景、課題、概要

――企業においてデジタル変革の必要性が叫ばれる中、ANAが今回システム刷新をされるに至った背景を教えてください。

藤本 大きく3つあります。1つ目は、以前使っていたシステムは、多様化するお客様からのコンタクトチャネルに対して、新規チャネルの追加やサービスツールの導入に時間やコストがかかっていたこと。また、コンタクトセンターは日米の4拠点あるのですが、別々のシステムを使っており、さらにメール用・電話用のシステムが統合されておらず、お客様のコンタクト履歴などの情報データが分散し、連携が取れていない構造だったこと。つまり、新技術に迅速かつ柔軟に対応し、コンタクト履歴をシームレスに活用できる基盤づくりが必要だったこと。

2つ目は、お客様の声情報を分析し、マーケティングやサービス開発、オペレーター業務の効率化に有効活用できる基盤づくりが求められていたこと。

3つ目は、国内の電話基盤としてINSネットを使っていたのですが、2020年3月にサービスが終了することと、機器が老朽化していたことから、お客様との接点業務において事業継続リスクが発生する恐れがあったこと。この3つが今回の実施の背景になっています。

管野 一般的に、コンタクトセンターのデジタル変革というと「いかにコストを下げるか」がメインとなることが多いのですが、ANA様はコストも考慮しつつ、お客様の声を経営に最大限活かしていきたいという視点をお持ちで、「コンタクトセンターからマーケティングセンターへ」という目標を掲げていました。これはとてもいい言葉だなと思いました。

――実際に行ったシステム刷新の概要はどういったもので、どのような成果を得られたのでしょうか。

藤本 1つ目は、サービス品質の向上です。システムが複数に分かれたCRMをクラウドベースに統合することで、お問い合わせの特性に応じてコミュニケーション手段を確保するマルチチャネルと、チャネル別になっていたお客様への対応履歴の統合管理を実現しました。

2つ目は、運営の効率化。チャットボットやFAQの自動表示など、お客様あるいはオペレータのセルフヘルプのコンテンツや支援ツールを拡充しました。

3つ目は、マーケティング機能の強化。お客様のお問い合わせの声をリアルタイムでテキスト化したり、データのマイニングをかける機能を音声基盤の上に乗せたりすることで、お問い合わせ履歴を活用して分析した結果を提案型のオペレーションに活かしています。

3つそれぞれについて成果が出ています。特に、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナウイルス)の影響でお問い合わせ数が非常に多くなったのですが、チャットボットでお客様が解決方法へとたどり着くことも含めて、1週間で約6万件あったお問い合わせに新しいシステムでしっかり対応できています。

(2)成功につながったコミュニケーション方法

――今回のシステム刷新は大規模なプロジェクトで、ANAグループの中でも複数の会社・部門が携わっていました。コミュニケーションのハードルが上がる中、どのように取り組んでいったのでしょうか。

藤本 ポイントは3つあります。1つ目は、プロジェクトの目的の共有をしっかり図れていたこと。今回、「既製服に体を合わせる」すなわちパッケージに業務を合わせることが一つのポイントになっていました。今後市場に提供される新サービスを迅速かつ柔軟に取り入れていくためには、あまりカスタマイズすべきではないですし、2020年3月までにプロジェクトが完了しなければならないという大きな命題もありましたので、パッケージの標準機能を使って工夫していくことを、業務部門の意識改革やプロジェクトマネジメントの上で徹底しました。

2つ目は、経営層を巻き込んだステアリングコミッティ(プロジェクトの運営を行う運営委員会)を設置したこと。プロジェクトの位置付けを重くし、各組織の役員クラスがステアリングコミッティに参加したことにより、進捗確認と合わせて、そこで発生している課題について迅速な意思決定と対策ができました。

3つ目は、コンティンジェンシー・プラン(不慮の事故が発生した場合の緊急時対応計画)を発動する時期と基準を、各部署間でしっかりと握っていたこと。不慮の事態を回避するためにIBMからいろいろな提案があり、ユーザーとの画面共有や業務手順を確認していただいたり、性能要件を満たしているか疑似環境で検証していただいたりして、タスクの重要性に関してきちんと認識の統一が図られていたことが大きな成功ポイントだったと思っています。

管野 目的が共有されていたことは大きいと私も思います。「既製服に体を合わせる」という大命題をキックオフの時点で打ち出していただいたため、それ以降の細かい要件を決める場でも「既製服に体を合わせるのですよね」というコミュニケーションが可能となりました。

もう一つは、キックオフのときにANA様のプロジェクト責任者である三浦(明彦)常務が「プロジェクトの成功要因はコミュニケーションによるところが大きい」とおっしゃっていて、各階層においてもコミュニケーションを重要視していました。そのため、信頼関係が崩れるときに起こりがちな無駄なコミュニケーションが非常に少なく、我々の報告に関しても「本当にそうなのか、証明してほしい」といったことは言われずに信頼していただけたので、限られた時間の中でもうまくいったと考えています。

(3)パートナーとしてのご支援と“フェーズ2”の全体構想

――ANAがパートナーとしてIBMを選んだ理由をお聞かせください。

藤本 今回のプロジェクトは大規模かつ短期間だったので、既存のベンダーではない会社にお願いすることに実は不安の声もありました。しかし、過去においてもIBMは弊社の大型開発案件にご対応していただいており、ANA流の開発方法や意識すべき点をしっかり理解いただいております。加えて、今回のCRMで導入したSalesforceとAVAYAについても、大手金融機関や流通企業でコールセンターを構築した実績をお持ちでした。

そして、管野さんをはじめ営業の方々やプロジェクトメンバーのみなさんが今回のプロジェクトの特性をよくご理解いただいており、推進方法ついて適切なご提案をいただき、また「必ずやりとげる」というコミットメントが非常に強かったので、信頼してお願いしました。結果としてこれだけのものを導入いただいたので、非常に感謝しております。

管野 Salesforceであれば、米IBMはBluewolfというSalesforce導入において多くの実績を持つベンダーを買収していたこともあり、そういった点を丁寧にお見せしたことが信頼につながったように思います。

また、ANA様、ANAシステムズ様、ANAテレマート様から積極的に情報提供のお時間をいただけたことが、我々にとってはありがたかったです。我々は“イノベーションを一緒に起こしていくパートナー”として認識していただけたのではないかと思っております。

――今後さらなるデジタル変革の役割をどのように考えていらっしゃいますか。また、戦略を設計する際、IBMに期待することはありますか。

藤本 ANAではデジタル戦略を中長期的に立てています。お客様に対して新たな付加価値や新しいサービスをつくる一方で、社員の生産性をさらに上げていきたい。今春は新型コロナウイルスの影響でお客様の需要が劇的に落ち込んでいますが、一段落して需要喚起策を行う上では、お客様のニーズの本質をどう捉えるかが重要になります。今回、お客様の声を分析できる音声基盤の環境をつくりましたので、うまく活用したアプローチを行っていきたいですね。その上で、AIやコグニティブの技術を使ってサービスをどう向上させるか、業務の高度化にどう対応していくか、今後“フェーズ2”もIBMのお力をお借りしたいと考えています。

管野 お客様が社内にお持ちのデータおよび社外のデータを掛け合わせてどう価値に変えていくかだと考えています。そのためにAIなどを活用し業務を高度化していくとともに、それを実行するための人材育成やスキル獲得も必要です。そのために考え方も変えていく。こういった一連の変革を我々はデジタルトランスフォーメーションと捉え、サポートしていきたいと考えています。ANA様は自社でかなり進んだ取り組みをしておられるので、IBMとしてはANA様のフェーズに合わせて最適なものを今後もご提供していきたいと考えています。

 

対話2:失敗できないSaaS導入を、確実に実現した秘訣とは
ANAシステムズ 上川氏✕IBM 端保

(1)システム上の課題、選定の過程や基準

――今回のシステム刷新を遂行するに当たり、ANAの要件に対して、両社はどのようにソリューションを選定していったのでしょうか。

端保 ご提案時にANA様から数百件にわたる機能要件をいただき、一つひとつ認識を合わせました。その後、要件の実現性と導入規模を評価し、要件充足度と導入コストから候補となるソリューションの適合度を定量化しました。CRMに関してはSalesforceのService Cloud(サービスクラウド)が最適と判断してご提案させていただきました。

上川 ANAとしてはパッケージを導入したいという要件がありましたが、現行の業務で譲れないところを追加の要件として出させていただきました。パッケージでできることできないこと、できないことは別の方法でできるか、IBMの技術と知識を基にご提案いただきました。できるだけSalesforceの標準機能を使うことは前提としながら、落としどころを見つけていきました。

――Salesforceの中でもLightning(ライトニング)*というサービスを導入された理由は何でしょうか。

端保 当初はClassic(クラシック)をご提案したのですが、より新しく性能の高いLightningに要件定義局面で切り替えました。新しい技術のため実装経験が少ないという点は考慮しなければなりませんが、操作性の向上や今後の拡張性という観点でLightningは非常に評価されています。特に年3回のバージョンアップでより高い機能が組み込まれるという観点から、実装につなげました。

*Salesforce Lightning:生産性向上のために新たに開発されたプラットフォームで、従来のClassicと比べてインターフェース画面を柔軟にカスタマイズできる

――他にはどのような製品を導入したのでしょうか。また導入に当たって、IBMをパートナーとして選んだからこそ得られた利点はありましたか。

端保 音声基盤に関しては、PBX(企業などの内部に置かれた電話回線の交換機)、ACD(お問い合わせをどのオペレーターに振り分けるか管理する機能)、IVR(音声による案内でお客様の知りたい内容にガイドする機能)、CTI(受電情報をCRMに連携する機能)、CMS(生産性や応対状況などコンタクトセンター運営に関わるデータを集計・管理する機能)を構築するAVAYAと、通話録音基盤のNICE(ナイス)を導入。また、CRM、音声基盤とANA様の既存システムをシームレスにつなぐIBM App Connectというミドルウェアを導入しています。Salesforce Service Cloud含めIBMとしてはすべてのソリューションにおいてシステム構築の経験があります。さらにそれら複数のソリューションをインテグレートする大規模で複雑なプロジェクトのマネージメント能力、製品に関する課題が生まれたときに解決するスピード、技術力や体力を評価いただけたと考えております。

上川 IBMの導入実績や導入規模を考慮しました。また、いろいろな製品を組み合わせることに対してもきちんと行っていただけるという信頼のもと、お願いしました。

(2)大規模なプロジェクトを短期間でやり抜くことができた秘訣

――プロジェクト遂行において難しかった点は何でしょうか。また、それをどのように打開していったのでしょうか。

端保 やはり、期間が短かったことは最も難易度の高いところでした。打開策として、問題の発生はすぐサービス延期に直結してしまうので、課題が顕在化する前に、ANA様、ANAシステムズ様を含めてリスク管理と対応を行うようにしました。具体的には、まずSaaS(Software as a Service)という点でパフォーマンスを心配されていたので、できるだけ早く個別のパフォーマンス検証をできるように計画しました。段階的に検証する計画で、まずはサブシステム単位での検証、続いてサブシステム間での検証という形で進めました。

もう一つは、実際に使ってみて「想定と違った」などとならないよう、すべてができあがってから業務部門の方に検証していただくのではなく、SaaSの特性を活かし可能な限り早いタイミング、開発局面で操作し要件との適合確認をしていただきました。

この2点に限らずプロジェクト全体を通じて事前の検証タスクが多く、課題を先送りせずに通常の局面より先んじて計画、検証を実施しました。そういった先手を打つ対策に対して、ANA様もIBMもお互い前向きに進んでいこうとしたことがプロジェクト成功の上で大きかったと思います。

上川 おっしゃる通り、規模が大きく期間が短い非常にリスクの高いプロジェクトだったこと、後戻りが許されないというプロジェクトだったことで、フェーズごとに決めるものは決めて、みんなで合意していくことを大事にしていました。キックオフのときから「風通しのよいプロジェクトにしよう」と心がけ、各レイヤーのさまざまな管理者が決められることはきちんと判断して、決定のスピードを重視しました。各レイヤーでのコミュニケーションも大事にし、私や端保さんも定例会とは別にコミュニケーションを取りながら課題を話し合いました。変更管理も一つひとつ変更管理プロセスにのっとって全員で確認しながら、最後までやり続けました。

――システム刷新によってどのような成果を得られたか、システムの観点から教えてください。

上川 やはりクラウドパッケージを利用するということで、Salesforce Service Cloudのサービスが定期的に更新を受けられること、また、同サービスの技術者やユーザーが世の中に多く技術情報が展開されていることは、保守や運用面からみてもよかったと思います。

端保 自分たちでハードウェアやソフトウェアを持たずに最新のサービスの提供を受けられることでシステムのメンテナンス負荷が下がることは、今後のシステム運用を考えていく上でもよかったと思います。

 

対話3:現場メンバーを巻き込み、変革に熱量高く対応させる工夫とは
ANAマーケティング室 佐々木氏、ANAテレマート 戸田氏✕IBM 永瀬

(1)現場の社員が抱えていた課題

――今回、コンタクトセンターの現場におけるシステムはどのような点でアップデートされたのでしょうか。

戸田 電話、メール、チャットなどをすべて一元化してオムニチャネル化したことで、多様なコミュニケーションの形に対応できるようになり、お客様の対応履歴の活用も非常に柔軟になりました。

社内においても、これまではシステムが違うことで組織体を切り分けていたところがありましたが、教育スタイルもシンプルに一本化でき、コミュニケーターのステップアップもわかりやすいスタイルにシフトできる機会をもらえたと思っています。

――システム刷新について、コンタクトセンター現場でとまどいはあったのでしょうか。

戸田 今までのシステムはスクラッチ型(パッケージを使用せずゼロから新たにつくり上げるタイプ)で、10年以上活用していました。そのため、現場のコミュニケーターも切り替えて慣れることができるか、パッケージを導入して使いづらいことはないかという不安が、正直各所から聞こえてきました。

ただ、お客様側が多様なニーズを持っていらっしゃることを日々感じていました。また、ANAテレマートとしても「今までのような予約センターではなく、お客様との接点を持つマーケティングセンターになっていくのだ」という思いや、「お客様にワン・トゥー・ワンのアプローチをしていきたい」という思いを、それぞれが持っていました。

刷新を進めていく上で説明会を開くだけでなく、私たちはどのように生まれ変わりたいのかレイヤーごとにディスカッションを重ね、他社の事例を踏まえたワークショップなども行い、新しいシステムを肯定的に迎える機運を高めました。そんな取り組みもあって、非常にスムーズな導入となりました。

佐々木 これまでANAグループでは「予約センター」もしくは「コールセンター」という呼称を使ってきていました。ただここ数年、コンタクトセンターはお客様との重要な接点であるからこそ、しっかりマーケティングにも関わっていくのだ、その基盤になるのはお客様との日々のコミュニケーションなのだという認識が生まれていました。そのことが各コンタクトセンターのフロントラインにおいて深まっていたことは、土壌として大きかったと思います。

永瀬 IBMとしては、オンプレミスからSaaSに変わるため、基盤変更に伴う差異の情報をできるだけ早くお出しして進めました。例えば、これまでは電話の着信があればすぐに顧客情報が表示されていたのですが、インターネットを介してだとどうしてもワンテンポ遅れてしまいます。また、画面の操作に違いがあることも早い段階でお話しました。これらの情報を素早く吸収していただいたことと、みなさまの意識の高さが安定稼働につながっていると感じます。

一般的にシステム変更は、刷新するだけでなく、ユーザー様がどう活用していくかという視点が重要です。今回のプロジェクトではユーザー起点での取り組みがとてもスムーズでした。ANA様はこれまでもさまざまな変革を進めてきた企業なので、柔軟に対応できる力や土壌をお持ちなのだと実感しました。

(2)コロナ禍をうまく乗り切ることができた具体的な成功例

――コンタクトセンターの現場ではどのような成果がもたらされましたか。また、ANA社内ではどのような評価がされていますか。

戸田 リリースした直後から新型コロナウイルスに関連する対応で厳しい状況となり、なかなかきちんとした評価まではできていないのが実情です。ですが、お客様データの一元化が実現したので、お客様一人ひとりに対して深く理解し、的確なご提案やご案内をできる環境になったという実感があります。

問い合わせが激増したため電話がつながらず、電話の代わりにメールをくださったお客様に対しても、どのようにアプローチいただいたのかすぐにわかる状況ですので、スムーズな受け答えが可能な環境となりました。それはシステムのサポートで実現した部分ではありますが、最終的には私たち人間が対応している面もあります。これからも、ANAテレマート、ならびに米国のコンタクトセンターのメンバーで力を合わせ、お客様の体験価値の創造に貢献していきたいと思っています。

永瀬 我々もプロジェクトを進める上でリスク管理を行っていますが、新型コロナウイルスほどの大きな外的要因は想像していませんでした。この状況の中でANA社員のみなさんが業務を継続していくのは、大変なご苦労があると思います。

戸田 ひとえにシステムに問題がなかったことが救いでした。逆に、よくも悪くも慣れるしかありませんでした(笑)。“現場魂”と言いますか、お客様がお困りの状況だと「私たちが何とかしなければ」と現場の士気が非常に高まります。電話対応のメンバーからも「多数いただいたメールのお問い合わせから、お電話により迅速に解決できるものを確認して、急ぎ電話をおかけする対応ができないか」という提案があったりしました。一元的で使いやすいシステムに刷新されたからこそいろいろなアイデアが出ています。ピンチをチャンスに変えていく感覚です。

永瀬 すごいですね。プロジェクト期間中も、ピンチをチャンスに変えるというANA様の“現場魂”は実感していました。

戸田 最近はお問い合わせの状況が少し落ち着いてきました。ですので、「ダッシュボードを活用したほうがいい」「お問い合わせ状況を踏まえてマニュアルやFAQを更新しよう」「こういうテンプレを用意したほうがいい」などと、活発な意見交換をして盛り上がっています。

(3)現場が求める今後のDX像

――今後コンタクトセンターの現場で求められるデジタル変革の役割を、どう考えていますか。

戸田 ナレッジを自動表示する部分でのさらなるサポート強化をお願いして、お客様とのコミュニケーションの最適化をより磨いていけたらと思っています。また、音声のテキスト化を行うIBM Watson Speech to Textは、まだ一部の導入ですが、広げていきたいと思っています。そのことで、今後はお客様との通話内容の可視化も広く実現でき、サポートにおいてもいろいろな気付きがあることで適切なフォローを機敏に実現でき、組織としてもよりいっそう柔軟な取り組みができると思っています。

佐々木 グループ全体としてはお客様の声を可視化できることは大きな価値だと思っています。それによって、お客様への応対品質の向上はもちろんのこと、グループ全体のマーケティング力、さらには商品やサービスの品質向上につなげていきたいですね。

――デジタル変革の戦略を設計する際、IBMに期待することはありますか。

佐々木 この新型コロナウイルスに起因する混乱の中でもスムーズに移行ができたことはIBMの甚大なご尽力があったと感謝しております。今後もいろいろな場面でお知恵を借りる場面も出てくるのではないかと思います。

永瀬 IBMには、デジタル変革に取り組んでいるさまざまなプロジェクトがあります。そこで得た視点をお客様に提供し、お客様と共にシステムをつくっていくスタンスで、今後ともご協力していきたいと思っています。

*本取材は2020年5月にオンラインで実施したものです