T
THINK Business

生活者インサイトの“発見”で生活消費財を差別化、ライオンとIBMの挑戦

post_thumb
比留間 徹の写真

比留間 徹
ライオン株式会社コミュニケーションデザイン部
デジタルコミュニケーション開発室

 

2005年から広告代理店のメディア部門でECサイトの立ち上げに従事。その後、データ戦略部門でオンライン戦略、広告投資モデリング、およびデジタルテクノロジーコンサルティングを行う。2014年からは外資系コンサル会社にてリテール企業におけるデジタライゼーションPMO/BPOプロジェクトを実施。2016年よりデジタルリードエージェンシーとしてプレミアムカーブランドのプロジェクトを運営。2018年より現職。

若松 幸太郎の写真

若松 幸太郎
日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業
インタラクティブ・エクスペリエンス アソシエイト・パートナー

 

国内大手広告代理店、および国内大手通信会社のデジタルマーケティンググループにて、SP/O2O/ソーシャル/マス媒体を絡めた大規模プロモーション、オンラインキャンペーン、デジタルチャネルの戦略構築から施策実施、運用管理など、さまざまなデジタルマーケティングのプロジェクトを経験。デマンドジェネレーション領域については多くのプロジェクトを経験し、販売をゴールとしたマーケティング施策において、マーケティングから販売にいたるトータルの設計に基づいた活動を数多く支援。近年はマーケティングオートメーションを活用したデジタルマーケティング領域も強みとして、大手MAベンダーの日本法人立ち上げに関わり、同社取締役も経て現在に至る。

今、単にいい商品を作っているだけでは売れない時代だと言われている。特に台所用洗剤、オーラルケア製品、住居用洗剤などの生活消費財は、どの企業の商品も押し並べて品質が高く、「これがあるから選ばれる」という強い訴求ポイントがほとんどない。機能軸で差別化しようとしてもすぐに真似されたり、生活者に理解されにくくなる面もある。そこが生活消費財のマーケティングの難しさだ。

ライオンのマーケティングも、まさにこの課題に直面している。機能軸だけでは訴求できない現在、同社が目を向けたのは、各人の普段の生活行動に潜むインサイトだ。「なぜ人は歯みがきをするのか」「なぜ食器洗いをやりたくないのか」——こうした行動や思いを誘発する“何か”を抽出することで、新しいマーケティングコミュニケーションの軸を見つけたい。そんな思いで大規模なDMP(Data Management Platform:データ基盤)の開発を構想した同社は、その開発パートナーにIBMを選んだ。生活者インサイトのクラウドデータ基盤の構築・分析にIBMを選んだのはなぜだったのか、その取り組みは現在どのような成果を出しているのか。ライオン株式会社 比留間徹氏、日本アイ・ビー・エム株式会社 若松幸太郎氏が語り合った。
 

高機能製品から体験価値製品への転換

比留間徹氏の写真

——2000年以降生活者の好みは多様化の一途をたどり、今や市場全体を動かすような大きなニーズはなくなりました。特に生活消費財のような消費財は、機能や価格だけで訴求することが難しくなっていると言われています。こうしたビジネス市場において、これまでライオンさんが抱えていたマーケティング課題にはどのようなものがあるのでしょうか。

比留間 端的に言えば「難しい」の一言に尽きます。1つはマーケティング戦略の観点です。今話に出たように、生活消費財は車や家電と違って嗜好性が強いものではありません。加えて、各社のプロダクトのクオリティーも均質化しているので、機能軸では圧倒的な差別化要因が出にくいのです。例えばある衣料用洗剤について「白くなります」「よく落ちます」と訴求しても、他の製品も汚れ落ちが良いので、これをそのままアピールしても、当たり前過ぎてまったく響きません。

一方、コミュニケーション戦略も重要な観点です。世に流通する情報量が飽和する中、生活者個人が取得できる情報量も限界を超えています。そのため、企業からのメッセージをどのように市場へ届けるのかという問題が生じるようになりました。

つまり、ブランドや機能ではない、新しい「軸」をどう立てて訴求していくのかというマーケティング戦略と、メッセージをどう届けるのかというコミュニケーション戦略という、2つの側面で難しさがあるのです。

——これまで、そのような課題に対してどのように取り組んでいるのでしょうか。

比留間 生活における本質的な課題に対し、当社の商品がどのような解決策を提示できるのか、どう寄り添えるのかを軸にマーケティングのスキームを考えています。

例えば、オーラルケアの「NONIO」というブランドがあります。この商品では、10~20代の若者に対し、口臭予防をすることで良い対人コミュニケーションを築きましょうという提案をしているのですが、この年代はちょうどオーラルケアに無関心になる時期なんですよ。親の管理下から外れ、「歯みがきしなさい」と指導する役がいなくなるからなんですね。

その年代に「来るべき中高年世代に向け、歯を大事にしましょう」というメッセージは伝わりにくい。そこで対人コミュニケーションという軸を切り口に、オーラルケアの大切さを提案しているわけです。

私が担当していた、台所用洗剤の「CHARMY Magica」もそうです。油汚れがサラサラ落ちる、カレー鍋のような洗いにくい調理器具もきれいにする洗剤なのですが、この商品では「皿洗いが面倒という気持ちを楽にする」という軸で市場とコミュニケーションをしています。

実は、調査によると家事の中でやりたくないことのナンバーワンが「皿洗い」なんです。皿洗いは女性の役割になりがちですし、食事の時間が終わって家族団らんの時間を過ごす中、ひとりで黙々と皿洗いをしているのもつまらない。これが「皿洗いが嫌」という気持ちに隠れているインサイトです。

この商品には酵素が入っていて、漬け置きしておくと汚れが分解するため、その間に団らんに加わることができます。また、汚れが落ちやすいので面倒さは半減し、そうすると男性との家事分担も進むようになって、自分も家族と触れ合える時間が増えることになります。隠れたインサイトを軸に、こうしたコミュニケーションをしていくのが、我々の取り組みです。
 

アンケート調査では得られない生活者の真のインサイト

若松幸太郎の写真

——機能や価格ではなく、普段の生活に隠れているインサイトを掘り起こして、コミュニケーションの軸を組み立てているわけですね。そうしたインサイトを、どのように発見しているのでしょうか。

比留間 当社が運営しているオウンドメディア「Lidea」のコンテンツ消費状況を分析し、生活消費財に関心を持つ人はどんなテーマに興味を持っているかを洗い出しています。このほか従来から続けている取り組みで言えば、調査ですね。「30代の有職者女性をターゲットとした行動調査」や「30~40代でお子さまがいる女性に対するアンケート調査」など。

ただ、アンケート調査にはどうしても限界があるのです。それがインサイト取得における課題でした。

——アンケート調査の限界とは?

比留間 例えば皿洗いに関しても、こちらが聞くと「油汚れを落とすのが大変」という回答が得られますが、基本的に“聞かれたら答える”というものなので、言語化できないインサイトは出てこないんです。断片的な情報は出てくるのですが、それはインサイトというよりファクトです。

また、調査はバイアスがかかりやすいという側面があります。家事を好きな人は、家事全般にこだわりがありますが、その方の回答が代表的なインサイトかと言えば、そういうことはありません。これが調査の限界です。

若松 比留間さんやライオンの方々が目指しているのは、すでに顕在化している意見や意識している事柄ではなく、「生活の中では意識していないことだけど、普段の行動や振る舞いを誘発する何か」を捉えることなんですよね。こういったアンケートのような調査からは絶対に見えてこないのがインサイトです。

店舗やECで商品を購入する直前の“ラストワンマイル”で何を意識するかではなく、「歯をみがくことに対してどう思うのか」といった意見でもなく、例えば生活や家事の優先順位だったり、時間の使い方だったり、さらに言えば生活や人生における個人の価値観だったり、そういうさまざまなインサイトを得て、マーケティングやコミュニケーションの軸を作り、ゆくゆくは商品開発などにも生かしていきたい。多くの人が使う生活消費財で、従来のマーケティングのやり方では限界があるからこそ、「生活者インサイト」でトップ企業を目指している。私どもIBMも、そこに共感したのです。

比留間 ありがとうございます。目指す方向性を理解していただいたうえで、一緒にプロジェクトを進めていけるのは心強いです。
 

データから言語化できない人間の意識を捉えるAIへの期待

若松幸太郎と比留間徹氏の写真

——今お話にありましたが、ライオンさんでは、マーケティング活動、そして将来的には商品開発を含めた企業活動の基盤として「生活者インサイト」を捉えていくという目的の下、IBMと共同でDMP構築プロジェクトを進められています。このプロジェクトについて教えてください。

比留間 若松さんからのコメントにもあったように、毎日の健康や快適さの維持、衛生活動などの習慣にはどうしても義務感や面倒さがつきまといます。当社は、それをもっとさりげなく、楽しく、前向きなものにする“リ・デザイン”を実現したいのです。これにより、当社が掲げている「心と身体のヘルスケア」を実現していきたい。それには一人ひとりの生活に隠れているインサイトが不可欠です。

とはいえ、インサイトはどこにあるか分かりません。そのため今は、IBMの方々の協力を仰ぎながら可能な限り生活者のさまざまなデータを収集し、一人ひとりの価値観や生活の優先順位、大事にしていることなどを可視化できるかどうか、分析を繰り返している状態です。もちろん具体的な人物を特定することはありません。1つのIDにいろいろな行動を紐づけ、「個」としての生活様式を抽出できないか、トライしている最中です。

——具体的にはどのようなデータを活用しているのでしょうか。

比留間 デモグラフィックデータやジオグラフィックデータなどは当然基本として必要だとは思います。ですが今は、「このデータがあればうまくいく」ということはないので、定まった成功法則は今はありません。例えばSNSの発言データや好きなファッションカテゴリー、よく観るテレビ番組など、生活者の行動から生まれてくるデータであれば、何らかの示唆はあるはずなので、これからもできる限り多様なデータを集めていくつもりです。

——確かに、「このデータがあればインサイトが抽出できる」というものはありませんね。ではインサイトの可視化に当たり、IBMに期待するテクノロジーは何でしょうか。

比留間 期待しているテクノロジーはやはり、IBMさんが得意としているAIですね。AIに期待していることは2点あります。

1つは、人が言語化できない深層心理にある意識を、行動データや発話データから読み取る機能です。

もう1つは、因果ですね。「なぜそれが起こるのか」という因果の中核部分、これがインサイトだと考えています。「この事象が起こるから、AがA’になって、ある刺激があってBに変化して、そしてCからDになる」というつながりがAIによって見えてくるといいな、と思っています。
 

一気通貫でソリューションを提供できるIBMの魅力

製品の写真

——DMPプロジェクトでIBMをパートナーに選んだ理由を教えてください。

比留間 技術力、そして広い意味でのソリューション提案力、実現する力を総合的に評価しました。技術力で言えば、ワールドワイドで展開している一流のテクノロジー企業であることに加え、高いAI技術を持つことが評価ポイントでした。プロジェクトマネジメントの経験もリソースも、そしてアナリティクスのナレッジも豊富です。特にアナリティクスについては今回必要不可欠で、かつそれを具体的なシステムに落とすことができる点が決め手でした。

そしてソリューションの提案力や実現していくノウハウも期待できました。若松さんが所属している「インタラクティブ・エクスペリエンス」という部門には、開発やAIだけでなく、コミュニケーション戦略の立案・実行までを担える専門家が集まっています。DMPという具体的なIT基盤から戦略策定まで、一気通貫したソリューションを提供してもらえるパートナーということで、協力をお願いしました。

若松 インタラクティブ・エクスペリエンスは、顧客体験を優良化する専門部隊として、数年前にグローバルで立ち上がったブランドです。企業の事業成長を加速させるには、やはり経営の課題に寄り添っていくことが必要なので、我々のようなコンサルティング部隊がそのサポートに当たるわけです。

——インタラクティブ・エクスペリエンスにはどのような職種の方がいるのでしょうか。

若松 デザイナーやコンサルタント、エンジニアなどさまざまな職種が集まっています。コンサルタントと言っても、戦略、業務コンサルタントもいればマーケティングコンサルタント、アナリストなどさまざまです。デザイナーも、一般的なデザインを担当する者、ユーザーエクスペリエンスのデザインなど、いろいろな専門家が集まっています。

なぜ多種多様な職種が集まっているのか。それこそが、今比留間さんが話した「具体的なシステムに落とす」ために必要なことなのです。例えば「顧客体験を良くしたい」というふわっとした要件から、システムという物作りに関わるところまでをデザインし、具体的なソリューションに落とし込んでいく。そういう役目になります。

——プロジェクトが始まった時期、そしてこれまでの成果について教えてください。

若松 プロジェクトが本格始動し、要件定義が始まったのは2018年5月でしたよね。そこから2、3カ月かけて要件をまとめていきました。

比留間 そうですね。技術的な要件は挙げればキリがないのですが、「とにかく柔軟なアーキテクチャーであること」を重視しました。

ただ、このプロジェクトは「データを集めて分析する」という単純なものではなかったので、冒頭にお話しした「生活者インサイトの分野でトップになる」という大きな目標に向かって何をすべきか整理する必要があったのです。

そこで技術要件をまとめる前に、デザイン思考とアジャイル手法を活用してイノベーションを後押しするIBM Garageのコンサルティングサービスで、IBMさんをファシリテーターとし、デザインシンキングを適用したワークショップを開催しました。ここで「半年後または1年後にどういう状態でいたいのか」「そのためには何が必要か」といった事柄が整理され、目指す方向についてお互いに共通認識を持ち、結果としてより具体性のある課題や優先順位づけが整理できたのは非常によかったと思います。

若松 今の時代、これまでと違う分野からいきなり競合が現れることがあるほど変化が激しいので、ビジネスに対する取り組みもより柔軟に、時には既存の考え方や視点を取り払うことが必要なんですよね。

そして私たちも、ライオンさんが目指すことや、その先にいる生活者がどのような因果で行動しているのか理解しないと、今後の展開でずれが生じるリスクがあります。そこでお互いの認識や優先順位を明文化することで、それこそふわっとしたものが体系化され、具体的な準備に進むことができました。
 

目標はどこよりも生活者のインサイトに寄り添った企業であること

若松幸太郎と比留間徹氏の写真

——いわゆるITプロジェクトの要件定義とはだいぶ違いますね。

比留間 ファジーなものを扱うので、まず道筋の立て方から一緒にやらせていただいた感じです。そういう意味では、提案いただいたものをただ進めるだけのプロジェクトとは違います。

若松 根幹の部分だけは先に決め、細かい要件定義は走りながら進めていくというアジャイル型のプロジェクトです。

比留間 こういう分野のテクノロジーは、半年するとすぐ古くなってしまいますよね。個人的な意見ですが、私は古くなって身動きができなくなるより、常に一歩先を見て、最新のもので市場の声に柔軟に対応していく方がよほどいいと考えています。仮にそれで失敗しても、その時は仕方ないかな、と(笑)。

先ほどの話と重複しますが、IBMさんをパートナーに選んだ理由はまさにそこにあります。一緒に一歩先の未来を見て、「近い将来こうなるから、今これに取り組んでみよう」など、最新トレンドを見据えたアドバイスを期待しています。

若松 ありがとうございます。中長期的な視点でパートナーに選んでいただいているということで、その期待に応えたいと思います。

——具体的な成果はありますか。

比留間 明確にあります。データの中から人の気持ちが初めて抽出できるようになってきていますし、当社の商品のユーザーと競合他社のユーザーを比べた時、性格や価値観の違いが出てくるようになりました。そのインサイトをどう発展させるかはこれからですが、ファクトとして出てくるようになったのは大きな進歩です。

DMP自体も進化し続けているのですが、そのスピード感についても社内から評価されており、今後さらなる発展に向け、大きなモチベーションになっています。

——今後の方向性を教えてください。

比留間 まだこのプロジェクトは続きますが、2019年中盤からはDMPを社内に広く公開し、いろいろな意見をフィードバックしてもらうことを目指しています。

これから技術も進化していくでしょうし、現時点では想像できないような新しいテクノロジーも出てくるでしょう。ただ、そうしたテクノロジーを、「企業が自身の言いたいことのために使う」のではなく、商品情報なり生活の知恵なりその人に添った役立つ情報を提供し、生活に寄り添う企業として活用したいと考えているんです。IoTしかり、AIしかり。そして、どこよりも生活者のインサイトに寄り添っている企業になりたいですね。

 

 

IBM Alert Notification
スタッフがすべての重大な IT アラートの通知を受け取ることができます
無料評価版はこちら