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THINK Business

花王が進める経理DX。“インテリジェント・ワークフロー”で紙の請求処理から脱却

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上野 篤 氏

上野 篤 氏
花王ビジネスアソシエ株式会社
ビジネスサポートセンター
会計サービスグループ
部長


1988年花王入社。物流・工場数量管理・製造原価・財務のシステムを10年担当。化粧品販社への出向を機に、販売制度・売掛・EDIに従事し社内外での知見を広める。2006年に経営統合したカネボウ化粧品の業務統合、2011年受注売掛のBPOプロジェクトを歴任、2013年に花王の会計財務部門に戻り、中国グループ会社のBPO、経産省(中企庁)共通EDI推進、経理業務全般のDXに傾注。2018年から花王ビジネスアソシエ株式会社会計サービスグループ部長を兼務。次世代の経理SSCに向け奮闘中。

杉浦 まり 氏

杉浦 まり 氏
花王ビジネスアソシエ株式会社
ビジネスサポートセンター
会計サービスグループ
マネージャー


2009年カネボウ化粧品入社、子会社の月次決算業務を担当。2014年花王ビジネスアソシエ出向を機に、国内グループ会社の経費精算におけるバックオフィス業務に従事。2017年より働き方、業務プロセスの改革、ワークフロー効率化を推進。窮地に立つと、社会人から始めたバドミントン競技で培った負けず嫌いが機動力となる。

樋口 玲子 氏

樋口 玲子 氏
花王ビジネスアソシエ株式会社
ビジネスサポートセンター
会計サービスグループ
 


2004年カネボウ化粧品入社。2012年花王ビジネスアソシエ株式会社に出向。これまでルーティンワークで退屈していた折、2018年に初めてプロジェクト業務を経験し、クリエイティブな毎日が刺激となり自身の成長を実感。2019年東京に転勤し、今回のDAPプロジェクトで電子請求書受取の推進に取り組み、社内外のペーパーレス化でESG活動にも貢献。モットーは感謝の気持ちでいること。趣味は園芸、料理、塗り絵。愛猫家。

西垣 智裕 氏

西垣 智裕 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
コグニティブ・プロセス・オートメーション
部長/アソシエイト パートナー


公認会計士。システム監査技術者。監査法人において法定監査、株式公開、企業再編時のデューディリジェンス、内部統制導入コンサルティング、システム監査等に従事。日本IBMに入社後、 経理・財務領域における幅広い業務変革プロジェクトに従事。現在はコグニティブ・プロセス・オートメーションのプラクティスリーダーとしてAI、RPA、OCR等最新テクノロジーを活用したBPRのコンサルティングを推進している。

田代 幹樹 氏

田代 幹樹 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
コグニティブ・プロセス・オートメーション
シニア マネージング コンサルタント


日本IBMに入社後、システムズエンジニア、プロジェクトマネージャーとしてアプリケーションシステムの構築に従事。その後、経理業務領域を中心とした業務コンサルタントとして業務プロセス改革に幅広く従事。現在は、各種Automationテクノロジーを活用した業務改革プロジェクトに従事。

日本を代表する消費財メーカー、花王株式会社(以下、花王)。同社は数年前から経理業務のDXを推進し、デジタル化やBPOによる効率化を進めてきた。今回、さらなる効率アップを目指し、Digital Transformation of Account Payable(デジタルトランスフォーメーション・アカウント・ペイアブル/以下、DAP)プロジェクトによる自動化に取り組むこととなった。紙ベースだった支払いプロセスを、クラウド上での電子化をメインに、加えてOCR(光学文字認識)やRPAなどのテクノロジーによるデジタル化と自動化によって、効率アップだけでなく工程の可視化などの効果が得られているという。

IBMと協業して進めたこのプロジェクトは、自動化においてIBMが提唱する「インテリジェント・ワークフロー」をコンセプトとして、システムとビジネス・プロセスの両方から取り組み変革へとつなげている。

本稿では、DAPを進めた、花王の経理機能を担う花王ビジネスアソシエ株式会社(以下、KBA)ビジネスサポートセンター 会計サービスグループ 部長の上野篤氏、同グループ マネージャーの杉浦まり氏、同グループの樋口玲子氏、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)グローバル・ビジネス・サービス事業 コグニティブ・プロセス・オートメーション 部長/アソシエイト パートナーの西垣智裕氏、同部 シニア マネージング コンサルタントの田代幹樹氏に話を聞いた。

請求処理における大量のチェック業務や社員の高齢化という課題

——今回のDAPで取り組まれてきた経理処理の自動化、その背景にはどのような課題があったのでしょうか。

KBA杉浦:もともと取引先への支払いは全て紙ベースで処理していました。請求書を紙で受け取り必要事項を追加して回していくといったプロセスです。紙の情報を元に関係部門でデータ入力するため経理でのチェック業務が多く、どうにか削減したいと考えていました。また、働き方改革による業務時間の減少、現在深刻さを増している社員の高齢化と就労人口減少なども見据え、ガバナンスを強化しながら経理承認プロセスをどう回すことが望ましいのかという課題もありました。

そのため、花王として数年前から推進するDXでは、経理業務のデジタル化やBPOを進めてきました。今回その対象を、集約購買など着手しやすかったビジネス・プロセス以外のスポット取引などのプロセスにも拡大すべくDAPに取り組むこととなりました。

——それらの課題に対して、IBMと協業して解決を目指すこととなったわけですが、どのようなアプローチを取ったのでしょうか。

KBA上野:先に述べた課題と対象プロセスを鑑みて新しい業務システムの必要性を感じている折に、BPO導入でお付き合いのあったIBMさんから電子化と自動化のご提案をいただいたのです。

IBM西垣:課題を見据え、人が携わるプロセスを省力化するという観点から、そのビジョンを花王様と一緒に描きました。まず、紙がベースでは自動化はできません。入り口となる紙の請求書をデジタル化し、社内のビジネス・プロセスもデジタル化する、そのためにはどうしたらいいのか考える、といったことですね。

KBA杉浦:そうして立ち上がったDAPが目指したのは、支払い業務の自動化でした。取引先からクラウド上でデジタルの請求書をいただき、社内の関係部門がデジタル上で承認、最後の経理チェックはRPAを活用して最小人数で行うものです。

2019年2月にプロジェクトが立ち上がり、要件定義からスタート。現場の業務詳細をヒアリングし、社内プロセスの棚卸しから始めました。その結果、各部門によって紙の請求書の受取り方法や提出方法が異なっていることなどがわかったのです。対象となる部門は約60あり、人海戦術で尋ねて回りました。

IBM田代:要件を定義すると同時に課題の洗い出しを行いました。その上で将来の業務のあり方を決め、どのようにデジタル化のプラットフォームを適用すれば課題解決につながるのか、どのプロセスをOCRでデジタル化するのか、といったことを考えながらソリューションを選定していったのです。

PoC(概念実証)の実施に向け、ソリューションの検討に半年以上を費やしています。PoCでは、OCRを利用したりRPAを試作したりして導入イメージを動画にしました。OCRで処理をするというのはどういうことなのか、RPAで業務を動かす効果はどういうものなのかといったことを実際にお見せすることで、納得してプロジェクトを進めていただくことができたと思います。

現場の声をソリューションの組み合わせに反映させつつ、プロジェクトを推進

——PoCから本稼働に至るまではどのように進めたのでしょうか。

KBA樋口:私は2019年10月頃からプロジェクトに加わりました。すでにプロジェクトはスタートしておりましたが多忙を極める部長の代行としてプロジェクトマネージャー役を任されました。具体的には、本格導入へ向けた準備として、まずは社内への周知から始めました。その後、取引先へのご案内と同時進行で社内外の課題解決を行っています。

IBM田代:私たちは、その準備期間にシステムの組み上げを進めることはもちろん、花王様の社内説明会、取引先へのご案内も一緒に進めました。

出典:IBM

システムに関して言えば、プロトタイプを本番運用へアップデートするに当たり、会計システムと基幹システムを連携させる必要があるため、花王様のITチームとの協力は欠かせません。さらに、請求書電子化プラットフォームとAI-OCRの連携においては、それぞれのベンダーと協力して整合性を取りながら進めました。そのため、仕様を決めるためのコミュニケーションは重要だったと思います。

IBM西垣:システム構築に当たって箱を作るのは簡単ですが、そこに息を吹き込むことは簡単ではありません。現場の実務を私たちの想像力だけでカバーするには限界があります。関係する皆さんにご協力いただき、現場の声を聞いて調整を重ねました。

IBM田代:自動化におけるソリューションは多々ありますが、それをビジネス・プロセスに沿ったシステムとして組み上げるという部分は、私たちの腕の見せ所で重要な役割だと認識しています。一方で、今回のシステムは基本的にパッケージ(ソリューション)の組み合わせのため、本当はこうしたいがそこはパッケージの限界なのでできないという部分もあります。そのため、「このやり方で業務をやるようになります」という部分で花王様にもご協力いただかなくてはなりません。お互いの調整が重要であり、現場の方にもご苦労いただきました。

KBA樋口:2020年1月に導入を開始しました。最初はWave1として、お膝元であるすみだ事業場に属する部門と茅場町の本社に属する11部門でのスモールスタートとなりました。次のWave2では、残った花王本体内の部門を対象としました。Wave1とWave2で約半年ずつ、合計約1年をかけています。

丁寧に取り組んだ末、2015年比で約8割の請求関係書類の削減を達成

——現時点では、どのような成果が上がっているのでしょうか。

KBA上野:現時点ではWave2が終わって花王本体への導入が完了しています。数値として見ると、想定していた請求関係処理の約3割がデジタル処理できるようになりました。その結果、DAP実施前から進めていたDXと合わせて、毎月約6.4万件あった紙の請求関係書類が約1.1万件近くまで削減されています。2015年比で約8割の削減となります。これは間接材購買の集約や経費精算の効率化も合わせた成果ですが、一巡した今では対象の中でもハードルが高いといころを進めている状況です。

KBA樋口:定性的な成果としては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)の影響で強いられたテレワークをスムーズに実現できたことが挙げられます。Wave1が終わり、Wave2の準備に入った段階で新型コロナウイルスの影響が本格化したのですが、Wave1でデジタル処理に移行しているものについては全てテレワークでデジタル承認できました。社内外の経理担当者の皆さんの感染予防に貢献しているのは副次的な成果ですが、極めて大きな役割を果たしているとの評価を得ています。

——効率アップも実現されているということでしょうか。

KBA樋口:はい。紙での処理の場合、担当者は請求書を受け取ってからサインして上長に回します。その際、上長が出張中だったり、違う事業場にいたりするとプロセスが一旦止まります。社内便を使って事業場を行き来し、最後に経理ルールに沿った厳重に鍵がかかったバックで経理に到着したころには3〜4日かかってしまう。まれに、担当者や上長の未決ボックスで処理が滞ったり、紛失したりするなどのトラブルも発生します。

一方で、デジタルなら急げば1時間程度で処理を完了することが可能で、今どのプロセスにあるのか検索することもできます。KBAではバックチェックもしているので、どこで処理が止まっているのかが直ぐにわかります。効率アップだけでなく、処理状況の可視化も大きな成果です。

経理でのチェック業務もRPAを活用してシステムを組み立てているため、自動化・省力化につながっています。実際、人が携わるチェック業務はかなり削減できました。今後、IBMさんにアウトソーシングしているチェック業務も内製化しようとしているのですが、そのためにはRPAによる自動化が不可欠でしょう。

——これまでの取り組みで難しかった点、工夫された点があれば教えてください。

KBA樋口:ここに至るまで、簡単ではありませんでした。取引先への最初の案内は、ベンダーから請求書電子化プラットフォームの案内書類を一斉発送してもらったのですが、花王からのお知らせとわからない外見の封筒だったので開封いただけないケースも発生したようです。反応は3分の1ぐらいの取引先で、「これは難しいな」という印象からのスタートでしたね。そこで、取引先一社一社へ「お願いします」と電話やメールでご案内しました。

さらに、今回のプロジェクトの主なお相手は、継続性がなくスポットでお取引させていただいていたため、この取り組みに同意してもらうのはハードルが高かったと思います。私たちのような経理は普段、取引先と直接話すことがなく、最初はどう話していいのかわからないというレベルで……恐る恐るでしたね。もちろん、「自社のシステムがあり、花王だけ別のシステム(請求書電子化プラットフォーム)で請求書を発行するという特別対応は難しい」というお声もありました。そちらも、IBMさんからいろいろとアドバイスをいただきつつ、どのようなプロセスで請求書を発行しているのかなど相手方の事情をお聞きして丁寧に進めました。

IBM田代:DAPは、取引先とのビジネス・プロセス全体に適用して初めて効果を発揮します。ご案内を差し上げて終わりではありません。ご案内して反応がなければお電話をして、それでも先に進まなければ、一緒に請求書を発行してみましょうと進めていく必要があるのです。一応、「こういう時にはこう答えましょう」といったマニュアル的なものは作っていました。それでもマニュアルに書ききれないことはたくさんあり、丁寧さと根気強さが必要です。これは花王様だけでなく、どの企業も直面する課題であり、この姿勢を軽視して変革は望めないと思います。

インテリジェント ・ワークフローで実現する人とテクノロジーの協業

——今回のDAPにおけるIBMのサポートについてお聞かせください。

IBM田代:今回のデジタル化のベースとなるソリューションは、請求書電子化プラットフォームというパッケージで、花王様の内情に合わせてカスタマイズするなど細かな変更を加えることができません。つまり、花王様がシステムに合わせる必要のあるプロセスが発生するのです。また、取引先への説明会も何度か設けて丁寧に説明してきました。私も同席して講師へのフィードバックを行っています。新型コロナウイルスの影響が生じた後はオンライン開催へ移行しました。

RPAをどのプロセスに適用するのかも重要でした。ここのチェックはRPAに任せる、こことここのシステム連携はRPAでつなげる、一方、ここは人の判断に委ねるなど、人とRPAの役割設計の検討を重ねました。RPAが得意とするのはデジタル化され、かつルールベースで実行できるプロセスです。たとえば、請求書はデジタル化できても添付書類はデジタル化できません。請求書のチェックはRPA、添付書類のチェックは人といった具合ですね。その結果、人が請け負う請求書関連のチェック項目は8割程度削減されました。

IBM西垣:IBMはエンドツーエンドでビジネス・プロセス全体を変革する「インテリジェント・ワークフロー」を推進していますが、花王様の取り組みはまさにこれに当てはまります。インテリジェント・ワークフローによる業務変革では、人とテクノロジーの協業という観点が重要です。今回のプロジェクトにおいても、ビジネス・プロセス全体を俯瞰して、どうすれば最も省力化できるのか、そのためにテクノロジーをどう活用できるかの検討を重ねてきました。

——ここまでを振り返って、今回のプロジェクトはいかがでしたか。ご感想をお聞かせください。

KBA樋口:プロジェクトはKBAから5人、加えて、IBMさんのサポートというメンバーで進めてきました。私自身は大阪から転勤してきてプロジェクトマネージャー代行を任されたのですが、IBMさんの適切なアドバイスをいただきながら、信頼関係を持って取り組める環境でした。実際の業務においては当然、大変なことや辛い時もありましたが、アドバイスを求めることができる人がいるという安心感は大きかったですね。世代も立場も違うメンバーでしたが、そのような安心感を背景に頑張ることができました。

KBA杉浦:樋口がプロジェクトに加わりマネージャーとして先頭に立ち、IBMの田代さんには常駐いただき、その進みは加速しました。プロジェクト自体は樋口が加わる前からスタートしていましたが、振り返ると、樋口とIBMの皆様の存在なしにはここまでの成果はなかったと断言できます。私自身は、最初、IBMさんにプロトタイプを見せていただいた時に、実現したら仕事のやり方が良い方に変わるだろうと期待した反面、本当に自分たちがこれを使えるようになるのかと半信半疑でした。今は日常的に使いこなしていますね。変革は丁寧に進めれば実現できると実感しています。

DXジャーニーの歩みを進めるため、求められるテクノロジー活用

——最後に、今後の展開について教えてください。

KBA樋口:2020年は花王本体を対象として、Wave1とWave2を実施しました。続く2021年はWave3として販売系のグループ企業4社への導入を進めます。取引先の数も増え、花王本体では約1300社でしたが4社で約3000社の見込みです。当該企業側の管理部門でプロジェクトチームを組んで、私たちがこれまで花王本体のDAPで培ってきた知見を引き継ぎます。さらに、2022年1月にはWave4として、カネボウ化粧品など請求関係書類の点数が多いグループ企業へも広げていく予定です。

——今以上のテクノロジー活用、たとえばAIの導入などもお考えでしょうか。

KBA樋口:IBMさんよりAIのお話を聞いて、予算が許せば取り組みたいですね。BtoBプラットフォームはパッケージで、私たちに合わせて作られている基幹システムと比べると使い勝手が劣ることは否めません。そういう部分をAIで補うことができればと考えています。たとえば、「ここが未入力です」とか「前回はこのように処理していました」といった誘導や示唆ができるといいなと思っています。

IBM西垣:AIは今後、難しいと考えられてきた「判断」の分野でも適用できるようになるでしょう。たとえば仕訳作成時の勘定科目の自動提案などですね。将来的には、人にもAIにも難しいとされている未来予測やデータ分析まで網羅すると思います。DXはジャーニーです。テクノロジーの適用拡大に合わせて、皆さんと一緒にどう活用できるのか、どのように業務を高度化できるのかを考えていきたいです。

KBA杉浦:こうしたい、これができたら……というのは、日々の業務においてもたくさんでてきますよね。IBMさんとは、私たち経理はもちろん、業務課題を抱えている他部門でも知見をいただけるようなお付き合いができればと思います。