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【事例】ブロックチェーンで生産から消費まで「食のサプライチェーン」を可視化する

ブロックチェーンは仮想通貨の基盤技術として注目を集めてきたが、今、「取引データを追跡(トレース)できる」といった特性を活かし、食品流通分野での適用が期待されている。その狙いと効果は、どのようなものか。米国ウォルマート事例から、食品サプライチェーンのデータをトレースすることで得られるメリットを紹介する。

「その食品はどこから来たのか?」に答える食のトレーサビリティー。どうすれば実現できるのか。
(Photo/Getty Images)

 

サプライチェーン全体が見えなければ、フードロスにつながる

食品業界にとって長年の課題は、「食の安全性確保」や「流通経路の透明性」である。世界では10人に1人が食中毒にかかり、毎年42万人が死亡している。消費者の25%しか食品流通システムを信頼しておらず、ゆえに90%以上が食品の透明性を提供するブランドに高いロイヤリティーを感じているという。

食品業界は、デジタル化が遅れている。80%の食品メーカーは、まだ紙ベースで、とても非効率な業務をしている。たとえば業界をまたがったサプライチェーン全体で見ると、出荷した生鮮食品、いわゆる果物や野菜の3分の1が消費者に届く前に劣化し、破棄されるという「フードロス問題」を引き起こしている。さらには、非効率な業務による不要なコストの発生も課題となっている。

 

「食」の問題は、人命にも関わるセンシティブな側面があると同時に、一方で、世界的にフードロスという社会問題が喫緊の重要課題になっていることに目を背けてはならない

また、「風評被害」の課題もある。2006年に米国で起きたホウレン草汚染は、米国本土で回収騒動が起き、その後、6年以上にわたり影響が出てしまった。日本でも2017年に集団食中毒によって幼児が死亡し、その食品を販売した小売店は廃業に追い込まれた、というニュースは記憶に新しい。「食」の問題は人命にもかかわるため、対応を誤ると企業の存続さえ脅かしかねない。

そこでいま、「ブロックチェーン」というITテクノロジーを活用して「食」の安全を守っている企業が存在する。その事例について詳しく見ていこう。 
 

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サプライチェーン全体の可視化が重要に

牛肉のサプライチェーンをみると、牛は仔牛農家(繁殖牧場)から飼育牧場に送られ、その後パッカーで解体・加工・卸しが行われ、BOX業者でチルド・保存される。ここから国内や海外の物流センターに渡り、加工工場で製品化され、店舗などへ配送される。その間に、各業者は品質の担保など、管理すべき項目について第三者認証を取って信用を担保しておく必要もあるだろう。

北米の大手ハンバーガーチェーンでは、パテを冷凍からオーガニックのチルドに変えた。その結果、70日の保存期間が14日に短縮された。当然ながらサプライチェーンの各プロセスも短くなっていく。

もしも、どこかのプロセスで材料が滞留すると、それがボトルネックとなり、次々と後続プロセスで遅延が起きてしまう。結果、賞味期限が短くなり、フードロスを引き起こしやすくなる。配送業者も、配送の各プロセスにおけるエビデンス(証拠)を担保できないと責任の所在が不透明になり、遅れた原因に対して、言われなき責任を押し付けられる可能性が発生する。

こういった課題を解決するには、商品の来歴がわかる「厳密なトレーサビリティー」と「サプライチェーン全体の可視化」、さらに「証明書の管理」が必要だ。これらに信頼性を与えてくれるのが、いま注目を浴びているブロックチェーン技術である。

では、なぜブロックチェーンが信頼性を担保できるのか。ブロックチェーンが食品業界の価値を高められる理由を見ていくことにする。

 

米ウォルマートで実証されたブロックチェーンの技術

ブロックチェーンは、ネットワーク内で発生した取引記録を1つの「ブロック」とし、時系列にチェーンのようにつなぎ、すべての参加者が、同一の“台帳(取引記録)”を分散システム上で共有するものだ。

ブロックチェーン技術の活用によって、従来、数日を要した業務処理が数時間、数分、数秒といった単位で完了するなど、処理の自動化が可能となり、中間業者の介在を省いてコスト削減にもつながると期待されている。

世界最大手の小売企業である米ウォルマートは、ブロックチェーン技術を利用することで、食の生産地から小売店舗の棚に並ぶまでの仕入れルートをトレースする実証実験を行った。

同社は、2016年10月に中国市場で実証実験を開始。当時、中国では豚肉が不足し、密輸と偽装の問題が起きていた。これをブロックチェーン技術活用による新しいトレーサビリティー・プラットフォームで解決し、大きな成果を挙げたのだ。豚肉に付けられた追跡コードを読み取ると、従来26時間もかかっていた情報の追跡が、数秒で完了したのである。

 

トレーサビリティー・プラットフォーム参加のメリット

この結果に大きな手ごたえを得た同社は、2018年9月に満を持して同社の取引先に対して、このトレーサビリティー・プラットフォームへの参加を依頼した。そもそも食のサプライチェーンは、国境を越えて複雑に絡み合っているため、ウォルマート単体では食のトレースを実現できない。

当初、ウォルマートは食の安全性を確保すべく、このプラットフォームを開発した。安全性を証明できないサプライヤーは、万が一汚染などの問題が発生した場合には、市場に出回っているすべての商品を回収しなければならない。その手間とコストは莫大である。このことを考慮すると、農家、処理業者、物流業者など、サプライチェーンを構成するサプライヤーにもトレーサビリティー・プラットフォーム参加のメリットは数多くある。

トレーサビリティー・プラットフォームに自社の食品情報を提供すると、ブロックチェーン上で情報が記録され、それらがリアルタイムで関係者に共有される。そして、PCやモバイル端末から追跡コードを入力するだけで、サプライチェーン上の取引を迅速にトレースバックすることができる。

 

こうしたトレーサビリティー・プラットフォームによって、前出のように、「食」の安全性という点では、秒単位で瞬時に商品を追跡でき、食品の汚染や中毒の拡散を防ぐことが可能になる。さらにサプライチェーン全体でデータを共有・管理できるため、エコシステム全体を最適化し、フードロスも最小限に留めることができる。

トレーサビリティー・プラットフォームへの参加は、こういった「守りのメリット」だけでなく、実は「攻めのメリット」として、食の付加価値を高めるという恩恵もある。小売企業は商品の新鮮さや鮮度をアピールできると同時に、証明書によって食品の由来や真正性を確固たるものとして、付加価値をつけたブランドとして販売できるからだ。

フランスの小売最大手のカルフールも同様に、同プラットフォームへの参加を表明している。同社の場合は、プレミアム プライベート ブランド商品の付加価値を高めるという狙いがあった。これまで同社は、1つの商品に関する諸般の手続きを200枚の書類で処理していたが、デジタル化によって効率化した結果、手戻りがなくなったという。このように、プラットフォームに参加することの意義は大きい。

そして、これらウォルマートが実現したトレースのしくみを支え、食の安全を守る一助となっているのが「IBM Food Trust(フードトラスト)」である。これは、IBMが提供するブロックチェーン技術を活用したサプライチェーン向け、特に食品業界に対応したITソリューションである。興味を持たれた場合は、「IBM Food Trust」の詳細をIBMサイト で確認してほしい。
 

 
※当記事は、Web「ビジネス+IT」に掲載されたものです。
 

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