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THINK Business

金融DXの鍵となるアジャイル開発。導入で生じる「3つの壁」を乗り越えるアプローチ

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中塚 房男

中塚 房男
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
金融サービス事業部
金融ソリューション・ストラテジー
シニア・マネージング・コンサルタント


金融系を中心として、プログラマーからプロジェクトマネージャー、アーキテクトまでシステム開発におけるロールを歴任。近年では金融機関におけるアジャイル開発体制の立ち上げや拡大に従事。Scaled Agile Framework® 5 Program Consultant(SAFe SPC)、PMI Agile Certified Practitioner(PMI-ACP)®、Project Management Professional(PMP)®。

瀬来 直子

瀬来 直子
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
ビジネストランスフォーメーションサービス
アジャイル・イノベーション部門
シニア・プロジェクト・マネージャー


金融・保険などさまざまな業界における基幹・情報系システム構築プロジェクトのプロジェクトマネジャーとして、提案から開発までをEnd to endで担当。2015年よりアジャイル開発を適用したプロジェクトの推進を行っている。Scaled Agile Framework® 5 Program Consultant(SAFe SPC)、PMI Agile Certified Practitioner(PMI-ACP)®、Project Management Professional(PMP)®、Certified ScrumMaster(CSM)®。

2020年、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)は「オープン・ソーシング戦略フレームワーク」を発表。さまざまな金融機関のお客様に、共創型のビジネスモデル変革支援をご提供しています。さらに、この枠組みの中で、専門家コミュニティ「金融デジタル開発CoC(Community of Competency)」を立ち上げ、お客様のアジャイル開発の推進もご支援しています。

デジタル時代のシステム構築において、繰り返し型の開発で価値を高めていく「アジャイル開発」の注目が高まる中、IBMでは一部の金融機関とアジャイル開発を行い、多様化するお客様のニーズに応えながら大きな成果を上げていく共創モデルを築いています。

本稿では、金融機関にとってなぜアジャイル開発が必要なのか、どのようなサービスにおける開発で有効なのか、合わせて、金融でアジャイル開発を導入しようとした際に発生する3つの壁と解決アプローチについてご紹介します。

出典:IBM

 

なぜ金融機関でアジャイル開発が必要なのか

経済産業省のDX推進ガイドライン「DXの定義」には、「企業が競争優位性を確立するためには、ビジネス環境の激しい変化に対応する必要がある」とあります。ミッションクリティカルな金融サービスを提供する金融機関も例外ではなく、法規制や制度の変化により参入した新規プレイヤーによって競争関係が急激に変化しています。さらに、2020年からの新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナウイルス/COVID-19)の影響で、デジタルな顧客接点の重要性が劇的に高まっており、この領域への対応力は競争優位性の確立に必要な組織能力であると言えます。

出典:IBM

 

アジャイル開発はどのようなサービスの開発に適しているのか

アジャイル開発は、顧客体験価値が重要になるサービスに適していると考えています。たとえば、サブスクリプションサービスのように継続的な改善や機能向上が期待されるサービスにおいては必須と言えるでしょう。さらに、こうした開発では計画段階で全ての要件を出し切ることは困難であり、顧客からのフィードバックをもとに価値を高めていくというアプローチを取る必要があるのです。

また、デジタルな顧客接点においては対応スピードも重要になります。たとえば、営業店のような顧客とのリアル接点の場で問題が生じれば、迅速に人の応対やルール、マニュアルなどが改善されると思います。同様に、デジタルな接点においても、顧客がどのようにサービスを利用し、どのような不満や感情、要望を抱いたのか、あらゆる手段を駆使してデータとして事実を捉え、迅速な改善を続けることが必要となります。

顧客体験価値は、そのような迅速な流れを繰り返すことで高まっていくため、ある銀行では、モバイルアプリケーションの開発において、従来型の開発ではスピード感を持って顧客の期待に応えていくのは困難であると判断し、アジャイル開発を採用しました。

出典:IBM

 

アジャイル開発をどうやって導入するのか

「アジャイル開発なら試したことはある」という声を多くいただく一方で、「うまくいかない」という声も多くいただきます。ここからは、金融機関からよく伺うお悩みを3つの壁としてまとめ、実際にIBMが導入をご支援したお客様が、その壁をどう乗り越えてきたのか、それぞれについて掘り下げてご紹介します。

■ 1つ目の壁:スコープが確定していない案件への投資理解が得られない

解決アプローチ
・コンセプトと提供価値を仮計画として示す
・ステークホルダーにとってのメリットを示す

従来型の開発は、スコープを確定させてから着手しますが、アジャイル開発では顧客体験価値が高い要件から開発するため、当初の計画から変わることがあります。このため、ある銀行では、アジャイル開発ではどう予算を組むのか、または、本当に価値あるものを生み出せるのかが議論に上がりました。これに対しては、サービス全体のコンセプトやその時点で計画されている長期的な提供価値や投資対効果を示しながら、短期的な視点においても、IBMとのアジャイル開発契約期間内でどこまでの価値が予定されているのかを示して理解を得ました。

また、アジャイル開発はステークホルダーを巻き込みながら小さく動くものを作り、フィードバックをいただきながら進めます。そのため、これまではプロジェクトの終盤にならないと形が見えてこなかったシステムが、より早い段階から評価や検証が可能になり、より具体的なイメージを持ちながら開発を進めていくことが可能になります。このように、ステークホルダーが享受できるメリットをお伝えして理解を得ていくことも重要です。

そもそも、スコープを確定してから進める従来型の開発でも、プロジェクトの途中で変更が発生することはあります。当初のスコープが絶対に変わらないという保証はなく、特に変化の激しい現在では、変わる前提で計画するという柔軟性が必要になっているのです。

■2つ目の壁:どのような体制で臨めばよいのかイメージが沸かない

解決アプローチ
・アジャイル開発の「知識」を得るだけでなく、まず「体験」する
・ビジネスとITの双方で必要スキルを補完し合う体制を作る

アジャイル開発の知識は得たものの、お客様においては、どのような体制で臨めばいいのかいまひとつ実感が沸かないということがあります。これまで経験として積み上げてきた手法から変えることになるため、どこまでの管理体制が必要なのか、しっかりと見定める必要があるでしょう。

これに対して、IBMからは、アジャイル開発の座学基礎研修と体験型の研修をご提案し、アジャイル開発に携わる全メンバーの合同参加で行い、どのような進め方になるのかを体験いただいています。その結果、「アジャイル開発を理解したつもりになっていたが、実際に体験してみると実践することの難しさが身を持って体感できた」という感想をいただくだけでなく、「業務部門もしっかりとした体制で臨まないとアジャイル開発でスピードを出すことができない」といった気付きから、開発チームに業務部門からも専任スタッフをアサインする判断をされるといったこともあります。当然、業務部門の方は、今までいっさい関わることがなかったシステム開発チームに入ってさまざまな判断をしなければならないことに不安を抱きます。ただ、その際には、IBMから技術的に必要となる情報は提供し、ビジネス判断に注力できるようサポート体制を組むことでフォローしています。

また、このビジネス側のメンバーがアジャイル開発体制に専任で加わるということは、限られた要員を割くことになり難しい面がありますが、一般的に非常に重要とされている成功要因になっています。つまり、業務とITそれぞれのスキルを持つメンバーが一つのチームとして結集し、双方で必要なスキルを補いながら、企画を含めて開発を進めることができる「共創型」でものづくりを推進することでチームの力が高まるのです。

■3つ目の壁:金融機関に求められる品質基準を満たせるのか不安が拭えない

解決アプローチ
・品質基準は開発手法で変わるものではないことを理解する
・品質管理担当者も巻き込み、一緒に品質計画を策定する

「アジャイル開発ではスピードを重視する代わりに品質がおろそかになってしまうのではないか」という不安の声もあります。これに対しては、「従来型だから品質が良い」とか「アジャイルだから品質が悪い」ということではなく、開発をする以上、プロダクトに対する品質基準と計画は手法に関わらず重要であることをご説明しています。

また、品質管理担当者は、プロダクトに対する受け入れ基準をどう定めるか支援することもできます。つまり、成果が見えてきた後から第三者的にチェックするのではなく、早い段階からチームと関わることで、繰り返しで品質向上に貢献することができるのです。たとえば、ある銀行では品質管理担当者を開発チームに巻き込み、アジャイル開発における品質の作り込み方について一緒に確認し、基準やルールを決めていきました。

一方で、アジャイル開発でスピードを獲得するためにはさまざまなことを変えなければなりません。これまでは手作業で行っていたテスト作業を限りなく自動化することも重要な成功要因の一つになっています。また、作成するドキュメントが必要最低限になるようにすることや、慣習的に行われている会議や報告資料のあり方、過去から積み重なって重厚長大になってしまった意思決定プロセスの見直しなど、「本来、必要なことは何か」を再考し、より高い価値を生み出す時間に割り当て直すことが必要になります。

ソフトウェア開発の現場を越えていくアジャイル

金融機関におけるアジャイル開発の必要性とその適合領域にふれ、実際にアジャイル開発に着手して数々の難しさを乗り越えてきた事例をご紹介してきました。アジャイル開発への関心は、今までにないほどのスピードで拡大している一方、ソフトウェア開発の場を越えて、企業経営全体の俊敏性を高めるための手法や企業文化としても拡大を見せています。そのため、「アジャイル」は、デジタル時代における必携の能力であり、マインドセットであると捉えるべきではないでしょうか。

IBMの「金融デジタル開発CoC」では、数々のお客様にアジャイル導入のご支援を行ってきています。今後、金融機関におけるアジャイル開発の採用が広まった際は、コミュニティー活動として金融機関の皆様同士の情報交換・ノウハウの場として活用いただき、皆様の変革の一助となれればと考えています。