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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#3 保険の未来を勝ち抜く新たな戦略

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※2022年8月19日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載企画。第3回のゲストには損保ジャパン執行役員経営企画部長の川上史人氏を迎えた。「安心・安全・健康のテーマパーク」を目標に掲げる同社では現在、先人から受け継いだ損保会社のDNAとテクノロジーを融合させる取り組みが進められている。2021年度からはマーケティングによる新たな角度からのアプローチを開始した同社が描く、顧客、保険代理店、地域など、多様なステークホルダーを巻き込んだ未来戦略について聞いた。

保険の未来を勝ち抜く新たな戦略

涌本 昨今、損保業界を取り巻く環境変化が注目されているが、どのように捉えているか。

藤田 世の中の変化が加速する中で、人流・物流に始まり、環境問題やテクノロジーなどメガトレンドの形成も進んでいる。世の中が変化すると、保険の補償対象も変化する。護送船団方式と呼ばれていた80年代90年代に比べると、商品特性や競合環境も大きく変化しているため、損保業界は新たなサービスを提供する際にかなり知恵を絞る必要が出てきている。世界ではスーパーニッチと呼ばれるような商品を提供する動きも出てきている。

川上 自由化前の保険料が業界で一律であった時代は、損保会社は自動車保険と火災保険と傷害保険という伝統的な商品を広く普及させていけばよかった。その間にも、販売網の拡大は進めてきたが、商品に関しては、ほとんど差はなかったと思う。自由化後、商品を差別化するために多くの特約などを作ったが、徐々に商品が複雑化し、お客さまにとって分かりにくいものとなり、運用面の負担も増加していった。そのため、その後は分かりやすさを追求することで、商品がシンプル化し、コモディティ化していったという流れがある。次の動きとして、今お話にあったような、世の中の変化に対応した新たなリスクの拡大があり、特に海外展開しているような上場企業を中心にコンプライアンスの厳格化や訴訟対応、現地リスクへの対応、消費者の権利意識の向上等、企業を取り巻くリスクが大きく変化してきた。こうした流れもあり、ここ数年では、新種保険が各社の成長領域となっている。

川上 史人 氏

損保ジャパン
執行役員経営企画部長
川上 史人 氏

藤田 こうした動きはリスクマネジメントの多様化ともいえる。既存の商品はシュリンクしながらも残っている一方で、新しい商品がマーケットを広げていっている。新しいものをリスクマネジメントと定義して、それをサービス化・体系化していくことで、次のグロース戦略を練っていくようなイメージだと思う。

川上 損保は新しいリスクが増えるたびにマーケットを増やしてきた歴史がある。ビジネスの変化に合わせた保険の組成に加えて、第三分野でも、介護や長生きリスクへの備えを用意するなど、多方面に商品を提供している。かつて、主力商品がモータリゼーションにより火災保険から自動車保険に移行したように、今はそれが新種保険や人保険領域に徐々に変わってきていることを実感している。リテールについては、まだまだ自動車保険が主力であることは間違いないが、ホールでは新種保険が伸びていくと考えている。

藤田 イノベーションが起きると、当然リスクが生まれるが、それをコントロールすることで成長が成り立つと考えると、イノベーションとリスクと保険は分かちがたいものともいえる。イノベーションを生むようなビジネスの初期段階から、リスクマネジメントの専門家が入って、一緒に市場を作っていくということも期待されるが。

川上 サイバー対策はまさにそうだと思う。中小企業のサイバー対策では、保険だけでなく、万一の際の復旧対応や再発防止に向けた対策までをセットにした商品が求められる。一方で、われわれとしては、リスクチェックポイントをクリアした状態でないと保険を引き受けられないので、保険の販売自体が企業のサイバー対策の向上に寄与し、保険に入るための対策をサイバー関連のサービスを持っている事業者と組んで提供することで新しいイノベーションが生まれるかもしれない。

藤田 人を取り巻く環境は変わっても、人間の根源的なあり方とか幸福って普遍性があるもの。ホールとリテールの姿は、環境の変化には対応しながら、根源的なものに対しては普遍性を保ちながら進めているということの現れとも言える。

川上 リテールに関する変化でいうと、時代の変化とともにサービスレベルを上げてきている。自動車保険の示談交渉サービスもそうだし、海外旅行保険でも旅行先でもキャッシュレスで治療を受けられるといったようにサービスを拡大してきた歴史がある。

藤田 私は商品とサービスを分けて考えていて、商品が一つの変数だとすると、サービスももう一つの変数で、それらを掛け合わせた公式が顧客に対する価値を生むのだと思う。商品のシンプル化とサービスの高度化には大きな可能性を感じる。

川上 自動車保険でいえば、事故発生後のレッカー手配から、相手の方との交渉、過失割合の決定までの、保険金のお支払いにとどまらない、事故発生時にお客さまがお困りになるであろう一連のプロセスに対してトータルのサービス提供ができたからこそ、現在の規模のものになったと考える。このように、「危険」が現実化した時に生じる経済的損失・負担を契約者間で分配する経済的な機能に加え、お客さまのお困りごとまで含めて解決するソリューションに到達して、本当の意味で社会に価値を生むことになる。現在販売している「つながるドラレコ」のように、さらに自分たちならではの新しい価値を加えていくビジネスを目指していきたい。

藤田 現政権は「分配なくして成長なし」を掲げて、新しい経済モデルを建てようとしている。自動車保険もそうだが、いわゆる相互扶助的な考え方は自由主義経済とは遠いところにあるとされているが、安全性が担保されて初めて経済活動が活性化するとすれば、皆で供託して、何かあった人のために分配していくというのは、新しい経済へのヒントにもなる話だと思う。

川上 損害保険の使い方次第では、産業自体が拡大する可能性もある。自動車保険があって自動車産業は伸びたし、海上保険があったからこそ輸出入が活発になったという歴史がある。

涌本 時代が変化する中で、損保ジャパン社が目指すビジョンはどういったものか。

涌本 慶晴 氏

IBMコンサルティング事業本部
クライアントパートナー
涌本 慶晴 氏

川上 当社では「すべての人々・地域・社会に、たくさんの笑顔と活力あふれる確かな明日をお届けする」というビジョンを掲げている。それを社員の幸せや働き甲斐をベースに実現したいと考えている。

藤田 御社のビジョンは素晴らしいと思う。損保会社は他の業種に比べてもステークホルダーの多い業種。それだけにメッセージやビジョンの打ち出し方が難しいが、御社の場合、社員がしっかり働ける環境をつくり、契約者や代理店など、多様なステークホルダーに健全な姿を見せていくことが強いメッセージになっていると思う。

川上 地域社会のためにというメッセージは、代理店さんだけでなく、各地で働いている社員にも響く。特に転勤のない地域型社員はその地域の役に立ちたいという気持ちが強い。社員の多くが「こういうカバーができればお客さまの不安を解消できるはず」といった気持ちを持っている。

藤田 最近は自然災害や人災など、考えさせられるニュースが増えていると感じるが、損保会社の皆さんは、常にその先のリスクをいかに軽減するかを考えているということだと思う。もちろん物理的な回避も重要だが、何かあったとき、そばにいてくれるというイメージが想起される。まさに健全性を感じるその姿勢は練られ続けているという感じがする。

川上 会社のDNAともいえるが、災害が起きると社員のほとんどが真っ先に考えるのが「現地に行って少しでも早く被害に遭われたお客さまに保険金をお届けしたい」ということ。3月の福島県沖地震の時も、全国から社員が現地に入った。

藤田 最近デジタルリテラシーという言葉が使われるが、そこにはコーディングやプログラミングを覚えないといけない、といったニュアンスがあり、個人的には違和感を覚えている。昔は金融機関のリテラシーといえばほとんどが法令順守に関するものだった。でも今お話しされたような、現地で体験するということが、観念におけるリテラシーの向上につながっていて、それが培われてカルチャーになると、行動にも影響してくる。本来のリテラシーの向上や、浸透のさせ方には、経験の中から生まれる部分も大いにあるように思う。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

川上 そのためにもリテラシーを上げる必要がある。幸い、デジタル技術の導入も、「もっと早く保険金をお支払いするためには、AIを活用する方がよい」とか、「もっと効率的に損害調査を行うためにデジタル技術をいかに使うか」というお客さまのために役に立つということが説明できれば、すんなり理解できるカルチャーがある。

藤田 パーパス経営は言葉として踊り過ぎな気がするが、今の話はまさにそれを体現している。社会貢献でもあり、御社の成長の原動力でもあり、今の若い人が志向する「世の中の役に立ちたい」という気持ちにも応えるものになっている。

涌本 お客さまの役に立ちたいという社員の皆さんの使命感、本当に素晴らしいと思う。それを達成する上で乗り越えるべきハードルにはどのようなものがあるか、セールス&マーケティング、オペレーション・バックオフィス、デジタル・システム、人材と組織、それぞれの観点からお聞かせいただきたい。

川上 マーケティングに関しては、われわれは代理店さんの後ろにいるので、市場に直接アピールすることはあまりやってこなかった。21年度にマーケティング部を新設して、テレビCMなどを通じた新しいかたちの商品マーケティングを展開している。どれだけお客さまのことを考えていても、保険事故の時にしか伝わらないではもったいないので、商品の販売の段階から伝えていきたいと考えている。当社として発信することで、お客さまに関心を持ってもらうと同時に、代理店さんが保険商品をお客さまに勧めやすい環境を作ることが当社のマーケティングだ。

藤田 これまで日本の金融機関には、金融商品をマーケティングにかけるという発想はあまりなく、セールスがその役割を担っていた。そのため、ブランディングやマーケティングの部署は社長直下にあるのが一般的だが、金融機関ではセールス本部の中に配置されていた。今のお話は、それとは全く違うもので、いかにステークホルダーに御社のブランドを刻み込んでいくかという戦略。その考え方やアプローチは非常に新しい。

川上 商品開発も、これまでは商品を作る部署だけで考えるところがあったが、お客さまの声をダイレクトに反映させていけることもマーケティングを入れる価値だと思っており、昨年度から注力している。デジタルの力を使って、より多くのお客さまの声を吸い上げ、商品・サービスの開発や改善につなげていきたいと考えている。

藤田 顧客の声を吸い上げて、デジタルで処理する際、最初の数年間はあまり思い通りに機能しない苦しい時期があるとされていて、生の声の価値を最大化することは難しかったが、直近のテクノロジーの進化やデジタルのあり方って、それらを可能にするようなものが出てきているのでぜひチャレンジしていただきたい。

保険会社のDNAとテクノロジーの融合で進化

川上 そういったテクノロジーの活用は積極的に検討していきたい。また、当社では現在、未来革新プロジェクト(「機動性」「柔軟性」「接続容易性」を兼ね備えた基幹システムに刷新するプロジェクト)を進めており、21年3月に新システム「SOMPO-MIRAI」をリリースし、第1期として傷害保険の募集・計上機能を稼働開始している。これが完成すると、営業店の事務業務が大幅に圧縮されて、よりお客さまに近いところや代理店さんのサポートにリソースを投入できるようになるはずだ。

藤田 この取り組みがなしえるところは単純な生産性向上ではなく、顧客の体験価値を高めていくことにあると。

川上 デジタルも最終的に行き着くところは各社一緒だと思うので、その時お客さまに訴求すべきはブランドやイメージになる。それをどれだけ高められるかが重要だ。人にしかできないサービス化の部分にどれだけ時間を掛けて、かつ、サービス品質を上げられるかが勝負だと思うし、それを可能にするのがデジタルの役割だと認識している。

藤田 意思決定には想起しやすさが関係していると言われていて、想起のプライオリティが高いものほど選ばれやすい。顧客に対して、ポジティブなイメージばかりでなく、その裏に懸命な努力があるということを伝えることは、ただ安いとか、認知度が高いというところ以外の部分で選ばれるようになるポイントだ。

川上 そういう意味では、当社にとっては保険金サービス部門が一番の接点なので、現在、その品質を高める取り組みが進められている。最近では、電子マネーでの保険金支払や、LINEでの事故受け付けを実施しており、特にLINEの活用はお客さまから非常に高い評価を頂いている。お客さまの求めるものをしっかり提供していくことがCX向上には欠かせない。

藤田 多様化する顧客ニーズに対して、9時~5時の一律のサービスを提供では足りない部分をデジタルの力で補完していくイメージか。

川上 それが一番大きいかもしれない。それができると、ヒトによる9時~5時ではさらに手厚いサービスが提供できるようになるはずと期待している。

涌本 多様性への対応を実現していく中で、人材や組織の変革についてのお考えをお聞かせいただきたい。

川上 当社ではDX推進部という部署も設置しており、そこを中心にデジタルを使う文化の浸透を図っている。DX推進部も、先ほどお話したマーケティング部、それ以前に設置した新規事業を担うビジネスデザイン戦略部も、トップには外部人材を置いている。新しい事には新しい人を入れていくのが当社の特徴で、外部から動きが速いと評価していただいている理由だと思う。また、ダイバーシティにも注力しており、出社の時間帯や働く場所、服装等の自由度は増している。

藤田 制度変更はカルチャーをデザインする一つの方法ではあるが、制度変更だけではカルチャーを醸成することはできない。行動変容って、創意・同意・共感がないと起こらないと思うが、御社の自由な文化はどのような形で定着したのか。

川上 自由な文化がなければ新しいことは生まれないということを経営層も考えている。単に多様性を認めるだけでなく、インクルージョンする取り組みも重要だ。新しい人だけでなく、以前からいる人を尊重することもダイバーシティ。新しい人たちに、当社の昔ながらのポリシーやスピリットを伝えて、うまく交わるようにしている。また、学ぶことの重要性も浸透させていて、社内に「損保ジャパン大学」をつくった。オンラインで学ぶ仕組みを作ったり、社内SNSでの部門間の情報共有も推奨している。そのあたりも自由闊達な雰囲気の醸成につながっていると思う。

藤田 学習する組織って、昔の日本でいうと、何か失敗したときに、二度とそれが起きないようなルールづくり・体制づくりをするということがあったが、御社の学習は、何かやってしまったことに対してやらないように学ぶのではなく、より自発的なものということか。

川上 社内には挑戦を尊ぶ文化がある。もちろん失敗はしない方がよいが、チャレンジしやすい雰囲気はずっとつくってきた。「スピード」と「創造性・独創性」は現会長の西澤が口を酸っぱくして言ってきたことなので、それが浸透していると思う。

藤田 トップが言い続けること、背中を見せることというのはいつの時代にも重要だ。ものづくり産業では、もの(製品)に魂が宿るので、良いものをつくるという意識が長らく日本の経済成長を支えてきた。他方、ものを作らない最たるものが金融で、商品はあるが、実はあれは約束でしかない。となると、頼るべきは企業のカルチャーであり、それを発信できるリーダーということになる。 

川上 代理店さんやお客さまから「損保ジャパンらしい」と言っていただくのは、一人一人の社員であり、それを支える雰囲気をつくっているのがトップ。そこは保険会社の経営上非常に重要だと認識している。

涌本 最後に保険の未来を勝ち抜く新たな戦略として、今後取り組んでいくことを教えていただきたい。

川上 今年度は中期経営計画の2年目ということで、重要な時期であり、しっかり結果を出す必要がある。また、保険金サービス部門やコールセンター部門など、お客さまと直接接点を持つ部門の品質向上にも注力していく。人材育成の面では社員一人一人に「マイパーパス」を考えてもらって、自分の存在意義と会社のパーパスが重なるところを自覚してもらうことで、内発的動機で仕事に向き合ってもらいたいと考えている。

藤田 かつての保険会社では、新商品や保険代理店のための施策が中核的だったが、かなり変わってきていると感じる。損害保険を引き受ける会社ではなく、総合的なリスクマネジメントを通じて世の中に貢献するといった、大局的視野でのサービス提供を目指していることが伝わってきた。

涌本 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。

※2022年8月19日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。