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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#2 イノベーションで「提供価値の変革」を

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※2022年8月12日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティング事業本部パートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対談を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第2回。ゲストには、三井住友海上執行役員ビジネスイノベーション部長の平野訓行氏を迎えた。「ビジネスイノベーション」を「提供価値の変革」と語る平野氏からは、金銭的な補償を超える損害保険の可能性が提示され、それに向けた保険会社と保険代理店の共創や人材の育成にまで話は広がった。

イノベーションで「提供価値の変革」を

原口 「イノベーション」という言葉には、「生活を一変させるもの」という意味がある。この「イノベーション」が近年では保険業界にも浸透してきていると思うが、あらためて損保業界におけるビジネスイノベーションをどのように定義しているか、それぞれお聞かせいただきたい。
藤田 イノベーションは、何か新しいものが広がる様を指す言葉。ゼロからイチが生まれることがイノベーションなのではなく、新商品が生まれ、普及し、人々の行動様式を変えるまでの一連の動きがイノベーションだ。平野さんが手掛ける損保会社のイノベーションには、契約者の行動までを変えるものをイメージしているが、どのようにお考えだろうか。
平野 一言でいうと、ビジネスイノベーションは提供価値の変革だと考えている。これまで損保会社は、事故が起きたときに金銭的補償を提供してきたが、この役割を補償の前と後に広げていくことが当社にとってのイノベーションの姿だろうと思う。

平野 訓行 氏

三井住友海上
執行役員ビジネスイノベーション部長
平野 訓行 氏

藤田 それは、バリュープロポジション、つまり、なぜ顧客が三井住友海上の保険を買うのか、ということだが、まさにそれそのものに影響を与えるもの、ということだと思う。

平野 これまでは、顕在化したものや、顕在化しつつあるものに対して顧客が自発的に保険を購入する、あるいは、購入の決断を代理店が後押しするという形だったが、私は保険会社がもう少し積極的にリスクの予測やその予防策を提示することが必要だと思っている。また、事故が発生した後の回復に関してももう少しわれわれにできることがあるのではないか。損保会社に入社して30年目になるが、損保事業は金銭による補償しかできないということにちょっとした寂しさを感じている。ここを広げたいという思いが私自身の根幹にある。

藤田 確かにお金ってコモディティなので、商品自体の差別化はできない。差別化できない中で、自社を選んでもらうために、例えば「義理・人情・プレゼント」のような世界に行きがちになるのは仕方がないこととも言える。一方で、今お話されたように、金銭以外の価値提供となると、それが差別化につながる可能性は大きい。

原口 新しい価値を提供する上では、デジタルの力が欠かせない。御社の前中計(中期経営計画)では、「ビジネスイノベーション部」の隣に「デジタル戦略部」があったが、この4月に「ビジネスデザイン部」に名称を変更されている。「デザイン」と「イノベーション」の住み分けについて考えをお聞かせいただきたい。

原口 昭則 氏

IBMコンサルティング事業本部
リード・クライアント・パートナー
原口 昭則 氏

平野 デジタルは基本的には手段。今の時代に不可欠なものではあるが、デジタルがあるからイノベーションが起こせるわけではない。イノベーションの根本にあるのは「人の役に立ちたい」「お客さまの期待に応えたい」という情熱や気概のようなものだと考えている。

藤田 デジタルは「支えるもの」であり、ビジネスデザインは「物事自体をかたちにするもの」。イノベーションはそれを「革新して推進するもの」だとすると、これらはループする。「デザイン」でも「イノベーション」でも、革新的なエンジンとしてデジタルの要素があるが、ビジネスをデザインし、それをイノベーションで拡張していく、という意味では、御社の部署のあり方は非常に納得できるものだと思う。

平野 デジタル戦略部は前の中計がスタートする4年前に、当社のデジタライゼーションを目的に設立された。当初は業務プロセスの改革など、社内のデジタライゼーションに力を入れ、中計の後半では「ビジネスイノベーション部」を創設し、外向きのDX、「デジタルによる新たなビジネスの創造」を進めてきた。この4年間でデジタライゼーションについて、一定の方向付けはできたと考えている。コロナ禍も相まって、デジタルは社会基盤として根付き、ビジネスの前提になっていることから、この4月に現在の中計がスタートするタイミングで、デジタル戦略部を廃止し、そのようなデジタル社会におけるわれわれの今後のビジネスモデルのあり方を考えるため「ビジネスデザイン部」を創設した。中長期的なビジネスモデルの戦略や成長基盤は「ビジネスデザイン部」が作り、われわれはそれらを踏まえつつ、マネタイズを目的に個々のビジネスを立ち上げる実装部隊という位置付けになっているが、行ったり来たりするものや、重なる部分もあるため、両部が緊密に連携しながら取り組みを進めている。

原口 イノベーションはフェーズで切れるものではないので、むしろそうあるべきかもしれない。

平野 確かに、そうやってスパイラルアップしていければと思う。

原口 スパイラルアップの目的は、デジタルではなく、お客さまに価値を届けるということだが、どうすれば顧客に価値を届けられると思うか。

藤田 デジタルの加速的進化は顧客の価値やスタイルに大きく影響を与えている。顧客が多様化したといわれるが、多様化する顧客は刹那的になる傾向がある。保険は今までモメンタムを意識してこなかったが、顧客満足や顧客価値が移ろいやすくなると、価値そのものがモメンタムで変化しやすくなる。これからの価値提供では、一つの保険商品に加入すればずっとそれでいいということではなく、多様性に対応する継続的ビジネスデザインが必要になってくるだろう。

原口 未来においても短いスパンでお客さまが求めているものが変わる可能性があり、そのニーズを捉えていく必要があるということか。

藤田 ニーズをカスタマイズするというのがより正しい表現かもしれない。ニーズ自体を商品化する、という考え方だ。

原口 三井住友海上社では顧客の変化への対応をどう捉えているか。

平野 藤田さんのお話はその通りだと思うが、保険はもう少し手前にいると思っている。顧客ニーズをマスで捉えて、大数の法則を使って商品を提供してきたのが保険であり、顧客理解が十分でなかったと思う。デジタル化によって、個々のお客さまを深く理解することができるようになり、またお客さまも「自分のことを知ってくれているのは当たり前」という世界になっている。まずは顧客のことを深く知ろうとする努力が絶対に必要。その先に、藤田さんのお話のような世界が広がっていて、一度知り得た顧客像も変化するという前提で、継続的にすり合わせていく必要があると思う。

藤田 BtoBtoCという考え方でいうと、さらにもう一段飛躍しないといけないのが保険代理店の存在だと思う。乗り合いが可能になって以降、保険会社と保険代理店の関係はかなり変わってきているが、一方で、保険会社の期待する方向に保険代理店が必ずしも向かってくれるとは限らないところがあると思う。顧客としての保険代理店、その先にいる顧客としての契約者という、BtoCtoCに近い状況が損保会社にとってジレンマになっていると思う。

平野 今年度スタートした中計では、当社は保険代理店とともに変革を進めていく、ということを明確に打ち出していて、顧客に新しい価値を提供していくという役割を、当社とともに、保険代理店の皆さんにも担ってほしいと考えている。もともと保険代理店の皆さんは、保険に関するものに限らず、顧客の解決したい問題・課題など、幅広いニーズをつかんでいるはずだが、これまでは、それを保険会社に伝えたところでどうにもならないという、諦めのような気持ちがあったと思う。顧客への提供価値を広げていく中で、これからはそういう声にも可能な限り応えていきますよ、というのが現在のわれわれの心構えであり、その結果がイノベーションの姿だと思っている。

藤田 保険代理店に対する差別化戦略でのイノベーションの活用という意味でも、営業部とは異なる観点で価値を提供していけそうですね。

平野 偉そうに言ったが、顧客のニーズを捉えてわれわれにぶつけてくださいと言っても、全てに応えられるわけではない。そういった状況の中で、どこまで信頼関係を維持していけるかが大切なところになる。

原口 現状ではデジタルリテラシーにもばらつきがあると思うが、一方的に押し付けることなく、それでいて価値が届きやすい戦略を打っていく必要がある中では、デジタルリテラシーとセールスストラテジーのバランスが重要になる。保険業界において欠かせないポイントとは。

藤田 リテラシーって、順守するもの、スキルに近いものと捉えられがちだが、そうではない。例えばデジタルでいうと、相手がスマートフォンを使えないとなると、その時点でコミュニケーションが絶たれてしまうわけで、ある意味、社会人になったときに学ぶ「所作」に近いもの。一方、セールスストラテジーは、顧客にリーチするためのものだが、今は、サービス提供者よりも顧客の方がデジタルリテラシーが高いために、顧客のコミュニティーに企業がリーチできないという現象が起きている。セールスストラテジーを考えた後にデジタルリテラシーを向上させても、そこにミスマッチが生じて、企業が「これからはTikTokだ!」と思った時には、すでにそのマーケットの価値が減じてコアターゲットが抜けてしまっているということが起こりえる。そのため、デジタルリテラシーを常にアップデートすることと、時代にマッチしたものをタイムリーに出せるセールスストラテジーの相関は高いと言える。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

平野 当社の実態を考えると、まずは便利なものに対する理解度を上げる必要がある。新しく便利なものに対する「自分には関係ない」「年齢的に無理」といった意識のハードルを超えてもらいたい。さらには、保険代理店の皆さんにも一緒に超えてもらいたいと考えている。

原口 保険代理店ともワンチームで新しいものに向き合っていこうという姿勢は素晴らしい。大変だと思うが、それを乗り越えることができれば変革が起きると思う。

平野 それが実現できれば、後に振り返ったときに完全にイノベーションになっていると思う。

原口 デジタルリテラシーをベースとして求めつつ、新しい価値を提供していくために必要な人材にはどのような要件が求められるか。

藤田 サービスプロバイダーとして今後必要になる人、デジタルイノベーションを担う人、という意味で、この質問は対損保会社でなくても通じる。こういった人材を採用し、育てるためには、今の採用要件や育成要件では合わない。会社側の教育担当者や評価者自体が、そのチームに合ったものをリデザインできるかが肝心だ。また、そのチーム内で快適に過ごせたとしても、その人がその後、社内でキャリアを積んでいけるかという課題もある。こういった人材の活用には二つの考え方があって、一つは、今言ったように、ビジネスイノベーション人材が十分そのスキルを生かせるような組織変革を行うこと。もう一つは、ビジネスイノベーション人材のマーケットでの流動性を高め、最初は三井住友海上でも、その後にグーグル、その後また御社に戻り、さらにそこからIBMといったかたちで、日本の社会基盤の中でカバーできるような仕組みをデザインする方法だ。御社が日本全体を巻き込んだエコシステムづくりにチャレンジするというのも面白いかもしれない。

平野 スケールの大きな話だが、確かにそうだと思う。

原口 三井住友海上ではスペシャリストラインを設けるなどの取り組みもされているが、貴社ではどのような人材を求めているのか。

平野 現状、当部のメンバーの3分の1は中途入社の社員だ。当社の中で育ってきたメンバーではないので、価値観や考え方、国籍が違う人もいる。私としては正直マネジメントに苦労している部分もあるが、「確かになぜ今までそれをだめだと思っていたのだろう」という気付きを与えてくれる存在でもある。イノベーションに関する仕事を1年半ほどやっていて思うのは、「思考の枠を取り払おう」と口で言うのは簡単だが、それを実行するのは非常に難しいということ。そういう意味では、枠外の人が来てくれるのが一番刺激になる。短期的には外の人を採用したり、社内の人間に外での経験を積ませるということを考えている。ただし、今、枠の中でしか考えられないメンバーが、いつまでも枠内でしか考えられない人だとは思っていない。「その枠を取り払ってもいいんだよ」ということを本気で伝えれば、変わっていくと思う。それが、藤田さんのお話のとおり、会社の制度を抜本的に見直す覚悟があるのか、という部分に通じると思う。マイナーチェンジでは会社の覚悟を信じてもらえないので、そこは挑戦し続けなくてはならないと思う。

藤田 いろんな議論があると思うが、例えば、イノベーションやビジネスデザインを取り扱う部署には、今の形に当てはまらないものをいかにデザインしていくかという社会的使命があると思う。

平野 こういう話をすると、外から違う価値観を持った人を入れればいいという短絡的な結論になりがちだが、私はずっと当社で頑張っている社員でも可能だと思っている。ただ、問題は、彼らがこれまで培ってきた会社人生における価値基準を少し変える必要があるということ。今もいろいろやってはいるが、やはり究極の成功モデルのようなものを振り切って作らないと、今いるメンバーに信じてもらうのは難しいと感じている。

原口 確かに社員の立場から見ると、会社はそこまで変わらないと思うかもしれない。

平野 価値観は思いっきり変える必要がある一方で、やっていること自体はそれほど変える必要はないとも考えている。損保会社の良いところは、しっかりとルーティーンを回せるということ。そのルーティーンのベースを広げていこうという発想さえあれば良いと思う。ただし、ルーティーンを1ミリも外さないということが良いこととされてきた社内の人間にとってこれは大きな変化だと思う。

目指すのはリスクソリューションのプラットフォーマー

原口 平野さんが今後具体的にやりたいと考えているビジネスは。

平野 損保会社で働いていると、お客さまや保険代理店のスタッフから求められても、保険でしか対応できずに歯がゆい思いをしたことって大なり小なりみんなあると思う。そこを解消するのが私の仕事。社員が「何でも来い」という気持ちでお客さまや保険代理店の皆さんに向き合えるために必要なことを実現したい。

藤田 これまでも損保会社は保険代理店と協業しながらマーケットを開拓してこられたが、今後はイノベーションにおいても保険代理店との協業や共創が実現していけるのではないか。

平野 究極はそういう姿だと思っている。今まではマスを対象にビジネスを展開してきたが、保険代理店の皆さんは個のニーズを理解しているので、それを共有してもらって、実際のソリューションに落とし込んでいきたい。防災・減災といったテーマはもちろん重要だが、個人的にはあまり領域にこだわりはなくて、お客さまから「こんなことで困っているんです」という相談を受けたときに「分かりました。ちょっとやってみましょう」と言って、社内に相談できて、その結果「面白い。やってみようか」という姿になればいいなと。

藤田 IBMも似ていて、ハードウエア、メインフレーム、パソコンを売っていたが、ITサービスへ変革し、そこからコンサルティング事業が始まった。時代とともに変化してきたわけで、損保会社においても、保険商品を売るところから、リスク全般に対するサービスへ、リスクマネジメントの総合窓口のようなイメージだろうと思う。

平野 何でも相談してくださいと言っても、やはり当社に相談するとなるとリスクに関するものになると思うので、まずは保険に近いところから始めて、どこまで広げていけるかがこれからの課題になる。今年スタートした中計の中で、当社は「リスクソリューションのプラットフォーマー」になるということと、保険代理店の皆さんには「リスクソリューションのプロバイダー」になっていただきたいということを明言している。当社はもちろん、グループ全体でその方向に向かって進んでいきたいと考えている。

原口 当社としてもイノベーションの実現に向けてサポートしていきたいと思う。すでにご一緒させていただいている取り組みもあるが、引き続きよろしくお願いしたい。

※2022年8月12日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。