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Smarter Business

高まるマネロン対策の重要性、コグニティブ技術の活用でどう変わる?

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クラーク・フログリー

クラーク・フログリー
IBMインダストリー・プラットフォーム Watsonフィナンシャル・サービス
AML、サンクション、KYCソリューションズ グローバル・フィナンシャル・クライムリーダー


1988年から10年11ヵ月、FBI金融犯罪捜査官として、詐欺、資金洗浄、組織犯罪、スパイ活動、テロリズムなど、広範囲にわたる金融訴訟の特別捜査を担当。その後、在日米国大使館司法担当官助手、ゴールドマン・サックス日本法人 金融犯罪・カスタマー・デュー・デリジェンス担当リーダー、ドイツ銀行 不正対応&カスタマー・エンハンスド・デュー・デリジェンス担当グローバル・リーダー、AIG フラウド担当グローバル・リーダー、EY Financial Crime Advisory Practice パートナーといった職歴を経て、IBM フィナンシャル・クライム グローバル・リーダー、パートナー、バイスプレジデントに就任し、現在に至る。

 

日本国内においても金融犯罪対策の重要性が高まり、銀行の業務改革に欠かせない視点として、AML(Anti-Money Laundering:アンチ・マネー・ローンダリング)やKYC(Know Your Customer:顧客確認)などの領域が急速に注目を集めている。2019年には、FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)による第4次対日相互審査が控えており、規制当局からマネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策を強化していくことが求められているからだ。

 

銀行は顧客を本当に理解しているか?

FATFのオンサイト審査を見据え、銀行にとってコンプライアンス・リスク管理の強化は待ったなしの状況だといえる。しかし、現状にはいくつかの課題がある。

1つは金融犯罪の複雑化だ。新しいタイプの詐欺が発生し、検知される犯罪のパターンは増え、AMLに関する新たな規制要件が加わることでモニタリング業務が増加、複雑化している。

これに対し、多くの金融機関ではAMLのプロセスを構築しているが、非効果的なシステムにより誤検出のアラートが増加し、作業負荷が増大している。これが2つめの課題だ。

AMLのプロセスは手作業がベースで、担当者は他の部門との情報連携が十分に行われていないまま、縦割りの組織において不審な金融取引を監視している。一方で、3兆ドルもの犯罪収益が資金洗浄されているといわれ、AMLのプロセスや考え方を大きく変える必要があるのだ。

金融機関が顧客の全体の活動や行動を把握することができるのは、せいぜい25〜30%程度だといわれる。また、取引モニタリング・システムの種類を問わず「アラートの97%以上は誤検知」だともいわれる。こうした状況にかかわらず、規制当局は銀行に高い精度で取引を検知すべきだという期待値を持っている。

誤検知をなくすには、まず、疑わしい取引の態様を明確にすることが不可欠だ。

マネー・ローンダリングやテロ資金供与に関する情報を、どのように関係者間で共有するか、そして、どのように金融機関同士が横断的に協力していくかを考慮すべきである。こうした顧客データと取引活動を含んだ金融機関全体にわたるビジョンと戦略こそが、誤検知を減らす実現可能な解決方法となる。

ここで、現在のAMLのプロセスを見てみたい。これは「AML1.0」と位置付けられるものだ。すなわち、地理的状況や取引の種類などをもとにリスクを割り当て、取引内容を監視し、疑わしい取引か否かを判断している。

しかし、顧客データの収集によりオンボーディング(取引主体識別)に遅れが生じ、手間やコストがかかるという課題があった。というのも、取引データだけでは不正なアクティビティの指標としては不十分で、多くのケースにおいてリスク評価は効果がなく、デューデリジェンスの増加をもたらしているからだ。

また、このような関連するプロセスにより大量の不要な情報が生成され、不審な行動が分かりにくくなりがちだ。

IBMはアラートの平均97%が誤検知という数字を削減するために、お客様と共にAMLプロセスを改善し、より効率と効果を高めたいと考えている。

 

IBMとプロモントリーの協業でもたらされる価値

そこで、IBMはマネロン対策や金融機関規制などの専門コンサルティング会社プロモントリー・フィナンシャル・グループを買収し、金融分野の規制や法令に長けたコンサルタントを全世界で600人擁する体制を確立した。

プロモントリーが有する規制に関する専門知識と、IBM のコグニティブ・ソリューションを基盤とした統合ソリューションにより、AML の構造的な課題をより効果的に、効率的に解決することが可能になる。

具体的には、共有データ、運用、システムを統合する包括的なプラットフォームを構築することで、金融犯罪のコンプライアンス全体に及ぶインサイトを提供する。これにより、予算やリソースが限られた状況でも最先端のテクノロジーとインサイトを享受することが可能になり、AMLの効率や効果を高めることができる。

こうしたAMLの将来像として、私たちは「AML2.0」を提唱している。これは、プロセスの改善により効果的なAMLを実現するものだ。KYCの初期段階における取引のモニタリングにおいて、腐敗や賄賂、経済制裁のリスト管理などを検知するシステムによって、顧客リスクを継続的に可視化していく。従来の静的なルールでなく、顧客を総合的な顧客プロファイルと照らして評価、さらに、銀行内の使用可能なあらゆるデータを活用していく。これには対話やオンライン上のアクティビティ、モバイルアプリの使用、IP・デバイス情報、取引の場所情報など、構造化データだけでなく非構造化データが含まれる。

そして、金融機関同士のコラボレーションを促進しながら、共有サービスとベスト・プラクティスを活用して、取引履歴だけでなく、取引の相手先、人間関係をさまざまな視点から分析し、リスクを多面的に評価していく。

これにより、誤検知を減らし、より効果のあるプロセスをより広範囲の金融機関に提供していくことができる。IBMとプロモントリーによる共有プラットフォームを通じて、先進的なアナリティクス、コグニティブによる深いインサイトを提供していきたいと考えている。

従来のシステムでは、発せられたアラートから、どのケースをエスカレーションしていくのかを精査していた。しかし、90%以上が誤検知だというのは上述したとおりだ。そこで、インサイトを用いてノイズを除去し、アラート処理をさらに効率化していく。

金融機関は、これまでもAMLやKYCのためにさまざまなシステムに投資してきた。共有プラットフォームは、これを置き換えるシステムではなく、FATFの期待値に沿うため、適材適所で共通システムを利用し、金融機関の間で共通のデータでリスクを判断していくことに使ってほしい。

共有プラットフォームとコグニティブ機能により、私たちはより低コストで、銀行にとってのアウトカムをより確かなものにできると確信している。

 

AML/KYC領域におけるコグニティブ・テクノロジーの活用

ただでさえ煩雑な業務が多いAML・KYC管理業務において、担当者の業務サポートにコグニティブ・テクノロジーが果たす役割は大きい。IBM Watsonのコグニティブ・テクノロジーを活用し、個人顧客や法人顧客のオンボーディングやデューデリジェンス、継続的なレビューまでをサポートすることで、より幅広い洞察や効果的なリスク管理が可能となる。

例えば、ネガティブなニュースがある顧客に対する、より深いレベルの情報収集やスクリーニングは多くのケースで手作業での対応となり、簡単な作業ではなかった。

私たちは、コグニティブ・テクノロジーを用いてこの課題を解決する。自然言語処理や機械学習のアーキテクチャーによってデータの取り込みを効率化し、例えば、高リスク企業の調査において、Watsonが内外の情報から総合的な分析を行い、最終的に当局に報告する案件を絞り込むところまでをサポートする。

これにより、担当者は記事やWebサイトなどのチェックに多くの時間を費やす必要がなくなり、レビューに集中できるようになる。

米国の大手地方銀行の事例では、法人顧客に対するデューデリジェンスの強化にコグニティブ・テクノロジーを活用したところ、1日の研修後、2人の銀行アナリストが数時間で25種類以上の調査書類を作成することができた。

アナリストからは「60%の作業が高速化された」という声や、「取り込めるデータが50%多くなったにもかかわらず、処理スピードは60%早くなった」という評価を得ている。

今日の銀行業務において、顧客を真に知ること(KYC)はリスク管理と顧客体験の改善のために不可欠だ。そして、KYCの基盤をなすのが、データの収集、蓄積、活用である。また、共同プラットフォームのアプローチを採用することで、銀行はより低コストでAIをはじめとする先進テクノロジーを活用でき、KYC分野においてメリットを享受することができる。

規制はますます複雑さを増し、検知しようとする犯罪のパターンも複雑になっていく。こうした状況に迅速に対応する敏捷性を確保し、KYCのプロセスを改善していくことは簡単ではないが、適材適所でうまくシステムを活用することで、この課題に対処できると確信している。

photo:Getty Images