ホーム人財とスキル、CHRO

人的資本経営推進と戦略的開示に向けて

2023年から義務化された人的資本情報の開示。日本企業の取り組みの現状と課題を明らかにした調査を基に、IBMから企業価値向上に向けたヒントをお届けします。
幅広い項目を開示している一方、企業価値向上ストーリー構築に課題を感じる企業が4割

政府が発行する開示指針では、「自社の経営戦略の一環として人的資本へ投資し、人材戦略との関係性(統合的なストーリー)を構築」することで、「人的資本投資と競争力醸成のつながりの明確化」を目指すことが示されています。ただ、それを困難に感じる企業は約4割にのぼります。

企業は開示すべき項目の条件はある程度満たしているものの、自社の競争優位を示すための、独自性の訴求力が弱いことがわかりました。


 

競争優位の源泉となる独自性を打ち出せていると考える企業は23%にとどまる

質問:人的資本情報の開示内容が、自社の競争力を適切に示していると思う場合、その理由をすべて選んでください。

 

データ連携ならびに経営戦略と人事戦略の連携

企業価値向上に資するストーリーを展開するのが難しい理由はさまざまです。たとえば、短期的な視点でとらえられることの多い経営戦略と、長期的な視点で取り組むべき人事戦略について、相互に連携させることが困難であることが関係しています。また企業内を横断してデータ連携を実現する上で、組織を分断する壁が存在することも影響しています。

 

ストーリー構築が困難な理由

次の3つの「つながり」が不十分であることが示された。
 

  • 人材データと企業価値向上のつながり 71%

  • 経営戦略と人事戦略のつながり 70%

  • 人材データに関する部門間のつながり 67%

 

開示が困難な理由としては、労働力の確保が難しいことや、正しい情報の収集ができないこと、データ分析スキルが弱いことなどが挙げられます。ストーリーを構築することを困難に感じている企業ほど、こうした点を課題視する傾向が強いです。

 

質問:人的資本の情報開示を行うにあたり、以下についてどの程度難しいとお考えかお聞かせください。

 

企業価値向上に向けたダイバーシティーとサクセッション施策

興味深いことに、情報開示の取り組みとして「力を入れている項目」と「実施が困難な項目」の双方において、ダイバーシティーが上位に挙がっています。また、投資家が重視する項目であるサクセッション・プランについては、企業の取り組みがあまり進んでいないことがわかりました。

ダイバーシティーは、取り組みが進んでいる一方で、困難さも強く実感されているという点は注目に値します。2割の企業が、ダイバーシティーは収益に貢献しないと回答しており、企業価値向上の観点でダイバーシティー施策に取り組めていない企業が少なくないと言えます。女性活躍推進法により、女性の地位向上に向けた取り組みが進む一方で、女性の能力を活かしきれていない企業の実態が垣間見えます。また、ジェンダーの観点のみにとらわれることなく、ダイバーシティーを広い視点で推進することが求められます。

サクセッション・プランは、サステナブルな事業継続に不可欠だと考えられていますが、企業の取り組みは未だ追いついていません。経営者だけでなく、CxOと呼ばれる各職種のトップに続くマネージャー層まで、サクセッション・プランの対象を広げていく必要があります。後継者を短期間で育てることは容易ではないため、後継者育成プログラムのターゲットとなる優秀な人材を、早い段階で見定めることが肝要です。

 

情報開示に向けた投資家からのアドバイス

本調査では、人的資本情報開示に向けた期待や課題について機関投資家にインタビューを行い、企業に向けたメッセージをまとめました。企業にとって役立つであろういくつかの内容を企業が取り組むべき施策と併せてご紹介しています。

 

投資家コメントの抜粋
 
  • 開示情報には、必ずしも定量的な説明がなくてもよい。企業の取り組みが将来の価値を生むものだと納得できる定性的な説明がなされることが重要である
     
  • サクセッション・採用・育成・離職は人材確保や企業文化に関わることから、投資家が特に重視する項目である
     
  • 開示情報は、企業が独自に指標を示し、ビジョンを達成するために必要なものであることを説明することが肝要だ

 

また、複雑かつ多くの情報が含まれる人的資本情報の開示には、企業が発行するさまざまな媒体が使われています。しかし、投資家は統合報告書(アニュアル・レポート)が企業に興味を持つきっかけだと考えていました。企業にとっては、開示情報の選択だけでなく、コンテンツの検討も重要になります。

 

企業価値向上のためのアクション

内閣府指針やグローバル認証機関が提示する項目を開示するだけでは、企業の成長性や競争優位性を示すことはできません。企業をとりまく様々な外部環境を鑑みて、自社の独自性を示す情報はどのようなもので、経営戦略と人事戦略がどのように結びつき、企業価値をいかにして向上させるのかを示す必要があります。企業がこうした取り組みを行うためのアクション・ガイドについては、レポートをご覧ください。

 

執筆者

 

金子浩明

IBM コンサルティング事業本部
タレント・ トランスフォーメーション
アソシエイト・パートナー

 

 

山本愛

IBM コンサルティング事業本部
Institute for Business Value
コンサルタント
 

 


このレポートをブックマークする


著者について

金子浩明, IBM コンサルティング事業本部 タレント・ トランスフォーメーション アソシエイト・パートナー

山本愛, IBM コンサルティング事業本部 Institute for Business Value コンサルタント

発行日 2023年11月16日