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THINK Business

ニューノーマルで加速する“繋がる社会”——Thought Leaderに求められる視点

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藤森 慶太

藤森 慶太
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業 
戦略コンサルティング&デザイン 
事業統括 シニアパートナー


企業における経営管理、ファイナンス戦略、事業戦略、モバイル・デジタル戦略の策定から実装まで、幅広い経験を持つ。米IBM本社ファイナンスにおいてグローバル事業計画策定を経験。国内ではファイナンス・ストラテジー・リーダー、通信・メディア・公益サービス事業部長、モバイル事業部長、インタラクティブ・エクスペリエンス事業部長を経て、現職。さまざまな業界・業種にてファイナンス、テクノロジー、UXを基点とした事業・業務変革を支援。

テクノロジーの進化が加速する社会。人びとの価値観の多様化はもとより、新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)の影響で社会情勢は急激な変化を見せ、今、その進むべき方向について議論の必要性が高まっている。

そこで、IBMのシンクタンクであるIBM Institute for Business Value(以下、IBV)では、IBMのThought Leader(専門家)の知見を共有するプロジェクトとして「IBM Future Design Lab.」をスタートした。IBMが抱える多彩なThought Leaderが論点を提起し、テクノロジーと社会についての議論を深めていこうという狙いだ。

本稿では、Thought Leader Advisorとしてこの活動を率いる、グローバル・ビジネス・サービス事業 戦略コンサルティング&デザイン事業統括 シニア・パートナー 事業部長の藤森慶太氏に、プロジェクトの内容とともに、その背景や思いを語ってもらった。

より良い未来に向けて共創する社会を考える

——2020年8月にIBM Future Design Lab.がスタートしたと伺いました。その背景についてお聞かせください。

藤森 IBM Future Design Lab.は、私たちIBVのメンバーが中心となって展開するプロジェクトです。変化の激しい、かつニューノーマルと言われる時代において、ビジネスはもとより社会が目指す方向性を考えるための一石を投じるべく、IBMのThought Leaderの知見を共有するためにスタートさせました。

IBVは、IBMのシンクタンクの位置付けで、グローバルの経営層を対象とした調査「IBMグローバル経営層スタディ」といったレポートの発行や、さまざまな分野におけるビジネスの将来的な脅威、テクノロジーの進化やユースケースなどの調査・研究を実施してきました。さらに、そこからの洞察をもとにビジネスの将来像を描き、テクノロジー・カンパニーとして企業が抱える各業界固有の課題解決につながる戦略的見識を提供しています。

——IBM Future Design Lab.として、現在予定している活動はどのようなものになるのでしょうか。

藤森 最初の活動として「ニューノーマルで加速する繋がる社会」と題した6テーマについての動画を配信します。初回は「全体の論点提起」、続いて「#1 リアルとデジタル」「#2 専有と共有」「#3 グローバルとローカル」「#4 ヒトとAI」「#5 自由とプライバシー」「#6 経済活動と社会」と順次公開していきます。

論点を提起する初回は私がお話ししますが、各テーマについては、IBMの当該分野のThought Leaderと私が対談する形式を取ります。

#1 リアルとデジタル
リアルとデジタルがインクルージョンする社会のあり方とは。
<Thought Leader>
大手広告会社において消費者の行動心理を研究してきた経歴を持つ髙荷力氏と、お客様のモバイルを活用した業務変革を支援する事業部の責任者である鳥井卓氏。

#2 専有と共有
消費者・企業目線での専有と共有の動向を解説。
<Thought Leader>
国土交通省の官僚からIBMに参画した異色の経歴を持つ田中茂氏。

#3 グローバルとローカル
有事の際に企業が抱えるリスクとは。
<Thought Leader>
業務変革に関する分野で 20以上のコンサルティング経験を持つ寺門正人氏と、サプライチェーン・ロジスティクス領域において約17年のコンサルティング経験を持つ山岡史法氏。

#4 ヒトとAI(全2回)
(第1回)AIが普及する時代に求められる人材を解説。
(第2回)AIが普及する時代において、人とAIが共存する未来とは。
<Thought Leader>
人工知能学会Best Paper Awardを受賞した上甲昌郎氏と、組織変革や人材マネジメント領域で15年以上のキャリアを持つ鈴木久美子氏。

#5 自由とプライバシー
データ活用における個人の自由と社会全体の利益とは。
<Thought Leader&ゲスト>
米国系コンサルティング会社からIBMに参画し幅広いコンサルティング経験を持つ岡村周実氏と、ゲストとして、東京基礎研究所 所長の福田剛志氏。

#6 経済活動と社会
社会、環境、社員、株主といったさまざまなステークホルダーと企業の新しいつながりとは。
<ゲスト>
日本IBM代表取締役社長執行役員の山口明夫氏。

経営者も方向性が見えなくなる。そんな時代に向け、論点を提起

——まさしくIBMの知見を社会に共有するわけですが、このプロジェクトがスタートした背景をお聞かせください。

藤森 急速に変化する社会においてテクノロジーは欠かせない存在ですよね。ただ、5G、ブロックチェーン、AIなどのテクノロジーに閉じた話だけでは不十分です。社会においてテクノロジーをどのように活用するのか、社会を見据えた進むべき方向の議論が求められています。

そこでは、部分最適ではなく全体を俯瞰する必要があります。企業に携わる人、行政に携わる人、社会全体で考えなければならないでしょう。とはいえ、ニューノーマル時代に向けて市場や価値観の不確実性は増しています。さまざまな垣根を越えて社会を作っていく必要はあるものの、何が論点で、どこを押さえないといけないのか——経営者はどの方向を目指せば良いのかわからなくなっているのではないでしょうか。

私たちがどの程度の影響を与えられるのかはわかりませんが、その議論を進めるためにも、テクノロジー企業として論点を投げかけたいと思ったのです。

また、議論の裏付けの一環として、一般消費者を知る必要があると考えました。IBMは従来BtoBの市場調査などは積極的に行ってきましたが、コンシューマーのライフスタイルや価値観の調査などはあまり実施してきませんでした。このプロジェクトでは、一般消費者約2,000人を対象とした調査も実施し、新型コロナウイルス影響下での生活意識の変容を分析しています。

——IBMがこのような活動を展開する意義はどこにあるのでしょうか。

藤森 そもそも、企業は社会において、その存在意義や責任を問い続けなければなりません。昨今、「データでつながる社会」と言われるようになりました。ではその社会において、テクノロジー企業であるIBMはどう行動しなければならないのか。

IBMは、その前身である「Computing-Tabulating-Recording Company」時にタイム・レコーダーを開発し創業しています。そこには、働く人が“人でないとできない”本質的な仕事に携われる環境を作り出したいという思いがありました。タイム・レコーダーは米国の国勢調査における手作業集計を効率化するために、その後開発されたフロッピーディスクやハードディスクは保存や作業効率化のために、そしてバーコードは品番入力作業の簡素化のために開発されました。今開発に取り組んでいるAIもその一環と言えるでしょう。

また、このようなテクノロジーの進化は社会の根幹を支える基盤を作り上げ、その運用においては適切な倫理観が求められます。IBMでも、AIを開発・提供する企業として、その使い方に対しても明確な倫理規範や責任を示す「AI倫理のためのガイド」を2018年に発表しています。

たとえば、今回の新型コロナウイルスの影響で、一時的に遠隔医療が認可されましたよね。私たちが8月に実施した調査でも、55%の方が遠隔治療の利用を望んでいることが確認できました。しかし、遠隔治療にはリスクが伴うことから、本格的には導入できずにいたわけです。テクノロジーにより、何がどう変わって、私たちにどのような影響があるのか——つまり、倫理観はもちろん、その行動がどんな未来を作り出すのか、データやユースケースを交えて伝えていく責任もテクノロジー企業にはあるのです。

——藤森さんご自身は、その点についてどうお考えでしょうか。

藤森 当然、今回のプロジェクトには私個人の思いも反映されています。私は、新型コロナウイルスの前から企業活動全般において経済優先の考え方が加速していると感じていました。

たとえば、かつてTVや冷蔵庫などの家電業界は2〜3年に一度新製品が出るというサイクルだったのが、20年ぐらい前から毎年新型が出るようになり、最近では半期単位になっている分野もあります。企業が消費者の買い替えをあおるような経済活動優先のサイクルは、結局のところ消費者のクオリティー・オブ・ライフを上げるわけではない。また、新製品に大きな機能変更があるわけでもなく、企業自身もそのサイクルに追いついていけていませんよね。

一方で、そのような経済優先の企業活動の弊害は大きいと思います。SDGsに代表されるような環境課題や持続可能な社会を見据え、そして地球をどのような状況で次の世代に残すのか、企業も社会も考え直すべきです。

ただ、これらの懸念は以前から有識者が指摘していたことで、実際に行動する企業もありました。しかしながら社会の大勢を鑑みると、変わっていないし、変わるきっかけもなかった。今回の新型コロナウイルスの危機は全世界にダメージを与え、強制力を持って考え直す機会を生み出したのです。世界は変わる時であり、そのために今こそ論点の提起をしなければならないと思っています。

さまざまなテーマで論点提起のほか、ユースケースも積極的に発信

——論点を提起するに当たり、第一弾の動画シリーズでは6つテーマを設定されたのですね。

藤森 はい。これからの時代に向けて、社会が抱える課題とともに、目指す方向性を考えるためのテーマです。ただ、6つのテーマは議論の糸口であり、また、IBMが考える方向性を示しているわけではありません。それぞれのThought Leaderと一緒に論点を探りたいと思っています。

——どのようなお話が出てきているのでしょうか。

藤森 たとえば、「#2 専有と共有」では、国土交通省の官僚として公共部門の民営化などに携わった後、2006年にIBMに参画し、成長戦略や組織改革など多岐にわたる分野でコンサルタントとして活動する田中茂さんに登場いただき、対談しています。そのポイントの1つが「“すべてを最高にする概念”を捨てさる勇気」です。つまり、最高のサービスを自社で全て提供する必要はなく、必要なのは提供価値のメリハリだという考え方です。先ほど紹介した生活意識調査の中でも、「先が読めない中では、まず行動して、改善していけばいい」という価値観に共感する人が7割に達していました。

従来の「お客様は神様」「おもてなし」などの価値観を当たり前のように享受してきたサービスは、新型コロナウイルスの感染が広がったことで、そこで働く“エッセンシャル・ワーカー”がいて初めて成り立つという、当然のことをあらためて実感させられることになりました。よく言われる医療従事者や小売業者はもちろん、宅配業者などもそうです。

また、電力やガスのようにライフラインに必要な事業は、概ね民営化されましたよね。民間企業は顧客を選ぶ権利があるという大前提を鑑みると、自社の判断でサービスの提供を拒むことができますが、それはやりませんし、出来ませんよね。ここでは、私たちはお客様であって、お客様ではないという考え方ができるでしょう。

そのような背景のもと、サービスを享受する側であっても、いかに社会に必要なサービスを守っていくのか、事業の継続性を再認識するべきですし、提供する企業側もサービスのあり方を再考する時だと思います。消費者にとって必要となるサービスの維持のために、如何にユーザーをサービスに参画させるのか? という観点です。

たとえば、運輸業界では以前から、宅配の担い手が減るのに物流量は増えるというジレンマを抱えていました。大手企業は、荷物を対面で手渡しするという手厚いサービスが強みだったのですが、利用者は対面の受け取りにこだわる人が多いわけではありません。むしろ、ニューノーマルの時代において非接触型のサービスが求められています。その結果、玄関前に置く“置き配”の導入を拡大することで、企業は事業の本質である“物を届ける”に注力した経営が可能になるのです。今だからこそ、そのような新しい挑戦にどんどん取り組むべきではないでしょうか。

——IBM Future Design Lab.は、そのような議論を自分や自社のこととして捉えてもらえる場にしていくということですね。

藤森 そうですね。論点の提起とともに、先述したようなユースケースを発信していきたいです。IBMが手掛けたかどうかに関係なく、ヒントになるもの、インスピレーションにつながるものを取り上げたいと思っていますね。

また、新型コロナウイルスのような大きな出来事を発端とした活動は、時間の経過とともに最初の気持ちが薄れていくということがよくあります。そのため、6つのテーマは、論点の軸足でありピン留めのようなものにしたいと思っています。各軸足に対して、半年、1年などのサイクルで実際に企業や社会がどう変化したのかを定点的に発信してもいいかもしれません。定期的に、社会の方向性を問う場にすることも考えられます。

ニューノーマルの社会では、自社の存在意義を考えることが不可欠

——ニューノーマルの社会において、Thought Leaderにはどのような思考が求められるのでしょうか。

藤森 調査で消費者がどのようなところにお金を使うようになったのか、新型コロナウイルスが落ち着いたら何に使いたいのかなども調べました。調査結果から明確に言えることは、そのような消費意向の背景に、これまで以上に自分の家族や自分自身の健康といった、平穏に暮らせることに価値を感じる人が増えているという事実があることです。

また、消費を通じた支援意識も高まりを見せ、必ずしも経済的な便益だけでは動かなくなったという傾向も明らかになりました。もちろん、生活を鑑みると経済的側面は上位に位置する価値観ではありますが、この価値観の変化を企業はちゃんと押さえておく必要があります。たとえば採用でも、高い報酬だけではなく、やり甲斐や社会貢献といった意味報酬が大切になるでしょう。

そのため、IBMも含め、ある程度の規模の企業は、収益が出ればなんでもいいというのではなく、自社が存在する意義を明確にしておかなければならないと思います。その上で、消費者とどう向き合うのかも重要なポイントです。

たとえば、新型コロナウイルスが発生した後、生産者を応援する動きがありました。消費者がクラウドファンディングなどをして直接生産者を応援するというもので、これにより救われた企業や生産者がある一方で、応援が受けられなかったところもあります。その違いを考察すると、消費者とのつながりや接点をどう作ってきたのかが問われていると捉えることができます。

とはいえ、これが正解というものはありませんし、地道な議論を進めていく必要があるでしょう。そのために、IBM Future Design Lab.では、ユースケースをしっかり出していくつもりです。

——企業の存在意義を明確にし、変化する社会や価値観を踏まえた変革を成すには、テクノロジーが不可欠であり、その点でDXの重要性は増すと考えられますね。

藤森 企業のDXの重要性は言うまでもないでしょう。重要性は認識しているものの、何から実行していけば良いかわからないという相談を多くいただきます。業界や企業規模によって方向性はさまざまあると思いますが、まず、企業の存在意義、社会に与える価値は何かを考えることから始めて欲しいなと思います。

さらにもう一つ、社会は何のためにテクノロジーを進化させて、大量のデータを集めてきたのかを再考したいです。それは、特定の企業が利益を上げるためではないはず。現在、4割を超す人たちが、DXを前提とするサービスの進化に期待しています。だからこそ、DXは何かをデジタル化したら終わりではなく、より良い社会を作り、人びとの生活を豊かにするためであるべきだと思いますね。

企業も行政も人びとも一緒に考えて、より良い社会の共創を

——IBM Future Design Lab.の今後の展望をお聞かせください。

藤森 IBM Thought Leaderの知見をお届けする6テーマの動画配信の後は、賛同いただける企業を巻き込んでいきたいという思いがあります。企業だけでなく行政も重要です。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、行政のデジタル化の遅れが指摘されましたが、「行政のDX」をする必要性もあるでしょう。

たとえば、医療データがオープン化されれば、災害時にどの病院に搬送されても当人の記録が取り寄せられ、すぐに処置を受けられます。無駄な検査をする手間が省ければ、助かる命は増えるはずです。もちろん、セキュリティーを担保した上でのことですが、やはり企業だけで実現することは難しく、行政の責任のもと現実化を進めるべき案件だと思います。そのために、消費者へのメリット/デメリットを広くオープンにして議論を進めるべきです。

一般的に、どの論点でも反対意見があり抵抗勢力がありますが、議論をしなければ始まりません。ぜひ動画「ニューノーマルで加速する繋がる社会」をご覧ください。私たちはさまざまな視点で、企業、行政、人びとと一緒に、より良い社会に向けて考え、共創していきたいと思っています。そして、それにつながる議論ができることを楽しみにしています。

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