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食品製造業におけるデジタル変革

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佐藤 信広

佐藤 信広
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部 流通サービス消費財事業部
部長 シニア・マネージング・コンサルタント

20年以上にわたり、主に製造業でのサプライチェーンおよびスマートファクトリーのコンサルティング経験を持つ。サプライチェーンの計画領域や分析領域、システム導入などさまざまなSCMプロジェクトに従事しており、グローバルのプロジェクトや新興国におけるサプライチェーン推進プロジェクトの経験も豊富。また、日本IBMにおけるスマートファクトリー・チームの立ち上げをリードし、エッジ・コンピューティングとデータ連携するアナリティクス・データクラウド基盤「CFC analysis platform」のソリューション開発を主導。大手製造業のお客様とIBMのスマートファクトリー分野での協業活動も積極的に推進している。

製造業においてIndustry4.0の実現に向けて取り組みが先行したデジタル・トランスフォーメーション(DX)だが、その成果を消費財製造業(食品・衛生用品・化粧品製造業)や医薬品製造業に展開するユースケースが増えている。こうした業種でも人材不足が深刻化し、デジタル技術を活用した業務の生産性向上が求められている。加えて新型コロナウイルス感染症(COVID19/以下、新型コロナウイルス)の感染拡大により、従業員の出社頻度を下げつつも業務を維持するレジリエントな体制づくりが急務となっている。

では、実際にどこからどのように変革を進めていったらよいのか——。プロジェクトの始め方や方法論、具体的なユースケースなどを取り上げ、食品製造業およびそのサプライチェーンを共有する食品流通業における、デジタル変革の成功のポイントについてご紹介する。

食品製造業のデジタル化、DXの必要性

まず食品業界の現状と課題について考えてみたい。農林水産省は2018年4月に、食品製造業の現状と課題、戦略の方向性および具体的な取り組み等を取りまとめた「食品産業戦略」を公表した。その中で同省は、日本の食品製造業は世界の食市場で独自の地位を占める潜在性を十分に有していながらも、それを実現する上では複数の課題が存在すると考察している。課題を克服し、潜在力を発揮するために、2020年代に各食品事業者が挑むべき目標として次の3点を掲げ、これらを日本の食品産業の「トリプル・スリー」として提言した。

  • 需要を引き出す新たな価値の創造による付加価値額の3割増加
  • 海外市場の開拓による海外売上高の3割増加
  • 労働生産性の3割向上
  • 食品製造業経営者がとるべきデジタル変革へのアプローチ

    前述の4つの領域はいずれも食品メーカーの経営の根幹を成す業務ばかりであり、変革の実現にあたっては部門最適だけでは十分な効果は上がらない。
    AIやIoT、エッジコンピューティングなどの先進デジタル技術を活用するためには、全社でデータを収集・蓄積・活用するIT基盤が必要である。こう考えれば、デジタル変革の成功要因の第一に「経営のリーダーシップ」が来るのは必然だ。実際に、変革をリードする経営者が共通して悩んでいるのが、「どこから手を付けてよいかわからない」という優先順位づけだ。

    ここを正しく経営判断していただくためにIBMがお客様に提案しているのが、「デジタル変革のグランドデザイン策定」のコンサルティングである。経営視点でデジタル変革の全体的な戦略を描いた上で、具体的な対象領域の確定と実施の優先順位へと落とし込んでいく。そして各領域を統合した変革の鳥観図を策定し、施策の連続性や関連性を考慮しながら、何をいつどのタイミングで実施するのか、実行計画を立案する。デジタル変革ではこのアプローチが非常に重要であり、成功の要因の一つとなる。

    中でも日本の食品産業が競争力を増すために戦略の柱とすべきは、生産性の向上、特に労働生産性の向上とされる。解決に向けては、自動化や働き方改革による労働生産性の向上が推奨され、機械化やIoT、AIなどの活用による省人化、低コスト化、人材育成による高度かつ効率的な作業の実現が、具体策として挙げられている。

    食品工場は原材料である農産物加工の観点から地方にあることが多く、人材の確保は都市部よりもさらに難しい。加えて、新型コロナウイルスの感染拡大や自然災害への対応のために、作業者の出社頻度を落としても生産が可能となる変革に早急に取り組む必要が出てきたのだ。

    変革のターゲットとなる4つの領域

    食品メーカーがデジタル変革を進める場合、対象となる領域は「マーケティング」「セールス」「ファクトリー」「SCM(サプライチェーン管理)と需要予測」の4つに分類できると考える。

    まず、企業としての成長を実現する上で優先順位が高いのは、最終消費者のニーズをつかんだ商品の企画・開発だ。「食品産業戦略」のトリプル・スリーにある「需要を引き出す新たな価値の創造」を実現していく上で、顧客嗜好の理解、海外市場でのブランド力強化やファンづくりに直結するデジタル・マーケティングは重要領域の一つである。

    デジタル・セールスは、昨今の新型コロナウイルスの感染対策により、Web会議の中での商談や商品説明、電子展示会などコンタクトレス・アプローチのような営業スタイルへの変革も急速に広がっている。

    「ファクトリー」のデジタル変革の重要性はすでに述べたとおりだ。食品や医薬品の製造においては、新型コロナウイルスの感染拡大や自然災害発生時にも安定供給を可能にするレジリエントかつ自律的な生産は、今や社会的な要請となっている。

    そして、調達・生産・物流・販売を横断するSCMの一層の自律化と最適化も急がれる。新型コロナウイルスの感染拡大により市場の需給動向が世界的に不透明な状況下でも、AIを活用し需要予測の精度を上げることができれば、安全在庫を精緻に読み切り、在庫金額や荷役運賃費を削減できる。加えて需要予測に関わる営業のワークロードも低減でき、さらには生産計画・原材料発注の精緻化にもつながる。

    食品製造業経営者がとるべきデジタル変革へのアプローチ

    先述の4つの領域はいずれも食品メーカーの経営の根幹を成す業務ばかりであり、変革の実現にあたっては部門最適だけでは十分な効果は上がらない。

    AIやIoT、エッジコンピューティングなどの先進デジタル技術を活用するためには、全社でデータを収集・蓄積・活用するIT基盤が必要である。こう考えれば、デジタル変革の成功要因の第一に「経営のリーダーシップ」が来るのは必然だ。そして、実際に変革をリードする経営者が共通して悩んでいるのが、「どこから手を付けてよいかわからない」という優先順位づけだ。

    ここを正しく経営判断していただくためにIBMがお客様に提案しているのが、「デジタル変革のグランドデザイン策定」のコンサルティングである。経営視点でデジタル変革の全体的な戦略を描いた上で、具体的な対象領域の確定と実施の優先順位へと落とし込んでいく。そして各領域を統合した変革の鳥観図を策定し、施策の連続性や関連性を考慮しながら、何をいつどのタイミングで実施するのか、実行計画を立案する。デジタル変革ではこのアプローチが非常に重要であり、成功の要因の一つとなる。

    インテリジェント・ワークフロー ~デジタル変革を進める業務設計~

    次に、デジタル化する業務設計を進めていくのだが、その鍵となるのが以下の3つの視点だ。

    1点目は「横断的」であること。サプライチェーンの組織がエンドツーエンドでつながり、人の介在を極小化した状態で最適な業務プロセスを実行する。2点目は「動的」であること。収集したデータから得られた新たな洞察に応じて、ルールやプロセスがスピーディーかつ自動的に変更される。3点目は「人間的判断の自動化」だ。社内外でデータを活用した知見により、人とAIが協働しながら価値を創出していく。

    IBMではこの目指す姿を「インテリジェント・ワークフロー」と呼んでいる。インテリジェント・ワークフローを実現するデジタル業務設計を進めることにより、全社として最高の効率化が実現できる上、データの全社共有化と各部門でのAIの活用もスムーズに進む。

    出典:日本IBM

    労働生産性向上に効く、製造現場とSCM領域のユースケース

    以下、具体的な取り組みの例を紹介する。先に説明したデジタル変革の対象領域の中で、特に労働生産性向上という観点で、DXの取り組み効果、優先順位が高いと思われる「ファクトリー」と「SCMと需要予測」の領域を取り上げて、代表的なユースケースを見ていこう。

    ■ファクトリー領域
    まずスマートな製造、すなわち工場の省力化、省人化を図る取り組みだ。新型コロナウイルスへの対策から業務継続基盤の強化が求められていることに加え、次世代戦略として工場オペレーションにAI技術などを導入し、業務の省人化や自動化、工場勤務者の働き方変革を進めていくことが考えられる。

    ユースケース1:製造現場の省人化・無人化に向けた設備保全業務の変革
    製造現場における装置の運用や設備保全業務は従来、人が直接行うケースが多かった。先進技術を活用することで人への依存度を低減するとともに、故障予測など、よりプロアクティブな対応を可能にする。

    IBMは、設備保全におけるデジタル変革を実現するソリューションとして「IBM Maximo」を提供している。IBM Maximoの中で今、お客様から最も注目を集めているのが「Maximo Asset Performance Management(Maximo APM)」である。Maximo APMは保全管理の基盤システム「Maximo Enterprise Asset Management(Maximo EAM)」の上での稼働を基本としているが、必要なデータが揃っていればMaximo EAM以外の保全基盤システムとも連動が可能だ。

    Maximo APMは設備の状態をモニタリング(MONITOR)し、異常をAIが検知する。またMONITORによって収集されたデータから設備稼働の健全性(HEALTH)を分析&判断し、5つのモデルテンプレートから故障予知を行う(PREDICT)。このように、IBM Maximoは設備・機器データとAIの戦略的活用により、設備保全管理のコスト削減と稼働率向上を実現する。

    出典:日本IBM

    加えて、AIがどのように設備保全現場の技術継承を支援するかについて補足する。ここではIBM Watson(Watson)の活用例を紹介する。

    1つ目は、テキスト学習による支援の例だ。これは異常報告書などに記録されている書き言葉をWatsonで自然言語解析し、熟練工の技能継承に役立てるもの。若手の保全員がタブレットなどを現場に携行して、チャットボットを使って熟練工の知見を参照し、設備の迅速な修繕に役立たせることができる。

    2つ目は、Watsonに数値を学習させ、活用する例だ。食品製造工場の多くにはカメラやセンサーの情報を管理している部屋があり、そこに数名から十数名の方が日夜交代制で勤務している。その管理をWatsonに任せることができる。設備の時系列の健康状態(ヘルススコア)を監視し、閾値を超えていない状態でも怪しい動きがあればWatsonが感知する。

    実際に導入したお客様では、問題が起こらない時間がほとんどのため、結果として90%のワークロードの削減につながった。スマホやタブレットがあれば、遠隔からでも仕事が可能になる。

    出典:日本IBM

    ■SCMと需要予測の領域
    食の安全を守り、消費者からの信頼を保つため、生産・加工から流通販売までサプライチェーン全体でのトレーサビリティを確保することは、食品業界の最重要課題の一つだ。食品ロス削減にも国際的な関心が高まっている。こうした課題の解決には自社内の取り組みに加え、取引先と連携して進めていくことが不可欠となる。

    ユースケース2:AI活用による需要予測精度の向上
    食品ロス削減について、日本では農水省が2030年度までに2000年度⽐(547万トン)で半減させる(273万トン)目標を立てた。食品流通業もワーキングチームを作り、商習慣の見直しに関する検討を重ねている。こうした中、AIを活用した需要予測の精度向上に取り組む食品流通業が増えている。需要予測精度向上は、在庫の過少・過剰を抑制し、食品ロス削減に貢献する。その他にも生産や在庫計画、物流計画など後工程も含めると得られる効果は大きい。もちろん、以前から取り組み進んでいる領域だが、“予測の内容”はAIの活用により進化を遂げている。

    IBM Watsonの需要予測アシスタントは予測要因を洗い出し、適切な重み付けをして、影響の仕方を分析する。活用可能な外部データをWatsonに機械学習させることにより、スコアリングの精度を高める。POSなどの実績データはもちろん、価格動向や計画、イベントやSNSのつぶやきなどの外部要因をいかに需要予測に投入できるかが需要予測の精度向上につながる。こうした取り組みに加え、営業日報の書き言葉のような非構造化データも分析対象とすることで、予測の精度向上に貢献させられないかといったチャレンジも考えられる。

    また、最適な需要予測を起点とし、さまざまな計画領域(調達・生産・在庫・配送・要員など)での業務変革/テクノロジー活用に取り組むことで、さらなる効果を享受することが期待できる。季節変動を考慮するとともに、ロスを極力減らせないか、それをどこまでITで改善できるかについて、多様なデータを分析に盛り込み、計画精度の向上に挑戦している企業も増えている。

    出典:日本IBM

    ユースケース3:ブロックチェーン活用によるトレーサビリティの実現
    IBM Food Trustは、生産者や加工業者、卸売業者、流通業者、製造業者、小売業者等の協業ネットワークであり、食品サプライチェーン全体の可視性と説明責任を強化する仕組みだ。サプライチェーンの情報をブロックチェーンに記録し関係者間で共有することで、食品の安心・安全を訴求するとともに、トレーサビリティを実現する。

    IBM Food Trustでは消費者に対して、原材料産地が安心・安全性にしっかり配慮していることの証明と検索の迅速性を提供する。同時に、魚の乱獲をしていない、森林伐採をしていない、児童労働を強制していないといった情報も取れるため、エシカル消費にも自ずと対応する。加えてサプライチェーン全体で原材料、仕掛品、製品の在庫がどこにいくつあるのかが可視化される結果、小売業や外食企業から入る過度な発注を抑制するような効果も含めて、サプライチェーンの最適化、フードロスの削減など、SDGsにつながることが期待される。

    出典:日本IBM

    具体的な課題解決策を提案し、総合力でお客様のデジタル変革をサポート

    今後、食品・流通業界では、自社の工場内、あるいは取引先を含めたサプライチェーン全体の最適化を図る動きが進んでいくと見ている。

    企業経営においては、そうした大きな事業展開における意思決定を下しつつ、工場の日々のオペレーションの改善や取引先との連携など、具体的な施策を打っていくことが求められる。

    IBMは、AIやIoT、ブロックチェーンといった先進テクノロジーをはじめ、システム開発、クラウド環境など、課題に対するさまざまな解決策を持っている。技術面のサポートに加え、コンサルティングも我々の得意とするところだ。食品業界に特化したスペシャリスト集団がおり、グローバルでの豊富な経験と知見を駆使しつつ、さまざまなアプローチ手法、コンサルティング手法をベースにお客様をご支援していく。同時に、他業界における事例やノウハウなども組み合わせて、「人」「設備」「モノの流れ」のデジタル変革についてさまざまなアイデアを提供できる。IBMは総合力を結集して、お客様のデジタル変革を強力に推進していく。