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デジタル変革によるメディア業界の再構築とその未来

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関根亮太郎

関根亮太郎
日本アイ・ビー・エム株式会社 戦略コンサルティング&デザイン統括 アソシエイト・パートナー


コンサルティング・ファーム数社を経て日本アイ・ビー・エムに入社。事業戦略コンサルタントとして、ハイテク、自動車、メディア、素材、流通などの業界において、事業戦略、海外市場参入戦略、新規事業企画、組織改革、先端テクノロジーを活用した戦略および実行支援等のプロジェクトをリード。特に、米国、欧州、中国、東南アジアなど、クロスボーダー環境における戦略立案から実行支援までの経験を多く有する。理工学修士。

 

メディア業界、特に欧米企業においては、AI、ブロックチェーンなどの先端テクノロジーを活用したデジタル変革が推進されており、日本市場にも積極的に進出しつつある。日本企業はこれらのデジタル変革の本質および脅威を正しく把握すると共に、ビジネスモデルやオペレーションモデルを再設計する必要がある。本記事では、欧米企業におけるAI、ブロックチェーンテクノロジー導入事例と今後の展望から、日本企業への課題を提示する。

 

パーソナライズドサービスを洗練させ、ユーザーを囲い込み

メディア業界におけるバリュー・チェーン・エコシステムは、先端テクノロジーを活用した企業によってさらなる変化を見せつつある。中でも、利用者のモバイル接点を適切に捉えたデマンドサイドのプレーヤーは、AI、ブロックチェーンなどのテクノロジーを積極活用し、バリューチェーン全体を最適化することで、メディア業界における立ち位置を確固たるものとしている。

従来のメディア業界におけるサービスエコシステムは、AI、ブロックチェーンに代表される先端テクノロジーの影響を受け、大きな変化の渦中にある。視聴者のスマートフォンを活用したデジタルコンテンツ視聴時間は増加の一途を辿り、既存の出版・音楽・新聞・TVなどの業界は、変革の波に晒されているのだ。

音楽業界を例にとると、動画無料配信等の発展により、CD販売数の減少に歯止めが効かず、収益の源泉は、ライブなどの体験型・参加型サービスに移りつつあった。しかしながら、昨今、デジタルプラットフォームを活用した業界内のプレーヤーは、CDなどのメディア販売を介さず、視聴者の音源視聴行動そのものからの収益化も実現しつつある。

特に、Spotifyの音楽配信プラットフォームにおけるビジネス的な成功は記憶に新しい。同社は、約4000万曲もの音源視聴を基本無料とし、容易に新規ユーザーを獲得した上で、優れたUI/UX、AI活用による楽曲レコメンドをはじめとしたさまざまなパーソナライズドサービスにより、視聴者の属性や利用シーンに応じた新しい音楽体験を提供。ユーザーを絶えず魅了し、囲い込むことに成功している。マネタイズ手法という点に関しても、広告収入だけでなく、音質向上などのヘビーユーザーが欲しくなるようなプレミアムサービスを提供する有料プランを組み合わせることにより、複層的で安定した収益化に成功。同社の企業価値はおよそ2兆円にまで成長を遂げた。

 

ブロックチェーン適用による業界エコシステムの最適化

Spotifyが推進するのは、UI/UXやAIの活用・洗練化のみではない。2017年、音楽著作権管理強化のため、Spotifyはブロックチェーンによる著作権管理ソリューション提供企業、Mediachain Labs社を買収した。従来、音楽著作権管理は作詞・作曲家、アーティスト、レーベル、著作権管理団体、音楽配信業者などを含む多様なステークホルダー間の複雑な契約形態の下行われており、著作権管理団体の業務工数は当然ながら肥大化。作詞・作曲家などのコンテンツプロバイダーに著作権使用料を支払うまでに数カ月以上もの多大な時間を要しており、作詞・作曲家側のキャッシュフローをも圧迫していた。

しかし、SpotifyがMediachain Labsのブロックチェーン技術を活用することで、著作権管理団体などの第三者を介することなく、音楽配信業者であるSpotify自身が、配信楽曲に関する著作権管理・支払いを最適化させる仕組みを保有することが可能になる。したがって、従来は数カ月かかっていた著作権料の支払いスピードは大幅にアップし、かつ支払いロジックや明細情報が透明化されるため、コンテンツプロバイダー側のキャッシュフローまでもが改善され、健全な業界バリュー・チェーン・エコシステムを、Spotifyのプラットフォーム上で実現することが可能になる。

巨大な顧客基盤を有し、サプライサイドに大きな影響力を持つデマンドサイドがリードして他の業界プレーヤーを巻き込んでブロックチェーンを導入し、バリューチェーン全体を最適化していく動きは、メディア業界に限って見られるものではない。海運業のMaersk、小売ではWalmartは、いずれもIBMとの提携により、業界に変革を起こしている。Maerskは、海運業におけるEnd-to-Endの物流業務を可視化・効率化し、Walmartは、食料品のトレーサビリティー領域でのEnd-to-Endの可視化により、最終消費者が詳細な品質を確認できる仕組みを作った。

また、IBMは国を跨いだ著作権管理の仕組みとして、デジタル著作権管理領域におけるブロックチェーン技術を活用した可視化の取り組みを、仏国SACEM、米国ASCAP, 英国PRSと共に推進している。

 

デジタル変革がもたらすさらなる進化

上記のように、業界内のプレーヤーを跨いだデジタル著作権管理の仕組みが構築されることで、今後どのようなサービスの進化が考えられるだろうか。

例えば、この仕組みを活用したプラットフォームをアマチュアミュージシャンに展開することで、従来アマチュアでは管理が困難であった版権登録が手軽に行える上、著作権を保護されたコンテンツは安全に視聴者に供給されれば、ミュージシャンも安定した収益を獲得できるだろう。そして、プラットフォーム上で視聴者の評価が高いアマチュアミュージシャンは、メジャーレーベル、芸能事務所等から発掘されやすくなり、ファンディングなどの支援を受けて、より高品質な楽曲を提供することができるなど、業界全体の新陳代謝を高める効果も期待できる。

加えて、AIが進化することで、作詞・作曲家に最新の視聴者トレンドに合った楽曲情報を提供できるであろうし、さらにはAI自身が作曲を学ぶことで、各視聴者の好みに合った楽曲を自動で作曲するようになるかもしれない。

他にも、著作権管理の対象を楽曲に留めずアーティスト自身にまで拡張することで、アーティストのグッズ、その他楽曲以外の商材全般の管理・販売、ライブチケットの販売、ライブ動画の独占配信など、アーティストの活動のすべてを支援するプラットフォームに進化する可能性もある。

総じて、ブロックチェーンの導入に成功した企業は、他社との合意形成に基づく必要はあるものの、業界エコシステム全体のデータにリーチする権利を得て、それをAI技術と組み合わせることで、デマンドサイドとサプライサイド双方に恩恵をもたらすプラットフォームサービスの提供ができるようになっていくことは、想像に難くない。

 

変革の波はすぐそこまで来ている

メディア業界は、デジタル商材との親和性が高く、他の業界と比べて相対的にデジタル化が進んできた。Spotifyのように、この領域でユーザーを獲得し、囲い込むことに成功したデマンドサイドのプレーヤーは、AIやブロックチェーンの先端テクノロジーを積極活用することで、サプライサイドを含むバリューチェーン全体の最適化を図り、さらに存在感を増してきている。一方で、Bitcoinやイーサリアム上のDApps(分散型アプリケーション)に代表されるパブリックブロックチェーンを活用したベンチャー企業によるICO、P2Pサービスもいくつか立ち上がってきている。仮想通貨・トークンと通貨・有価証券との関係性に基づく法規制の影響が注目されているものの、これらの企業の市場参入が、いつ既存業界を破壊するかはわからない。

他の業界よりも早くその波が到来すると見られる既存のメディア企業は、このような先端テクノロジーがもたらす自社への影響を、早期かつ正確に把握し、自社の事業戦略に対応策を積極的に組み込んでいくことが強く求められる。

photo:Getty Images

 

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