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THINK Business

デジタル変革第2章が今、始まる。見えてきたDX時代の企業像

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山口明夫

山口明夫
日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長執行役員


1987年日本IBM入社。エンジニアとしてシステム開発・保守に携わった後、2000年問題対策のアジア太平洋地域担当、社長室・経営企画、ソフトウェア製品のテクニカルセールス本部長、米国IBMでの役員補佐を歴任。2007年以降はコンサルティング、システム開発・保守や、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)などの領域でお客様の企業変革を支援するグローバル・ビジネス・サービス事業を担当し、理事、執行役員、常務を歴任。2017年より取締役専務執行役員、グローバル・ビジネス・サービス事業本部長に就任。あわせて、IBMコーポレーションの経営執行委員に就任。2019年5月より日本IBM 代表取締役社長執行役員。

 

小林弘人

小林弘人
インフォバーン 代表取締役Chief Visionary Officer


1994年、日本のインターネット黎明期に「WIRED」日本語版を創刊し、1998年に株式会社インフォバーンを設立。企業のオウンドメディアやコンテンツ・マーケティングの先駆として活動。2005年、内閣府によるコンテンツ政策委員会に参加。2007年、全米で著名なブログメディア「GIZMODO」の日本版を立ち上げる。2016年にドイツ・ベルリン市主催のAPW2016で日本人スピーカーとして参加。ベルリン最大のテック・カンファレンスTOAの公式日本パートナーとなり、毎年ベルリンへの企業内起業家向け視察ツアーや日本でのイベントを展開。現在はインフォバーンにて「Unchained」という企業内イノベーターが集まれるビジネス・ハブを発足、ブロックチェーンやフライングカービジネスの教育や社会実装に注力。自著・監修本多数。『フリー』『シェア』(NHK出版)など監修・解説を担当。

IBMが今年2月に米国サンフランシスコにて開催した「Think 2019」で、ジニー・ロメッティ会長兼社長兼CEOは、デジタルトランスフォーメーションの第2章が始まったと述べた。そんな中、IBMは2019年のテーマとして「コグニティブ・エンタープライズ(Cognitive Enterprise)」を掲げた。日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長執行役員を務める山口明夫と、デジタルエージェンシー株式会社インフォバーンのCVOで、ブロックチェーンビジネスに注力している小林弘人の対談を通して、いまIBMが構想するデジタル変革の道筋を描き出す。

 

2019年に始まったクラウド化の第2章

小林 経済産業省が発表した「Connected Industries」のコンセプトや、ドイツが進める「Industrie 4.0」ほか各国の類似する潮流を受け、近年、企業ではクラウド化、AIの導入が目立ってきましたね。

山口 そうですね。コンピューティング資源を含む情報技術の発展により、大量かつ複雑なデータへの対応が可能になりました。我々のお客様でもAIやクラウドの導入を進められており、経営・業務に必要不可欠なテクノロジーとして認識されています。例えば、コールセンター業務の効率化などではいろんな場面でAIが活用され、お客様からの照会応答支援やチャットボットの導入事例などがあります。またクラウド化という観点ではハードウェア・インフラのインターネット経由の利用(IaaS)だけでなく、業務ソフトウェアのクラウド活用(SaaS)も増加の一途を辿っています。

クラウドやAIをご支援する企業はIBMをはじめ、AWS、Microsoft、Googleなど、多くの企業が存在します。お客様は単一のベンダーサービスを利用するのではなく、気が付くとさまざまな業務部門でいろんなクラウドやAIをバラバラに採用されていることが多いです。企業全体で見ると、どのようなクラウドが活用されているのか、AIの利用状況はどうなっているのか、分かりにくい世界が広がってしまっているのが現状です。

小林 IBMが主催し、最新技術などを紹介する年次イベント「Think 2019」では、デジタル変革の第2章が始まったという発表がありましたね。

山口 テクノロジーや社会が、かつてないほど融合し、インパクトを与え始めている。そうした背景を元に、ビジネスを再構築する時代がやってきています。企業にとっても新しいテクノロジーを試行錯誤する時代から、自社のデータなどの資産を活用し、基幹業務の変革に入る新しい時代となる。これをIBMではデジタル変革の「第2章」と呼んでいます。

では第1章とは何だったのか。これは過去10年において企業の変革は、変化する顧客の期待、ソーシャルネットワークの発展など外からの期待・要求に応えるOutside-inが中心でした。ITコスト削減や、導入スピードを短縮するためのクラウドの適用や一部の業務エリアでAIなどのテクノロジーを活用するというのが、第1章で見られた企業のデジタル変革の一例です。

それが自社のデータを利用して、オートメーション、ブロックチェーン、AIを活用するなど内から起こすInside-outに変わりつつある。これからは企業が「攻め」に入る時代です。この新しいビジネスモデルを実現する企業を、私たちは“コグニティブ・エンタープライズ”と呼んでいます。そして、企業が保有している自社のデータが非常に重要になります。クラウド化して世の中に出ている情報は全体の20%にすぎず、企業の中に80%が眠っています。何十年も運営されてきた企業にとっては、画像や音声など宝の山のデータが蓄積されています。それを活用して、大きく変革するタイミング、クラウド化の第2章がやってきたのです。

 

IBMが示すコグニティブ・エンタープライズというデジタル時代の道しるべ

小林 2019年からIBMが、企業の理想像としてコグニティブ・エンタープライズを掲げているのはなぜでしょうか。

山口 コグニティブ・エンタープライズは、経営と情報テクノロジーの歴史的なコンテキストのもとで、これからはこういう考え方が必要だろうと定義、提唱するものです。

もともとコンピューターは大量データの定型処理、業務生産性の向上を目的に企業が導入し始めました。さらに日本経済が失われた10年と言われた頃、コスト削減のためにリエンジニアリング・アウトソーシングが発展。専業サービスを提供するデータセンターが拡大します。またERPの第一次ブームが起きたのもこの頃でした。その後、オープンシステムやインターネットの普及を受け、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなどの進歩とともに、ITが「所有」から「利用」に移管してクラウドサービスが出てきました。

しかし、 AI、IoT、ブロックチェーン、ロボティクスや5Gなどテクノロジーが加速度的に大きく進化するにつれて、経営者には「最先端技術に乗り遅れないように」というプレッシャーが強くなってきました。技術だけではありません。ビジネスのエリアにおいても流行り言葉のようにいろんな考え方が出てきています。デザイン・シンキング、ガレージ、コ・クリエーション(共創)…。進化を続けるテクノロジーとメソドロジーの両方を活用しなければいけない。これではどんなに卓越したカリスマ経営者でも、企業を存続させ管理していくのは難しい。そんなお客様の声に答えようとIBMが提唱したのがコグニティブ・エンタープライズです。

小林 コグニティブ・エンタープライズとは具体的にどんなものなのでしょうか。

山口 現在、人口や地球の温暖化をはじめとする環境の問題など解かなければならない社会課題がたくさんある中で、企業・組織も大きな変革が求められています。高度化・複雑化した今日において、コグニティブ・エンタープライズとはデジタル変革を進めていく上での道しるべであり、全体図だとご理解をいただければと思います。

企業を俯瞰的に見て、1年後、3年後、5年後にどのようにデジタル変革を推し進めていくのか。そのあるべき姿・方向性を構想し、実行まで支援をさせていただくのが、IBMとして、今最も求められていることだと考えています。

デジタル変革を進める上で、どのようなキーワードが出てきても、全体の中で「ここのことを言っているのですね」と適切にナビゲートしていく。全体像の中でAWSはこの部分で活用する、IBMのブロックチェーン技術はここに適用できると説明していくのです。

さきほど申し上げたように、複雑化した環境においては全体像からデジタル変革を捉え、細分化して議論し、実行に移すことが必要です。そこで、上の図版のように、お客様のデジタル変革の旅路の中で必要な改革を7つの層で表現しました。

集められるデータやその活用方法が多様化している今日において、自社データや市場情報、特許やSNSなどの外部のデータや新しいテクノロジーを活用した新しい取り組みを可能とする「データを活かすための新しい取り組みができる経営」をするには、さまざまな論点が存在します。その論点も7つの層の重要な一つとして位置付けられています。

小林 7層の表現に基づきIBMは企業の現状分析をしていくのでしょうか。膨大な作業量がありそうですね。

山口 一から現状分析をする場合もありますが、お客様の状況によって対応は異なります。企業によって進んでいる部分、遅れている部分はまちまちです。例えば、まずは基盤のクラウド化から行なったり、また、データの整理から行なったり、ブロックチェーンのプロジェクトから開始したり、またたそれらを並行で進めたりと、その取り組み方法や順序はそれぞれ企業によって異なります。

小林 7層の概念を示すことが、企業にとって道しるべになると。

山口 企業は大規模な投資をし、デジタル変革を実現されようとしています。その大きなプロジェクトが動いている中、経営者の方々が全体の整合性を確認することが容易ではない。全体の絵で説明すると安心していただけるのです。自分たちがどこから来てどこに行くか分かるのです。特にITの世界では聞きなれない言葉を使いますよね。アジャイル、コンテナ、ガレージ…。これらはどこの何を言っているのか。そういうところもコグニティブ・エンタープライズというお客様のデジタル変革の旅路のモデルを使い、お役に立てればと思っています。

小林 コグニティブ・エンタープライズとマネジメントに関する事柄がセットで語られていますが、CTO一人に話せばよいというわけではないのですね。

山口 私達のお客様は、業務プロセスの改革に絶えずチャレンジされています。そしてAIやブロックチェーンなどの新たなテクノロジーに関心を持たれ、いかに経営・業務に貢献するためにテクノロジーやデータを活用すればいいのか、経営に寄与するITへ高い期待を寄せられているのです。

それを有効に経営に活用するためには、ITインフラの導入だけでなく、多くの業務部門にまたがったデータの活用方法を全社レベルで検討したり、新しいビジネス創出に、デザインシンキングやガレージという手法を取りれたりしていくことが重要です。それを実施するには、社員の方々は新しいスキルや考え方を取り入れる必要があります。敷いては、企業文化にまでその議論の範囲が広がることも十分にありえます。

その全体像の整理とアプローチの策定、実施をパートナーとして一緒に取り組ませて頂くのがIBMの役割と考えています。

小林 IBMはIT分野で、この図の中に含まれる個別のサービスも提供しています。さらにそれらをどう統合し、各種資源はもちろん、時間軸とゴールに照らし合わせて、全体像やそれに関する戦略立案を提供するのがコグニティブ・エンタープライズということですね。

山口 確かにIBMのチームではデジタル戦略策定を含む戦略コンサルティング、SCMや人財などの業務プロセス変革、クラウドを活用した実行支援、業務やITのアウトソーシングなど提供しているサービスは多岐にわたります。その個別のご支援だけでなく、一歩引いた俯瞰的な視点、つまり経営者の立場でのメッセージとしてコグニティブ・エンタープライズを打ち出していきたい。テクノロジーの変化が激しい世界だからこそ重要なのです。

小林 コグニティブ・エンタープライズを2019年2月にサンフランシスコで発表してから、反応はどうですか。

山口 トップの経営者からは「全体感が理解しやすくなった」との声を多数いただいています。

 

2025年の崖を乗り越えるための、次世代アーキテクチャー

小林 大企業のクラウド導入はどの程度まで進んでいるのでしょうか。コグニティブ・エンタープライズの元クラウド化を進めていく上で、業界ごとに状況も違うのではないでしょうか。

山口 各企業がもともと持っていたデータに加えて、外部のデータを含め集められるデータが多様化している今日において、そのデータを活かすための次世代のシステムを構築しなければならない。ブロックチェーンやAIなどの活用も検討しながら、統合的・包括的に見て企業をデジタル変革するための構想をしていく必要があります。そのデジタル変革を推進する上でテクニカルに表現したものが、上の図版である「変革実現のための全体アーキテクチャー」です。このアーキテクチャーは銀行、保険、製造、公共、ヘルスケアなど業界ごとにあります。「デジタル変革」へと進化するためのロードマップを提示し、企業全体の次世代IT戦略を業界ごとにまとめたものです。企業文化も含めた全体の中で、この次世代アーキテクチャーに基づいて、AIをはじめとしたテクノロジーを活用し、企業の継続的な成長をITの観点で検討できるようにしています。

小林 アーキテクチャーといった観点では、どの業界が一番進んでいると感じますか。

山口 製造業が進んでいますね。会計業務・人事業務・生産管理と自動化が進んできましたが、特に工場のシステムと企業の経営システムがつながってきました。IoTやセンサーの発達により、その取得データが経営管理やサプライチェーンの最適化のために活用できるようになったのです。ヘルスケアの分野も進んでいますね。DNAや病歴などの情報にAIを適用することで創薬にも役立つようになりました。金融も初期から変革に取り組んだ業界の一つです。

小林 経済産業省は企業が新しいテクノロジーを活用し、デジタル・トランスフォーメーションに着手できなければ、年12兆円の経済損失を被る「2025年の崖」という警鐘を鳴らしています。

山口 デジタル変革を標榜されるお客様が多く、デジタル部門を設置されるなど対策を進められている一方で、なかなか加速しない。その原因が、複雑化・ブラックボックス化してしまった基幹システムの老朽化です。新技術への十分な対応ができない上、刷新も困難な状況です。コグニティブ・エンタープライズという、DX時代の企業のあるべき像を目指し、1年後、3年後、5年後としっかりロードマップを作り、企業が変革していけば2025年の崖も乗り越えられる、そう思って一所懸命やっています。

 

AI時代に求められる倫理的人間力

小林 「Think 2019」で発表した「いかなる人も、ブラックボックスを無条件に信用するよう求められるべきではない」という考え方に共感します。AI時代と言われて久しいですが、これからますます透明性が重要です。ブロックチェーンの活用も含めて「TRUST(信頼)」こそがカギであり、なにが裏で行われているのかユーザーやコラボレーターは知る権利があります。

山口 例えばAI導入に関して、AIのブラックボックス化は悪の方向に必ず使われてしまうと考えます。可視化されていればテクノロジーは正しい方向に使われる。テクノロジーは社会や人の役に立つべきというのがIBMの理念です。またAI活用という観点で、IBMは新たなAI技術を開発するためのTrust and Transparency(信頼性と透明性)の原則の確立において業界をリードしてきた自負があります。その原則を実現するために、IBMはAIが正しく動いていることをチェックするためのAIを作成しました。また今やWatsonはIBMのクラウドだけでなく、パブリック・クラウドやオンプレミス環境など、どこでも利用できるようになりました。
AIについても、正しいデータを与えることで健康なAIを育てられると考えています。IBMは下の図版のようにAIに関する3つの基本理念を提案していて、より少ないデータでもAIが正しく動くように、AIを自動化するAIによってさらに効率的にAIを適用できるようにしています。

現状、ITプラットフォーマーによるデータの寡占化が進み、データは集めたもの勝ちになっています。石油が掘ったもの勝ちになったのと同じであるかのようです。しかし、データは所有者に帰属して大切にし、社会の秩序は護られるべきだと考えます。

小林 「Think 2019」で発表した「AI化を進める上で大切にすべきこと」の基本理念ですね。AIの分野では有無も言わさず国民からあらゆるデータを集められる中国が強いという観測もあります。

山口 さまざまな議論はあります。しかし、勝ち負けの話ではなく、一つのデータにいろんな意味づけができるのがAIでは最も重要だと思っています。例えばIBMであれば、「IT企業」、その裏に「社会とともに」などいろんな意味付けを持たせる、そんな考え方が今のAIの流れです。

小林 EUの一般データ保護規則(GDPR)が、個人情報やAIに波及していくと言われています。過度な利益追求や一つの業界を壊滅的に追い込むようなディスラプションを引き起こすことが時価総額を押し上げてきました。しかし、これからは個人と企業、そして社会はどのように共生すべきかといったビジョンが問われていくと思います。

山口 優秀な社員の定義は時代とともに変化しています。かつては計算ができる人が優秀な社員でしたが、計算機が出てきて代替されました。その後、いろいろな情報を入手して整理できる人がそうでしたが、インターネット上のデータで代替されました。さらにデータを分析できる人がそうなりましたが、AIによって代替されようとしています。これからはAIがアウトプットするものをいかに正しく活用するかを考えられる倫理的な人が求められる人材像になるでしょう。例えば、GDPRの規定に忘れられる権利(消去の権利)が加えられるなど、哲学的な問題が重要になっています。企業が人間社会にここまで影響を与えるようになった今、企業は人間の幸福をどう捉えるかを考えていく必要があるのです。

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