S
Smarter Business

顧客対応は止められない! コロナ禍、IBMは「在宅コールセンター」をいかに実現したか

post_thumb

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、2020年4月7日、首都圏を含む7都府県に緊急事態宣言が発令された。その1週間前に、すべての従業員を100%在宅勤務に切り替え、それまでと変わらない業務を提供し続けた組織がある。それが、千葉県 幕張に拠点を置く日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)のコールセンターだ。オペレーターを含む数百人規模のスタッフは、現在も在宅勤務を続け、以前と変わらない高品質のサービスを提供している。その秘密はどこにあるのか。担当者に話を聞いた。

24時間365日止まることの許されないIBMのコールセンター

IBMのコールセンターは、同社のソフトウェア、ハードウェアを利用している顧客企業からのさまざまな問い合わせに対応することをミッションとしている。同社のTSS事業統括 SWサービス事業部 マルチベンダー・クラウド・テクノロジー・サポート担当 澗隨 伸之氏は、その役割を次のように説明する。

「弊社サポート・サービスを利用されているお客さまには、金融や交通、電力……等々の、24時間365日、止まることの許されない社会インフラに直結するビジネスを展開されているお客さまが多数いらっしゃいます。それを支えるために、我々自身、24時間365日、常にサービスを提供し続けなければなりません。またコールセンターは、お客さまと直接会話できる重要な接点でもあります。得られた情報を会社全体で共有し、ビジネスにつなげていくことも、我々の重要な役割です」(澗隨氏)

同社のコールセンターは千葉県の幕張にあり、数百人のスタッフが業務を支えている。従来から、24時間365日、稼働を続けるために、在宅勤務を含めたBCP対策には重点的に取り組んできたという。TSS事業統括 SWサービス企画担当 横濱 奈美氏は、次のように語る。

「交通機関のマヒ、台風や大雨、降雪などの悪天候によってセンターに出社できない可能性があることは、かなり現実的で切実な問題でした。そこで、複数のロケーション、複数のサイトを組み合わせてビジネスを継続する体制は、新型コロナが猛威を振るう以前から整えていました。2019年10月には、それまで使っていたPBX(構内交換機)をクラウドPBXに移行し、インターネットに接続できれば場所を問わず電話対応できる環境へと移行しました」(横濱氏)

クラウドPBXの導入により、コールセンター業務を在宅で実現する下準備は整ったといえる。ただし、問題はもう1つあった。それが、長年使ってきたメインフレームベースの「チケット管理システム」だった。

チケット管理システムの刷新直後に起きた新型コロナウイルスのパンデミック

コールセンターのチケット管理システムとは、電話やメール、チャット、Webなどのさまざまなチャネルで寄せられた問い合わせを一元管理するシステムだ。問い合わせを「チケット」という単位で管理するため、そのように呼ばれる。

IBMのコールセンターでは、長年、同社のメインフレーム上で構築された独自のチケット管理システムが使われてきた。しかし、そのシステムは、決して使いやすいとは言えなかったと、横濱氏は次のように説明する。

日本アイ・ビー・エム株式会社
TSS事業統括 SWサービス企画担当
横濱 奈美氏

「これまでのシステムは、機能ごとにシステムが分かれていました。このため、オペレーターは自分のPCに複数のツールを導入し、システムごとにアクセス申請をして利用する必要がありました。また、そもそもシステムを使うためには出社しなければならず、BCPの観点でも問題がありました」(横濱氏)

そこで同社が選択したのが、カスタマーサービスのプラットフォーム「Salesforce Service Cloud(以下、Service Cloud)」だった。

「業務を止めないために、誰がどこにいてもお客さまを支援できる環境が必要でした。また、人の入れ替えが起きてもすぐにスタートできる分かりやすさ、シンプルさも重要でした。その点で、インターネット回線とWebブラウザがあれば利用できるService Cloudは、理想的なソリューションでした」(横濱氏)

こうして新しいチケット管理システムが導入され、既存システムからデータを移行し、クラウドPBXによる電話受付の確認、Service Cloudの動作検証などを行っていた矢先、新型コロナウイルスが発生する。

4月1日から全スタッフを在宅勤務にし、24時間365日止まらないコールセンターを実現

BCPを重視する同社にとって、今回のようなパンデミックは、決して想定されていなかったわけではない。現実に、かつてSARS(重症急性呼吸器症候群)の世界的な感染拡大が発生した際は、その対策も検討されたという。ただ、今回のような日本を含めた世界規模のパンデミックは、同社にとっても想定外だった。

「新型コロナウイルスが拡大した2月、3月頃から『これはマズい』と慌て始めました。ただ、クラウドPBXやService Cloudの導入は進んでいましたので、在宅勤務を実現する準備はできていました。問題は検証が不十分なことでした。在宅で電話を受けられるのか、チーム内のコミュニケーションをどうするか──色々な不安はありましたが、4月1日からコールセンター全従業員を在宅勤務に切り替えることを決断しました」(澗隨氏)

日本アイ・ビー・エム株式会社
TSS事業統括 SWサービス事業部
マルチベンダー・クラウド・テクノロジー・サポート担当
澗隨 伸之氏

首都圏を含む7都府県に緊急事態宣言が発令されたのが4月7日なので、その1週間前には完全なリモートワーク体制を整えたことになる。

「これまでも、一部、在宅勤務は導入していましたが、全員が在宅勤務という経験は、我々も初めてでした。しかし、実際に切り替わったあとは大きな問題もなく、24時間365日、従来と同じ品質でサービスを提供できています。コールセンターを利用されるお客さまは、こちらが全員在宅で運用していることに気づかれていないと思います」(横濱氏)

Service CloudとWatsonとの組み合わせで情報の確認・共有を高度化・迅速化

「在宅コールセンター」の実現に貢献したService Cloudだが、さらに情報の確認・共有やオペレーターの業務環境の改善という観点でも、多くの成果をもたらした。情報の確認・共有に貢献したのが「レポート機能」だ。

「レポート機能では、誰がどのような案件を持っているのかといった基本情報から、回答ができているのか、オープンとクローズの状態、オーブンから日数が経過している案件など、KPIにつながる情報を見ています。以前のシステムでは、こうした情報を確認するには各システムにアクセスして、SQL文でデータを抽出し、Excelに読み込んで整形していましたので、作業は圧倒的に楽になりました」(澗隨氏)

さまざまな情報がひと目で分かる「レポート機能」もリモート環境下では特に有効だったという

レポート機能のデータは、アクセス権限に応じて誰でも閲覧できるので、情報をチーム内で簡単に共有できる。また、担当者に通知を送るメンション機能、特定の案件をフォローアップする機能なども、情報をタイムリーに伝えたり、入手したりするのに役立っているという。

新しいシステムでは、IBMの人工知能「IBM Watson」も活用されている。

「過去の問い合わせ情報はもちろん、認可済みプログラム解析報告(APAR)、製品の技術情報などを、すべてWatsonで検索できます。裏側では複数のシステムにアクセスしていますが、オペレーターはそれを意識することなく、Service Cloudから必要な情報を横断的に調べることが可能です」(横濱氏)

さらに、同社はグローバル全体でService Cloudの導入を進めているため、グローバルで蓄積された情報も検索できる。このため、海外の問い合わせ内容を確認して活用したり、逆に日本の情報が海外のコールセンターで活用されたりすることもあるという。

目標としていた、全従業員が在宅勤務の「在宅コールセンター」を実現した同社だが、今後はさらにService Cloudにシステムを統合し、サービス品質の向上に取り組む予定だ。その1つが、契約管理システムの統合である。

「コールセンターの業務では、サービスを提供する前段階で契約内容を確認することも大切です。現在、契約管理は各国で異なる仕組みで運用しているため、これをService Cloudに統合し、効率化とサービスの品質向上につなげたいと考えています」(澗隨氏)

また、Watsonの翻訳機能を活用して、言語バリアを取り除くことも検討されている。すでに一部の言語では、ローカル言語を英語に自動的に翻訳して情報を共有しているが、今後はその取り組みを日本語を含む多言語に拡大していく予定だ。

クラウドPBXとService Cloud、さらにWatsonを組み合わせて先進的なコールセンターを構築した同社だが、その目指す先について、横濱氏は次のように語る。

「デジタル・トランスフォーメーション(DX)に取り組む企業が増えて、我々に求められるサービスの品質・スピードも高くなっています。その意味では、これからは、問い合わせがあってから動き出すのではなく、AIを活用した予防保守など、お客さまの問題が発生する前にインサイトを持って対応できるプロアクティブなコールセンターが求められると考えています。Service Cloudによって、その準備は整ったと思います」(横濱氏)

そして、今回のコロナ禍を受けて、コールセンターの変革を検討している企業に向けて、横濱氏は次のようにアドバイスを送る。

「今までのやり方、経験にとらわれていると前に進めません。ありきたりですが、実際にやってみることです。今回のプロジェクトで、最も驚いているのは我々自身です。メインフレームのシステムを使っていた我々ができたのです。他の企業なら、もっとハードルは低いはずです。ぜひ、一歩を踏み出してください」(横濱氏)

新型コロナウイルスは、さまざまなところでビジネスの変革を迫っている。コールセンターもその1つだ。メインフレームのシステムからクラウドに移行し、100%在宅のコールセンターを実現したIBMの取り組みは、1つのベストプラクティスとなるのではないだろうか。

当記事は、Web「ビジネス+IT」にて2020年12月7日に掲載されたものです。