量子中心のスーパーコンピューティングを支えるソフトウェア

量子コンピューター

IBMは、量子コンピューターと古典ハイ・パフォーマンス・コンピューティング(HPC)・システムのどちらの計算パラダイムでも単独では解決できないような問題に取り組むために、それらを連携させる未来の基礎を築いてきました。今、その未来が現実になりつつあります。

昨年、ジョージア州アトランタで開催されたSupercomputing 2024国際会議で、私たちは量子中心のスーパーコンピューティング(QCSC)のビジョンをご説明しました。この計算パラダイムは、2026年末までに量子有用性の最初の実現をするものと私たちは信じています。そのビジョンには、量子リソースを Slurmなどの一般的な HPCリソース管理システムと統合する計画や、ハイブリッド量子/古典ワークフローを大規模に実現するための三つの潜在的なアーキテクチャーの提案が含まれていました。

それ以来、私たちはレンセラー工科大学 (RPI)、STFCハートリーセンター、クリーブランド・クリニック、オークリッジ国立研究所、そして量子スタートアップの Pasqalなどの研究機関のパートナーと協力して、これらの計画を実行し、実際の HPCユーザーやデータセンター管理者が今日から利用できるオープンソース・ツールを構築してきました。

GitHub で Slurm の Quantum spank プラグインを調べる
GitHub で Quantum Resource Management Interface を調べる

これらのツールは、RPIのFuture of Computing InstituteでAiMOSスーパーコンピューターを担当しているチームとIBMの協業を通じて、すでに現実の世界で実証されています。RPIとIBMのパートナーシップは、過去1年間にわたって、Slurm向けの量子プラグインや量子リソース管理インターフェースの複数のバージョンを開発する上で不可欠なものでした。

RPIチームとの協業によって、学生やポスドクなどのアクティブなユーザーの協力を得て複数のデプロイメントをテストすることができました。また、アクセス管理やリソース割り当てのさまざまな戦略の検討ができたほか、私たちの取り組みを説明するarXiv論文を発表することもできました。現在、AiMOS と Future of Computing Institute のオンプレミス IBM Quantum System One の統合によって、RPIは、大学敷地内に初めてQCSC環境が導入された場所となっています。

「これは、古典計算ワークフローと量子計算ワークフローの統合に向けた大きな一歩です」と、RPIのFuture of Computing Instituteのチーフ・サイエンティストであるChristopher Carothers博士は述べています。「この実現には、学生、教員、RPIの研究コミュニティーの他メンバーの協力が不可欠でした。」

このプロジェクトは私たちに重要な教訓と有益な洞察をもたらし、量子中心のスーパーコンピューティングの未来を形成するために有用な戦略的軌道修正につながる重要なインスピレーションを与えてくれました。以下では、私たちがこれまでに達成したことと、量子中心のスーパーコンピューティング・アーキテクチャーが、そのビジョンを昨年初めて共有して以来どのように進化したかを簡単に振り返ります。

Slurmワークロード・マネージャー用の量子プラグイン

昨年、Slurmのようなワークロード管理システムを活用して、量子・古典ハイブリッドワークフローを量子中心スーパーコンピューティングアーキテクチャ上で実装する未来像を紹介しました。その後数か月間、RPI、STFCハートリーセンター、Pasqalと協力し、Slurm向けのオープンソース量子プラグインを開発してきました。

Slurm のようなワークロード・マネージャーは、HPCワークフローにおいてリソース管理やジョブ・スケジューリングという重要な役割を果たします。そのため、そこに量子リソースをシームレスに組み込むことができるプラグインを提供することが不可欠です。

私たちはまずSlurmに注力しています。なぜなら、Slurmは世界で最も広く使われているHPCワークロードマネージャーであり、IBMの量子コンピューターを利用するHPCユーザーの間でも最も人気があるからです。ほとんどの研究コミュニティーでHPCは Slurm を通じて行われているので、なるべく多くの研究者や開発者が量子+HPCハイブリッド・ワークロードを試せるように、私たちはその利用パターンを採用しています。今後はいずれ他のリソース・マネージャーでも同様の取り組みをサポートし、さらに多くの HPCコミュニティーに量子計算技術を提供できるようにしたいとIBMは考えています。

私たちはパートナーの協力を得て、「Slurm Plug-in Architecture for Node and job Kontrol(略称spank)」アーキテクチャーを使用して、Slurm用量子プラグイン群を構築しました。リソース・マネージャーへの統合により、量子計算リソースの制御と割り当てがユーザーのコードから分離され、HPCデータセンター管理者、HPCユーザー、HPCアプリケーション・コードの間で責任が明確に分割されます。Slurmのプラグイン・ アーキテクチャーにより、HPCデータセンター管理者は、コンパイルされたファイルを既存の環境に追加するだけで、リソース・マネージャーを中断することなく新しい機能を追加できます。

このアプローチにより、ユーザーには最大限の柔軟性を維持しながら、管理者に完全な運用制御を与えることが可能です。その結果、データセンターのすべての関係者にとって、馴染みのあるユーザー・エクスペリエンスが得られます。管理者は、リソースの割り当てを追跡および制御でき、研究者や開発者は、プログラムコード内でQiskitを使用し、ジョブの送信時に古典CPU、メモリ、GPUとともにリソースを割り当てます。Slurm向け量子プラグインの構造、フロー、全体アーキテクチャーの詳細については、プロジェクトのGitHubリポジトリに掲載されている詳細な概要をご覧ください。

ベンダーに依存しない量子リソース管理インターフェイス (QRMI) の開発

HPCユーザーとデータセンター管理者は、わたしたちのオープンソースの Quantum spankプラグインを使用して、量子計算リソースを組み込んだジョブを投入できます。ただし、プラグイン自体は量子リソースの制御の複雑さを直接管理するわけではありません。量子計算リソースの制御はハードウェア・ベンダーや個々のハードウェア・バックエンドの仕様によって大きく異なるためです。

そのため、IBMはSlurm用量子プラグインとあわせてQRMI(量子リソース管理インターフェース)も開発しました。QRMIは、特定のハードウェア・バックエンドにおける量子リソース制御の複雑さを抽象化する、薄いミドルウェア層として機能します。Spankプラグインがこれらの複雑さを直接管理する代わりに、QRMIはシンプルなAPI群を提供し、プラグインがハードウェアの取得・解放、タスクの実行、量子計算リソースの状態監視を容易に行えるようにします。

QRMIは、Rust、Python、およびCで利用可能なAPIを備えた、高性能なRustプログラミング言語で書かれているため、選択した計算環境に簡単に統合できます。これら三つのプログラミング言語は、リソース・マネージャー、ワークフロー・オーケストレーション・ツール、モニタリング・スタックなど、およそほぼすべてのインフラストラクチャー・システムやフレームワークに量子リソースの制御を統合できる基盤を提供します。

QRMI実装のインストール方法と使用方法の詳細、および現在利用可能な三つの APIの例については、ちらのQRMIプロジェクト GitHubリポジトリをご覧ください。

The DX Leaders

AI活用のグローバル・トレンドや日本の市場動向を踏まえたDX、生成AIの最新情報を毎月お届けします。登録の際はIBMプライバシー・ステートメントをご覧ください。

ご登録いただきありがとうございます。

ニュースレターは日本語で配信されます。すべてのニュースレターに登録解除リンクがあります。サブスクリプションの管理や解除はこちらから。詳しくはIBMプライバシー・ステートメントをご覧ください。

QCSCアーキテクチャーのビジョンを洗練するRPIとの協業

昨年秋の Supercomputing 2024についてのブログでは、量子中心のスーパーコンピューティングの三つの潜在的なアーキテクチャーを紹介しました。

  • アーキテクチャー1: 古典ジョブと量子ジョブを分離します。IBM量子コンピューターの場合には、量子ジョブは Qiskit primitiveの実行です。
  • アーキテクチャ−2: 量子リソースを他のリソースと同様に扱い、統合システムのすべてのジョブをハイブリッド・ジョブとして扱い、各ジョブに必要なリソースの種類に基づいて区別および割り当てをするハイブリッド・モデル。
  • アーキテクチャ−3: アーキテクチャー1とアーキテクチャー2の両方の利点を活用しながら、より複雑な構成と開発を通じて欠点を軽減しようとする混合モデル。

それ以来、IBMはRPIの Future of Computing Instituteを担当するチームとともに、複数のデプロイメントでこれらのアーキテクチャーをテストする機会を得ました。この研究施設には、AiMOSスーパーコンピューターと IBM Quantum System Oneの両方が設置されています。コンピューター・サイエンス分野の Crhistopher D. Carothers教授が率いるこのRPIチームは、システムのパーティショニングやアクセス・ポリシーの最適化と、量子・古典リソース間のストレージとデータフローの管理、依存関係の管理、さらにはユーザー・エクスペリエンスの向上などにおいて重要な役割を果たしてくれました。これらの進展により、RPIや他の協力機関の量子中心スーパーコンピューティング研究者は、電子構造問題、エネルギーと物質の相互作用などの主要な応用に向けて、古典・量子統合環境へとスムーズに移行できるようになります。

RPIと共同でQRMIと Slurm用のspankプラグインを開発する作業を過去1年間で進めた結果、IBMはアーキテクチャー2、ハイブリッドモデルを選択するという戦略的決定をしました。このアプローチの利点の一つは、量子・古典ジョブが開始されると、ジョブの全期間に必要なすべてのリソースが確保される点です。私たちはすでに、STFCハートリーセンターとの研究協力でこの戦略の効果を確認し始めています。彼らは、Hartree National Centre for Digital Innovation Program(HNCDI)の一環として、ハイブリッド量子+HPCワークロードの可能性を示しており、私たちのハイブリッドQCSCアーキテクチャーが近い将来の量子優位性の実証を可能にすることを示唆しています。HNCDIは最近、量子コンピューティングの採用に向けた推進活動の功績が評価され、IEEE Distinguished Synergy Awardを受賞しました。

上記のハイブリッド・アーキテクチャーを選択した理由の詳細と、spankプラグインとQRMIの技術的な詳細を理解するには、arXivで公開している私たちの概要論文をご覧ください。ただし、この論文は、 Slurm用の量子プラグインQRMIのGitHub リポジトリの内容と同様に、まだ進行中の作業であることに注意してください。これは複数の研究機関が関与する共同作業であるため、今後数週間から数か月後にどのように進化するかをチェックしてみてください。そして、ぜひ量子中心のスーパーコンピューティングの未来を形作る協業へのご参加をご検討ください。

上記のリンク先にあるGitHubリポジトリにアクセスして、すでに利用可能なQCSCソフトウェア・ツールの探索を開始していただけます。そしてこの活動への参加をご検討いただけると幸いです。

この記事は英語版IBM Researchブログ「Building software for quantum-centric supercomputing」(2025年9月15日公開、Iskandar Sitdikov、Robert Davis著)を翻訳し一部更新したものです。

監訳者

大谷 宗孝

Senior Software Engineer at IBM Quantum

立花 隆輝

東京基礎研究所 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー

関連ソリューション
IBM Spectrum LSF Suites

IBM Spectrum LSF Suites は、分散型ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)用のワークロード・マネジメント・プラットフォームおよびジョブ・スケジューラーです。

Spectrum LSFスイートの詳細はこちら
ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)サーバーとストレージ・ソリューション | IBM

IBMのハイブリッド・クラウドHPCソリューションは、大規模で計算集約的な課題に取り組み、インサイト獲得までの時間を短縮するのに役立ちます。

HPCソリューションの詳細はこちら
クラウド・インフラストラクチャー・ソリューション

ビジネスニーズに合ったクラウド・インフラストラクチャー・ソリューションを見つけ、必要に応じてリソースを柔軟に拡張します。

クラウド・ソリューション
次のステップ

IBMのHPCソリューションを使用して、最も要求の厳しいAIと計算負荷の高いワークロードを強化します。ハイブリッドクラウドの柔軟性と最先端のインフラストラクチャーを活用して、イノベーションへの道を加速させます。

HPCソリューションはこちら