私たちは「社会を動かす技術者」の集団でなくてはならない。

金融システム共同化で全国に響いた、CSOLの実力。

2003年、地方銀行でもトップクラスの規模を持つ広島銀行と福岡銀行が、コスト削減・サービス向上を目指し、基幹システムの共同化を行ないました。私たちCSOLは、IBM・広島銀行・福岡銀行の3者が、この劇的なシステム統合の実務の推進と、その維持管理を目的として設立した企業です。全国的にも例がない大型金融機関のシステム共同化は、マスコミにも広く報じられ、業界で大きな注目を集めました。

待ち望まれた、銀行業務根幹からのシステム提案。

システムの共同化とは、単なる単純作業ではありません。それまで全く異なるシステム・企業文化・ノウハウを持っていた2つの組織、その業務をすべて理解し資産を最大限に活用しての共同システム構築は、ある意味新たにシステムを構築していくよりも難度の高い業務と言えるでしょう。時には私たちの提案は、システムの内部にとどまらず、銀行業務そのものの改革・改善にまで及びました。設立当初からCSOLは、単なる開発を超えた業務スタンスを有していたのです。

社会の進歩に。私たちは考え、具体案を提示する。

現在も当社は、銀行のシステム開発という専門領域に特化した事業を展開しています。銀行業務には極めて専門的な知識が必要であり、そのシステムを構築していくにもまた、銀行業務に関する深い理解が必要であるからです。技術的視野から、銀行業務の改善・サービス展開を提案し具現化していく。それは「私たちにしか出来ない」仕事でもあるのです。社会を支える金融を進化させる。ここにCSOLのテーマがあります。

自らエンジニアであれ。それがIBM独自の哲学。

私たちに求められるのは、クライアントの業務を進化させていける提案です。提示される開発案件をまとめ、他に流すだけの仕事なら、どこのシステム会社でもできるでしょう。CSOLでの仕事に関わるスタッフはその全員が、専門的知識と技術的知識を合わせ持ち、自ら発信が行なえる「真のエンジニア」でなくてはならないのです。私たちは全てのスタッフが、自ら開発業務そのものもこなし、またチームのリーダーシップもとれる「完成された人材」である事を求めます。これは当社の母体となったIBMとも共通する、人材に対する「哲学」でもあります。

創れる人であるために、遊べる人であれ。

発展的な提案には、さまざまな角度から事象を認識する感覚を磨いていく事が重要です。現場で机に向かっているだけでは、その感覚を磨く事はできません。私たちはスタッフに、形は問わず積極的に「遊ぶ事」を推奨します。常にリフレッシュし、頭を柔らかく維持していく。そのバランス感覚もまた、プロとして活躍する条件です。

プログラムには自信があった。でも人との対話は、素人だった。

前例のない共同システム開発。その中心に彼女はいた。

広島銀行と福岡銀行のシステム共同化。国内でも前例のないこの大型事業の中核に、Aはいた。担当は、銀行業務の中でも極めて重要な預金システム。それぞれの銀行が独自に展開していた、顧客への特典サービスやダイレクトメールの送付。これらの業務を新システム上で稼働させていく事が、開発のテーマとなる。数多くのサブプロジェクトを束ね、この部門を率いていくポジションに、彼女は抜擢されたのだ。

100件を超える開発テーマ。ゼロからのスタート。

ベースとなったのは、福岡銀行のシステム。まずは広島銀行の業務データ全てを福岡銀行のシステムにコンバートし、正常に動作するかどうかの試験が進められた。この時点で、新たに機能させなければならないテーマは、およそ100件にも上った。1年の試験期間を経て不具合や不都合が蓄積され、新たなシステムに反映されていく。ベースはあったとは言え、全くゼロからプログラムを書き直さなければならないサブプロジェクトも、数多く存在していた。

顧客との意思疎通。ここに彼女の「弱点」があった。

CSOLの立ち上げ以前は、福岡銀行のシステム部に在籍していた彼女。開発に必要な技術的スキルは、十分に持ち合わせていた。しかし問題となったのは、システムに何が求められているかを把握し、具体的な仕様を決定していくためのヒアリング業務だった。顧客との意思疎通は、システム構築のもっとも重要な背景となる。お互いの専門用語が飛び交うコミュニケーションに、大きな戸惑いを感じたという。

派遣スタッフとの交流と、リーダーとしての自覚が突破口に。

しかし活路は、意外な点から見い出された。「開発のピーク時には、社内メンバーだけでは業務量に対応し切れないため、派遣のプログラマーを招聘するんですね。その方たちは技術的レベルも様々で、こちらの思い通りの仕事を手掛けてもらう事が、とても難しいんです。ただ、そこで何度も対話を繰り返していくうちに、開発を一緒に手掛けていく上でのコミュニケーションのコツがつかめてきたんです。そのスキルが、クライアントとの折衝に、とても役立ったんですよ。自分がエンジニアとしてひと皮剥けた、と感じた瞬間でした。」と、当時を振り返って彼女は語る。

苦労は必ず実力に昇華する。それがCSOLの魅力。

現在も彼女は、定期預金の新商品処理を支えるシステム開発に、リーダーとして臨んでいる。プロジェクトを動かしていく責任ある立場での仕事を支えているのは、やはり共同システム開発の時の「経験」だという。「自分が殻を破るための経験を、自ら望んで積む事ができるCSOL。この風土があったからこそ、今の自分があると思いますね。」

IBMの仲間たちが。僕の成長と知識への欲求に、火を付けた。

CSOLの第1期生。すべては「これから」だった。

CSOLの設立は2001年12月。その3年後の4月に新卒で入社したBは、CSOL生え抜きの第1期生にあたる。まだバタバタが続き、確固とした社風も確立されていない社内。そうした環境の中で彼が「仕事への責任感」を宿したのは、IBMグループ全体のルーキーが集い開催される、幕張での新入社員研修に参加した時だったという。

IBMグループの新人との交流。その熱気が彼を動かした。

「研修の内容は基本的なマナーやプレゼン技法、またJavaなど言語の知識を身に付けるものでした。しかし何より圧倒されたのはその雰囲気ですね。全国のグループ会社の仲間が、一度の研修に200名も顔を揃えるんです。その熱気や仕事に向かう姿勢を目の当たりにすると、自分も絶対にみんなに負けない!という気持ちを持ちましたね。」

CSOLを創り上げていく。その意思は堅く、熱い。

入社3年目を迎えた今も、彼は自分の立場を修行中と言う。ただしその目には、もうCSOLの一員として、社会を支える責任と自己成長に向けた強い意思、すなわち「CSOLの社風」が宿っている。自分はこの場の多くの先輩たちに、待ち望まれた存在である。グループの多くのライバルたちと、腕を競うライバル・友人である。この意識は熱く、燃えている。

個人重視。だからこそ緊張感も達成感も、全員で味わえる。

ひとり一人の力が、私たちにとっての財産である。

現在のCの担当は、融資システムの開発マネージャ。外部機関との新たな接触があるたびに開発の案件が発生する、目まぐるしい部門だ。テーマが発生するたびにプロジェクトメンバーが召集され、解決に当たる。その繰り返しをマネジメントするたびに、彼は「社員のスキルそのものが、CSOLの資産である」という事実を、強く実感する。

個人の成長が前提にはある。しかし、それだけではなかった。

確かに業務には個人の裁量が非常に重視されるし、プロジェクトへの参加にも当人の希望が最優先で考慮される。組織としては、相当に「個人重視」のスタイルを採っていると言える。しかしそれは決して、個人主義のみを助長するものではない。先日まで担当していたSEIの技術成熟度レベル認定対象プロジェクトが、それを強く知らしめてくれた。

全員で達成したオールグリーン。喜びは、幾重にも重なった。

開発業務の遂行はもちろんの事、認定を得るための評価の達成。それは決して容易ではなく、勤務時間は伸び、休日も勉強会に明け暮れた。しかしメンバーはだれひとり脱落する事なく、ついにはIBMグループでも初となる、評価点オールグリーン取得という快挙を達成したのだ。全員が完成された人財。だからこそ手を取り合えば、より力は強くなるのだ。

いつまでも学び続けていたい。だから、ゴールのない技術に挑む。

銀行業務の中核を支える、営業渉外支援システム。

Dが現在「営業渉外支援システム」の開発に取り組んでいる。その機能は非常に多岐に渡り、銀行の本部向けには顧客ごとの情報管理や条件検索、また営業スタッフ個人に向けては行動スケジュール管理や書類の作成援助など、銀行業務の統合的な支援を実現する「業務に欠かせない」存在だ。広島銀行と福岡銀行のシステム共同化の際にその機能強化が求められ、CSOLで新規に開発がスタートする事となった。

それまで全く知識のなかった、Java技術を用いた開発。

従来のシステムは、それぞれの銀行で作成された、汎用機向けのもの。しかし営業スタッフのモバイル環境への対応や、日々スピードアップする機能更新などの環境を考慮し、新規システムはWebベースでの動作が求められた。それまでデータベースの設計開発を手掛けていた彼にとって、Web・Javaでのシステム構築は未知の領域。全くのゼロからその技術を学んでいく事が、余儀無くされた。これは当時の彼にとって、大きなハードルだったと彼は振り返る。

「学ぶ事」は苦痛か。あるいは喜びか。

「はじめは大変だな、とも感じるんですよ。しかしちょっと勉強すれば、それまで自分が学んできたPL/Iやアセンブラーでは出来なかった事が、あっさりと可能になっていく過程が、とても面白く感じ始めるんですよね。やはり私たちの存在意義は、現場の要望をどれだけ実現できるか、という点にあります。自分が成長する事で、より大きな仕事が可能になる。その実感があるから、学ぶ事が苦ではなくなるんです。」

苦心の末の成功。現場の反響が、何よりの励みになる。

学習の過程で大きな力となったのは、CSOLラーニングセンターの存在。これは言わば大学の図書館のような研修専用室で、無数のデジタル化された資料や書籍を、個人が自由に閲覧できる場。彼は暇さえあればこの場に入り浸り、Javaのノウハウを自分のものとしていった。得られた技術はすぐに実践の場で活用され、営業渉外支援システムも無事稼働に漕ぎ着ける事が出来た。導入後に現場で実施されたユーザアンケート。その中に数多く記された「便利になりました!」「満足しました!」の言葉に、彼はあふれてくる喜びを隠す事が出来なかったという。

まだまだゴールは見えない。彼の成長も、終わらない。

「このシステムはまだ完成していません。Javaの機能は進化していますし、新たな要望も次々に出てきています。おそらくどんなに突き詰めていっても、私の仕事にゴールはないんですよ。しかしそれだけ、新しい成長があり、より大きな満足を築ける自分の姿があるんです。だから私はこれからもずっと、学び続ける私であり続けたいですね。」

世界のトップにいる。ニューヨークの空気は、そう実感させてくれた。

成長のキッカケを求めて、ボストン・ニューヨークへ。

2005年、Eは会社の選抜をクリアして「世界」を見に行った。アメリカ・ボストンのIBMユーザー研究会への参加と、ニューヨークのIBM研究所の見学だ。IBMでは世界のグループ社員に向けて、度々こうした催しが開催される。エンジニアとして長い経験を持つ彼に、CSOLはさらなる成長のキッカケをつかんで欲しかったのかも知れない。

世界の最先端を、感じる。自分とのつながりも、感じる。

「正直、講義も資料もすべて英語で、理解するのが大変でした。ただ、この研修は技術的な事より、自分が仕事を見直す良いキッカケになったんです。世界中の技術者と対話する機会。内容は明かせませんが、本部で手掛けているさまざまな先進的な開発。これらに触れるごとに、自分もまた世界のトップに繋がっているという、自覚を得ましたね。」

日々の仕事は全て、自分の目指すものに通じていた。

彼の業務は、システムを動かすOSのメンテナンス。システムを最新の状態に更新していくために、IBMからリリースされるバージョンアップを検討し、導入のためのカスタマイズを行なっていく。システムはもちろんハードウェアの知識も求められる、難度の高い業務だが、決して派手では無い。しかし確実に彼もまた「世界トップ」を支えていく一員なのだ。

後輩の「やってみたい!」の声が。私には、何より嬉しい。

自分でやれば早い。だけど、あえて若手に任せる。

現在銀行のシステムも、徐々にWeb系に移行しつつある。案件の定義プロセスも、従来のシステムのものとは変化しつつある。Fは豊富な経験をバックボーンに、その顧客との調整業務に当たる。実際のプログラムを作成するのは、グループの若手メンバー6名。実際は自分でプログラムまで組んだ方が早いが、あえて全てを任せている。

自分の意思で力を磨いて欲しい。先輩としての、思いやり。

「社内的にもWebに本格的に取り組み始めたのは、ここ数年の事。現在はまだ、この技術を自由に扱える人材が不足しているんです。であれば、最前線の経験をつめるこの場で、一人でも多くの人に力を付けていって欲しいんですよ。今はまだメンバーから意見が出てくる事は少ないのですが、どんどん自分の意思で、自らの成長にこだわって欲しいですね。」

ここでしかなれない自分がいる。それを自覚して欲しい。

CSOLという企業は、スタッフを型にはめて育てる事は行なわない。あくまで重視されるのは個人の意思であり、明確な発言に「応える」会社なのだ。自分で身に付けたい技術を固める。受けたい社外研修を探し出す。具体的な夢を持つ。彼女はそのための道筋を付けてあげたいと、考えている。他では出来ない事が出来る場。その魅力を、感じて欲しいのだ。