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Watson搭載パーソナルガイド・ロボット「ZUKKU」開発の舞台裏

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取材・文:高柳 圭、写真:山﨑美津留

「テクノロジーとオープンイノベーションで、新事業の創造を支援する」というコンセプトで運営されるIBM BlueHub。そのプログラムには大企業からベンチャーまで多くの参加者が集い、事業開発支援の後押しや新たなソリューションを生む場となっている。
今回取材したのは、元ボクサーという異色の経歴の持ち主でもある、株式会社ハタプロ(以下ハタプロ)の代表取締役・伊澤諒太氏。伊澤氏は昨年、IBM BlueHubへの参加をきっかけにIBM Watson(以下、Watson)を搭載したフクロウ型の小型ロボット「ZUKKU」を開発。このZUKKUを始め、ハタプロのIoT関連事業の取り組みや、取引企業とのパートナーシップの中で伊澤氏が感じた自社へのニーズなどから、テクノロジーの変革期にある新規事業の担当者やスタートアップが力強く突き進むためのヒントを探る。

 

IoTの世界は総合格闘技のようなもの

——まず、御社でIoT関連の事業に取り組むようになった経緯を教えてください。

伊澤:ハタプロは2010年の設立当初、ウェブメディアの運営を中心にIT関連事業を行っていましたが、その後、スマートフォンのアプリやウェブサイト構築の受託を行うのと同時期に、日本と台湾でIoT電子機器やその他ハードウェアの開発を手がけ始めました。
当時はまだ、世の中にIoTという言葉が浸透していない状況でした。そんな中、弊社が多くの依頼をいただけたのは、IoTのビジネスが“総合格闘技”のような世界だからだと思います。

インタビューに答える伊澤社長

——“総合格闘技”ですか?

伊澤:はい。ハードウェアだけではなくソフトウェア、クラウド、通信技術など、新たなテクノロジーが日々更新されるIT業界において、それらを総合的に組み合わせ、成果物として提供できる体制が求められます。もちろん、IoTの分野も例外ではありません。

——さまざまなテクノロジーに関する知見が求められる、と。

伊澤:そこに私たちのようなベンチャー企業の優位性があります。例えば大手企業の場合だと、開発部門や製造部門が縦割りになっているケースも多く、意思疎通のしづらさから時間のロスが発生したり、小ロットでの生産が不得手であったりすることが多い。IoTのように、それまで手掛けたことのない分野の製品を新しくつくる際は、途端に開発スピードが落ちることもあります。
弊社は創業時の事業で得たノウハウや台湾の産業界との結びつきがあり、製品設計を自社で手がけながら、特殊な部品の調達先や、提携する製造メーカーや研究機関を複数持っていました。

——最先端の技術が求められるプロジェクトに対応しやすい体制も、“総合格闘技”に例えたIoT関連事業で御社が成長軌道に乗れた要因ということですね。

伊澤:各所との有機的な結びつきを強めることで、会社としての機動力を高めてきました。特に、台湾はハードウェアの分野では技術がとても進んでいます。ハタプロがまだウェブメディア事業をメインにしていた時期に、現地で開催したイベントで政府関係者とのつながりができました。現在は台湾の経済産業省、工業技術研究院(ITRI)とパートナーシップを結び、IoT分野における最先端領域の共同研究や部材開発を行っています。

インタビューに答える伊澤社長

 

IBM BlueHubに参加して得た大きなヒント

——IoT製品開発の分野ではパイオニアと捉えられる御社が、IBM BlueHubに参加するきっかけは何だったのでしょうか?

伊澤:2012年頃からOEMやODM事業をスタートさせ、自動車メーカーや電機メーカーなどさまざまな業種の企業をパートナーに、製造開発に携わってきました。
とはいえ、一般的にIoTはまだまだ耳慣れない分野ですから、どのような製品やサービスを目指すか、ビジョンが固まりきっていない段階で弊社に相談いただく案件も多いんです。
先述したように、IoTはさまざまなテクノロジーに関する知見を求められる“総合格闘技”のような性質を持ちますから、製品のあり方、つくり方、活かし方がこれまでのビジネスとは異なる。どうすればクライアントに最良の提案ができ、収益を出せるか。そのアイデアをいつも探していました。
そんな時、以前からIBM Bluemixを使ったサービス構築を行っていたご縁で、関係者の方にIBM BlueHubのオープンイノベーションプログラムのことを教えていただいたんです。

——その年ごとにテーマを変えて実施されるプログラムですよね。昨年は「自動車とヘルスケア」だったと聞いています。

伊澤:それまで通信や家電業界とはつながりがありましたが、自動車業界とは接点がなかった。去年の同プログラムのテーマが自動車業界だったので参加を決意しました。
ちょうど、海外の見本市で自動運転車やそれにまつわる製品が出展されていて、今後ますますIoTのニーズも高まっていくだろうと考えていたんです。

——実際に参加して、どのような発見がありましたか?

伊澤:弊社はそれ以前から、自動車の運転挙動などの情報を収集しクラウドで管理する車載ネットワークインフラのためのデバイスを開発し、保険業界向けに実用化していたので、自動車メーカーとも同様のセッションができるかもしれないと考えていました。
しかし、さまざまな自動車メーカーの方とディスカッションを交わす中で、違った方向性のニーズが見えてきました。

——具体的にどういったニーズでしょうか?

伊澤:自動車メーカーは自動車が今後単なる移動手段でなく、生活とよりリンクしたものになると捉えていました。そのつながりを機能とデザインの両面でうまく実現できないかと考えたんです。
さらに、AIであるWatsonを搭載するなら通常のメカニックの風貌ではなく、身近さを感じられるロボット形式にできないかと模索し、ZUKKUの原型ができあがりました。

フクロウを模した小型ロボット「ZUKKU」

——それが2017年に製品化されたわけですね。伊澤さんの考える、ZUKKUの独自性について教えてください。

伊澤:製品化されたZUKKUはSIMを搭載し自律通信・自律思考ができる他、可動部位を少なくすることで小型化とコスト減も実現しています。ちなみに、自動車業界をクライアントに想定していたので、車のドリンクホルダーにちょうど収まるサイズなんです(笑)。
現在は、モバイラビリティーを高めたことで、店舗設置などを目的に流通小売業からの問い合わせも多い。ありがたいことです。

 

スタートアップに欠かせないオープンイノベーションと開発スピード

——AIは現在、最も旬なテクノロジーの1つです。数あるAIの中なら、なぜWatsonを選ばれたのか、お聞かせください。

伊澤:最新のテクノロジーを取り込んだ製品は、可能な限り早く市場に提供することが重要です。BluemixにはWatson APIなどAIの学習データの蓄積がすでにあるので、スピード感を求められる実証実験の段階では特に有効でしょう(※)。

※ZUKKUの製品版では、学習データはハタプロで制作している。

また、Watsonは自然言語APIを使った会話によく注目が集まりますが、画像認識を応用して顔検知を行いデータを蓄積すれば、販売・サービス業でターゲット別にふさわしい情報を届けるアドテクノロジーとしても大いに活用できる。今夏、これらの新機能を備えた新たなZUKKUをリリースする予定です。

「ZUKKU」を手にするハタプロの伊澤社長

——実装面以外で、Watsonを用いるメリットはありますか?

伊澤:WatsonはAIの知識をあまり持っていない層にも一定の知名度があるので、ZUKKUの営業で他社へ伺う時に、「Watsonというと、IBMのAIですね」と興味を持ってもらいやすく、話が弾みますね。
製品を売って終わりでなく、ZUKKUによって収集した情報を元に、次のアクションをクラインアントに提案する。つまり相手のビジネスに入り込むわけですから、最初の関係性の築き方も重要になるわけです。
オープンイノベーションでZUKKUを生み出した時もそうですが、今後は企業同士のプロジェクトにおける関わり方が、ますます問われる時代になる気がします。

——企業同士のどのような関わり方が、イノベーションを生み出すのでしょうか?

伊澤:例えば、複数社が協働してIoTプロダクトを開発しようとする際、互いの技術力やアイデアをフル活用しようとすると、そこには上下関係など存在しません。
仮に相手がベンチャーであっても大企業であっても、チームとして同じ目線に立って取り組む。企業名や肩書きではなく、個人のスタンスやモチベーションが、プロジェクトの成功やイノベーションの創出に影響するんです。そして、個人が力を出しきるには、それを生かす上司の理解や会社の風土も重要になるのではないでしょうか。

——イノベーションを起こす過程も、“総合格闘技”のように感じます。最後に読者にメッセージをお願いします。

伊澤: IBM BlueHubのような「オープンイノベーションの場」やWatsonがもたらす「開発のスピード感」は、スタートアップに欠かせないものです。
その上で、プロジェクトにおける自社の役割を明確にし、特化した技術や分野をかけ合わせていくことで、更なる市場拡大につながるのと確信しています。
今後も連携する企業とWin-Winになれる関係性を模索しながら、次代のものづくりにまい進したいと考えています。

 


 

2017年11月1日、BluemixはIBM Cloudにブランドを変更しました。詳細はこちら