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Smarter Business

メディカル・メタバースを活用したニュー・ヘルスケアへの挑戦

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太田 進

太田 進
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ヘルスケア・ライフサイエンス・サービス
アソシエートパートナー

 

佐々木 英二

佐々木 栄二
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ヘルスケア・ライフサイエンス・サービス
アソシエートパートナー

 

小林 智久

小林 智久
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ヘルスケア・ライフサイエンス・サービス
シニアマネージングコンサルタント

 

牧野 裕一

牧野 裕一
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ヘルスケア・ライフサイエンス・サービス
マネージングコンサルタント

 

今野 大成

今野 大成
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ヘルスケア・ライフサイエンス・サービス
コンサルタント

医療で顕在化している問題を解決できる「メタバース」の価値

医療業界が抱える課題を解決する手段のひとつとして、近年「メタバース」技術への関心が高まりつつあります。メタバースとは、インターネット環境上に広がる3次元仮想空間のことを指します。IBMは、医療分野におけるメタバースの価値を以下の3つに整理しました。

  1. 匿名・非匿名を使い分けながら、画面越しの対話よりも臨場感のある「新しいコミュニケーション」ができる
  2. あたかも現実であるように感じられる没入感の高い空間、もしくは現実ではありえないような空間において「新しい体験」ができる
  3. 習熟度が低い作業者のためのガイドや遠隔支援などの「業務効率化・高質化」ができる

これらの3つの価値が組み合わさり、将来的にリアルとデジタルの連携が強化されることで、医療現場の働き方改革や患者の満足度向上に多大な貢献が可能になることが考えられます。本ブログでは、このようなメタバースの価値に基づくことで、現在IBMが取り組んでいる事例や今後のビジョンについて紹介していきます。

IBMのメディカル・メタバースに関する新たな取り組み

IBMはメディカル・メタバースの未来の実現に向けて、2022年4月13日に順天堂大学と共に「メディカル・メタバース共同研究講座(講座代表者:順天堂大学医学部長・研究科長 服部信孝)」を設立し、取り組みの第一弾として順天堂バーチャルホスピタルを2022年12月に公開しました。

順天堂バーチャルホスピタルは、順天堂医院の外来棟を模して構築しており、様々な方に気軽に訪れてもらいたいという意図から、ゴーグル型デバイスではなく、PCブラウザでアクセスができるようにしています。空間内では、各診療科の案内や一緒に訪れた人との会話を、チャット・音声会話などで行います。また、複雑な病院内をリアルより自由かつ気軽に歩き回れることで、実際に病院に行った際に迷わずに済むといった声もいただいています。現状は体験型オウンドメディアとしての機能になっていますが、今後はリアルデータとの連携や、医療コンテンツの提供を通して、実際の臨床活用を目指しています。

「順天堂バーチャルホスピタル」空間のイメージ width=「順天堂バーチャルホスピタル」空間のイメージ

現在、バーチャルホスピタルでは「患者の満足度向上、医療従事者の働き方改革」「医療の質向上、新たな治療法の確立」「新たな市場の創出」の取り組みを3つの柱としています。

患者の満足度向上、医療従事者の働き方改革
1つ目の柱である「患者の満足度向上、医療従事者の働き方改革」の取り組みとして、新たなバーチャル面会所・相談所の構築を進めています。こちらは海の中やリゾートなどのより異次元でリラックスした世界で、家族との面会、同じ境遇の患者・患者家族同士が面会できるサービスとなっています。社会的関係の質と量が寿命に影響するという研究結果があるほど、人とのつながりや交流、ふれあいというのは患者の闘病や予後において重要である一方、がんなどで高度な治療を受けられる施設へのアクセスは限られており、遠方での孤独な治療生活を余儀なくされる方がいます。また、相手の時間・予定や身だしなみへの準備、感染症への懸念など、様々な“遠慮”によって面会が実現しないこともあります。そういったすべての物理的・心理的なハードルをバーチャルで乗り越えていくことを目指しています。

医療の質向上、新たな治療法の確立
2つ目の柱である「医療の質向上、新たな治療法の確立」の取り組みとしては、ゴーグル型での没入感やコミュニケーションが与える効果を意識しながらメンタルヘルス領域での研究を進めています。特に現在は心理士を介さない不安症スクリーニング・プログラムを構築しており、実際の被験者への臨床試験を実施しています。不安症は疾患だと認知されづらいため潜在患者数も多く、うつ病への移行も一定数発生するというデータもあります。一定のストレスをバーチャル空間で与え、ゴーグルから取得できるデータを元に不安症をスクリーニングができるデジタル・バイオマーカーを作成することで、不安症に悩む方が気軽に疾患を認識できる社会を構想しています。

インフォームド・コンセントの新しいカタチとして、患者やその家族に分かりやすく治療法を説明するためのメタバース・コンテンツも作成しています。メタバースを用いたコンテンツは、通常の動画と比べて患者さんに不快な印象を与えにくく、リアルでは目に見えない治療の原理も詳細に説明することが可能となっています。現在は、「血漿交換療法」という治療法のコンテンツ作成し、これを展開することにより以下の価値が提供できています。

  • メタバース・コンテンツでの治療体験を通じ、患者の理解を深めることができる
  • 患者やその家族の治療への同意を獲得できる
  • 医師が患者に治療法を説明する手間を省くことができる

新たな市場の創出
最後に3つ目の柱である「新たな市場の創出」に関しては、既に製薬会社・医療機器メーカー・建築・エンタメ・日用品メーカーなど様々な企業とのパートナーシップを検討しており、これらのエコシステムから新たなサービスを創出しようとしています。

IBMが考えるメディカル・メタバースの未来

今後、医療業界では、リアル世界のデータ(日常データや医療データ)とデジタル世界のデータ(メタバース上での行動データ)の蓄積・連携が進むことによって、患者のデジタルツインが実現できると考えられます。

患者のデジタルツインを実現することによって、メタバースの特徴を活かした「時間や場所を超えたサービス」を立ち上げることができます。

また、メタバースでは仮想3次元空間で体験することができます。その特徴を活かすことによって、病院での体験に関する患者の理解を深めることができ、私たちの取り組みにあてはめると、メタバースでの体験を通じて、インフォームド・コンセントを効果的に得ることができます。他にも治療の説明や、病状や副作用の説明なども効果的にできるようになることが予想されます。その結果、患者の生活を向上させられることに加え、医療従事者の働き方改革にも貢献できると考えられます。

さらに、メタバース上の仮想3次元空間での活動によって、患者を治療することもできます。例えば、バーチャル空間で運動会を実施することによって、メタバース上での没入感の高い運動体験を通じて、高齢者を身体的制限から解放し認知症の進行を抑制できることが示されています。加えて、場所や時間を超えて他者とのコミュニケーションを創出することで孤独感を解消し、楽しみや生きがいを提供することができます。同様に、メタバース上での活動を通じて、現実世界において身体的に制限のある患者の症状改善(フレイル改善)につなげることもできます。

メタバースを活用した患者と医師のマッチングや臨床現場でのコラボレーション、トレーニングなどの事例も増えています。このトレンドによって、希少疾患などの分野では、メタバースによる地域・国境を越えた地球規模のコミュニティー形成が広がっていくと考えられます。

おわりに

IBMは、順天堂大学とメディカル・メタバース共同研究講座を発足させ、事業構想やサービス開発に取り組んできました。今後は、更にパートナーシップを拡大し、事業展開を加速させることによって、患者や家族、医療従事者などに安全・安心な医療を提供すること実現し、日本の医療が抱える課題の解決を目指していきます。