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Smarter Business

手のひらで電力を制御。デザイン思考で発電機のUXを変革したHondaの開発力

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※新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮し、写真撮影時のみマスクを外しています。

竹越 克也氏

竹越 克也氏
本田技研工業株式会社
ライフクリエーション事業本部
新事業推進部(取材当時)

四輪事業にて、リテール営業、メーカーフィールドなどの現場営業部門と、販売網再編、ディーラーオペレーション強化などの戦略企画部門を、交互に経験。 欧州駐在などを経て、現在は、ライフクリエーション(パワープロダクツ)事業に所属。「コトづくりプロジェクト」推進と並行し、IoT活用の新事業/新サービス事業開発を推進中。

 

並木 勝平氏

並木 勝平氏
本田技研工業株式会社
ライフクリエーション事業本部
新事業推進部(取材当時)

ライフクリエーション事業に所属。竹越氏とともに、コトづくりプロジェクトにおけるIoT活用の新サービス開発に従事。

 

佐々木 シモン

佐々木 シモン
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBM iX
プロジェクト・マネージャー

DX推進を先進テクノロジーでアジャイルに支援するディベロッパー・デザイナーを擁するDX Firmチームをリード。クラウド事業部でのコンサルティング経験を活かして、現在はIBM Consulting インタラクティブ・エクスペリエンスにて製造業のお客様を中心にDXを推進中。海外20カ国以上を旅行。

 

梶 文太郎

梶 文太郎
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBM iX
UI/UX デザイナー

航空・製造・医療・金融・通信等システムの構想策定、UI設計・開発に従事。直近では自動車・製造業におけるIoT、コネクティッド領域に多く携わる。

本田技研工業株式会社(以下、Honda)と日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)が開発したスマートフォン・アプリ「Honda My Generator」が、2021年度グッドデザイン賞を受賞した。Honda My Generatorは、Hondaのポータブル発電機のユーザーが、スマートフォンから安全に、かつ楽しく発電機の管理・状況確認ができるように製作されたものだ。北米市場を対象に2020年7月から提供を開始している。

今回のデザインに当たり、HondaとIBMは両社のハード/ソフト、企画/設計/開発と、多様な領域でグローバルに活躍するメンバーが参加して検討を行った。デザイン・コンセプトとなったのは、Hondaのスローガンである「The Power of Dreams」と、基本理念である「人間尊重」「三つの喜び(造って喜び、売って喜び、買って喜ぶ)」から導き出された「Affinity and Joy」。Hondaの車のスピードメーターを意識させるクールなUIは、四輪車などとも共通した一貫性のあるデザイン言語から生まれたという。

アプリ開発を手がけたHonda ライフクリエーション事業本部の竹越 克也氏と並木 勝平氏(プロデューサー)、IBM iXの佐々木 シモン(ディレクター)、IBM iXの梶 文太郎(UI/UX デザイナー)が、Honda My Generatorの開発において、Hondaらしさと使いやすさに焦点を当て、直感的でシンプルかつ「Joy」を感じさせるUXを誕生させたデザイン思考のプロセスについて語った。

Hondaらしさを実現するため、UXの経験・知見が豊富なIBMをパートナーに

竹越 氏と並木 氏

――Honda My Generatorのローンチは2020年7月10日なので少し記憶を遡りますが、開発が始まった背景をお聞かせください。

竹越 いくつかの競合ブランドが、アプリの付属された状態で発電機を発売しており、後発だったHondaとしては、より優れた製品を製作したい思いがありました。せっかくアプリを作るのであれば、きちんとお客様に支持されるものにしたい。しかし、当時のHondaのパワープロダクツ事業は、アプリ自体をあまり作った経験がなく、どうやって進めるかというところから議論を始めました。

IBMさんとの協働を決めたのは、ただ希望の仕様のアプリを作ってほしいということではなく、UXに関するご経験や知見をお持ちの企業とチームを組みたいという組織判断からでした。

――製品開発でUXが重視される社会的背景がある中、IBMはデザイン思考を用いたDXを得意とされていますが、Hondaのご期待に対してどのような思いがあったのでしょうか。

佐々木 弊社の中でもIBM Interactive Experience(IBM iX)は、エクスペリエンスという名のとおり、ユーザー体験を非常に重視しているグローバル・チームです。

他の組織と大きく違うのは、エンジニアとコンサルタントとデザイナーが同じチームにいて、非常に近しい関係性で開発に取り組んでいることです。Hondaさんがプロダクトなどのユーザー体験を非常に重視されているはずだから、アプリでもUXがつながると、よりHondaさんらしいアプリになるのではないかと考えました。

 私はデザイナーとしてプロジェクトの初期から入ったのですが、初期の資料には北米のマーケット情報やユーザー層の分析結果を踏まえて、「こんなUIにしてほしい」というイメージ図がありました。

それを拝見したところ、やはり「Hondaらしい」というか、「使う喜び」へのこだわりを感じたのです。北米にあるAmerican Honda Motor Co., Inc.のディレクターであるDavid Horstさんとも打ち合わせを重ね、その確信をより深めたことが、Honda My Generatorのデザインコンセプトにつながっています。

四輪の開発で培われたHondaのデザイン思考を、アプリに活かす

並木 氏

――「使う喜び」というキーワードはHondaのすべてのプロダクトに流れるDNAだと思います。Honda My Generatorでは、どんなUI・UXを通して「使う喜び」をユーザーに提供したいと考えたのでしょう。

竹越 Hondaのビジネスにとって、自社のエンジン・テクノロジーを応用した発電機は北米市場のパワープロダクツ事業の重要な部門です。これまでお使いいただいてきたお客様には、さらに満足度を上げるべき商品であり、競合との差別化も至上命題です。

おかげさまでハードウェアについては多くのお客様にご好評をいただいて、我々も経験を積んできています。アプリについては未経験の領域が大きいものの、Hondaの中にUXの知見がないわけではない。四輪ですとハンドルの前には必ずメーターがあり、ユーザーの方が目で見る情報に対してデザイン思考のアプローチは必然的に行っています。

それが、IBMさんが培われてきたUXを満たす状態かは当時わかりませんでしたが、四輪での知見や経験をなるべく活かしたいと思っていました。ありがたいことに、Hondaというブランドは北米で一定の認知をいただいているつもりですので、そこにある安心感をUIにも反映することで、お客様にご満足いただけるのではないかと。そういった思いから、四輪の知見もうまくアプリに組み合わせるような進め方をしていたつもりです。

裏返せばそれは、IBMさんにとってはいろんな人が、いろんなことを言うので、やりにくい部分だったと思います。日々のコミュニケーションは並木が担当しておりましたので、ご迷惑をおかけした逸話は並木の方に(笑)。

並木 そうですね(笑)。竹越の話を聞いていて思い出したことが2つあります。1つ目は、Hondaの発電機はクラス感もあり、非常にしっかり造られています。それに付属するアプリがチープなものではいけません。その考え方に一番合った提案をしてくださったのがIBMさんであり、UI・UXに力を入れていこうと決めた理由でもあります。

2つ目は、今回のプロジェクトでは発電機にCO(一酸化炭素)濃度のセンサーを付け、CO中毒を防ぐことがキーとしてありました。アラートやメンテナンス通知をお客様にしっかりお伝えしようと。アプリは、発電機本体にはない発電機の出力を表示する機能も付いているので、見栄えはもちろんですが、見やすさの要素が絶対に必要です。そこは、UI・UXにおいてIBMさんに何度も修正いただいたポイントだったと思います。

開発の鍵を握った、組織を横断する取り組みで実現したチームの多様性

佐々木

――Honda My Generatorを開発するうえで、どのような困難があり、どう乗り越えていったのでしょうか。

並木 スタート時、Honda My Generatorに入れたい機能などのキーポイントは決まっていたのですが、それ以外の部分はほとんど何も決まっていなかったのです。まさにスクラッチからIBMさんと検討していったので、「別の部署から意見が出て、先週決まったところがやり直しになりました」といったことがしばしばありました。梶さんをはじめデザイナーの方々が最後まで付き合ってくださったのは、本当にありがたかったですね。

竹越 このプロジェクトはステークホルダーが多かったのです。我々が担った役割は、本来は商品企画のチームか、ハードウェア開発をしている技術研究所のチームがやるのが従前のパターンでした。しかし、今回のような広義のIoTの領域は、商品固有・地域固有にすべきではないということで、地域・商品を横断するプロジェクト・チームを起こしました。Honda My Generatorは、そのチームが取り扱う製品の最初の事例だったのです。

関与者も、Hondaのライフクリエーション事業本部、デジタル改革統括部、発電機を開発している本田技術研究所のライフクリエーションセンターとデジタルソリューションセンター、米国での製品企画を担当するAmerican Honda Motor Co., Inc.と多岐にわたり、時差もありました。試行錯誤の体制運営となり、IBMさんにはご負担をおかけした部分であったろうと思います。

並木 各メンバーがプロジェクトに主体的に参加し、活発に意見を出しあえたことは良かったと思います。ただしいろいろな立場からさまざまな意見が出るのは課題にもなります。米国のスタッフがユーザーフレンドリーを重視するのに対し、日本の本田技術研究所は安全性を重視して二重操作を推すといった状況で、いかに正解を選ぶか、折衷案を出すかというのは難しくもありました。

――IBM側はどのような開発体制で進めていたのでしょうか。

佐々木 IBM iXのプロジェクトオーナーを筆頭に、デザイナーとエンジニアがいて、アプリ開発チームにはオフショアも含む形で進めていました。

 デザインチームと開発チームが一体となっているのがIBM iXの特徴です。Honda My Generatorでは早い段階でプロトタイプを開発しました。それを操作してみて、これで使えるのか、使いやすいのかという検討を綿密に行い、顧客視点でUI・UXの細部の設計を進めていきました。ドキュメント化や仕様化よりも、できるだけデザインの検討に時間をかけています。

佐々木 プロトタイプでの検証を行わずに、動かないものを後半になってエンジニアに渡したりすると、ギャップが生じて思っていたものが出来あがらないことがあるんですよね。

 アプリの操作系のところは、細かい表現やディテールの部分にかなり左右されます。Hondaさんからはいろいろな指摘はありましたけれども、判断が早く、「いったん内部で検討します」というのではなくどんどんご指摘があったので、そこはむしろやりやすいと感じていました。

佐々木 やはりステークホルダーの方々にパッションがある。だからこそ意見が出るわけですし、モノづくりの企業らしい、いいものを作りたいという意思が伝わってきて、大変な中にも手応えを感じていました。

 本当に、どんどんいいものになっていく実感がありました。

佐々木 まさに「いい汗をかいた」というか(笑)、携われてよかったと感じた仕事でしたね。

IBMとの共創でペルソナを定義し、ユーザーへの共感をベースに実装を進める

梶

並木 さきほど、Honda My Generatorは最初からコンセプトがあったわけではなく、IBMさんとHondaが議論しながらプロジェクトを形にしてきたとお話しました。その後、Honda My Generatorのコンセプトを「Affinity and Joy(親和性と喜び)」にしました。

Hondaのグローバル・スローガンとして「The Power of Dreams」があります。そこに立ち戻って、Hondaとしてお客様に提供すべきものは何かを考えながら、アプリの開発を進めていきました。そうしたプロジェクトの進め方も、アプリによい影響を与えたと思います。

――そういった「手探り」の開発を可能にしたのは、迅速にプロトタイプを作り、やり取りの中で完成度を高めていくIBMの手法の強みでもあったと思います。

並木 まだ何も決まっていない状態のとき、IBMさんが米国のHondaの調査を基に、アプリを使われるお客様のペルソナを名前から詳細に設定してくださったんです。シナリオも、災害現場、キャンプ、建設現場と3つあって、アプリを立ち上げてから作業を終えるまでが書かれていました。「災害現場で使う場合は、こういう操作があるとちょっとネックになる」といったところを細かく考える手法を持ってきていただき、ファシリテートしていただいたのが非常にやりやすかったと思います。

 デザイン思考という言葉がいろいろなところで使われていますが、基本となるのはユーザーに共感し、ユーザーが必要なものを作ることです。誰がどんな状況で何をするために使うのかを想定し、それを楽しく、より便利にというアプローチで、つぶさに見ていく取り組みになります。

発電機の場合はキャンプ、災害、業務利用の3パターンを想定し、そのシナリオに基づいて使われ方の違いを検証しました。災害のときは久しぶりに出して使うことが多いので、いざ利用しようとしたときに不具合が起きないよう、購入後の初回にメンテナンス・リマインダーをセットするなどの機能が重要になります。工事現場で毎日使っている人だと、複数の機体の登録や管理がしやすいとか、それぞれのシーンにおける要件や操作性を検討し、UXの向上につなげていくことが重要です。

佐々木 ペルソナを定義し、具体的なシーンに落とし込むことで、多様なメンバーにHonda My Generatorがどんな商品であり、どんなシーンで使われるのかが滞りなく伝わることもメリットです。開発メンバーが増えていくと、後から参加した人には初期メンバーの情熱を引き継ぐことが難しくなります。しかし、ペルソナの定義が明確であれば、そうしたパッションまで伝わりやすくなるというのは、我々にとっても発見でした。

 アプリのリリース後にはユーザーのフィードバックを受けて、ペルソナの顧客像が合っていたのか、必要とされるデザインが合っていたのかを常に検証しています。違っていればアップデートし、機能や性能を改善するサイクルを回しています。App Storeでのコメントなどを見ていくと、ある程度は具体的な顧客イメージがつかめるのですが、当初のペルソナはかなり正確だったという印象ですね。

通常の開発プロセスを変えてスピードと質を両立させ、DXを実現

インタビュー カット

――最後に、今回の両社による共創を経た所感や、今後の展開についてお聞かせください。

竹越 本田技研の開発プロセスは、節目、節目で上層部の評価を経て、ステップを切っていくのが本来のスタイルです。しかし今回は、そのプロセスを結果的にほぼ飛ばして、いつも議論を重ねているチームで基本的にはほぼ決めていきました。当然ガバナンス的な許可は取るのですが、そのプロセスにおいては「チームに権限移譲されたつもりでやってきた」のが現実です。

今後もそういう進め方を続けるべきだと、私は思っています。従前の開発スタイルでは、品質は担保できますが、そことトレードオフになるのはスピードです。今回、グローバルに展開する横断プロジェクトを立ち上げたのも、質もそうですが、スピードを追いかけたいというのがきっかけです。Honda My Generatorは、まずは発電機需要が高い北米で展開しましたが、日本を含むグローバルでの展開を予定しています。最終的に成功事例と言えるかは今後次第ですが、こういうやり方で無事にアウトプットができて、グッドデザイン賞という一つの評価を得ることができました。勝手にやっていたと言えば勝手にやっていたわけですが、それは先行事例を作るためのトライアルであったというふうに後付けのストーリーとしては言えるかなと(笑)。

佐々木 北米でHonda My Generatorが発売されたときのユーザーのレビューをよく見ていたのですが、「Hondaはアプリを出すことで、発電機の新たな価値を提供し始めた」という評価があり、なるほどと感じました。当時はDXが今ほど注目されていませんでしたが、結果的にHonda My Generatorはユーザーにとって身近なデジタル・トランスフォーメーションを体感させる事例になっていた。このスピード感が今後のプロジェクトには必要であり、そのプロセスはHondaさんの中で工夫されて実現したものだったということを、今日のお話で知ることができました。

――現在、モビリティが大きな変革の時期を迎え、HondaもDX推進のただ中にいるかと思います。今回のHonda My Generatorは、それを先取りするプロジェクトだったのかもしれません。

竹越 これまでと違うやり方をすると拒絶反応が必ず起きますが、新しいプロセスを許容してくれた上層部には感謝をしています。我々は、今までIBMさんのご支援をいただきつつ積み上げてきたアウトプットを、もっともっと膨らませていかないといけない。そうしないと、今回のようなスピード感でプロジェクトを遂行していくことができなくなる。そこは今後の課題です。

並木 そうですね。Hondaは今「モノづくりからコトづくりへ」というテーマのもと、事業体制も過渡期を乗り切って、将来のあるべき姿を見据えて移行しようとしています。新しい方法を取り入れながら、組織としても合意を得ていかなければいけない。それは難しいことですが、やっていかなければいけないことです。

竹越 Honda My Generatorの開発では、IBMさんのご経験と目線の多さに助けられました。我々のようなハードウェアを開発しているメンバーの場合、商品のことがわかっているがゆえに視界が狭くなってしまうことがある。しかし、「発電機を使ったことがない人」の感覚を教えてくれるIBMさんの目線があることで、より多くの方に便利さと安心をもたらすアプリができたと思います。

IBMさんは、他の商品やソフトウェア単体の商品も含めた他の事例を非常に多くお持ちであり、かつ多様なペルソナに対応する新鮮な目線をお持ちです。それらのものが結びついた結果として、お知恵、アドバイス、提案をいただいたところが、非常にありがたかったです。

並木 特に初期の要件定義では米国のメンバーと毎週リモート会議をしていましたが、皆さんが直接英語でデザインの観点について積極的にご説明くださったのは助かりました。

佐々木 IBM iXはグローバル対応が基本で、梶も英語は堪能ですし、私自身も外国語オタクというところがあります(笑)。また、IBMは「制約」に慣れている。エンタープライズのお客様はある程度の制約の中で動いていることは重々承知していますから、制約とのバランスの中でいかに限界までクリエイティブを出せるか。そこは、我々が脈々とプロジェクト・マネジメントの経験値として受け継いでいる部分です。

 アプリのUI・UXを詳細化するうえでは、Hondaさんのデザイン担当者の方にも参加いただいた点も大きかったです。Hondaさんがハードウェアのデザインで突き詰めているものは、UI・UXの最上部の、喜びや満足度を感じる部分であり、基本的な考え方は共通だと感じました。そこがうまく噛み合って、お互い高め合うというとおこがましいかもしれませんが、優れたプロダクトがご提供できたと思います。

竹越 今回の“イレギュラーなやり方”が、5年後くらいには“従前のやり方”と言われるように組織内でのトランスファーをしていくことが、今後の我々の課題です。

IBMさんにはさらに視界を広く持っていただいて、我々に「Hondaさん、まだまだ足りませんね」と指摘していただきたい。そうした関係性を持ちつつ、今後の世界展開を進められることを願っています。

HondaとIBMが開発したスマートフォン・アプリ「Honda My Generator」