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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#10 シニア層を中心とした営業モデルの未来

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※2022年10月21日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第10回。最終回のゲストは太陽生命営業企画部長の満永悟氏。家庭市場の中でも特にシニア層を中心に展開する同社との鼎談テーマは、今後のマーケティング戦略やそれらを支える人材育成について。伝統的な生保の営業モデルの強みを生かしつつ、時代とともに変わる人々の価値観や行動様式にいかに対応して企業としての成長を目指すのか、話は生保営業の未来へと広がった。

シニア層を中心とした営業モデルの未来

椎葉 本日は営業モデルの変遷についてお話をうかがいたいと考えているが、コロナ禍の経験を含め、顧客の多様化が進む中で生命保険会社の営業モデルはどう変化していくと見ているか。

藤田 アプローチの手法は、訪問やセミナー、電話、DMなど時代とともに変化し、広がってきた。アプローチにおけるプラスアルファの領域として、双方のコミュニケーションの状態の変化がある。インフラとしてインターネットが普及し、企業とSNSでつながる時代になったことで、アプローチの方法は大きく変わってきている。ただ、こと保険に関しては、顧客側からのコミュニケーションは限定的で、他のウェブを使ったマーケティング・アプローチを行っている企業に比べると本質的には伝統的なスタイルから脱却できていないのではないか。今後、保険会社がどのような打ち手によって変遷していくのかという点は非常に興味深い。

満永 当社は長年、家庭マーケットを対象に、営業職員が二人一組でご家庭を訪問する「コンビ活動」を展開してきた。他方、近年では、家庭マーケットにおいてもデジタル化が一気に加速したと認識している。2019年には、「スマ保険」というウェブ上で契約手続きが完結する仕組みの提供を開始したところ、そこに新型コロナウィルス感染拡大が重なった。日本全体が人との接触に神経質になる中、お客さまからのインターネット経由のアプローチが予想以上に増加した。また、これまでは営業職員が顧客情報を把握できていればある程度良かったが、会社としても、お客さまからいただいた情報を把握した上で、こちらから情報を発信して、そこにリアクションのあった方に対してアプローチするということも始めたところ、予想以上の成果が出てきており、双方向のコミュニケーションに関しても可能性を感じている。社内ではデータを使ったアプローチを行い、反響があった場合に営業職員につなぐ「ハイブリッド営業」も進めており、今までの営業スタイルとは変わってきている。

満永 悟 氏

太陽生命
営業企画部長
満永 悟 氏

藤田 デジタルワークフォースとヒューマンワークフォースという言葉があるが、これらは役割分担を含め、ある意味、新しい営業チームのような考え方ができる。一方で、インターネット等のインフラ的なものは、ワークフォースというよりは、プラットフォームの役割を持っている。そういった意味で、次なるデジタルワークフォースというのは、お話にあったように、例えばアナリティクスの観点から、カスタマイズやパーソナライズされたレコメンデーションが行われるといったような形で、それが御社にとってのネクストジェネレーションだと感じた。ワークフォースとして機能するデジタルという考え方については、保険も他の消費材と同じような方向性で考えて良いとお考えか。

満永 そういった面はあると思う。ただ、生命保険は、どうしても人が相手になるので、人にしかできない部分は必ず残ると考えている。ニーズ喚起や条件提示はデジタルで代替できるかもしれないが、お客さまと信頼関係を築いて、保障の必要性を感じていただくというあたりには、やはり人にしかできない部分があると思う。

藤田 確かに、保険会社が百パーセントデジタルに振り切れないポイントとして、人が人を相手にしているというところがある。先輩から後輩に一子相伝のような形で引き継がれていくものに関しては、デジタル化することによる難しさが出てくるだろう。そういう意味では、暗黙知をどのように伝授していくのかという部分について御社がどのように乗り越えようとしているのかという部分には非常に興味がある。

満永 生保営業では、一人の営業職員がかなり濃い基盤を持っていて、その人が仕事を離れるときに、ノウハウをどのように引き継ぐかということは大きな課題だ。ただし、当社の場合は、先輩職員と新入職員がコンビを組んで活動することで、先輩のやり方を学ぶと同時に、顧客もつなぐことができるので、その点は他社よりも有利かもしれない。

藤田 人の購買意思決定のポイントの特定は非常に難しいと言われているが、こと専門のブランディングとかマーケティングの領域からすると、安心や信頼を感じることが大きな要因になるということは証明されている。御社の場合、会社のブランドはもちろんあると思うが、お客さまからすると、やはり目の前に立っている営業職員のパーソナルブランドが重要になってくる。そういう意味で、コンビというのは、スプリットされることによってポートフォリオが組めるのでそれぞれの強みが生かせる良さもあるし、個々でそれぞれのブランドをぶつけていける良さもある。意識しているかどうか分からないが、ブランディング的には幅広く捉えられるのではないかと思う。

椎葉 営業モデルに関して、御社が先輩と新入職員の「コンビ活動」を行っている一方で、顧客は多様化している。これまで生命保険会社はZ世代以上をターゲットにされてきたと思うが、10数年後にはα世代といった人たちもターゲットになってくる。こうした点についてお考えを伺いたい。

椎葉 友紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
保険サービス部営業部長
椎葉 友紀 氏

藤田 α世代というのはY世代の子どもの世代だが、この世代が20年後には保険会社にとっての対象領域になる。国内ビジネスという意味では、多様化したスタイルを持つ層を含めたアプローチが重要になってくる。ジェネレーションだけで分けるのはナンセンスだが、少なくとも顧客行動がこれほど大きく変化している時代の中で10年後20年後を考えたときに、営業モデルがあるところからドラスティックに変わっていく可能性はあると思う。

満永 保険業界全体でマスの視点に立てば、当然日本の人口は減り、少子化によって若年層も減っていく。確かに今の若年層に伝統的なアプローチは難しい面もあると思うが、日本の人口1億2,000万人のうち、例えば当社の契約者数は200万人程なので、まだできることは多いと思う。当社のお客さまは家庭の主婦の方が多かったこともあり、今でも女性が全体の7割を占めている。しかもシニア層が多い。人口統計を見ると、全体の人口は減っていくが、65歳以上の人口は今後、約20年間は伸びていく。そこで当社では現在、シニア層に重点を置いた施策を展開している。シニアといっても、最近では、インターネットは当たり前になっているし、長期的には若い世代にもアプローチしていくことを考えると当然デジタル化は必要になると考えている。

藤田 シルバーマーケットとなると、貯蓄性商品を扱う銀行や証券会社というのはむしろ保険会社以上にライバルになる可能性がある。次世代のシニア層が必ずしも豊かな経済状態で老後を迎えるわけでないので、その点の需要が見込める。資産を残せない新たなシニア世代にとって、御社の保険に加入するメリットは大きいと思うし、御社にとっては勝機ありとも感じる。

満永 500万円の葬儀代を残すのと、500万円の終身保険に入っているというのは、非課税枠の有無も含め、全く違う。もちろん財産があれば問題無いが、そうでなければ保険の方が良いという話はあると思う。

藤田 日本の経済成長が鈍化していくトレンドの中で、シニアになってからの資産形成は難しい。その意味で、シニアマーケットの捉え方と資産形成というものの概念を御社が変えていくなんていうのは面白いアプローチかもしれない。

満永 その点、保険を通じたアプローチというのはあると思う。

藤田 一方で、α世代が保険金受取人になっていくと、それを受け取った彼らにどうアプローチしていくのかという課題もある。金融リテラシーやデジタルリテラシーの高い世代へのアプローチについてはどのようにお考えか。

満永 伝統的な手法として、被保険者が亡くなったときや、認知症になった時に、ご家族に手続きの場に同席してもらい、そこで関係をつくるということはやってきた。また、シニアの方の保険加入時には必ず家族の同席をお願いしている。直接会って関係を構築するというだけでなく、今後は、そういった手続きを煩わしいと感じるお客さまのために、SNSなどを使ってコミュニケーションを図り、ご了承いただける場合にあらためて訪問するといったアプローチも出てくると思う。

藤田 老後は年金があれば困らないと考えていた昭和の時代から、自分の仕事がこのまま続けられるのかと不安を感じる人が増えている現代まで、世代や置かれた立場、時代によって個人の考えるリスクのあり方がこれほど多様化することは誰も想像していなかったと思う。リスクマネジメントという観点で、御社にとっての強みはどのあたりにあると考えているか。

満永 やはり当社の場合はシニア向けの保障が第一。認知症や介護、病気になった方が入れる死亡保険等、シニア向けのリスクに対応した保障の提供に注力している。それに加えて、さらなる安心を提供するために、何かお困りごとがあったときに専門的な知識を持った内務員がご自宅を訪問する「かけつけ隊」というサービスも提供している。デジタルの時代にアナログだと言われてしまいそうだが、シニアの方については、ご自身もそうだが、ご家族もさまざまな心配を抱えているので、周りも含めて安心していただくためのサービスが必要だと思う。

藤田 確かに、介護や病気など、将来の不安というのは、契約者自身だけでなく、それを支える家族にも共通している。保険を商品と位置付けた場合、購買行動に対する付加的なサービスはライフラインに近い。とかく情報リテラシーが低い人が不利益を被る今の時代、ご自身はアナログ的だと言われたが、「困ったときのアナログ」ということがある。そこはお客さまに対して絶対的な差別化につながると思う。

椎葉 御社では人による温かみのあるアプローチが奏功しているということが分かった。一方で、世の中ではウェブ3.0やマーケティング5.0ということが言われている。藤田さんは、これからの世の中はどう変わっていくと思うか。

藤田 学問的解釈が全てではないが、お話を聞くと、御社の手法はマーケティング5.0に近いと感じる。マーケティング活動において、広告代理店と広告をつくることに一生懸命になったり、「顧客中心主義」というスローガンだけを掲げて具体的なアクションを起こせていない企業もある中、マーケティング5.0では、「百パーセントデジタル化することがマーケティングの最先端ではない」というところがポイントだと思う。その意味で、人にしかできない役割と、デジタルでなければ訴求できないところを、その都度選択していく姿勢はそれらを体現していると思う。

成長市場への多様なアプローチ模索

満永 当社の経営層がよく言うのは「システムが主導する戦略はありえない」ということ。まず、お客さまに提供したい価値があり、その手段として、最先端のものが必要なら導入すべきだし、そうでないなら入れる必要はない、と。コロナ禍での気付きとして、これまで当社の顧客にはなり得なかった人の情報がウェブ経由では入ってくるということがある。当社は全国に拠点を持っているが、逆にいうと、その拠点の周辺だけしかカバーできていなかった。ウェブで集客すると、極端な話、離島からも情報が来る。今までは人が行くしかなかったので対応できなかったが、今はウェブで入れる保険があるので、例えば、小笠原諸島からでも加入していただけるようになった。これまでアプローチできていなかったところに対してコミュニケーションが取れるようになったことは大きな意味があると感じている。

藤田 私は、新たなテクノロジーを導入することによって生まれた新しい商品・サービスそのものが市場を創造していくという考え方を提唱しているが、今の離島のお客さまの事例はまさにそれに当たる。これまでのお話を聞いていると、御社の場合、拠点から生まれた知識創造という意味でのアセットがかなり蓄積されている一方で、準備された新しい仕掛けによって蓄積された新たなアセットによって、次に新たなストラテジーが生まれる土壌をつかまれたのだと思う。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

満永 新規の営業所についても、これまでは、人口の増加が見込まれるかといった、伝統的な手法で出店を決めていたが、今ではインターネットやCMによって情報が入ってくるようになり、どの地域にどれだけの反響があるかがリアルタイムで計測できるようになったので、出店についても新しい視点が加わった。

藤田 それは、バーチャルの世界からリアルに大きな影響を与えるアセットができたという話だ。ただ、これを言うと元も子もなくなるが、新しいテクノロジーを入れるかどうかという判断では、経営者のセンスが重要になる。御社の中でそういったきらっと光るセンスを持った部隊や陣容があるのだろうか。

満永 トップのセンスも大きいと思うが、当社の規模だと、より新しいことに早く挑戦しておかないと価値が提供できないということもある。トップのメンバーが集まってよくそんな話をしている。そういった知識創造の場が決断につながっているのかもしれない。

藤田 日本ではこれまでも、そういった「場」が提供されていて、そこから新しいイノベーションが生まれてきたと言われている。リーダーシップは本来ディスカッションをするもの。報告会ではなく、真の意味でのディスカッションができる場の存在は、企業体質にも大きく影響すると思う。

満永 基本、先行者利益というものはあるし、他より一歩先を行けば、他の会社がそこに着いたときに、その次に行けるというのが当社の考え方だ。ユニークなものを出さないと選んでいただけないという危機感は常に持っている。

藤田 なるほど、謎がひとつ解けた気がする。ちなみに、御社では人材育成に関して工夫されているところはあるか。

満永 個人的な見解として、例えば英語が話せればその人は優秀かというとそうではないと思う。それはあった方が良いが、基本的に仕事をきちんとマネジメントできなければ意味がない。当社は総合職の人数が少ないので、いかに早い段階でマネジメント経験を積むかということを重視している。営業現場では、2年目の総合職が係長としてベテランの職員を仕切る立場に置かれている。

椎葉 会社としてそういった仕組みをつくっているということか。

満永 2年目は基本的に係長に登用するし、入社5~6年で初級管理職に上げたり、早ければ10年程度で支社長に上げていく。早くマネジメント経験を積んで、判断能力や人間力を高めていかないと当社の場合は他社との競争に勝てないと思う。

藤田 今の話は、マネージャースキルという意味でいうと、マネジメントというより、リーダーシップという感じがする。御社の場合、昇進して来年は自分がやらなければという気持ちが成長のドライバーになる。実務的なスキームと、必要とされる知識が揃っていることがカルチャーと相まって相乗効果を生んでいるのだろう。

満永 現場での判断や、覚悟を決めるということに関しては、経験知に勝るものはないと思う。そこは特徴的なものと言えるかもしれない。

藤田 スーパーニッチという言葉があるが、まさにそんなイメージを受けた。ニッチなマーケットはデジタルになるとより幅が広がり、立体的に見ると格差も出てくる。その中で御社が日本にライフラインを提供するようなサービスを実現させることを期待するし、場合によっては、ご一緒させていただきたい。(おわり)

※2022年10月21日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。