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後編|脱炭素・循環型社会の実現へ、共創による新たな価値創造を築くENEOSのデジタル戦略

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椎名 秀樹氏

椎名 秀樹氏
ENEOSホールディングス株式会社
ENEOS株式会社
取締役 副社長 執行役員 CDO

1985年に日本石油入社(現ENEOS株式会社)。製油所3箇所で技術企画や製造現場業務などを担当。その後、シンガポールで石油トレーディング、本社で需給計画業務、全社の技術企画に携わる。2014年にIT統括業務に従事し、2016年より供給部門の長に就き、現場目線でのデジタル化をデザイン・推進。2021年に経営企画管掌常務を経て、2022年4月より現職。2023年度からは、経営基盤強化施策としてデジタル技術の活用を重要施策と位置づけ、「ENEOSデジタル戦略」を策定。全社的なDX推進の原動力として、DXの実行・実践スキルを重視した人材育成などに取り組む。

 

後藤 恵美

後藤 恵美
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
アソシエイト・パートナー

早稲田大学大学院ファイナンス研究科卒業。在学中にフランス政府給費生としてパリ留学。1991年ルイ・ヴィトン ジャパン株式会社に入社し、社長室、広報・マーケティングに従事。2004年に米国公認会計士の資格を取得し、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)に入社、17年間(うち4年間はタイのバンコク駐在)にわたりコンサルティング業務に従事。2021年 日本IBMに入社。「CxOアドバイザリー・サービス」を立ち上げ、CIOやCDOを中心とする経営層に対し、企業のビジネス変革におけるデジタル活用に関するマンツーマンでのアドバイザリーを提供している。

「研修×実践×パートナーの支援」で、実務に根ざしたデジタル人材を育成

後藤 「DX Core」と「DX Next」、そして「カーボンニュートラルに向けたDX」と、いずれも大変興味深い取り組みです。

図:長期ビジョン実現に向けたENEOS DXの目指す姿出典:ENEOSデジタル戦略より抜粋

椎名 それらは「DXを通じて実現したい事業変革」とも言えますが、推進には「デジタル人材育成」「データ活用」「ITガバナンス」「共創機会」と、4つの原動力が重要と考えます。

後藤 4つの原動力についても、ぜひ教えてください。まずは「デジタル人材育成」については、どのような施策に取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

椎名 当社におけるデジタル人材の姿として、「自立型のDX推進体制」を構築することを目指しています。事業部門がDX推進に対して、IT部門は推進をサポートする伴走者の関係ということですね。

もう少し詳しく説明すると、事業部門はデジタル技術とビジネス知識を合わせた事業変革のデザイン、プロジェクトの目的と達成すべき目標/効果の明確化、プロジェクト管理の主導、運用による目標/効果の達成の役割を担います。一方のIT部門は、事業目的・目標を事業部と共有し、最新・高度な知見に基づく技術提案、投資審査(計画、ベンダー、コストなど)の目利き力の発揮、最適なインフラの整備と提供の役割を担います。

これまでは案件を担う人材が不足し、技術やデータの活用スキルが乏しく、プロジェクト管理をベンダーに依存する状態でした。そこで2022年度から自立型のDX推進体制の実現に向けた人材配置に取り組み始めました。

「DX Core」のところでも少しふれたように、「研修プログラム」と「実践経験による成長」を両輪に据え、さらに外部の知見もお借りしながらDXの中核を担う人材育成を加速させていきます。経営として力を入れるべきだと判断したプロジェクトに対しては、外部リソースの登用も含めてリソースを集中投下することで、課題への早期対応と実践による人材育成の促進も企図しています。

後藤 御社におけるデジタル人材育成の背景と、具体的な施策も教えていただけますか。

椎名 これからより多くのDX成功事例を生み出していくためには、デジタル人材を増やし、その中で高度なスキルを持つ人材を育成していく必要があると認識しています。それには実践と学びを行き来しつつ、スパイラルアップを図るのがベストだと判断しました。

また、第3次中計では、必要なスキルに応じた「人材類型」と「レベル」をかけ合わせた形でデジタル人材数の目標設定を行い、育成状況を可視化する「レベル認定」を運用していくことで早期に人材を育てていきます。社員のスキル向上と適材適所の人材配置をあわせて実現することで、成功事例創出の加速を狙ったものです。また、社員の自律的なキャリア形成の観点でも、当人の明確な目標意識やモチベーション向上のため、適材適所で働くことは重要です。会社が末長くDXに取り組むうえで、高い能力の社員が高度な案件に意欲的にチャレンジしてほしいとも考えています。

後藤 「人材類型」と「レベル」はどのように定めているのですか。

椎名 人材類型は3つに分かれます。1つ目は、業務変革・ビジネスモデルの立案や、新規ビジネスの立ち上げ・マネタイズ、DX推進全体に一貫して関与・貢献する「ビジネスデザイナー」。2つ目は、関係者の巻き込みを図り、適切な協力関係を構築しながら、製品・サービス・施策の具体化およびQCDを担保する「DXコーディネーター」。3つ目は、業務変革や新規ビジネスの創出に向けた仮説を立案し、データを活用して仮説の検証・示唆の導出を行う「データアナリスト」です。

レベルは、研修と実践経験を評価軸とし、全社員対象のデジタルリテラシーを習得したレベル1から、人材類型別に一定のプログラムを受講したレベル2、そしてレベル3以降は社内のDX案件に関わり、レベル4は社内外横断的にDXを牽引できる社員を認定します。第3次中計の期間では、全社員の20%に相当する1,500名の人材をレベル2以上の高度デジタル人材に育成していきます。

後藤 ありがとうございます。ほかの3つの原動力についても、どのような取り組みをされているのか教えていただけますか。

椎名 「データ活用」では、多種多様なデータを持つ当社の強みを最大限に活かすべく、ERP(Enterprise Resource Planning)を導入し、また、データ分析のプラットフォームもあわせることで、一元性、即時性、統一性のある全社最適なIT基盤を整備しました。このIT基盤を軸に、外部データを含めたデータの収集、蓄積連携、可視化、分析・予測、最適化の取り組みを進め、経営判断や日常業務への活用を進めています。

データ分析のアウトプットは、事業状況と経営判断のためのダッシュボードと、デジタルマーケティング、そして製油所を中心とした現状モニタリングに力を入れています。社員がこれらのアウトプットを使って、PDCAを回していけるような状態になるのが理想です。

「ITガバナンス」では、増大するデータ量や多様化するDXプロジェクトを背景に、ITに関わるヒト・モノ・カネ・リスクを全社レベルで戦略的に管理する体制や環境の構築を進めています。

ここ数年、DXにまつわるテクノロジー領域にかける設備投資額は、格段に大きくなってきており、精緻化が問われています。また、変化の激しい時代ですから、最初は小さく始めて、成長が見込めると判断したものを拡張させるというような、アジャイル的な進め方も大事にしていきたいですね。

後藤 さきほどエネルギートランジションを進めるには、パートナー企業や政府との協調が欠かせないとお話しされていましたね。これは「共創機会」も関係するのでしょうか。

椎名 はい。スタートアップへの出資や他社との共創、産学連携の拡大により、エネルギー・資源・素材における創造と革新を通して、社会の発展と活力ある未来作りに貢献する技術や経験の拡充を図っています。当社ではCVC(Corporate Venture Capital)を有していますので、私たちが注力する「まちづくり・モビリティ」「脱炭素社会・循環型社会」「データサイエンス・先端技術」の各領域のスタートアップに、国内外問わず積極的に投資しています。

さきほどサービスステーションを拠点としたまちづくり・サービス開発の話をしましたが、自社だけでカバーできる領域は限られています。消費者のライフサポートにまで領域を広げるには共創は必須です。共創によって、当該企業と当社、双方の収益につながるような事業へと育てていくのです。

実際に共創すると、多くのスタートアップは日常のオペレーションにデジタルが浸透していて、いろいろなプラットフォームやツールを駆使しながらパーソナル・マーケティングに取り組んでいるのを目にします。データドリブンな仕事の進め方は、私たちにとっても非常に参考になりますね。

日本IBMとのDXパートナーシップについて

後藤 将来のビジョンを見据えて、さまざまな角度からDXに取り組んでいることがよくわかりました。御社のような日本や世界のエネルギーを支える企業で、デジタルや最新のテクノロジーを駆使して、経営に貢献するだけでなく社会課題にも応える、また、自己成長と社内での承認を得られる仕組みは、従業員エンゲージメントにもつながることと思います。

椎名 人の生活に欠かせないエネルギーですが、エネルギーそのものを目にすることはできません。しかしデジタルを活用することで数字として表現できたり、これまでにないビジネスモデルやオペレーションを確立できるようになります。

「ENEOSデジタル戦略」は、会社の変革と同時にIT部門自体の変革も大きなテーマにしています。これまでは、ベンダーとのつなぎ役のような業務委託を主導する役割を担っていた立場ですが、これからは進んで事業部に提案するようなスタンスへと変わっていく必要があると考えています。

そのためにはIT部門の人材が、プロフェッショナルとして活躍できる素地を築く必要があります。すでにそうした振る舞いができているメンバーもいますが、まだ課題もあります。一口にプロフェッショナルと言っても、ITマネジメントや新規事業推進、そしてITアーキテクト、IT基盤、SAP、情報セキュリティのプロと、専門性を磨いて多くの人材を輩出できるような組織へと変えていきます。

後藤 デジタル戦略をともに遂行するパートナーの一社として、日本IBMは、御社の既存事業の最適化、新たな価値創造、人材育成につながるさまざまな施策をともに推進しています。このような日本IBMとの共創を通じ、椎名様が考える成果があればお聞かせください。

椎名 当社では従前より外部人材の活用に積極的に取り組んでいましたが、2022年からは、日本IBMからも出向の形で参画・支援いただいています。具体的には、製油所をより安全に操業するためにオペレーターに注意を促すシステムの構築に携わっていただいています。日本IBMからの出向者に、このプロジェクトをリードしてもらい、IBM Watsonの技術を採用して取り組んでいます。現在は本番展開の準備中ですが、効果が出せるものと期待しています。そのほか、IT部門に対するアドバイザリーとして、マネジメント層に必要となる知見などもご提供いただいていますね。

優秀な方々に協力いただけることを本当にありがたく思っています。パートナーのみなさんには「遠慮なく何でも指摘してくれ」とお伝えしていて、実際に率直な助言やアドバイスをいただけます。なかなか辛辣な意見もありますが、「まさしくそうだな」と納得できるし、指摘だけで終わらず、どう改善を図るとよいかを私たちと一緒になって考えてくれます。

当社のDXを推進するうえで、事業部、IT部門、そして御社のようなパートナーとの体制に支えられています。本当に、まだまだこれからですから。

後藤 「まだまだ」と謙遜されますが、御社は経済産業省と東京証券取引所によるDX銘柄に2019年、2020年、2022年と選定されたご経験をおもちです。経済界で高い評価を得ている証と言えるのではないでしょうか。(2019年は「攻めのIT銘柄」)

椎名 ありがとうございます。冒頭申し上げた、第3次中計における「確かな収益の礎の確立」と「エネルギートランジションの実現に向けた取り組みの加速」との両立は、デジタルなしでは到底できません。ということは、デジタル領域で業界をリードする存在となれば、エネルギートランジションの先駆者として、いち早く脱炭素・循環型社会に適応した会社組織への転換へつながるはずです。

そのためにも、今進めている取り組みで、少しでも早く多くの成功事例を創出できるようにしたいですね。今後ともぜひご尽力のほどよろしくお願いいたします。

後藤 テクノロジー分野は進化が目覚ましく、私たちも勉強の日々です。そして、御社のお取り組みには刺激を受けております。日本IBMにはいろんな領域の専門家がおります。今後も情報提供を図りつつ、ともに学び合い成長し合う関係を築けたらと思っております。本日は誠にありがとうございました。